女が強い世界で剣聖の息子   作:紺南

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Q:22話と28話が矛盾してませんか?
A:え。あ……。
 
と言うわけで、22話の該当箇所を修正しました。
最近はあまり読み返していないのでこういうミスは今後多発しそうです。

別の感想でも指摘されてますが、仙があっさり死んだことに対し少なからず不満を持つ方がいらっしゃるようです。
当初は別の仕事を果たして死ぬ予定だったのですが、展開がおかしいことに気づいたので今の感じになりました。かと言って、それで終わりと言う訳でもありません。

その他にもいろいろご指摘受けてますが、今後の展開に絡むため、明らかなミス以外にはお答えしていません。
逆に今回のような指摘を受けると、「早く前書きで言い訳しなきゃ!」と筆が進むためちょっと嬉しかったりします。

以前も書きましたが、感想にお返しはしていませんがしっかり読んでいます。
面白いと言ってくれる方がいればつまらないと仰る方もいて、どの感想も大変励みになっております。これからもよろしくお願いします。


第29話

人生で初めて人に愛していると告げた後、俺は布団に潜って頭まで毛布をかぶった。

母上の顔を見るのが恥ずかしかった。なんていうことを言ったんだと少し後悔していた。

 

しかし、これも全て自分の気持ちに正直になった結果だ。言うべきこと言ったのだと己に言い聞かせる。

前世では出来なかったことだ。アキがそうであるように、俺にも反抗期と言うものはあったのだ。

父子家庭で育ててくれた父さんを思い出し、ちょっと胸が痛む。……未練だ。

 

「……聞きたいことがあるのですが」

 

「なんだ」

 

気を取り直し、布団から顔を出して母上に尋ねる。

妖刀のことを知った今、知るべきことはたくさんあった。取り急ぎ、視界に映っている刀のことから聞いてみる。

 

「母上の刀は赤いですが。それひょっとして妖刀ですか?」

 

「恐らく違う」

 

「恐らく?」

 

心配になる一言が付いている。

言っている本人も自信なさげだ。

 

「勝手に赤くなるのだ。何本も変えてみたが、どれも数日で赤く染まった。今の所魅了されるようなことにはなっていないが、可能性はある」

 

「いつか効力が出てくるかもしれないと?」

 

「可能性はある」

 

「今すぐそれ捨ててください」

 

「私は剣聖だ」

 

剣聖に固執して半生を生きてきた人だ。

刀を捨てろと言っても簡単には応じない。と言うか捨てたくても捨てられないのかもしれない。剣聖って個人の意思でやめられるのだろうか。

 

「なんていうか、もしかして母上って呪われてるんじゃないですか?」

 

「……そうかもしれん」

 

俺の心ない一言で母上が気落ちした。

思いの外効いたらしい。姉弟子を筆頭に、呪われる覚えはたくさんあるのだろうし。

一先ず、母上の赤い刀のことは置いておくことにする。見た目からして不吉だし嫌な予感はあるのだが、分からないことは分からないとしか言えない。解決策は今のところない。

 

「あと、藤色の刀の件ですが」

 

「海に捨てた。今頃は朽ち果てているだろう」

 

今度は断言した。ちょっと早口なあたり、そうであってほしいという願望が入っている。

 

「そもそも朽ちるんですか。妖刀とやらは」

 

「……」

 

意地悪な質問をしてみた。母上は答えに困って口をつぐんだ。

分からないことは分からない。海に投げ入れたならば普通は錆びるが、妖刀なら錆びないかもしれない。

実際の所は引き揚げなければ分からないだろうが、それは現実味がない。海の底に沈んだ刀を探し当てるのは不可能に近い。

万に一つ誰かが引き揚げる可能性はあるが、所詮は可能性の話だ。そうならないことを祈ろう。

 

「刀の行方については考えないでおきましょう。聞きたいのは別のことです」

 

「なんだ」

 

「自警団の背中についてるやつ。あれ藤の紋ですが、実は藤色の刀と関係あったりしませんか?」

 

「……なぜ?」

 

眉根を寄せた母上が厳しい表情で理由を問う。

それは考えたこともなかったと言う顔ではない。考えないようにしていたことをほじくられた顔だ。

 

「ゲンさんが言ってました。ここ数年で自警団は変わったらしいです。変わった理由が妖刀なら納得できるんですが」

 

「あの刀は見ると餓死するまで魅了される。人そのものを変えるわけではない」

 

「違う妖刀の可能性もあります」

 

「憶測に過ぎん」

 

母上の言う通り、ただの憶測だ。

組織なんて所詮は人の集まりだ。切っ掛け一つでどうとでも変わるだろう。

 

なんでもかんでも妖刀に結びつけすぎだと言われればその通り。

ただ、どうしてもカオリさんの言葉を思い出してしまう。

 

『すっかり毒が回りきっていますので』

 

その一言が頭にこびりついて離れない。

毒とは何を示しているのか。邪推であれば良いのだが。

 

「もういいか」

 

「……はい。もういいです」

 

それも東に行けば分かるだろう。

本人に直接聞けば真意が分かる。しかしこの身体では難しい。

治る保証すらない。仮に治るとしても、この傷では最低数か月はかかってしまう。

カオリさんは死が近い。冬の間移動できないことを考えれば、二度と会えないことだってあり得る。機会を逃した。そんな気がする。

 

「では、私からもお前に伝えておくことがある」

 

「まだ何か?」

 

「私のことではなくお前のことだ」

 

母上が腕を組んで俺を見下ろす。

じっと見つめられてまた恥ずかしくなってくる。

ちょっと毛布を引き上げた。

 

「自覚があるかは知らないが、お前は師との戦いの後死んだ」

 

「生きてますが」

 

「いや、死んだ。そして生き返った」

 

前世のことを言われたのかと思った。

だが違う。戸惑いと疑惑が急速に膨れ上がる。

 

「呼吸が止まり心臓も止まった。間違いなく死んだ。それは源も確認している」

 

「……だから、生きてます」

 

「生き返ったのだ。私が戻って来た時には死んでいたが、程なく目を覚ました」

 

「ありえないでしょう。死人は生き返らない」

 

そう言いながら前世のことを思い出す。

一度死んだはずの俺が、なぜかこうして生きている。世界を変えて、人を変えて、二度目の人生を謳歌している。

人類が知らないだけで、死の後には次の人生が待っているのだろうか。

 

「疑うのも無理はない。だが事実だ。付け加えると、今回が初めてではない。以前猿に襲われた時も、お前は短時間だが呼吸を止めた。すぐに息を吹き返したが、死んでもおかしくない傷だった」

 

「は?」

 

そう言うのを軽々しく付け加えないでほしい。

実は5歳の時にも一度死んでいて、その時はすぐに生き返ったと言われても反応に困る。

 

困惑しながら可能性を模索する。

死んだ人間が生き返ると言うのは、俺の常識とは食い違っている。突き付けられた現実を説明できる何かを探して頭を回転させる。

 

「……仮死状態だった可能性は?」

 

「源も同じことを言っていた。可能性があるならそれだろうと」

 

じゃあそれだ。それ以外にありえない。

それで全て説明できる。説明できないのは、前世のことだけだ。

 

「仮死状態と言うのが何なのか私は知らない。お前が生き返った理由は誰にも分からん。突き詰めるつもりもない。どうでもいい。ゆえに、私が言うのはこれだけだ。――――よく戻った。お前は私の誇りだ」

 

最初は心底どうでも良さそうな口ぶりで、最後の言葉にだけ力が籠っていた。

本心からの言葉だと分かった。それを聞いて混乱が一気に治まる。どうでもいいと一言で片づけられて、その通りだと納得した。

分からないことは分からない。妖刀のことも生き返りのことも。今はそれでいいじゃないか。

 

「話が長くなった。疲れただろう。これを飲んで休め」

 

緑色の液体の詰まった小瓶を口元に差し出される。

受け取ろうとしたが「飲ませてやる」と手を退けられる。

そういうならと、お言葉に甘えて口を開けた。

 

ほんのわずかに傾けられた瓶から、液体が数滴口に入る。

舌に触れた瞬間、衝撃に襲われた。

 

「――――んぐっ!?」

 

たった一口飲んだだけでとんでもない苦みが襲い来た。

鼻に突き抜ける青臭さ。苦みに至っては脳天まで突き抜けるほど。

強烈なダブルパンチを受け、条件反射で吐き出そうとする。だが、すんでのところで母上に口を押さえつけられた。

 

「んん!?」

 

何をするのだと母上を睨む。母上は無表情で端的に述べた。

 

「飲め」

 

「んー!?」

 

「少し苦いだけの薬だ。飲み込め」

 

口を抑えられているので吐き出そうにも吐き出せず、クソ不味い液体はずっと口の中に溜まっている。

 

嫌なことを強いられ逃げることも許されない。まるで嬲られている気分だった。

飲み込もうとしても身体が拒否して中々飲めない。暴れても力で捻じ伏せられる。

 

「んー!? んー!?」

 

「飲まなければいつまでも苦しいままだぞ」

 

頭を振ったところでとりつく島もない。上から圧し掛かられているので抵抗できない。

飲む以外に選択肢がなかった。一生懸命飲んでいく。少しずつ飲み下し、吐き気は常に襲い来る。それにも耐えなければいけない。

 

何とか飲み干したころには、すっかり疲れ果てていた。

ズキズキと身体が痛い。視界は涙で霞み、口の端からは涎が垂れている。母上の掌にべっとり付いていた。

 

「うえ……おえっ……」

 

「ふむ」

 

吐き気に耐える俺を一顧だにせず、母上は小瓶に残った大半の薬を見つめ思案気な顔をする。

もう少し飲ませておくかと考えているのは一目でわかった。俺には懇願することしかできない。

 

「もうやだ……もうやめて……」

 

「……お前のそんな姿を見るのは珍しいな」

 

こんな不味いものを平然と飲み干せる奴は早々居るまい。

母上ぐらいではないだろうか。外面は平然と、中身はやせ我慢と言う具合に。

 

「……あれ。なんか、ねむくなってきた……」

 

良薬は口に苦しと言うが、これだけ苦い薬ならそれだけ効き目も抜群らしい。

たった一口飲んだだけで睡魔がやって来た。抗うのも馬鹿らしくなるほど強烈だ。……人体に害はないと言っていたが本当だろうか。

 

「今の程度で効いたのか。ならいいだろう」

 

「……ねむぃ」

 

「残った分は明日以降に回して飲め。一日も欠かすな」

 

平然と惨いことを言ってくる。

絶対飲みたくない。朧げな意識でもその意志だけは固い。

 

「それから、父と源のことは許してやれ」

 

「んん……?」

 

「生き返ったお前とどう接すればいいか分からないのだ。なにせ初めて目にすることだ。死者が生き返ると言うのは」

 

聞こえてはいるのだが、思考が曖昧だ。

暗闇と光の狭間を行ったり来たりしている。

このまま眠ってしまいたい。けれど母上はまだ言っている。父上とゲンさんのこと。

 

「お前が死んだ時、あの二人はとても悲しんだ。それは事実だ」

 

「……ぁぃ」

 

「……眠ったか」

 

まだ辛うじて起きてる。

だがもう眠る。間近にいる母上の気配すら感じ取れなくなり、意識は暗闇に吸い込まれて行く。

これなら夢すら見ずにぐっすりと眠れるだろう。意識を手放しながらそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

暗闇の中、たゆたう意識が刺激される。

小さく身体を揺さぶられ、声をかけられる。

 

「兄上」

 

まだ眠い。このままずっと眠っていたい。

呼びかける声を拒絶して、闇の中に沈み込もうとする。

 

「兄上」

 

けれど声の奥底に懇願する気配が感じられて、眠気がわずかに吹っ飛んだ。

この声の主は誰かと考える。考える間にもう一度聞こえて来た。

 

「兄上」

 

それで分かった。アキの声だ。同時に顔も思い浮かぶ。なぜか泣き顔だった。

アキが泣いているなら起きなければならない。

 

暗闇から浮かび上がり、光の方へ向かう。

安穏として心地よい睡魔を振り払い、苦しみばかりの現実へ帰還する。

 

「兄上ぇ……」

 

「……なに?」

 

いよいよもって泣きが入った声に応える。

目を開けるとすぐ横にアキはいた。相も変わらず同衾している。

アキははっとした顔で俺を見た。「え、起きたの?」と言う顔だった。

 

「おはよう」と挨拶をしたら「おはようございます」と小さく返事があった。

今度はちゃんと話が出来る状態らしい。

それだけ回復していると言うことだろうか。今度は脚で挟まれる心配はなさそうだ。

 

アキはおずおずと頬に触れて来る。

ぺたりと掌が添えられた。アキの手は暖かくて気持ちがよかった。

前も似たようなことをしていたが、恐らく体温を測っているのだろう。死者は冷たいから。

 

「兄上……また死んじゃうかと……」

 

「縁起でもない」

 

「でも、一日中寝てたし……」

 

心配の原因はそれか。

身体が休息を求めたのと、多分薬のせいもあるのだろう。すっかり寝入っていた。あの薬は味からして凄い。

 

「その薬飲んだらアキも一日寝れるぞ。すごく眠くなるから」

 

「へ?」とアキは周囲に目を配り、枕元に置いてあった小瓶を見つける。

親の仇を見るような目で睨んでいた。

 

「それより、身体の具合はどうだ? どこか痛くないか?」

 

「兄上こそどうですか?」

 

「俺は平気だよ」

 

「嘘です」

 

「本当だって」

 

まだ薬が効いているのか、今は全然痛くない。

その内痛くなってくるのは間違いないが、別に嘘ではない。今だけ平気。

 

「アキ」

 

「はい」

 

「この間のお返しだ」

 

「むぐっ」

 

前置きもなく、唐突にアキを抱きしめた。痛くない内にやっておきたかった。

これからは、気軽に触れ合うのも難しくなりそうだから。

 

アキは抱きしめられたままじっとしている。

お互いに相手の体温や鼓動を感じる。生きていると言うのがひしひし伝わってくる。

出来ることなら、ずっとこうしていたい。ずっとずっと。それこそ永遠に。

そんなこと出来るわけないと分かってはいるけれど、思うだけならタダだ。

 

「……兄上」

 

「ん?」

 

「死なないでください」

 

その言葉に目を丸くする。

死んだ人間がどういう訳か生き返ったのだ。心配は当然として、多少過保護にもなるだろう。

 

「死なないよ」

 

「今度は私が守ります」

 

腕で俺を押し戻し、少し距離を開けたアキは、横になったまま見つめて来る。

その目には確かな覚悟が宿っている。年に不釣り合いな覚悟だ。

 

「今度は足手まといになりません。絶対絶対、絶対に」

 

「アキ……」

 

「だから、兄上ももう無茶をしなくて大丈夫ですから。私が守りますから」

 

言葉にしても態度にしても、背伸びしているように見えた。

9歳の子供が人を守ろうとする姿は歪に思える。まだ守られる年齢だ。子供は守られてしかるべきだ。誰かを守る必要なんてない。

 

「今まで無茶したことなんてないよ。これからするつもりもない。だから、そんなに気負う必要はない」

 

「……兄上は嘘つきだ」

 

「嘘なんてついてない」

 

「嘘つき嘘つき、嘘つき」

 

繰り返されると何も言えなくなる。

嘘で飾られた人生を指摘された気分になった。

 

「守るから。私が絶対に守るから」

 

「アキ」

 

「守る守る守る。守る」

 

アキは同じ言葉を何度も繰り返した。

覚悟の表れだろうか。その行為が酷く不安を煽る。

 

守ると言うが、それは母上の責任だ。わざわざアキが背負う必要などない。それを理解してほしいが、この身体ではなんの説得力も生まない。

 

早く身体を治さなければいけない。

治る見込みがないと言われようが、大切な人のためなら出来る気がする。

 

まずは養生して、傷が治り次第リハビリを始めてみよう。

一日鍛錬を休んだら、取り戻すのに二日かかるらしい。それも含めて一刻も早く治したい。

 

母上の話を聞いて、新しくやりたいことが出来た。

こんなところでチンタラしていられない。

治ってくれれば、いいのだけど。


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