女が強い世界で剣聖の息子   作:紺南

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第84話

話に聞いていた通り、家に戻ると皆が倒れていた。

それを一人ずつ布団に運ぶ若い白髪の女性。

見たことのない顔だった。誰だろうと不思議に思う。少なくともこの村の住人ではない。腰には剣が下がっているし、着ている服も市井(しせい)の物よりも豪華に見える。

 

母上の腕の中でその人のことを観察する。

母上自身は不用心とも思えるほどの軽い足取りで近づいて行く。

コズエちゃんを抱えていたその人は母上に気づくと「お」と言って母上を待った。

 

「どうなっている」

 

「毒っすねぇ。よくある麻痺毒かなあ。まあ、夜までには治りますよ。たぶん」

 

短い会話の後、子供から順に運ばれていった。次は男性で父上とゲンさん。最後に女性。つまりはシオン。

他の人たちが苦悶の表情を浮かべている中、意外と平気そうなシオンは運ばれる途中、ぶつぶつと文句を言っていた。

 

「あのクソガキィ……この状況で毒盛るか普通……。油断した、くそっ」

 

「はっはっは、(ざま)を見ろぉ」

 

「うるさい。黙って運べよ」

 

そう言う風に、白い髪の人と言い合いながら運ばれていった。

 

「下ろすぞ」

 

囲炉裏の側に下ろされる。

自分の格好を見下ろすと酷く汚れていた。アキと戦い、ぬかるみで転んだせいだ。

 

囲炉裏の周囲には膳が置いてあった。大半の料理が手つかずで残っている。

いくつか膳ごとひっくり返っているものもあり、その時の様子が目に浮かぶようだった。

 

「身体はどうした」

 

隣に座った母上が訊ねてくる。経緯を話せば長くなる。だから短く答えた。

 

「治りました」

 

「そうか」

 

沈黙。パチパチと火が燃えている。

 

「母上」

 

「なんだ」

 

「アキは……」

 

言葉に詰まった。

なぜだかとても悲しかった。裏切られた気持ちになっている。どうしてこんなことになったのか。その答えを知りたかった。

 

「あれは私がどうにかする。お前が気にする必要はない」

 

「俺も手伝います。アキは妹です」

 

「お前はもうこの家の人間ではない」

 

母上の顔を見る。冗談を言っている顔ではなかった。

 

「お前は婿に行く。これからはその家の者になる。私たちのことで頭を悩ます必要はない」

 

理屈としてはそう言うことらしい。それはきっとこの時代、この世界に生きる人々の考え方なのだろう。

だからと言って素直に飲み込める物でもない。無関係になったのだと言われても、そうではないと言う気持ちがわいてくる。

 

生まれた時からの関係なのだ。縁があり情がある。一緒に過ごした日々は何一つとして嘘じゃない。婿に行った先で全てを忘れて生きることなど出来るはずがない。

 

「俺は……」

 

言葉を探して考える。きっと母上は己の意思を曲げないだろう。そうすると決めたのならそれを通すのだろう。ならば俺も自分の意思を言葉にしなければならない。理屈っぽくていい。それが俺なのだから。

 

「……きっと、母上が見つけるよりも早く、アキは俺に会いに来ると思います。そしてまた愛を告げるでしょう」

 

思い返す。

アキは俺のことを好きだと言った。愛していると。その時俺は何を思ったか。どう考えたか。

 

「アキは俺の意思に関係なく、俺を自分のものにするつもりでした。なら結局、アキをどうにか出来るのは俺しかいないと思います」

 

説得するかそれ以外の方法をとるか。いずれにせよ俺は当事者で、それ一つだけ抜き取ってみれば痴情のもつれに過ぎない。

他の要因が絡まったせいで、その全てを深刻に考えすぎていたのではないか。今になってそう思う。大事なのは愛を告げられたことではなかった。今更こんなことを考えても遅いけれど。

 

話している間にこんがらがっていた頭も大分すっきりしてきた。

そうだ。俺はアキと話している間、何も選べなかった。初めから違和感はあったのだ。それに気づかないふりをして目を背け、変わり果てていたアキを受け止め切れず、告げられた愛を拒絶しただけ。

 

俺はアキがどうしてあんな風になってしまったのか知りたい。知らないといけない。色付きの刀が原因なのか。カオリさんを殺したのは本当なのか。知りたいことが多くあるのに、結局何も知れていない。

 

母上の言いつけに従って婿に行ったとして、その先の人生がどうなるのか。全く想像が出来ない。多分普通の人生を歩むことになる。この世界での普通。それがどういうものなのか、未だに想像すら出来ていない。

 

俺は今11歳。年が明ければ12になる。多分、俺はこの世界に馴染めない。染まることは出来ない。この世界で何十年過ごしたとして、いつまで経っても俺は俺のままなのだろう。

 

「母上、俺はアキを追います。追わせてください」

 

きっと、そうするのが正しくて、そうするしかなくて。その先に何が待ち受けているのか分からないけど。でもそうすべきだと思った。

 

俺の言葉を聞いて、母上は黙考する。その目から視線を逸らさない。真摯に向き合った。お願いだからと心から願った。

母上の口が開く。そこから発せられた言葉は予想通りのものだった。

 

「――――駄目だ」

 

「母上」

 

「もう全て決まったことだ。残りの人生は男として真っ当な道を歩め。余計なことに首を突っ込む必要はない」

 

余計なこと。それは違うと首を振る。

 

「どうしてそんなことを言うのですか。アキのことです。余計なことなんかじゃないでしょう」

 

「余計なことだ。お前には関係がない。今まで、余計なことばかりさせすぎた。だからそう思うのだろう」

 

頬に手を添えられる。優しい手つきで撫でられた。

添えられた手に自分の手を重ね、不思議に思って母上を見返す。

 

「お前は男だ。まかり間違っても女にはなれない。私は間違えた。必要なことは何一つ教えられなかったが、男には男の生き方がある。これからはそれを学べ」

 

そう言って母上は立ち上がる。

 

「明日の朝にここを発て。アキのことは私が何とかする」

 

言い捨てるように言葉を発し、何かを振り切るように去っていく。

 

母上の気配が遠ざかるのを感じながら、自分の頬に手を当てる。触れられたところは暖かかった。心休まるような気さえする。

 

どこまでも不器用な人だ。幸せになるべきはあの人の方だと思う。俺が俺でさえなければ、暖かな家庭を築けていただろうに。

 

自分と言う存在が疎ましい。なぜ生きているのか分からない。死ぬべきだと思うし、死にたいと思うし、死んでいるべきだとも思う。

 

死と言う単語から連想する。アキの、あの人格の言葉。

 

『あたしを殺してくれ』

 

アキを殺したくはない。

アキを殺すぐらいなら自分が死ぬ。けれども、もしアキがカオリさんを始めたくさんの人を殺していて、その人格を奪って、手のつけようのない化け物になり果てたと言うなら、その時は……。

 

「アキ……」

 

誰かが殺さなくてはいけないと言うのなら。

見知らぬ誰かではなく。母上ではなく。

 

――――俺が、殺す。

 

 

 

 

 

夜を待つ。

誰にも悟られることなく行動するには夜しかない。

母上を説得するのが無理なのは分かっていた。頑固な人だ。だからと言って、俺も自分の意思を曲げるつもりはない。押し通す決意があった。そのためには人目を盗む必要がある。

 

夜になるまでの間何をすべきか考えた。

このまま真っすぐアキを追うべきか。仮に追いついたとして、また同じことになる気がする。だから、まずは東に行こうと思う。知る必要がある。何があったのか。何をしたのか。全ての始まりはそこにあるだろうから。

 

他に方法が思いつかなかったとは言え、夜に出発すると言うのは我ながら思い切った方法だ。

暗くて移動に危険が伴うと言うのもそうだが、飢饉のせいで治安は悪くなっているはず。

アキを探しに行った時は特段の身の危険は感じなかったが、さらに東に行けばどうなっているかわからない。ツムギちゃんとコズエちゃんの件もある。アキが言っていたことを鵜呑みにするなら、凄惨な状況になっているのだろう。

 

そんな中を俺みたいなのが一人で歩いているとなると多分狙われる。なぜ狙われるかと言うと男だから。……どうだろうか。自分で言っておいてあまり自信はない。

人身売買と言う意味では需要はある気もする。歴史を振り返ってみて、大規模な飢饉ともなると共食いは普通にあったことらしいから、多分その方向で狙われるのではないだろうか。

 

色々なことを考える。大人に追われたら逃げきれない。だから移動方法は馬を使う。

刀を持ち、少量の食料を持って馬小屋に赴いた。すぐ隣のトカゲ小屋からガサガサと音がしたので非常に緊張した。

 

馬小屋では母上が乗っていた黒馬が眠っていたが、他に見知らぬ馬が二頭いた。どちらも白毛。黒馬同様、どことなく気品がある。

白髪の女性が連れて来た馬なのだろうが、なぜ二頭もいるのかは分からない。

盗むつもりもないのでいつもの栗毛を起こそうとしたところで視線を感じて振り返る。

 

闇の中に人が立っていた。母上かと思ったが違った。白髪の女性。微笑みを浮かべながら、足音もなく近づいてくる。

 

「よう剣聖の息子。こんな夜更けにどうしたんだ?」

 

手を上げながら親し気に話しかけてくる。

まだ自己紹介も済ませていないが、母上の知り合いなのは間違いない。それなりに信用しているらしく、父上を始め皆の容態を見てもらっていた。

母上が信用しているのだから警戒する必要はない。理屈ではそうなるが、なぜか警戒してしまう。こんな時間に会ったのもそうだが、何よりも気配がしない。

 

「……そちらこそどうしました? 何かご用ですか?」

 

「いや、あたしはたまたま通りがかっただけ」

 

どうだろうか。初めて会った時には気配があった。今に限ってそれがないのは、故意にそうしているとしか思えない。

 

「で、何してるの?」

 

目の前にしゃがみ込み、頬杖をついて訊ねてくる。

笑みが浮かんでいる。面白そうなものを見る目。俺が何をするか見抜いた上で聞いているのだろうと思った。

ここで下手に嘘をつけばどうなるか。そもそもなぜそれを訊ねてきたのか。その二つを考えて、素直に話すことにした。

 

「東に行こうと思って」

 

「なんで?」

 

「アキが……妹が、ああなってしまったので」

 

ほうほうと相槌が打たれる。

 

「一人で行くつもりか?」

 

「はい」

 

「やめといたほうがいいぜ」

 

「なぜですか」

 

「あぶねえから」

 

それは知っている。

でも行かなくてはならない。明日になれば俺は婿に行く。シオンのものになる。自由がなくなる前に行動する必要がある。

 

「危険は承知しています。でも行きます」

 

「へえ、承知してんの? ほうほう」

 

何度か頷いた後、おもむろに立ち上がったその人は俺の肩を何度か叩いた。そしてこう言う。

 

「やっぱあれだな。お前馬鹿だな」

 

突然の罵倒に言葉を探す。何を理由に馬鹿と言ったのか。思い当たるものはたくさんある。否定はできない。

 

「そうですね。俺は馬鹿です」

 

「お、素直だな。普通は認めないぞ」

 

「まあ、馬鹿は死んでも治らないって言いますし。俺はずっと馬鹿なんですよ」

 

「はっはっは。面白いこと言うなあ、お前」

 

バンバンと繰り返し肩を叩かれた。

 

「で、剣聖の息子」

 

「……あの、俺はレンと言うので、そっちで呼んでもらっていいですか」

 

「レン。行くのはいいけど、ちゃんと許可は取ったのか?」

 

「……いいえ」

 

「じゃあ、許可取らないとな」

 

取れないからこうしているのだ。

なんとか見逃してもらおうと逡巡している間に、肩を抱かれて連れて行かれそうになる。

 

「ほら、行くぞレン。あんまり待たせると余計機嫌悪くなるからな」

 

「待ってください。すでに一回話してるんです。それで説得できなかったからこうしていて……」

 

「あ、ほんと? そっかぁ。まあ、もう一回話してみろよ。今度は頷くかもしれないぞ」

 

絶対に無理だ。

振り解こうと暴れてみたが力の差があってどうしようもない。

 

そのまま連れて行かれる。――――シオンの元に。

 

「君には自覚が足りない」

 

状況が呑み込めないまま正座した俺に対し、シオンはそう言った。

胡坐を組んで頬杖を突くシオンはぶすっと不機嫌そうな顔をしている。

毒を盛られた後、すっかり体調は良くなったらしい。他のみんなも後遺症等は出ていないらしい。

 

「君は僕のものだ。そう言っただろ。聞いてなかったの?」

 

「聞きました」

 

「じゃあどうして勝手な行動をしてるの?」

 

答えようがなくて押し黙る。シオンは容赦しない。

 

「都合が悪いことには答えない。君はそういう教育を受けたのか?」

 

「……いいえ」

 

「じゃあ答えろ。どうして僕の許可も得ずに行動しようとした?」

 

再三に渡る追及。

正直なところを言ったら絶対怒るだろうなと思う。それで別の言葉を探すも見つからない。段々と険しくなる表情を見て諦める。白状した。

 

「シオンさんの許可が必要だとは思っていませんでした」

 

瞬間、シオンの目が据わり、白髪の人が噴き出す。

 

「は? なに? は?」

 

「いえ、その……必要なのは母上の許可で、婿に行くのは明日だからまだ正式には婿ではないわけですから、でもアキのことがあったので先延ばしと言うか……最悪反故にするつもりでした」

 

「はあ!?」

 

激高したシオンが掴みかかって来た。

怒られるのは仕方がない。そう思って無抵抗でいたら、白髪の人が笑いながら仲裁に入ってくる。

 

「この箱庭はさぁ! 本当にどうしてやろうか……!!」

 

「落ち着け落ち着け。ほら落ち着け紫苑(シオン)様」

 

「うるさい! 笑うな! 黙ってろ!」

 

胸ぐらを掴まれて顔を寄せられる。

罪悪感で顔を見られなかったから目を逸らした。

 

「大体、お礼は身体で払うとか言わなかったか!? 反故って何!? 何なの!? 何考えてる!?」

 

「……言いました。払います。そのつもりです。でも、あの、ちょっと恥ずかしいのであまり大きい声で言わないでください……」

 

「君が言い出したんだろ!? 今更何言ってんだよ!」

 

正直自暴自棄になっていたところもある。

身体のこと、父上のこと、エンジュちゃんのこと。アキの一件を経てちょっと冷静になった今、恥ずかしいと言う気持ちが生まれてきた。とはいえ、恥ずかしがってもしようがないことではある。

 

「……シオンさん」

 

「あぁ!?」

 

「今、払いますか?」

 

一応訊ねた。それなりの覚悟を決め、シオンの顔を見つめながら。

そうするとなぜかシオンの動きが止まった。響いていた笑い声も止まる。

 

数舜見つめ合った後、胸ぐらを放され、シオンは元居た場所に戻る。

 

「で、君は何がしたいの」

 

話が戻った。

よくわからないが、不問になったのだろうか。

 

「アキがああなった原因が知りたいんです。東に行けば少しは事情が分かるかもしれない」

 

「東ねえ……」

 

シオンはどこか忌々しそうに呟く。頬杖を突きながらあらぬ方向を見つめ、かと思えば白髪の人に視線を送った。白髪の人は何も言わずに肩をすくめる。

 

「一つだけはっきりさせておく。レン、君は僕のものだ。君に拒否権はないし、そもそも僕は君を手放すつもりはない。君がその身体である限り永遠に」

 

ああ、そう言えばと、今更ながら思い出す。

俺の持つ不死性をシオンは知っている。シオンのような権力者にとって、不死は永遠の夢だろう。だからシオンは俺を自分の物にした。

 

ここ最近、色々なことがあった。ありすぎた。何一つとして飲み込む暇がなかった。

シオンは自覚がないと言ったが、自覚するだけの余裕がなかったのだ。

 

「この先君が何をしようとしても、その全てに僕の許可が必要になる。(ナギ)の許可じゃない。僕の許可だ。わかった?」

 

「……」

 

「わかったの!?」

 

「……はい」

 

「……わかったならいいよ。じゃあ行こうか」

 

「はい?」

 

「東に。行きたいんだろ?」

 

刀を持って立ち上がったシオンはさっさと部屋の外に出てしまう。

それを追う白髪の人が「よかったな」と言いながら肩を叩いてきた。

 

予想だにしない事態に呆然とする。

しばらくぼけっと座りこんでいたが、急かす声が聞こえて立ち上がる。

 

よくわからない。わからないが、とにかく、東に向かうことになったらしい。感謝すべきなのだろう。……今一つ意味が分からないが。

 

 

 

 

 

「そう言えば、紹介してなかった」

 

馬の準備をしている最中、シオンが白髪の人をさしながら言った。

 

「そいつ、僕のお付きだから。君もこき使っていいよ」

 

「こき使われるのは勘弁」

 

「それが仕事だろ。ほら、名乗れよ」

 

随分とぞんざいな扱いに思えたが白髪の人は気にも留めていない。普段からこんな距離感なのかもしれない。

 

(アザミ)だ。よろしくな少年」

 

微笑みと共に告げられた名前は、人の名前としては聞きなれない、どことなく違和感のあるものだった。




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