女が強い世界で剣聖の息子   作:紺南

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第86話

隣町に着いたのは夜明け前。

ほとんどの人が眠っている時間。

自警団の屋敷を訪れて中の様子を伺った。何日か前に来た時と変わりなく、屋敷に人の気配はほとんどない。まだ誰も戻ってきていないようだった。

 

そうであるなら長居する必要もない。

町を通過してそのまま東に向かう。

 

得られるものはないからと言う判断だが、それはそれとして食料を手に入れる必要がある。

早朝すぎて町ではどこの店も開いていなかった。そもそも食料が売られている可能性は低いけど。

 

手持ちの食料はわずかだ。

家からはほんの少しだけ持ってきている。あまり多く持ってくるのは良心が許さなかった。元々はアキが持って来たものだし、大半は村人に配られると思う。

 

買えないのであれば自給自足しかないわけだが、生憎とその手の知識には疎い。

そう言うことにはゲンさんが詳しかった。発つ前に聞いておけばよかっただろうか。しかし、聞いたら聞いたでなぜそんなことを聞くのかと言う話になって、痛すぎる腹を探られることになっただろう。

 

町を通過して半刻ほどで夜が明けた。

明るくなったなら馬を走らせることが出来る。そうする前に一度休憩をとることになった。

二人が馬の世話をするのを尻目に、手が空いていた俺は食べられる物を探すことにする。野草でもないだろうかと藪の中をゴソゴソしていたら首根っこを掴まれた。掴んできたのはシオンで、胡乱気な顔で訊ねてくる。

 

「何してるの?」

 

「食べられるものを探してました」

 

その答えを聞き、顔をしかめたシオンがアザミを見る。

面白げに俺たちを見ていたアザミは「あいよー」と答え、馬に括り付けていた荷物の中から何かを取り出してシオンに放り投げた。

 

「お腹空いたならこれ食べて」

 

差し出された物をまじまじと見る。干し肉だった。

 

「水もあるから」

 

水筒を手渡される。シオンのものだろう。俺も持っている。

 

「ちゃんと飲んでよ。それと僕の目の届かないところに行こうとするな」

 

その場で無理やり座らせられて、シオンは馬の世話に戻って行った。

渡された干し肉を眺めながら考える。飢饉が起きているのは間違いない。だからシオンもアザミも食料など持っていないはずだと思い込んでいたが、その考えが間違っていた。

 

シオンは身分が高いらしく、アザミはそのお付きの人間だ。お金持ちだから飢饉の影響を受けていないのかもしれない。あるいは西は東ほど食糧事情が酷くないのか。

 

どういう理由にせよ、食べ物があるのは良いことだ。そう思いつつも少し複雑な気持ちになる。

それを誤魔化すために干し肉を齧った。香辛料が効いていて美味しい。なんだか懐かしい味わいがする。多分、この11年で食べた中で10指に入るぐらい美味しかった。たかだか干し肉なのに。

 

 

 

 

 

ここから更に東にある町。俗に言う西都には馬を繰っても二日はかかるらしい。

不眠不休で行けば一日で着く計算で、実際俺はそうするつもりだったが、シオンがそれを許さなかった。

そもそも馬が不眠不休で行くのは無理だし、人だって疲労が溜まれば効率が下がる。

だから夜になると道沿いに建っていた宿に泊まった。

 

宿と言っても立派なものではない。個室はなく、建物も隙間風の厳しいあばら家で、食事など出るはずもない。寝具すらなかった。

 

雨風凌げるだけまし。寒いから三人で寄り添う。各々自前の外套(がいとう)を巻いて雑魚寝するのだが、俺だけは必ずシオンの外套に二人で(くる)まることになった。

 

最初は、外套なら俺も持っているのでそんなことをする必要はないと断ったのだが、シオンが譲らなかった。

 

「そっちの方が暖かいし、嫌がる理由もないでしょ。そういう関係なんだし」

 

「そういう関係ってどういう関係ですか」

 

「は?」

 

愛人なのか、婚約者なのか、はたまた別の何かなのか。

そこのところを明確にしたかったのだがやめておいた。剣呑な雰囲気を感じた。

 

「君は手を放したら勝手にどこかに行きそうだし、襲われるかもしれないから僕と一緒に寝なさい」

 

「どこにも行きませんし、俺を襲っても金品は持ってませんよ」

 

「……犯されるって言い直せばわかるかな」

 

「11歳の子供を犯す物好きも早々いないと思います」

 

「……僕のこと物好きって言ってる?」

 

「言ってません。……やっぱり犯すつもりあるんですか?」

 

踏み込み過ぎたらしい。

怒ったシオンに頬を(つね)られる俺を見て、アザミが腹を抱えて笑っていた。

 

そんなこんなで目的地に着く。道中かなりゆっくり進んだらしく、着いたのは日の沈みかけた夕方ごろだった。

遠くから見たところでは随分と広い町だった。大きな川と小さな川が何本か存在する。水気があって平坦な地形だからこれだけの町が作られたのだろう。

 

かつては海の向こうの国が治めていた町で、今は別の国が治めている。それでも人の営みは変わらない。数えるのも億劫(おっくう)なほどの人数が暮らしている。

 

本来であれば人口に比例して裕福な人が多いはずのこの町。だが見る限りそう言う人は見当たらず、むしろ貧しそうな風体の人が多かった。

 

町全体から物騒な雰囲気が漂っていて、俺たち三人に向けられる視線に友好的な色はなく、忌々し気に、憎々し気に、敵愾心を向けられるばかり。

 

こんなところに長居すべきではない。とっとと自警団を探そうと歩き始めた俺を制止して、「まずは宿」とシオンが言った。

 

アザミとシオンが率先して宿を探す。正直宿なんてどこでもいいだろうと思うのだが、二人には譲れない条件があるらしく、三件目に見つけた宿に泊まることになった。部屋は三人一緒の部屋だ。

 

料金はアザミが払った。

食料と言い、宿と言い、頼りすぎてて申し訳なくなる。何らかの形で返したいが、一銭も持っていない現状では身体で返す以外に思いつかない。所詮、俺は剣の腕以外に何の取り柄もない子供に過ぎない。嫌になる。本当に。

 

宿を探している内に日は沈んでしまった。

この町は夜でも開いている店がたくさんあって、明かりも多く出歩けないわけでもなさそうだ。ならば早速自警団を探しに行こうと思ったのだが、これもまた制止される。アザミが一人で行くと言う。

 

「物騒な気配がするから、あたし一人で行く」

 

「俺も行きます」

 

「子供は寝る時間だ。ここからは大人の時間だぜ」

 

何か含みのある言い方ではあったが、要は危ないから安全な場所にいろと言うことだった。

その気遣いはありがたいのだが、そもそもこの町に来たのは俺の我が儘で、その目的さえも人に丸投げするのはおかしな話だ。

だから何度となく俺も行くと言ったのだが、アザミは「駄目」と言い、シオンも許可をくれなかった。

 

「とりあえず情報を集めるぐらいなら(アザミ)一人の方がやりやすいでしょ。とっとと行って、とっとと帰って来いよ」

 

「そんなに()かすなら紫苑(シオン)様も来るか? 手伝ってよ」

 

「僕は寝る」

 

俺の意思は尊重されない。一応、どうしたいのかは聞かれるけど、「それは駄目」と断られてしまう。

なぜ駄目なのかと言うと危ないからだ。そんなことは知っている。承知の上でここに来た。そう言っているのに、聞き入れてもらえない。

 

行ってしまったアザミの背中を追って、窓から外を見る。

この部屋は二階の一室だった。灯篭(とうろう)に照らされながら遠ざかる背中に、居ても立っても居られずに追いかけようと踵を返し、シオンの視線に気づいて立ち止まる。

 

「どこに行くつもり?」

 

「自警団を探しに」

 

「ここにいろって言ったよね? 薊が探してくるってば」

 

「用があるのは俺ですから、任せっきりにするのは駄目だと思います」

 

シオンは溜息を吐いて近づいてくる。

額を撫でられたかと思えば、次の瞬間には人差し指で弾かれた。

 

「いたっ……」

 

一、二歩後ずさる。

額を抑えながらシオンを見る。やれやれという感じで首を振っていた。

 

「君はここにいろ。僕たちが全部やってあげるから」

 

「……」

 

言葉に困った。親切にも全部やってくれるらしい。何から何まで、一から十まで。俺のすべきこと全て。

まるで子供扱いだ。11歳なのだから子供で間違いはないが、それを踏まえても俺の感覚では優しいと言うよりは過保護に近い。

シオンとアザミがいくつなのかは知らないが、二人とも俺より年上であるのは確かで、幼子を世話するような気持ちなのかもしれない。

言うなれば初めてのお遣いだろうか。見守るのではなく先導されているが。

 

「あの……」

 

「我が儘は聞かない。身体を綺麗にしたらもう寝るよ。薊がいつ帰って来るか分からないし」

 

この宿では身体を拭くために(おけ)と布を用意してくれる。

贅沢を言うなら風呂に入りたいのが本音だが、そもそも一般に風呂が普及していないこの社会では贅沢すぎる望みだ。布で身体を拭くのが一般的なのだろう。

 

窓から外を眺め、地面までの距離を測っていた俺にシオンが桶を渡してくる。たっぷり水が入っていて、こぼさないために両腕で抱え込んだ。

さっさと拭けと言われて渋々窓から離れる。部屋の隅っこに腰を落とし、いそいそと服を脱ぐ。

 

窓から一定の光が差し込んでいるおかげで真っ暗と言うわけじゃない。自分の手元を見るのに不自由しないし、部屋の反対側までなら見通せる。

 

俺とシオンしかいないこの部屋で、俺一人が裸になっている。それに思い至った瞬間、自然と手が震えた。

アキやツムギちゃん、コズエちゃんとは裸の付き合いがあった。一緒に風呂に入るのに緊張なんてしなかったし、普通のことだと思っていた。

 

けれどシオンは俺より年上で、時折性的な視線を向けてきて、愛人だか伴侶だか、そういう関係だった。

そんな人と二人っきり。時刻は夜。場は整っている。これで緊張するなと言う方が無理だ。

 

これ以上ないぐらいシオンの存在を意識しながら、勇気を出して肩越しに振り返ってみる。

振り返った先、当のシオンは壁を向いてくれていた。ガン見されていたらどうしようかと思ったが、それぐらいの配慮はあるらしい。

 

それにわずかに安堵し、けれど緊張はしたままで、シオンの気配を感じながら丁寧に身体を拭いて行く。二日とは言え旅をしたのだから汚れているに決まっている。少しでも綺麗にしたかった。この後、もしかしたらを考えれば余計にそうすべきだった。

 

布は一枚しかなかったから、俺が拭いた後は同じ布でシオンが自分の身体を拭く。

今度は俺が壁を向く番だ。背後から聞こえる衣擦れの音に動揺は治まらない。

 

本当なら部屋から出るべきだったのだろう。

けれどシオンが出入り口付近に陣取っていて、桶を渡したら直後に服を脱ぐ素振りを見せたので、部屋を出る暇がなかった。

 

衣擦れの音を意識したことなんて今までない。息が詰まりそうになる。

俯きながら正座をして時が過ぎるのを待つ。衣擦れの音が止み、布団を敷く音がして振り向いた。

 

「寝ようか」

 

大雑把に布団を敷いたシオンが俺を呼ぶ。

 

「おいで」

 

前に向き直り、大きく息を吸って吐いた。

覚悟を決める。何度目かの覚悟。

溜まっていた借りを返す時がついに来たのかもしれない。

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