女が強い世界で剣聖の息子   作:紺南

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第90話

宿を出て外を見回す。

夜が明けてからそれなりに経ってることもあって、人の姿はそれなりにある。向けられる視線も相応だった。一様に無関心からは程遠く、無遠慮にじろじろと見られる。

 

宿から出る間際、シオンに無理やり被せられた外套のフードを目深に被り直して歩き出す。

この町に来た目的はアキがここで何をしたのか。本当にカオリさんを殺したのか。それを確かめることだった。

 

そのためには自警団を見つけなくてはいけない。この町は広くて人が多い。気配を探るのにも限度があり、歩き回って探したとしても見つけるのは困難だった。

 

手っ取り早いのは街の住人に話を聞くことだが、アザミが通りがかりの人に話しかけようとしたところ無視された。あるいは避けられる。

懲りずに何人かに声をかけ、悲鳴を上げられたところでやめることにした。

予想以上に嫌われていることはわかったが、それは正直どうでもいい。

 

「いやあ、ああいう態度をとられると、さすがのあたしも傷ついちゃうなー」

 

そう言う割に傷ついているようには見えない。

シオンが面倒そうに周囲を見回して溜息を吐いた。

 

「別にいいよ。今日は風向きがいいみたいだから、そっち行ってみよう」

 

「そうしますかぁ」

 

二人が二人しか分からない会話をして歩き出す。アザミが先導し始めた。

 

「多分こっちかなー」

 

道行く人は黒髪ばかりで、アザミの白髪は注目を集めている。同じ理由でシオンにも視線が向けられていた。

鼻歌を歌い出しそうな気楽な雰囲気のアザミは、自らに向けられる視線を一切気に留めずにいる。傷つくなんて言っていたが、やっぱり傷ついてはいなさそうだ。

 

「こっちだと思うんだよねー」

 

アザミの口から洩れる声は独り言に近い。

迷う素振りなく歩く彼女には土地勘があるように思えた。

 

「どこに向かっているんですか?」

 

「え? いや、それは知らんけど。でもこっちだと思うよ」

 

知らないのにこっちもあっちもないだろう。

 

「何を根拠にこっちだと思うんですか」

 

「そりゃあ、臭いがするから」

 

「匂い?」

 

「そう。血の臭い」

 

あっけらかんとした態度とは裏腹な生々しい単語。連想されるのは殺人の二文字。

カオリさんのことを思い出し、同時に鼻をひくつかせる。それらしい匂いは感じ取れなかった。

本当なのだろうか。疑問を抱きながらシオンを見ると、シオンは肩をすくめた。

 

(アザミ)の鼻は獣並みなのさ」

 

「いやいや。慣れれば誰だってできるから。紫苑(シオン)様だって出来るでしょ?」

 

シオンはもう一度肩をすくめた。

何度か鼻を鳴らして匂いを嗅いでみたが、やっぱり血の臭いは感じ取れない。

二人の態度は冗談を言っているようには見えなかった。

これもこの世界では普通なのだろうか。

 

「あー、多分ここかな。ね、紫苑様?」

 

「ここだろうね」

 

辿り着いたのは大きめの屋敷だった。

一般的な住民が住んでいるあばら家とは違い塀と門で区切られた立派な家。

開け放たれた門から中の様子を覗き込める。中に人の気配はない。

 

中に入ることを身体が拒否し、門の前に立ち尽くす。ここに来るまでにも所々に痕跡はあり、ここまで近づけば俺にもわかった。

はっきりと血の臭いがする。鼻につく生臭さ。手で鼻を抑えてもまだ感じられるほど強烈な臭い。

 

よく見れば、あちこちに血の跡が残っている。特に門の周りが酷い。道の上、塀や門扉。中を見れば壁や天井にも。

尋常ではない血痕の数。一人だけではない。何人もここで死んでいる。

 

「やれやれ……何人死んだんだか……」

 

アザミが呟いた。半ば呆れている。そんな声音。

 

「……ここはどこですか」

 

「わからないけど、最近ここで大勢死んでるみたいだから、ここなんじゃないか? 自警団の屋敷って」

 

呆然とする。カオリさんを殺したとは言っていた。しかし、こんなに大勢殺したとは聞いていない。

頭の中が真っ白になり、二人が会話を続けている。

 

「生き残りなんていないかもね、これ」

 

「無駄足だったかぁ」

 

束の間呆然自失としていた己を叱咤し、必死に考える。ここにいただろうアキのこと。人を殺したと言った妹のことを。

本当にアキはカオリさんを殺したのだろうか。他ならぬこの場所で。

 

それが知りたくて一歩踏み出す。

門から中へ。血痕を避けながら。

 

建物に入ることはせず庭に回る。

庭の真ん中に刃物で斬られたと思われる障子が転がっていた。

少し離れたところには井戸があり、中を覗けば薄っすらと赤く染まっている。

 

井戸に手を置いて縁側から中の様子を見る。

べったりと血がこびり付いた襖。人の手形が付いた柱。至る所に戦いの痕跡がある。激しい戦いがあったのだ。

 

息を吸えば血の味がする。想像する。ここであった戦いを。

 

大勢の人間が殺された。その渦中にアキがいた。カオリさんを殺したと言っていたが、こんなにも多くの人間を殺していたのか。……本当に?

 

血の跡を見るに、間違いなく十人以上いたはず。

それを全てアキが殺したと言うのか。

殺したか殺してないか。それを論じる以前に、アキにそんな実力はない。アキには無理だ。だから……。

 

安易な結論に達しそうになった瞬間、鍛錬場でのことが脳裏をよぎる。自分の左目に触れながら思い出す。手も足も出なかったあの一戦のことを。

 

あの時のことを考えれば、可能か不可能かで言えば恐らく可能だ。今のアキなら。簡単に俺を無力化したあのアキならば。

 

「レン」

 

「……なんでしょうか」

 

「誰か来たよ」

 

顔を上げて門の方向を見る。

いつの間にか、腕一杯に花を抱えた女の子が立っていた。

 

「お前らなんだ! ここで何してる!」

 

その子はまだ幼い顔立ちで、見覚えのある女の子だった。

どこで会ったか。記憶を探る間も怒号が飛んでくる。

 

「お前たち西の人間だろ! ここに何しに来た!」

 

「おー、元気いいなあ……。いや、ちょっと聞きたいことがあってさぁ」

 

「話すことなんてない! 帰れ!」

 

完全にこちらを敵として扱っているその態度に、アザミは困った顔をしてシオンと顔を見交わしている。

向こうは実力行使も辞さないという態度だ。事を荒立てるのは望ましくない。

 

二人が言葉を探している最中、俺は憎い仇を睨みつけるかのような女の子の表情を見て、ようやく記憶が繋がった。

以前、母上とアキの三人で町に出かけた時、俺たちのことを監視していた女の子。

 

「あなたは……確か自警団の人、ですよね」

 

「は? なんだよ、お前……」

 

「ここで何があったのですか?」

 

女の子の顔が歪んだ。

 

「……関係ないだろ」

 

「ここでたくさん人が死んだんでしょう? 何があったんですか?」

 

「関係ないって……」

 

「……ここでカオリさんは死んだんですか?」

 

女の子が目を見開く。俺たち三人を順々に見て、そして首を振った。

 

「いや、違う。ここは和達(わだち)の屋敷だ。ここで死んだのは和達の人たちだよ」

 

「……え」

 

女の子は持っていた花を縁側に置いて両手を合わせる。

 

「お前らなんなんだよ。和達に用があったんじゃないのか? ……みんな死んじゃったよ」

 

「カオリさんは……」

 

「カオリさんが死んだのは自警団の屋敷だ。ここじゃない」

 

一瞬湧いた希望は次の瞬間には途絶えた。やはりカオリさんは死んでいた。

 

「結局、自警団はどうなったのか。僕たちはそれを知りたいんだよ」

 

言葉をなくした俺に代わり、シオンが口を挟んだ。

女の子は笑った。自嘲に似た笑い方。面白くもないのに笑っている。壊れる一歩手前の笑みだった。

 

「みんな死んだ。自警団なんてもうない」

 

「それは君以外死んだってこと?」

 

「私とあと一人。それ以外は死んだ。殺された」

 

「アキちゃんに殺されたのかな?」

 

女の子は億劫(おっくう)そうにシオンに目を向ける。

それから俺を見て眉をひそめた。

 

「……あんた、もしかして……」

 

その視線がフードの奥に向けられているのを察し、フードを外して顔を見せる。

俺の顔を見て、女の子は瞳を揺らした。

 

「見たことある。あいつも言ってた……。そっか、そうなんだ……」

 

女の子は呟いている。その内容は分からない。きっと彼女にしか分からないことがたくさんあるのだろう。どうか、一つだけ教えてほしい。

 

「一つだけ教えていただけますか」

 

「なに」

 

「アキが自警団の皆さんを殺したんですか?」

 

女の子は俯いて、顔を上げる。

 

「うん」

 

あくまでも無感情。けれど奥底で何かを堪えていた。

 

「あんた、アキのお兄ちゃんだろ? 名前は?」

 

「レンです」

 

「レン。会わせたい人がいる」

 

踵を返し、肩越しに俺を誘う。

 

「私は(アンズ)。あんたを姐さんのところに……鬼灯(ホオズキ)さんのところに案内する」

 

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