彼女は言った。会わせたい人がいると。
それが何者なのかは分からない。ホオズキと言う名前に聞き覚えはない。男か女かもわからない。それでも構わなかった。
「わかりました」
先に行くアンズの後を追いかける。早足に数歩進んだところで襟首を掴まれてのけぞった。
振り向くとシオンが呆れた顔をしている。
「なに普通に付いて行こうとしてるの? 馬鹿なの?」
「なにがですか?」
「勝手な行動するなって言ってるんだよ」
首を傾げる。
勝手も何もない。折角会えた自警団の一人。会わせたい人がいると言う。付いて行かずにどうしろというのだろうか。
「騙されてる可能性は? そもそもあいつ本当に自警団?」
「自警団のはずです。だから大丈夫ですよ」
「何が大丈夫んなんだよ。安易に考えすぎだろ。アキちゃんが色々やったんでしょ? 呑気に付いて行ったら酷い目に遭わされるかもしれない」
確かにその可能性はある。しかし、ならば付いて行かないのかと言われたら、その選択肢はない。
「でも、行くべきだと思います」
「……もし騙されてたとしたら、行った先でどんな目に遭うか分かってる?」
「殺されるかもしれません」
殺されて本当に死ぬかはともかく、そうなる可能性は高いだろう。
シオンは他にも何か言いたそうな顔をしていたが、「何してんだよ!」とアンズの怒鳴り声が聞こえて言葉を飲み込んだらしい。代わりとばかりに溜息を吐いて、頬を引っ張ってきた。
「いたい……」
手加減はされているのだろうがそれなりに痛い。思わず出た言葉と共に視線で抗議する。
「お仕置き。言うことを聞かなかったことへの」
「言うこと……」
「君は僕のものだって言っただろ」
その話は覚えている。
しかしこんなことでも許可が必要なのか。これじゃあ本当に奴隷と変わりない。
「何やってんだよ! 来るのか来ないのかどっちだ!」
しびれを切らしたアンズが怒鳴り散らす。その声の大きさに一瞬顔をしかめたシオンは、表情を取り繕って微笑みを浮かべた。
「今行くからそんなに怒らないでよ」
「うるさい! 西の人間が指図するな!」
半ば以上理不尽な怒りを受け、シオンは肩をすくめて歩き出す。
俺とアザミの二人もシオンに続き、アンズは肩をいからせながら歩き始めた。
屋敷から出る間際、最後に一目見ておこうと屋敷の中を振り返る。そうすると後ろを歩いていたアザミと目が合って、にかっと笑ったアザミに耳打ちされる。
「騙されてるってことはないと思うけど、いざと言う時は逃げような」
「はい」
もし仮に騙されて不意打ちされたとしても、気配が読める分こちらが有利だ。分の悪い賭けではない。
そもそも賭けているつもりもないのだけど。
先を行くアンズを追いかける。
道中で会話らしい会話はなく、試しとばかりに話しかけたアザミには「うるさい!」と返事があった。
進むにつれて少しずつ人の気配は減っていく。町の中心部を外れて山の方へ向かっているようだった。
小さな山の麓。そこから短い石段を上り、木造の建物に辿り着く。
そこらに建っている住居より遥かに立派で、パッと見て誰かの屋敷にも思えたが、よくよく見てみれば周囲にはいくつもの灯篭が立っており、正面入り口には階段と両開きの戸。恐らくは寺ではないかと思った。自信は全くないけれど。
寺と言っても観光地にあるような荘厳な雰囲気はない。飾りも質素で、積極的に人を迎えようという意思は皆無だった。来たいなら来ればいいという雰囲気。
そんな建物を横目にまた歩き始める。連れて行かれたのは隣接する平地。そこには一定間隔で土が盛られていた。
不思議な光景だった。こんなにも開けているのにどこか悲し気な気配がした。寂れているとは少し違う。胸の奥が重苦しくなる感覚。
ここはどこだろうと疑問を抱き、キョロキョロと辺りを見回していた俺に、後ろにいたアザミが教えてくれた。
「墓だよ。墓」
言われて、もう一度盛られた土を見た。
記憶にあるような長方形の墓石はなく土が盛られているだけ。よくよく見れば木の板が立てられているところもあるが、大多数は質素なものだ。
ここが墓であるなら、先ほど抱いた印象にも納得する。
いつの時代も墓地からは陰鬱な気配がする。それは死者とは関係なく生者が作り出す気配だ。故人を偲び、悼む場所であるから当然のことなのだろう。
この場所も例外なく、広々とした空間に冷たく淀んだ空気が漂っている。それだけ多くの人が悲しんだ証拠だ。
盛られた土の間をアンズは真っすぐ歩いて行く。迷う素振りはなく、行き先は決まっていた。
「姐さん!」
声の向かった先に長身の女性がいる。その手には槍が握られていて、墓の前にじっと佇んでいた。
呼びかけられた声に対し、女性は緩慢に顔を上げる。アンズの姿をみとめ、次にシオンを見て、俺を見て、アザミを見た。
「
覇気のない声。暗く沈んだ瞳に悲しみに満ちた表情。
この場所にそうして立っている。それだけで大切な人を失ったのだと一目で分かる。
「姐さん、アキの……」
「お久しぶりです」
アンズが何かを言おうとする。
その前に、一歩前に出てフードを脱ぐ。
長身の女性が俺をみとめる。驚きが浮かんだ。
「以前お会いしていましたが、その時は挨拶もしませんでしたね。レンと言います」
女性は何も言わない。驚きと困惑。悲しみと希望。それらが瞳の奥で渦巻いている。
「妹の、アキのことでお聞きしたいことがあります。その前に……カオリさんのお墓はどこにありますか?」
ホオズキさんの言うところ、この周辺にあるのは全て自警団員の墓で、ホオズキさんの眼前にあるのがカオリさんの墓と言うことだった。
とりあえずは墓前に参ることにした。手を合わせて目を瞑る。安らかな眠りを祈ろうと思ったが出来なかった。アキの中にあの人がいるかもしれない。それを考えてしまうと何も祈れない。
形だけの墓参りを終えてホオズキさんに向き直る。
この人とは会ったことがある。母上とアキの三人で町に出た時だ。言葉の一つも交わさなかったが、あの時のことは鮮明に覚えている。
以前の彼女は勇ましさに溢れていたが、今目の前にいるこの人からは疲れ切った老兵の雰囲気を感じる。敗残兵と言う方が近いかもしれない。
「剣聖様の息子……。君がいると言うことは、もしや、剣聖様がいらっしゃっているのか?」
「いえ。申し訳ありませんが、母は来ていません。俺があなたに聞きたいことがあってここに来ました」
「……聞きたいこととは」
「妹が人を殺したと」
「あぁ……」とホオズキさんは呟いた。どこかぼんやりとした口調。
「そうだ……あの子には、借りと貸しの二つがある」
「大勢殺したと聞きました」
ホオズキさんは頷き、周囲を見渡した。
「この周りにいる大半はアキにやられた。大したものだよ。本当に」
彼女の視線を追いかけ、俺も周りに目を配る。
比較的最近掘られたと思われる墓がたくさんある。あまりに多いから数えるのはやめた。十や二十じゃきかない。それは確かだった。
「……何と言えばいいか。まさか妹がそんなことをするなんて……本当に申し訳なく――――」
謝罪の最中、シオンに肩を掴まれて言葉が途切れた。
「謝るな」とシオンは言った。「君が謝っちゃ駄目だ」と。訝しむ俺の肩を引っ張り、背中に隠してしまう。
「僕たちはあの子が何をしたのか知りたいだけ。教えてくれるかな?」
「……貴方たちは何者だ。どうしてそんなことを知りたがる」
「剣聖のお遣いさ。当のアキちゃんは行方知れずでね」
平坦な視線がシオンに向けられる。その内心は推し量れない。
「剣聖の息子。私はあの子が仲間たちを殺したことを恨んではいない。遅かれ早かれ皆死んでいた。今はそう思っている」
口ではそう言いながら、言葉の端々に葛藤が感じられた。無理やり自身を納得させている。その気配を感じ取る。
「皆やりすぎていた。武器のない者を襲い略奪していた。きっと誰かが成敗していただろう。そうに違いない」
他者にではなく己に言い聞かすような口調。
一体何があったのか。その説明は簡素に過ぎ、理解するまでには至らない。
「私に聞きたいことがあると言ったな。何でも答えよう。代わりに一つ教えてくれ。なぜ……なぜっ……!」
槍を持つ手に力が込められた。剣呑な気配が滲み出す。濃厚な殺意。
視界の隅でアンズが「ひっ」と悲鳴を上げ、アザミが前に進み出た。
「なぜカオリを殺した! 他の誰を殺したとしても、彼女を殺す必要などなかっただろう……!」
殺伐とした気配をそのままに一歩近づかれる。返答次第ではその瞬間襲い掛かられる。その予感がし、シオンは俺を背中に隠したまま一歩退いた。
「教えてくれ剣聖の息子。君なら知っているのではないか」
アキのしたこと。その結果と復讐心を目の当たりにして、言葉は何も出てこない。