女が強い世界で剣聖の息子   作:紺南

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第92話

なぜ?

なぜ殺したんだ?

これだけ多くの人を、なぜお前は殺したんだ?

 

それを問いかけるべき相手はここにいない。

想像するしかない。問いかけるしかない。誰でもない自分自身に。

 

略奪が許せなかったのか。子供を助けようとしたのか。食料を手に入れようとしたのか。

 

答えはどれか。その内にあるのか。それ以外なのか。一つではないのかもしれない。俺の知らない事情があったのか。

 

ホオズキさんの顔を見て、その裏にある激情を窺い知る。

カオリさんの顔を思い出す。ごく短い間、言葉を交わしたあの人のことを。

 

『死にたいって思ったことはない?』

 

記憶の中の彼女に問われる。

ありません。そう答えた。模範解答。正解はそれしかない。

 

『本当に?』

 

再び問われ、今度は即答できない。

分かってる。人生は試験じゃない。模範解答はない。そんなのとっくの昔に知っている。

 

『一緒に死のう?』

 

胸を掻きむしりたくなる。

彼女のことを思う。あの人の気持ちが分かる。痛いほどに。それを選べればどれだけ楽か。

けれど心が否定する。それは違う。俺は違う。

 

「……俺はあなたとは違う」

 

呟いた声は宙に消える。

耳朶を震わせ、頭に染み込み心に届く。言葉の意味を理解した瞬間、俺の中で何かが切り変わった。

 

シオンの背から進み出て、アザミの前に立ち止まり、ホオズキさんを見る。

じっとその目を見つめる。目を逸らすことはしない。

 

「あの人は、きっと自分で死を選んだのでしょう」

 

「……」

 

ホオズキさんの瞳が揺れる。

 

「カオリさんは死にたがっていました。見ず知らずの俺を誘うほどに。確かにアキが殺したんでしょう。でも、最後に選んだのはあの人自身だ」

 

苦渋に満ちた顔で首を振るホオズキさんは、絞り出すような声音で訊ねてきた。

 

「……なぜ、わかる。あいつは……」

 

「わかります。だって、俺も死にたいから」

 

生きるのが苦しい。生きているのが辛い。

この世界はこんなにも息苦しい。

 

でも、俺は彼女とは違う。

こんな世界で、それでもカオリさんは死にたくなくて、でも死ぬしかなかった。

俺は死にたくて、でも死ねなかった。

 

思い出す。あの時、あの人が言った、あの言葉を。

 

『だから私はここにいる。アキちゃんの中で生きている。これからもずっと生きていられる』

 

その意味を理解する。深く考える必要なんてなかった。言葉通り捉えればよかった。生きたいとあの人は言っていたのだから。

 

「私は……でも、私は……」

 

俯いて、今にも泣きそうなホオズキさんを見つめる。

アンズが近づいてきて、ホオズキさんの手を握った。それをホオズキさんは一顧だにしない。

 

「私は、あいつに生きてほしかった。いつまでも、いつまでだって……! ただ、生きてくれれば……!!」

 

それが難しいことはこの人も分かっているはずだ。カオリさんは死ぬしかなかった。どうあがいても、何をしたとしても、近い内に死ぬ運命だった。

それを考慮せず、ただ生きてくれればと願うだけのその言葉は、結局はこの人の我儘にすぎない。

 

「アキが許せませんか」

 

「……」

 

「復讐したいですか」

 

「……」

 

「殺したいですか」

 

「……」

 

言葉はない。だがその目が雄弁に語っている。殺意がある。復讐心がある。許すつもりはない。

アザミが前に出て俺を守ろうとする。シオンが俺を引き戻そうと腕を引っ張って来る。

それらを無視して、今俺が出来ることを言う。

 

「あなたがアキを殺したいのならそれは止めません。でも一つだけ確かめさせてください」

 

「……なにを」

 

「あなたは強いですか?」

 

アザミが俺を見る。シオンが力の限り俺を引っ張る。

 

「アキは俺より強いです。あなたは俺に勝てますか? か弱い男の子である俺に」

 

「レン!!」

 

シオンの叫び声。

ホオズキさんの目が俺を捉えている。

 

「俺と手合わせをしませんか?」

 

多分、俺は笑った。

シオンの制止もアザミの視線も関係なく、すべきことをするつもりだった。

 

 

 

 

 

墓地で手合わせするのはあまりに死者を冒涜している。だからより戦いやすい場所に移動することになった。

 

シオンは言った。「勝手なことするなって言っただろ!?」

アザミは呆れた。「少年~。あんまり紫苑(シオン)様を怒らせるなよ~」

 

二人に怒られて、けれど俺に止めるつもりはない。

ホオズキも承諾し、短く「ついてきてくれ」と言った。

いくらシオンが反対したところで状況は進み、俺は言うことを聞かない。それでついに諦めたらしい。「あとで覚えてろよ」と恨み節に近い言葉を吐いて引いてくれた。

 

石段を下り、目的地に移動する最中、アンズが近づいて訊ねてくる。

 

「あんた、強いのか?」

 

「普通の男の子よりは」

 

そんなことを言いつつ、俺は普通の男の子の実力を知らない。いくらこの世界でも、武術を齧っている男の子の一人や二人はいると思う。その中に俺より強い男の子がいてもおかしくはないはずだ。

 

「姐さんは強い。自警団の中でも、凄く強かった」

 

頷く。

強いのは知っている。それがどれほどのものか。先代の剣聖より強いなんてことはあり得ないだろうが。

 

「アキは『兄上は私より強い』って言ってたんだ。みんなそんなの信じられなくて笑ったけど。でも……」

 

アンズは言葉に詰まった。

俺の顔を伺って、意を決したように続きを口にした。

 

「あんたは普通じゃない。そんな気がする」

 

思い当たるところが多すぎて思わず笑う。

 

「普通って何だろう」

 

「そう言うところがもう普通じゃない」

 

そうだろうか。そうだろうな。

でも、それはもう諦めてる。

 

暫く歩き、川に沿って移動した。

そうして連れて来られたのは川原(かわら)で、周囲に人の気配はない。

 

「ここでいいだろうか?」

 

足元を見れば小さな石がゴロゴロしている。流れてきた木片も至る所にあって、歩きにくいし戦いにくそうだ。

 

「はい。ここで構いません。一つ聞いていいでしょうか」

 

「なんだ」

 

「アキと手合わせしたことはありますか」

 

「……ある。私が勝った」

 

「それはいつ?」

 

「あの子がこの町に来てすぐに」

 

その頃のアキは俺の知っているアキだろうか。

一体いつああなってしまったのか。

未だに知りたいことは多くあるが、それは本人に聞かなければ分からないだろう。

 

「あなたは今のアキに勝てますか?」

 

「……やってみなくては分からない」

 

それでおおよそ理解する。

もう何も聞くことはない。

 

「おーし。二人とも。あたしが立会やるから、勝負がついたと思ったら止めるぞ。……殺さないでくれよ」

 

最後の一言は切実に聞こえた。

振り返るとシオンに睨まれていた。イライラとした様子で今にも飛び掛かって来そうな気配。

 

努めて無視し、ホオズキさんに向き直る。

ある程度の間合いを置き、刀を抜いて構える。ホオズキさんも矛先を俺に向ける形で槍を構えた。

 

「そんじゃ、始め」

 

アザミが宣言するや否や、ホオズキさんは突っ込んでくる。

一歩踏み締めるごとに小石が宙に舞っている。緩慢に流れる時間の中でその様子を眺めていた。

 

突き出される穂先。顔を狙っていた。首を傾げて躱す。

過ぎ去っていく穂を横目に見ながら考える。このまま柄を斬れば俺の勝ちだろうか。そんな勝ち方でいいのだろうか。

 

考えている間にホオズキさんの手首が動く。

その動きは柄を俺に叩きつけようとしていた。単純な腕力では比べ物にならないから、回避に専念する。

しゃがんで躱したところ、石突きが下から迫って来た。

 

巧いものだと感心する。

穂に限らず、全てを自在に操っている。この体勢では五の太刀は使えそうにない。

 

やむを得ず、横に跳ぶ。

そうするとそれを予見していたらしく、間髪入れずに横薙ぎを繰り出してきた。

 

迫りくる穂先を見、ホオズキさんの顔を見る。無表情に屠ろうとするその顔。殺すことも厭わない覚悟を感じる。

それならば勝ってもいいだろう。

迫る槍に切っ先を当てる。

 

――――五の太刀『旋風』

 

力を受け流し、軌道を上に曲げる。

 

「っ?!」

 

あらぬ方向に向かった槍に、ホオズキさんは一瞬動揺した。

軌道を直そうと腕に力を込めるがそれは悪手だった。

一度向かった流れには逆らわず、即座に石突きで牽制するなりした方がまだよかった。

 

その致命的な隙は切っ先を喉元に突きつけてあり余る時間を俺に与えてくれた。

 

「俺の勝ちです」

 

「……」

 

ホオズキさんは信じられないものを見る目で俺を見ている。

俺も内心で少し驚いている。ホオズキさんはそれなりに強いと思っていたのだが……。

 

「では、また構えてください」

 

「……なにを……」

 

「二回目です」

 

距離を取りながら説明する。

 

「今のは少し小狡かったと思うので」

 

ほどほどに離れたところで振り向く。

 

「もう一度やりましょう」

 

先ほどと同じように、刀を正面に構えながらそう言った。

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