女が強い世界で剣聖の息子   作:紺南

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第93話

二回目の戦いは一度目より長引いた。

流石にホオズキさんは腕が立ち、先ほどは対応しきれなかった五の太刀にもしっかり対応してくる。

 

他の太刀を使おうかとも思ったが、三の太刀、四の太刀は手加減が出来ないから使えず、二の太刀までは使う必要はないという判断。

お互いに決め手を欠く状況になったが、半ば開き直ってゆっくりと戦うことにした。

 

ホオズキさんの動きは激しい。常に動き続け、休むことがない。

繰り返される連撃。長い柄物は予想以上に厄介だ。反撃のためには逐一切り込む必要が出てくる。槍を相手にした経験の少なさもあり、苦戦を強いられる。

予想外の動きに一拍反応が遅れ、死角から繰り出される攻撃に冷や汗を流すこと数回。

 

いささか綱渡りかもしれない。それでなくとも長期戦は不利だ。そう自覚はしているものの、隙が見つからず攻めあぐねている。

無理攻めによる危険を冒すつもりもないので、綱渡りを続けることにし防御に徹した。最小限の動きで体力の消耗を抑えながら、稀にある隙を狙って反撃する。

 

やがて、肩で息をし始めたホオズキさんは後ろに引いた。

反撃に転ずる絶好の機会だが、その場にとどまって相手の出方を伺うことにする。

 

額から大粒の汗を流すホオズキさんに余裕は見られない。

俺を睨む視線。その奥に宿る光を見つめる。

 

……もう少し。

反撃に転ずることにした。

 

一歩踏み出した俺を見て、ホオズキさんは槍を回して構え直した。それが受けに回る時の格好なのだろう。

そこに正面から打ちかかる。鍔迫り合いは不可。その方針は変わらない。

真剣を使っている以上、掠っただけでも切り傷を負わすことができる。目を狙えば失明させられるし、喉を裂けばそれだけで勝利だ。

 

数合の打ち合いの後、息を整え切ったホオズキさんが反撃を狙い始めた。

それがいつなのかは重心の移動から予測できる。今までの打ち合いから間合いは測れている。

あえて誘発し、間合いの中、胸元へと踏み込んだ。

 

「……っ」

 

不意を突かれて息を呑む声。対処は遅い。

槍の柄を掴んで時間稼ぎとする。

 

「勝ちです」

 

先ほどと同じように喉元に切っ先を突きつけながら宣言した。

ホオズキさんの身体から力が抜け、その場で膝をつく。

 

「姐さん!」

 

駆け寄って来たアンズがホオズキさんを心配している。

「これ以上動いたら駄目だ!」と言っていた。その言葉を聞いて、ホオズキさんの戦い方を思い出す。違和感。その正体。

 

「怪我をされていたのですか?」

 

「……」

 

ホオズキさんから答えはなく、代わりにアンズが睨んでくる。これ以上酷いことするなら許さない。そう言いたげな顔だった。

 

「それも、アキが?」

 

「……違う」

 

違うらしい。では誰が。

疑問を抱いたが、それを聞く意味はない。

 

「怪我をされていたのでしたら、本気は出せなかったでしょう。無理をさせて申し訳ありません」

 

それだったら、二回も戦う意味はなかった。

一度目で気付くべきだったのだろう。思ったよりも弱いと感じていたのだから。

 

膝をつき、荒い呼吸を繰り返すホオズキさん。明らかに身体を庇っている。

言葉を探して立ち尽くす俺と視線が合った。「ふっ」と笑う。

 

「……そうか。私の心を折るつもりだったのか。……意地が悪い」

 

見抜かれた。しかし動揺はなかった。当事者なのだ。少し頭が回る人間なら簡単に辿り着くだろう。

 

「……男にすら勝てない女が復讐など、どの口が言うのか……。確かに、君の言わんとすることはもっともだが、それで折れるほど(やわ)ではないよ。……いや、違うな。折れずに残っているものなど何もないというのが正しいか……」

 

言い直された言葉は小声ではあったが聞こえないほどではなかった。

俺は目を瞑り心の中で溜息を吐く。他人の意思を捻じ曲げるのは容易ではない。その決意が強固であればあるほど難しい。所詮、俺ごときにどうこうできる問題ではなかった。

 

「申し訳ありません。しかしこれだけは言わせてください。もしかしたら、あなたは俺より強いのかもしれませんが、それでもアキには勝てないでしょう。復讐は成らず、ただ死ぬだけです」

 

諦めてくれと願いを込めて語りかけた。

それが届かなかったことは、その瞳が雄弁に語っている。諦めるつもりはないらしい。

 

ならばと他の策を考える。例えば、代わりに俺を殺すのはどうか。

それを思いつき、口を開きかけた時、両肩に手を置かれた。

 

「おかしなことを考えちゃダメだよ」

 

振り向いた俺の唇に人差し指を置き、シオンは囁く。

 

「君は僕のものだ」

 

声音は優しかったが、その奥には有無を言わさない気配があった。

何も言えなくなった俺は俯く。他に方法は思いつかない。

 

この人を止めたい。けれど叶いそうにない。実の妹が作り出した悲劇。続く連鎖を黙って見ているだけなのか。血の繋がった家族なのに、何も出来ず、他人事のように。

 

なおも悩む俺に向け、ホオズキさんが口を開いた。

 

「君の勘違いを正しておきたい。確かに私は怪我を負っている。本気を出せなかったというのもその通りだ。しかし、もし万全であったとしても、君には勝てなかったと思う」

 

ホオズキさんに目を向ける。真剣な表情で見返される。

 

「私は君を殺すつもりだった。死んでもいいと思っていた。アキの兄なのだから、それぐらいは許されるだろうと」

 

肩に置かれた手に力が籠る。アザミが焦った声でシオンを呼んだ。

 

「結局、傷一つ付けられなかった……。それが全てだ。自信を持つといい。卑下することはない」

 

慰め、だろうか。なぜ慰められているのか全く分からないが。

少なくとも、自信なんていらない。そんなもの、何の役にも立っていない。

 

「卑下はしていません。正しく認識しています。俺は男。それが全てですよ」

 

ホオズキさんの顔が強張った。目つきが険しくなる。

 

「……ああ、そうか。訂正する。自信など持たなくていい。君は異常なだけだ」

 

ホオズキさんは笑う。嘲笑う。そして言う。

 

「口ではそう言いながら、私に試合を持ちかけた。男のくせに、負けるつもりなど全くなかったくせに。真剣を使っているのだ。下手をすれば自分が死んでいたのだぞ? 死ぬ覚悟があったのか? そんなこと少しも考えていなかったのだろう。私など、殺そうと思えば殺せたんじゃないのか? 手加減して、私の心を折ろうとし、見下ろしながら哀れんでいる。そんな男がこの世界のどこにいる?」

 

その口調に険が籠る。

今まで、アキに向けられていた怒気が俺に向けられている。

背後にいたシオンが俺を抱きしめる。そのままホオズキさんから引き離そうとした。それに抵抗し、前のめりになりながら訊ね返す。

 

「怒っていますか?」

 

「ああ、不愉快だ。勝者に哀れまれている。これほど不愉快なこともない」

 

「その怒りを晴らしたいですか?」

 

「……なに?」

 

「晴らしたら、代わりにアキのことを忘れてくれますか?」

 

ホオズキさんが口を閉ざす。沈黙。ぽつりとアンズが呟いた。

 

「……何言ってんの、お前?」

 

……反応が芳しくない。駄目そうだ。

途端に力が抜け、シオンの呟きが聞こえた。

 

「……もう、いい加減にしろよ……」

 

こっちはこっちで怒気が籠っていた。あとで怒られるのだろう。それを思うと憂鬱になる。

とりあえず、脱力して無抵抗の意を示してみた。

 

「誰になんと言われようとも、カオリの仇は討つ。殺される可能性は高いのかもしれないが、それならそれでいい」

 

復讐。あるいは自殺かもしれない。

止めるべき行いなのに、それを止める術がない。

アキの代わりに罪を償えるなら償うべきだ。それで許されるならそうするべきで、例え許されなくてもそうすべきだ。家族とはそういうものなのだから。

 

「……カオリは、君に執着していた。その理由が、少し、分かった気がする」

 

歯切れの悪い言葉。

何を言うのかと目を向ける。

 

「君は、人を惹き付ける。歪な人間ほど惹かれてしまう……何かを失い、壊れてしまった人間は、君を……」

 

「もういいかな。これ以上無駄話してる暇ないんだよね」

 

シオンが遮った。

いよいよ我慢の限界を迎えてしまったのか。俺を抱きしめる腕には痛いぐらいの力が籠っている。

 

「行くよ。これ以上の我儘は許さない」

 

背後から抱きしめられたまま引き摺られる。

苦笑を浮かべたアザミが追って来る。

 

遠くなる二人をの姿を見ていた。

アンズは怒りの表情で、ホオズキさんはどこか哀れんだ顔をしている。

その口が動いたのが見えた。何を言ったのかは分からない。

シオンの呟きが聞こえる。

 

「全く、本当にいい加減にしてほしいよ」

 

俯いて肩を落とす。

 

「ごめんなさい」

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