女が強い世界で剣聖の息子   作:紺南

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番外です




冬はすることがない。

出来ることが少ないと言うべきだろうか。

 

晴れているならば雪だるまを作ったり、雪合戦をしたりでまだ出来ることがあるのだが、吹雪いてしまえばもう何もすることがない。家に閉じこもって暖を取るほかない。

 

今日は朝からずっと雪が降っていた。

雲の様子を見るにまだ降り続けるだろう。丸一日ずっとこのまま。

 

俺としては別に外に出られなくてもいいのだが、妹のアキはいよいよ我慢の限界と言う感じで、畳の上をゴロゴロと転がっている。

たまにぶつかって来て、すぐに向こう側に行ってしまう。チラリと視線を向けたら障子のところまで転がってあらぬ方を見ている。

 

手元に視線を戻して作業に戻る。

しばらく、多分10秒かそこら作業をしていたら、またぶつかって来た。邪魔なので、背中を押して向こうにやる。

そうしてゴロゴロと転がって行き、やがて戻って来て、ゴツンゴツンとぶつかってくる。

 

本当に邪魔なので、一言注意する。

 

「……アキ?」

 

「んー……」

 

不服そうな声。

嘆息して視線を向ける。

俺の注意を得られたことを悟ったアキは、寝転がったまま言った。

 

「兄上ー」

 

「なに?」

 

「ひまー」

 

子供らしい言い方にくすりと笑った。

とりあえず起き上がらせて、まだ作りかけの帽子を被せてみる。

 

「よし」

 

サイズはあっている。見栄えもいい。

目にかかっていた髪をかき分け、「よし」ともう一度呟く。

 

帽子を脱がせ、作業を再開する。

黙々と帽子を作り続ける俺をじっと見ていたアキは、直前の主張を無視されたと思ったのか、ぷくーと頬を膨らせて、膝の上にダイブしてきた。

 

「ひーまーっ!」

 

「いたい」

 

最近、俺と同じぐらいの背丈になったアキはそれなりに重い。遠慮なくぶつかってこられるとダメージもそれなりだ。正座している上にのしかかられるとそういう拷問を思い出す。

 

「あそびましょー!」

 

膝の上でジタバタしている妹の背中を優しく叩く。

やれやれという感じ。今の今まで大人しくしていたことを思えば、多少我慢強くなったと考えることも出来る。

 

「手遊びでもする?」

 

「てあそび……」

 

途端に大人しくなる。

じっと考えているらしい。手遊びと言ってもそれほど種類は多くない。じゃんけんを始めとして、覚えている限りやってみたが、それもすでに遊び飽きている。

昔の記憶は薄れかけていて、今更新しい遊びも思いつかない。

 

「手遊びは嫌です……」

 

「じゃあ何をする?」

 

「鬼ごっこしませんか?」

 

「ダメ」

 

「じゃあ、お相撲!」

 

「それもダメ」

 

「……」

 

考えている。

頭を使うより身体を動かす方が得意な妹は、手遊びなんてやりたくもないのだろう。ただでさえ一日閉じこもらされて欲求不満が募っている。暴れたくて仕方がなさそうだ。

とは言え、家の中でドタバタ暴れるのは品がない。将来のことを考えて、多少の躾を考えるべき時期だ。

母上と父上は放任主義なので、その辺は俺が考えなくてはいけない。

 

そんなことを考えながら、アキの言葉をじっと待つ。

何かを思いついた様子のアキが、手をワキワキさせながら言う。

 

「こちょばし合いをしましょう」

 

「嫌だ」

 

即答する。今度こそ、アキはしょぼんとした。

一瞬可哀そうだと思った。でも、こちょばし合いは嫌だ。なぜなら俺が負けるから。

 

この身体はその辺り敏感なようで、ちょっとわき腹をくすぐられたり、背中を指先で軽く触られるだけで力が抜けてしまう。足の裏なんて絶対ダメだ。

 

それらをくすぐられると一方的にやられるだけになるから負け確定だ。

アキもそれが分かっていて提案している。兄の意地があるから、そうそう乗ることはない。

 

しょぼくられていたアキだが、何を言っても断られてしまう現状に、一周回って不貞腐れてしまった。

膝を下りてゴロゴロと転がって行き、障子にぶつかって停止。そのままじっと障子を見つめている。

 

そのまま放っておくと一日不機嫌だから、何かで機嫌を取らなくてはならない。

とは言え家の中で暴れさせるわけにはいかない。どうしようかなと部屋の中を見渡す。

部屋の隅で折りたたまれている布団。自然と壁を見て、そう言えばと思い出す。

 

しかし、あまり良いアイデアではなさそうに思える。俺の男心はくすぐられるのだが、この世界の女心はどうなのだろう。

まあ、やってみれば分かるか。

 

「アキ」

 

振り返ったアキに微笑む。

 

「秘密基地作ってみる?」

 

 

 

 

 

この家には客間にしか押し入れがない。

理由はよくわからない。布団をしまうために押し入れがあるわけだが、客間にしかないというのは不思議なことだ。

 

普段使いする部屋なら、一々布団を片付けることもないだろうと言うことなのか。押し入れを作るのにも資材と労力が必要だから、単純に余裕がないのかもしれない。

 

使われていない客間の一つにアキを連れて移動する。押し入れを開けたら布団が入っていた。定期的に干しているからかび臭さはない。

 

畳まれていたそれを敷いてみる。毛布も広げて横になれるようにした。

狭い空間の中心で膝を抱えて座る。居心地は悪くない。狭い空間は何となく安心する。隅っこに目を向けても虫はいない。更に安心。

 

「おいで」

 

押し入れの中からアキを呼ぶ。

警戒心の強い猫のように四つん這いでゆっくり入ってきた。

キョロキョロとあちこちを見ている。そのまま俺の横に座った。

襖を閉めて真っ暗になる。

 

「……」

 

なぜか何も喋らない。息遣いが聞こえる。

火鉢のない部屋だから肌寒い。その分、アキの体温を感じた。

 

「秘密基地ですか……」

 

「秘密の基地」

 

「秘密なんですか?」

 

「二人の秘密」

 

暗闇の中で話をする。アキがどんな顔をしていたのか分からなかった。

 

寒いから、毛布に包まって横になる。

押し入れの中は狭い。人一人がやっとの広さだ。大人なら足を曲げなくては横になれないだろう。

 

俺は壁際に、アキは襖側に、向かい合って横になる。

暗闇に目が慣れて互いの顔が見える。秘密基地などと言いつつ、やることがないのは変わりない。手慰みにアキの髪を撫でていた。

アキはされるがまま、じっと俺の顔を見ている。

 

「……兄上」

 

「うん?」

 

「こちょばし合いをしましょう」

 

突然の言葉に条件反射に身構えていた。

身動ぎし、アキから離れようとし、少しも離れられない現状に気づく。

背中には壁。目の前にはアキ。アキの目が爛爛と輝いている。

 

「やりたくない」

 

「私はやりたいです」

 

「嫌だ」

 

「やります」

 

「アキ」

 

「やります」

 

手と足でアキを押し出そうとする。

襖を閉まり切っていて、そもそも力の差でびくともしない。

手首を掴まれる。振り払おうとする。意に介されず、覆いかぶさられた。

 

「やります」

 

その一言が最後通牒で、直後わき腹に手を伸ばされた。

狭い押し入れの中、必死に抵抗する。無意味な抵抗だった。

 

 

 

 

 

押し入れから出て、澄んだ空気を吸う。

空気がうまいと感じたのは久方ぶりだった。

 

先に外に出ていたアキが乱れた服装を整えている。髪が額に張り付き、汗が頬を伝っていた。

 

「私の勝ちですね」

 

俺を見下ろしながらの勝ち誇った宣言に返す言葉はない。

 

敗北を喫した。

何も完全に無抵抗だったわけではない。出来る限りやり返した。

何度か逃げようともして、その都度押し入れの中に引き戻されてしまった。そんなことをしていたら体力が尽きて好き放題されてしまったわけだが。

 

四つん這いのまま自分の格好を見下ろす。あられもない姿と言うのにぴったりな格好だった。

帯は解け、服はただ羽織っているだけ。

恥ずかしくてたまらない。今すぐにでも直したいのだが、それ以前に息も絶え絶えで気力がない。散々好き放題された身体は震えて力が入らない。

 

大きく息を吸い、ゆっくり吐き出す。

何度か繰り返して息を整える。そうしてやっと服を直しにかかる。

運動後の上気した顔でじっと俺を見ているアキを横目に見つつ、帯を上手く結べないことに苛立つ。

「見るな」とつい強い口調で言ってしまい、アキが慌ててそっぽを向いた。

 

そうまでして、結局帯は結べなかった。

溜息を吐き、アキを見る。

 

「アキ」

 

「はい」

 

振り向いたアキが驚いた顔をする。

未だに服を直せていない俺に驚いたのだろう。まあ、はしたないのはその通りだが兄妹だし。こうなった原因はアキだし。そう開き直る。

 

「次から、こちょばし合いをする時はちゃんと許可を取ること」

 

「……わかりました」

 

不承不承、アキは頷いた。

安堵交じりに息を吐く。

 

じっとりと汗を掻いている。それがちょっと不愉快で、前髪をかき分け耳にかけた。

 

未だにアキは俺のことを見ている。

そろそろ帯も結べるかなともう一度挑戦し、今度はちゃんと結べた。

「よし」と一言呟き立ち上がる。立って、一歩踏み出したところで足がもつれる。

 

目の前にいたアキに抱き着く格好になった。

「大丈夫ですか」とアキが言う。「大丈夫。ありがとう」と答えた。

 

アキから離れ、互いに見つめ合って、どちらからともなく笑う。

 

遠くから父上の呼ぶ声が聞こえる。

アキが返事をし、間もなく父上が戸を開けた。

 

それでまた誤解した父上と母上を相手に色々とあったのだが、それも今となっては懐かしい。

ずっとこんな日が続けばいいと思っていた。遠くはない、けれど遠い昔の話。

 

なぜこんなことになったのだろうと夢現に考える。

答えは出ず、夢が覚める――――。

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