女が強い世界で剣聖の息子   作:紺南

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第94話

夢を見た。

懐かしいあの頃。思い出せば知らずの内に頬が緩んでしまうほどの平和な日々。

今となっては夢のように儚く消えた思い出たち。

 

過去を思い返し感傷に浸った。今との落差に胸が痛む。

たまらず、暗闇の中で身を起こした。

隙間風が身を凍えさせる。辛うじて雨風凌げるだけの小屋の中、傍らにはシオンがいて、少し離れたところでは壁に背を預けた姿勢でアザミが眠っている。

 

帰路の最中。来るのにかかったのと同じだけの時間をかけて帰ろうとしている。

結局、何のためにここまで来たのか。

自らに問いかけた言葉に、ただ溜息が零れる。

 

ホオズキさんとの決闘の後、すぐに町を離れることになった。

自警団はすでに壊滅し、町の有力者たちは略奪に遭っている。飢饉で食料は少なく、人々の疑心暗鬼は頂点に達している。

何が起きても不思議じゃないと離脱を決めたシオンの言葉に反論はなかった。

 

何日もかけてここまで来て、得たものは少なかった。

カオリさんが死んだことは知れた。自警団が壊滅したことも知れた。それをしたのがアキだと言うことも知れた。肝心要の理由までは知れなかった。

 

知りたいと思ったことを知ることが出来ず、現実だけを目の当たりにして罪悪感ばかりが募った。

アキの所業とそこに隠された事情。最早それを知っている者はおらず、残されたのは恨みつらみだけ。

 

どうして、と世の不条理を嘆いてみても、それは何の解決にもならず。何かを責め立てて自分が楽になりたいだけだと戒める。

身内が行った非情な行いに、責任一つとることも出来ずにいる自分。それこそが一番恥ずべき存在なのだろう。

 

近頃の行いを振り返り、空回っていることを自覚する。成したいことを何一つ成せずにいた。

こうなる前に何とか出来たはずなのに、後手に回りすぎて全く取り返しがつかない。

 

先代の剣聖と半ば相打ちとなって床に臥せていたこの期間。あるいは死に損なったせいで四方八方に迷惑を掛けてしまった間。あれさえなければ、例え飢饉と言ってももっと上手く出来たはずなのに。

 

苛立ちが募って衝動のままに立ち上がろうとする。

刹那、手が伸びてきて服を掴まれた。

見るとシオンが片目を開けて俺を睨んでいる。

 

「どこに行こうとしてる?」

 

怒りの滲んだ問いかけに口ごもる。

ここに至るまでにかけた迷惑の数々を思い出す。もはや頭など上がらないし、足を向けて寝られない。

 

「……眠れないので、夜風に当たってこようかと」

 

「目の届かない場所に行くなって言ったよね?」

 

それはそうなのだけど……。

 

過保護にされているのか信用されていないのか。多分後者で、けれどあまり縛られると息がし辛い。

一人になる時間が好きなのだ。一人で考えて、一人で気持ちを落ち着かせて、次に備えたい。

きっとそれは俺の中で譲れない部分になっていて、だから考える間もなく反抗してしまう。

 

「すぐ帰って来るので」

 

「ふーん。聞き分けなし? あっそ。じゃあ僕も問答無用。こっちおいでー」

 

服を引っ張られて無理やり身体を倒される。

そのままシオンの胸に抱かれてしまった。

 

「あの……」

 

「眠るまでこうしてあげる。眠ってもこうしてあげる。一生こうしてやる。怒るよ。いい加減にしないと」

 

もう怒ってる。

そんなことを言える空気ではなく、怒りを避けたいのなら素直に聞き分けよくするしかない。

「くっくっくっ」とアザミの押し殺した笑い声が聞こえきて、溜息を吐いて目を閉じる。

 

夢を見るのが怖い。

そう思いながら眠りにつく。

現実と夢の落差。その大きさに心が壊れそうになる。

 

 

 

 

 

 

眠りが浅く幾度となく目が覚める。

その度にアキの夢を見て、たまに前世のことを夢に見た。そのせいで夢から覚める度に心が落ち込む。

 

一人になりたくて仕方がない。

アキのことはともかく、前世のことなど誰にも話せない。

だから一人で割り切るしかないのに、ずっとシオンが傍にいるせいでその暇がなかった。

考え事をしたくてもしきりに話しかけてきて、ちょっと離れるだけでも目ざとく気づく。

 

鬱々とした気分が晴れない。

気付けば嘆いている。どうしてと嘆いている。どうして俺は死んで、ここにいるのだろう。死んだのなら死んだで終わってほしかった。こんなに苦しいのなら続いてほしくなどなかった。生きたかった。戻りたかった。

 

ただひたすらに鬱々とし続け、もうなんかどうでもいいかなと一周回って思い始めた頃。

村まであと少しと言う時になって、突然アザミに呼ばれた。

 

「少年ーちょっと手伝ってー」

 

呼ばれたので近づいて行く。

 

「……なにか」

 

「水汲むからさ、手伝ってよ」

 

「……はあ」

 

許可を得るためにシオンを振り返る。渋い顔をしていた。

 

「何のつもり?」

 

「水を汲むつもり」

 

「そんなの一人で行けよ」

 

「いや、折角だし少年にも色々経験してもらおうかなって。下手すれば水汲んだこともなさそうだし?」

 

「茶碗より重い物持ったことないんじゃない?」なんて言うアザミに、シオンは何を馬鹿なことを、と鼻で笑った。そして俺を見てくる。

何事かを真剣に考えながらじぃっと見つめてくるシオンに対し、俺は否定も肯定もせずにその場で立ち尽くす。

 

「……汲める?」

 

訊ねてきたシオンを一瞥してから足元に視線を戻す。

もちろん水ぐらいはいくらでも汲めるけど、返事をするだけの気力が湧いてこない。

 

「じゃ、少年。経験積んどこうか」

 

「……」

 

アザミに連れられて小川に下りる。

道の脇を流れる川は澄んでいた。澄んでいるから飲めるだろうという感覚。

正直に言って、川の水をそのまま飲むという行動には多少の抵抗感はある。しかし他に飲むものがないのであれば仕方がない。

ミネラルウォーターなどあるはずもなし。煮沸なんてしている余裕はない。運が悪ければ腹を壊し、最悪で死ぬ程度。開き直るしかなかった。

 

「あたし向こうに行ってくるから、ちょっと待ってて」

 

流れの中を泳ぐ小魚の影を見つめていると、アザミがそんなことを言って離れていく。

どこへ?と声をかけようと思ったが声が出なかった。その後ろ姿を見送りつつ、何をしに行ったのだろうと疑問を抱く。姿は見えずとも気配は感じられる。そう遠くには行っていない。待てと言われたのだから待つしかない。手ごろな石に腰掛けて待った。

 

川のせせらぎと鳥の鳴き声。風が吹いて葉鳴りがする。寒さのせいで乾燥した空気は一層澄んでいて、周囲は木漏れ日が差し込んでいた。

自然の中で落ち着くのは人の性だろうか。ただこの場にいるだけで穏やかな気分になる。

時代は違い、世界すら違っても自然は変わらない。変わらないものが一つでもあると安心する。そういうことなのかもしれない。

 

しばらく待って、茂みが揺れた方向を見るとアザミがいた。

「少年ー」と呼ぶ声。「どうしましたか」と答える。

 

手ぶらで近づいてくるアザミは快活な様子で言う。

 

「用を足してきた」

 

あ、そう……。

何とも反応に困る答え。

 

「水は汲めたか?」

 

「……はあ。何に汲めばいいのですか」

 

「なんでもいいさ」

 

あまりに適当な言い様に首を傾げる。

ぴょんと立ち上がり、懐から水筒を取り出して川に沈めた。

ぶくぶくと泡が噴き出し、中が一杯に満たされてから引き上げた。

 

「汲めました」

 

アザミは笑う。

笑いながらぽんと背中を押された。

 

「じゃ、行こうか」

 

頷きを返してシオンの元に戻る。

村まであと少し。先のことを考えなくてはいけない。

 

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