女が強い世界で剣聖の息子   作:紺南

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第95話

村に帰って来た。

 

馬上から眺めるいつも通りの景色。

留守にしていた間にまた何かトラブルが起こっていないかと若干不安だったのだが、見た限りではそれらしい雰囲気はなく杞憂で済んだらしい。

 

杞憂と知りながらも、どことなく寂れているように見えるのは、つい数日前までここよりも栄えた町にいたからだろう。

栄えていると言ってもこの世界の基準でそうだというだけで、都市人口1000万などと比べてしまうと劣って見えるのは仕方のないこと。

 

なまじ気配を読むという技能を覚えてしまったせいで、より具体的に人の数を感じられるようになってしまった。

だから何となく人の数が減っている気がするというのもそれなりの根拠がある。

口減らしがどの程度進んでいるのか。それを考えながらあぜ道を進んで行く。

 

田畑の様子を伺ってみると、どうやら収穫が進んでいるらしく、そこかしこに人の姿があった。

収穫時期が例年に比べて少し早い気がするが、それも冷害による影響なのかもしれない。収穫量はどれほどになるのか。きっと減るのだろうけど、どれほど減っているのか。

死を選んだ人たちが、その甲斐あったと言えるほどなのか。

 

目を伏せて物思いに耽る。そんなことをしている間に家に着いた。

視線の先、縁側に母上が座っていて、俺たちが着くのを待っていた。

 

妙な緊張感を感じながら、馬から下りて歩み寄る。

何を言われるか考えた。叱られるか、もしくは殴られるかもしれない。言うことを聞かず、勝手に家を飛び出したのだからそれぐらいされてもおかしくない。

父上に叩かれた時は大して痛くもなかったが、母上に殴られるのはどうだろうか。やっぱり痛いかな。

 

覚悟を決めて母上の前に立つ。

母上は無表情に俺を見つめていた。

沈黙が過ぎていく。

 

「レン」

 

「はい」

 

その目を真っすぐに見つめながら返事を返す。

どうせ怒られるなら少しでも格好つけたい。その思いから決して目を逸らさない。結局、先に目を背けたのは母上の方だった。

母上は立ち上がり歩き出しながら、背中越しに言葉を放った。

 

「最後の稽古をつける。着いてこい」

 

最後の稽古。

予期しなかった言葉に言いようのない気持ちが溢れてくる。

別れの時が近づいている。それを予感させた。

 

 

 

 

 

鍛錬場の土を踏みしめて立つ。

腰には長い間使ってきた白い鞘を差していた。

 

アキに譲ったはずのこれがなぜか再び俺の元に戻ってきている。

愛着がないわけがない。折角戻って来たのだから、出来る限り長く使っていこうと思っている。きっとまた必要になるだろう。

 

正面に立つ母上を見やった。

俺に背を向けて並ぶ山々を眺める母の背中。

俺自身もあの山々を眺めるのは好きだった。背の高い母上が見る景色は、俺の知るそれとどれほど違っているだろうか。

 

「――――東へ行き、何を見た?」

 

突然の問いかけに意識を戻す。

見たものを思い出し言葉を作る。はぐらかそうとも思ったが、親であるこの人には伝えなければならないと思い直した。

 

「アキが大勢殺したのは本当の様です。自警団は二人以外皆殺しにされていました」

 

「そうか」

 

短い相槌。背を向けている母上の表情は伺えない。声の調子もいつも通り。

子の成した悪行をどう思っているのだろうか。気になりはすれども問いかけるのは憚られる。

 

「アキの残したあの子供らが言っていた。助けられたと」

 

子供ら……コズエちゃんとツムギちゃん。

そう言えば、あの二人に詳しい事情は聞いていなかった。親を殺された直後の子供にそれを聞くのはあまりに酷だと躊躇した。

 

「大人に殺されそうになったところを助けられたらしい。そうであるなら人助けをしたことになる。例えそれが物のついでで、そのために何十人が死んだとしても」

 

「ついで……」

 

食料を手に入れることの、ひいては俺のためのついで。

そのために大勢死んでいる。

 

「アキはおかしくなっていました。今までと比べようもなく力が強くなって、人格が複数あるような言動をして、刀の色も変わりました」

 

「知っている」

 

「アキを捕まえなければいけません。家族が苦しい時はみんなで助け合って――――」

 

「お前はもう家族ではない」

 

言いかけていた言葉を飲み込む。

それの意味するところを察し、背後に佇んでいたシオンを振り返る。

シオンは優し気な表情で微笑んだ。

 

「それなら……どうかお願いします……アキを助けてあげてください」

 

「言われるまでもない」

 

頑固なこの人に、きっと何を言ったところで無駄だから、最低限の言葉を告げた。

 

母上は頷き、俺は他の言葉を飲み込む。

愛していると言われたこと、自分の物だと宣言されたこと。

諦められないと母上の言葉を拒絶したこと。きっとアキは俺のところへ来る。その予感。

 

きちんと言うべきなのだろうけど、それを言ったとして何がどうなると言えば、きっとどうにもならないから。

だから何も言わなかった。言うべきだと思う。けれど言えなかった。心が重く、全てが億劫(おっくう)で、諦観を抱いている。

思えば、今までの人生は(あやま)ってばかりだった。多分、これからも。

 

「……思えば、過ちばかり犯している」

 

ぽつりと呟かれた言葉があまりにか細く、風が吹けば消えてしまうほど儚くて、俺のことを言ったのかと耳を疑った。

 

「育て方を間違えた。そう思っている」

 

次に告げられたその言葉に混乱する。

誰のことを言っているのか。答えを出す前に言葉が続く。

 

「故に、正さなければならない。過ちは取り戻すべきだ。取り返しがつく内に」

 

いつの間にか刀を抜いていた母上が赤い刀身を見つめている。

鏡のように磨かれた刀身に浮かぶ刃文。見慣れたはずのそれを、本当は見るべきではないのではないかと不安を抱く。

 

「我儘を聞くべきではなかった。普通に育てるべきだった。そうすれば、今のようにはならなかっただろう」

 

「……何を言っているのですか」

 

問いかければ、珍しく答えが返って来る。

 

「私は過った。あの日、お前が刀を教えてくれと言ったあの時に」

 

考えもしなかった言葉に動揺する。

その意味を正しく認識できたからこそ、何を言っているのだと、考えるより前に否定の言葉が飛び出す。

 

「そんなことは――――」

 

「男は男らしくあるべきだ。今更になって思う。遅すぎたが、まだ間に合う」

 

俺の返答に聞く耳を持たず、自らの考えを、ただ一方的に告げてくる母上が俺を見据える。

決意があった。覚悟を滲ませていた。過ちを正さなくてはならないという使命感があった。

 

「今日で終わりにする。これからはただの男として生きるがいい。金輪際、刃物を持つことはない。戦う必要などない。それでお前は幸せになれるだろう」

 

――――違う。

 

心の声。気づけば、腰に差した刀を握っていた。

 

絶対に違う。それは違う。むしろ逆だった。これがあるからこそ生きてきた。

生きる理由などなく、過去のことばかり考えていた俺が唯一手にした理由。これがなければ、きっと俺は俺じゃなくなっていただろう。

 

そう思う。思って、けれど、言葉が上手く出てこない。

説明することが出来ない。前世のことなど話したくなかった。話せることなど何もなかった。だから、説明など出来なかった。

 

紫苑(シオン)。レンは気に入ったか」

 

「まあ、それなりに」

 

「欲しいか」

 

「……くれるなら」

 

「聞いていただろう。幸せにするなら、お前のものだ」

 

少しの沈黙の後、シオンは頷く。どことなくぶっきらぼうで、それでいて恥ずかしそうに。

結婚に男の意思など関係ない。それがこの世界の(ルール)

 

「いいだろう。……レン。これが最後になる。これまでに培ったものを見せてみろ」

 

母上が刀を構えた。

俺の意思を聞く気はどこにもないと、その姿勢が語っている。

 

無意識のうちに後ずさりしていた。

逃げたくなった。剣聖の威圧感。置かれている状況。立ち向かったところで越えられるはずのない壁。それを幻視する。

 

――――この人は何を言っているのか。

 

考える。混乱する頭ではその答えに辿り着くことさえ苦労した。

 

――――剣を捨てさせられるのか。

 

鼓動が激しくなり目元が潤む。目を瞑って耐える。

何に耐えている? 耐える必要などあるのか?

自問自答を繰り返す。逃げればいいと思う自分。逃げても意味がないと思う自分。従えと言う心。従う必要はないという心。

 

入り混じって混乱する。答えがあるのか。答えなどない。相反する自分が言う。

矛盾する己。弱くなったと自分でも思う。迷ってばかりだ。決めるための物差しが変わってしまった。

嫌だ嫌だと言いながら順応してきている。反面、馴染みきれない部分もあって、そのせいで優柔不断に陥っている。

 

結局、己自身を示す確たるものがこの世界にはなかった。それはずっと昔に手に入れて、置いてきてしまった。

かすれた記憶が蘇る。あの頃の俺なら……。

 

――――逃げればいい。守ってやるから。

 

いつか、誰かが言った……自分が言った言葉。

もう思い出すことも少なくなった過去。昔の自分。今の自分。

 

きっとその頃の自分が見れば女々しいと言うのだろう。そんな言葉もこの世界では使えない。

笑みがこぼれる。理不尽だった。その時の俺も笑っていた。

懐かしさを感じる。いくつかの顔が蘇る。心が軽くなったように感じるのは、きっと気のせいじゃない。

 

「……まったく、本当に人の話を聞かない」

 

心を切り替えて刀を抜く。

切っ先をこの世界の母親に突きつける。

 

「なら無理やりでも聞かせてやるよ。こっちにだって話したいことは山のようにあるんだ!」

 

未だに無表情の母上に怒鳴り散らす。

面倒くさい。本当に面倒くさい。大人のくせに子供みたいな人。

そっちが勝手に突きつけてくるからこうなってる。話せばいいのに話そうとしない。報連相のほの字すら知らない人だ。

だったらこっちだってこうするしかない。お互い様でしかないと開き直って。

 

「まずは父上のことから! 逃げずに聞け! 全部言うから!」

 

さあ、一勝負。

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