ストライクウィッチーズ カザフ戦記   作:mix_cat

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 この物語はシリーズの外伝的なお話で、ずっと以前に書いた「欧州戦記」に続く時期の1947年の物語です。新人ウィッチたちの実践的な訓練を目的として、宮藤芳佳少尉を隊長として編成され、欧州に派遣された扶桑皇国海軍横須賀航空隊欧州分遣隊は、当初の目的とは相違してカールスラント奪還作戦に巻き込まれ、苦難の末にベルリンの巣を破壊してカールスラント主要部の解放に成功したというのが「欧州戦記」のストーリーでした。無事任務を完了した欧州分遣隊は解散となり、隊員たちは名残を惜しみながらそれぞれ次の任地へと旅立っていきます。その中で、清末晴江曹長と児玉佳美曹長は引き続き欧州の戦場で戦い続けることを希望し、オラーシャ帝国南部のカスピ海北岸の町、アティラウの基地に派遣されることとなりました。その二人を描いて行こうというのがこのお話で、何年も前に、「黒海強襲作戦」のあとがきに設定の概要を書いていたものですが、長い年月を経て、ようやく作品化しようというものです。外伝的なお話ということで、基本的にはこの二人を初めとしたオリジナルウィッチしか出てこないお話となりますが、よろしければお付き合い下さい。

 ところで、今回の舞台になるアティラウという町、現在のカザフスタン共和国の西の端にあるアティラウ州の州都で、カスピ海に面する港町です。この町の名前、今はアティラウですが、1991年まではグリエフと言ったということで、本来なら1947年が舞台のこのお話では、旧名のグリエフでなければなりません。でも以前の作品にアティラウという名前を出してしまっていて、いまさら変えられないのでアティラウで行きます。ご了承ください。
 


カザフ戦記 プロローグ

 ふと開いた目の前には、白い天井が広がっている。どこかの部屋の中で今まで眠っていたようだ。ちゃんとベッドの上で、布団にくるまれて寝ている。荒野ではなく、岩陰でもなく、洞窟でも木陰でもないところを見ると、無事救出されて病院に収容されたのだろう。

「よいしょっと。」

 ベッドから起きて立ち上がってみると、ニュルンベルクのネウロイの巣に向かって烈風斬を放って魔法力を使い切ったダメージがまだ十分に回復していないようで、体に力が入らず、ちょっとふらつく。

 それでも壁を伝って廊下に出てみる。きれいに整備された清潔な廊下は、大きな窓から光をいっぱいに取り込んでとても明るい。野戦病院ではないのはもちろんだが、清潔でどこも破損していないところを見ると、前線に近い場所ではなさそうで、だいぶ後方の病院まで送還されてきたようだ。

 

「宮藤。」

 声をかけられて振り返ると坂本がいた。少し心配そうな表情だ。

「もう歩き回って大丈夫なのか?」

「はい・・・、いいえ、まだちょっとふらふらします。でも大丈夫です。」

 これでは何が大丈夫かわからない。それでも心配をかけまいとしているのだろう宮藤の気遣いがいじらしい。そんな、相変わらず自分のことをあまり考えない宮藤に、坂本はしょうがない奴だと思ってちょっと眉根を寄せるが、それでもその心意気を嬉しく感じて自然に笑顔が浮かぶ。

「無理はしなくていいぞ。ネウロイの巣は破壊したんだし、ここはネウロイの襲撃の心配はないからな。」

「ええと、ここはどこなんでしょう?」

「お前たち欧州分遣隊が、ベルリンの巣を破壊した後で引き揚げてきたベルギカのリエージュ基地だ。」

「ああ、だから建物がきれいなんですね。」

 この1年近く、最前線の激戦地を渡り歩いてきた宮藤ならではの感想だろう。建物がきれいなことに新鮮な驚きを感じるとは、これまでの過酷な任務がしのばれる。何しろこれまでは最前線の奪還したばかりの基地を急速整備して使っていたから、破壊された建物を応急修理して使うか、バラックなどの仮設の施設を使うしかなかったのだから。

「お前たちの任務は終わったんだ。しばらくは安全な後方でゆっくりすると良い。」

「はい。」

 はいと答えながらも、若干の戸惑いを見せているあたり、連日の激戦が習い性になっているようで不憫だ。

 

「他のみんなはどうしているんですか?」

「リーネも千早も赤松も、そんなにひどい傷を負っているわけではないが、大事を取って入院している。もう普通に歩き回れるくらいには元気になっているぞ。」

「良かった、安心しました。」

「お前らしいが、人の心配をしている場合か。ゆっくり休んで早く回復しろ。」

「はぁい。」

 坂本にくぎを刺されてばつが悪そうにする宮藤だったが、言っているそばからまた仲間の心配をする。

「多香子ちゃんと明希ちゃんはこの後どうするんですか?」

「ああ、お前が寝ているうちに希望は聞いておいたぞ。二人とも士官を目指したいということだから、扶桑に帰して士官教育を受けるように手配しておいた。」

「そうなんですね。前に帰国した賢子ちゃんと富美香ちゃんも士官になるって言ってましたよね。」

「そうだな、小宮山と亀井も士官教育だな。佐藤と牧野はウィッチ訓練学校の教員を希望していたな。この二人は少し年齢が上でウィッチとして活動できる期間が限られているから、士官教育に時間を取られるより、若手の教育に時間を費やしたいということだったな。」

「晴江ちゃんと佳美ちゃんは欧州で戦いたいって言ってましたよね。」

「そうだな。清末と児玉は一旦帰国して舞鶴航空隊に配属になった後、欧州に派遣される予定だ。」

「大丈夫でしょうか。心配だなぁ。」

「なに、心配することもない。欧州に派遣といっても、お前たちが経験したような激戦に巻き込まれることはないはずだ。聞くところによれば、オラーシャの比較的平穏な地域で防衛任務に就くらしいぞ。」

「そうなんですね。それなら安心です。」

 そう答えながらも一抹の不安は拭えず、宮藤は心配そうな表情を浮かべて窓の外、はるか遠くの空を見つめている。これまでの様に一緒の部隊にいれば、いざというときには助けることもできるが、この後扶桑に帰国する予定の宮藤には、戦場に赴く二人をもう助けてあげることはできない。宮藤にできることは、二人の無事と活躍を遠い空の下から祈ることだけだ。

 




◎登場人物紹介
(年齢は1947年4月1日時点)

宮藤芳佳(みやふじよしか)
扶桑海軍大尉(1929年8月18日生)17歳
横須賀航空隊欧州分遣隊長(ベルギカ・リエージュ)
 新人の実践的訓練を行うために創設された横須賀航空隊欧州分遣隊の隊長として欧州に派遣され、新人たちに実戦を交えた訓練を行ううち、連合軍のカールスラント奪還作戦に支援のために参加するが、いつしか最前線に出て激戦に次ぐ激戦を繰り返すこととなり、ついにベルリンの巣を破壊してカールスラント主要部を解放するまで戦い抜いた。さらに、一部隊員とともにニュルンベルク奪還作戦に参加、烈風斬を放って魔法力を使い果たすものの、ニュルンベルクの解放に成功した。現在は入院中だが、回復したら扶桑に帰って、軍医科に転科した上で、横須賀海軍病院に軍医として勤務する予定。


坂本美緒(さかもとみお)
扶桑海軍少佐(1924年8月26日生)22歳
横須賀航空隊副長
 魔法力が衰えてからは横須賀航空隊副長として、横須賀航空隊のウィッチ隊の統括と、ウィッチの教育訓練に努めている。横須賀航空隊欧州分遣隊の解散に伴う業務のために欧州に出張してきているところ。残務処理が終わったら扶桑に帰国して、再びウィッチの教育訓練を中心とした任務に就く予定。
 

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