ストライクウィッチーズ カザフ戦記   作:mix_cat

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第九話 新人には過酷な訓練が続く

 今朝も基地に起床喇叭が鳴り響く。新人といえども訓練学校ですっかり習慣化されているので、佐々木と中野もぱっと跳び起きる。しかし、訓練学校時代とはレベルの違う厳しい訓練で、若い二人といえどもさすがに影響が残っており、体に感じる筋肉痛に中野はうっと顔をしかめる。

「痛た、筋肉痛が残ってるよ。一晩寝ても残ってるのは久しぶりだなぁ。」

 佐々木も同様に筋肉痛のようだ。

「うん、わたしも痛いよ。訓練学校に入ったばっかりの頃みたい。」

「あ、津祢子ちゃんもそうなんだ。はあ、実戦部隊の訓練って厳しいんだね。」

「訓練学校の教官から、部隊に配属になるともっと訓練が厳しくなるって聞いてたけど、その通りだね。」

「まだ出撃ないけど、出撃したら訓練より厳しい戦闘が待ってるのかな。」

「そうでもないみたいだよ。どんな戦闘になっても大丈夫なように、殊更に厳しい訓練をやるって聞いたよ。」

「ふうん、そうんなだ。」

 そこへ清末が通りかかる。

「ほら、無駄口叩いてないでさっさと集合して。」

「はい!」

 佐々木と中野は慌てて駆け出した。

 

 さて、今日の訓練は爆撃訓練だ。清末が佐々木と中野に尋ねる。

「今日は爆撃訓練をするけど、佐々木と中野は爆撃訓練をしたことあるの?」

「いえ、ありません。」

「そっかぁ、まあそうだよね。わたしも訓練学校では爆撃訓練はしなかったからなぁ。」

「あの、爆撃するんですか?」

「そうだよ。聞いてると思うけど、この基地の主な任務は侵入してきた地上型ネウロイを発見して、爆撃して破壊することだからね。」

「そうなんですね。」

「はい、じゃあ発進準備。」

「はい。」

 各員魔法力を解放してストライカーユニットを起動する。そして、型通りの発進前点検を済ますと、一斉に発進する。

 

 町の上空を出外れると、周囲はすぐに砂漠地帯なので訓練場まではすぐだ。清末が爆撃の要領を説明する。

「事前に説明した通り、降下角30度程度で標的に向かって降下して、高度600程度で爆弾投下。投下後は水平飛行で離脱するけど、離脱する高度は100くらいを目標にして。高目の高度で離脱すると、下から撃たれる危険が高くなるからね。」

「はい!」

「じゃあまず児玉が手本を見せるから。」

「えっ? 晴江がやるんじゃないの?」

 事前に打ち合わせていなかったようで、突然振られた児玉は目を丸くしている。

「説明はわたしがやってるでしょ。だから実演は児玉がやって。」

「なんだ、今日は見てるだけでいいと思ったのに。」

 さすがにそんな楽ができるはずはないだろう。児玉もわかっているから、ぶつぶつ言いながらももうやる気になっている。

 

「行くよ。」

 児玉はさっと身をひるがえしてダイブする。まるであらかじめ引かれた線をなぞるように、ただまっすぐに目標に向かって降下して行く。やがてぱっと爆弾を投下すると引き起こしに入る。演習用爆弾は目標に引き寄せられるように落下し、目標の中央に落ちると一筋の煙を立ち上らせた。

「凄い、どんぴしゃりじゃないですか。さすが児玉曹長です。」

 佐々木が感嘆の声を上げる。児玉からは特に応答はないが、こんなストレートな褒められ方をした経験があまりないので、照れて黙っているのに違いない。

 

「見てたよね。同じようにやればいいからね。じゃあ佐々木、行って。」

「はい。」

 清末からの指名を受けて、佐々木はごくりと生唾を飲み込むと、目標をひしと見据える。

「行きます。」

 佐々木はぐっと突っ込むと、目標に向かって降下する。降下角は悪くない。速度も適度に抑えが効いている。この分なら悪くない結果が見られそうだ。

 

 1500、1400、1300と高度を下げていく。そろそろ投下のタイミングが近い。そう思った時、佐々木はぱっと演習用爆弾を投下すると、引き起こしに入る。

「早い、早いよ。ちゃんと高度を見てよ。」

 清末の叱責に、佐々木がか細い声で応答する。

「すみませーん。地面がどんどん近付いてきたら、思わず投下しちゃいました。」

 これまでの訓練で低空まで降下する場面はあったはずだから降下に恐怖心を抱いたわけでもないだろうが、爆弾を投下することを意識すると、つい気が逸って投下索を引いてしまったのだろう。慣れないと得てしてそういうことが起こる。初めて実戦に臨んだ兵士が、まだ当たるはずのない遠距離から射撃を始めてしまうのと一緒だ。

 

「次、中野。」

「はい。」

 答える中野の表情は、初めての爆撃に緊張している様子がありありと浮かんでいる。そこへ戻ってきた児玉が一声かける。

「迪子、爆弾は外したってもう一発あるから、気楽にやってきなさい。」

「あっ、そうですね。」

 中野に笑顔が浮かんだ。これで幾分緊張も緩和されただろう。

「行きます。」

 中野が降下に入る。降下角は悪くないが、少し過速気味だ。やはり気が急いているのだろう。また、それだけではない。

「迪子、少し滑ってるね。」

 児玉の言う通り、清末にも中野が横滑りしているのが見て取れた。

「うん、少しだけど、あれだと当らないね。」

 横滑りをしながら降下すると、爆弾は滑っている方向に流れるから、目標には当たらない。どうやら本人はそのことに気付いていないようだ。中野が投下した爆弾は右の方にそれ、さらに過速気味だった分、前方にもそれた。

 

「迪子、降下する時横滑りしてたよ。すぐに上昇してもう一回。」

「はいっ。」

 児玉からの指示に、中野は慌てて急上昇する。急降下からの引き起こしで強烈なGを受けた直後なので、急上昇に転じる際のGが殊更に体に堪える。

「くっ、苦しい。」

 思わず弱音がこぼれるが、多分児玉は許してくれない。仕方がないので歯を食いしばって上昇を続ける。連続のGなので殊更に苦しいが、それでも急降下からの引き起こしの時よりは楽なはずだ。急降下爆撃からの引き起こしでは、6~7Gもの力がかかって、大抵はブラックアウトする。戦闘機なら空中分解するほどのGだ。だが今回はそこまで急角度で降下していないし、魔法力による身体強化があるから、ウィッチなら十分こなせるはずだ。こなせばさらに要求が高くなる。およそきりがないが、そこまで厳しく訓練しているからこそ実戦の切所でもうひと踏ん張りが効いて、敵に打ち勝つことができるようになるのだ。もっともその実感を中野が持つのはまだ先だ。

 

 上昇を終えた中野が再び目標めがけて降下を始める。既に爆弾を一発投下しているので、重量バランスは悪いし、空気抵抗のバランスも悪い。必然的にコース取りが不安定になって、多少ふらふらしながら目標に接近することになる。これだと一発目と同じ結果になりかねない。児玉がインカム越しに叫ぶ。

「迪子! コースをまっすぐ取って。ふらついてるよ。」

「はい!」

 ふらついていては命中は覚束ないので勢いよく返事はしたものの、そんなこと言われたってできないよと、文句の一つも言いたい気分だ。誰もふらつきたくてそうしているわけじゃない。そうこうするうちに高度が1000を切った。そこへまた児玉が叫ぶ。

「まだまだ。500まで粘って。」

 えっと思う。標準の投下高度は600だが、1秒に140~150メートルは降下するので、そのまま行けば4~5秒で地上に激突する高度だ。そこから更に1秒待って投下しろというのだ。もちろん降下すればするほど命中率は上がるが、その分だけ危険は大きくなる。引き起こしても慣性で350は沈むので、500からの引き起こしでは全く余裕はない。それでも上官の命令には従わなければならない。中野は投下索を握り締めたまま、ぐっとこらえて更に降下を続ける。地面が眼前に迫ってくる。

「投下!」

 投下索をぐっと引くと同時に、思い切り引き起こす。猛烈なGがかかって、全身の組織が引き剥がされて吹っ飛んで行きそうだ。それでも地面が急速に迫ってくるので、力を緩めるわけにはいかない。歯を食いしばって耐えていると、真っ暗になった視界がじわじわと戻ってきた。高度は100を切っていて、すぐ目の前をすごい勢いで地面が流れていく。

「いいよ、命中したよ。その感じを忘れないでね。」

 インカムから聞こえてきた児玉の声に、苦しい思いをした甲斐はあったと、中野はほっと息をつく。でも、この感じを忘れないでって、もう二度とやりたくないんですけど。新人には過酷過ぎる訓練はまだ続く。

 


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