「さあ、今日は模擬空戦だよ。」
清末が明るく宣言する。でも佐々木と中野の気持ちは暗い。もちろん空を飛ぶことは好きだし、訓練するのは仕事の内なので否やはないのだが、要求される内容を十分にこなしきれないのは辛い。訓練学校では別に落ちこぼれたりもしなかったのだから、部隊に配属になっても十分やっていけると思ったのだが、そううまくは行かなかったというのが今の所の現実だ。それだけに訓練に臨むのは気が重い。
しかし、模擬空戦自体は訓練学校でも散々経験しているので、別段苦手意識があるわけではない。指示に従って上空に集合すると、早速清末から確認と指示がある。
「模擬空戦は訓練学校でもやって来たよね。」
「はい。」
「じゃあ通常通り、お互いに対向してすれ違ったら訓練開始ね。」
「はい。」
「今日は、児玉と2対1で対戦ね。」
「あ、はい。2対1なんですね。」
佐々木は、実力の程も確かめないでいきなり2対1とはずいぶん甘く見られたものだと思う。もちろん、模擬空戦に絶対の自信を持っているわけではないので、あるいは2対1くらいで丁度いいのかもしれないけれど。でもこっちだって訓練学校で模擬空戦の訓練は重ねてきたのだから、そういいようにやられたりはしたくないという意地もある。そんな憤懣を少し込めて答える。
「はい、了解しました。」
ところがそこで児玉が口を挟む。
「ちょっと、晴江、わたしが2対1で対戦するなんて聞いてないよ。」
清末はいたずらっぽく笑いながら答える。
「うん、言ってない。いま思いついた。でも児玉2対1でも平気でしょ?」
「えぇ? どうかなぁ。」
一応疑問を呈しては見るがそれは謙遜で、児玉も今の佐々木と中野なら、一連の訓練の様子を見る限り、まあ2対1でも後れは取るまいと思っている。
「まあいいや。よし、やろう。」
そしてお互いに離れて向かい合う。空戦準備OKだ。
「始め!」
清末の号令とともに、佐々木、中野ペアと、児玉とはお互いに向かって飛行する。相手の出方を探るように、どちらもエンジンを全開にはせず、多少絞った状態で接近する。もっとも、零式艦上戦闘脚は高速域での舵の効きがあまり良くないので、巴戦に入るのなら加速し過ぎない方が良い。接近しながら、前を行く佐々木が中野に作戦を持ちかける。
「ねえ、2対1の有利を活かすために、二手に分かれて同時に攻撃しない?」
佐々木の提案に中野も乗り気だ。
「うん、そうだね。児玉さんがどっちかに向かったら、すかさず後ろを取ればいいんだね。」
「うん、じゃあわたしが左下に旋回するから、迪子ちゃんは右上に旋回して。」
「そうだね、それで行こう。」
この作戦ならいつもしごかれている児玉にも一矢報いられそうな気がする。
多少絞っていると言っても、相対速度は1,000キロにも達するのだから、あれこれ考えている暇もなく、相手が迫ってくる。そして、瞬時にすれ違う。
「今よ!」
そう叫んだ瞬間に、佐々木はぐっと突っ込んで旋回に入る。視界の端にちらっと反対側に向かって旋回を始めた中野の姿が見えた。少しでも早く旋回した方が優位な態勢を取れるから、佐々木は歯を食いしばって急激な旋回の負荷に耐える。魔導エンジンが唸りを上げ、ユニットのどこかがきしむ音がする。半周ほど旋回したところで、旋回を続けながら児玉の方をさっと見回す。こちらにまっすぐ向かってきてはいない。それなら中野に向かって上昇しているのかと、上方を見回してみてもやはりいない。一旦深く降下して、下から突き上げてこようとしているのかと、下の方を見回してみるがやはり見当たらない。一体どこにいるんだろうと、今自分が来た方を振り返って見ると、旋回する内側にほぼ平行して、やや下方から児玉がこちらに銃口を向けている。
「えっ? いつの間に?」
児玉は、佐々木が旋回する間に素早く内側に回り込んできていたのだ。児玉は加速の速さも旋回の鋭さも、佐々木とは比べ物にならないほど上回っているからできる芸当だ。完全に負けたと佐々木が痛感した次の瞬間、児玉が引き金を引いて、ペイント弾が佐々木を襲う。
「あっ!」
慌ててシールドを開いたが時すでに遅く、ペイント弾が佐々木に次々命中する。そして、ごつんと鈍い音を立てて一弾が額を直撃した。ペイント弾といえども至近距離から直撃すれば相当の衝撃だ。
「わっ!」
一声残しただけで意識の飛んだ佐々木は、まっさかさまに落ちていく。
旋回しながら児玉の姿を探していた中野は、児玉を見付けたと思ったら、佐々木の額でペイント弾が飛び散るのを見た。
「津祢子ちゃん!」
中野の叫びも届かず、佐々木はぐらりと傾くと落ちて行く。
「中野、佐々木を救護して。」
清末からの指示がインカムに入る。
「で、でも、まだ空戦中です。」
「空戦中でも戦場では仲間を助けるのが優先だよ。ウィッチは数が少ないんだから、仲間を守らないと後が続かないよ。」
「はい、了解しました。」
中野は急降下して佐々木を追う。佐々木はほぼ自由落下しているだけなのだが、重力の力は侮りがたく、思いの外の加速で容易に追いつけない。下に向けて加速するのは過速に陥りやすくて怖いのだが、下手をしたら佐々木が地面に激突してしまうから、多少無理があっても追いつくのが先決だ。ほとんど垂直降下で追いすがると、中野は佐々木をしっかりと抱き止めて、無理なGをかけないようにゆっくりと引き起こす。やれやれ、どうやら無事に佐々木を救護できた。
「仲間を抱えているとね、回避するのが難しいんだよ。」
インカムから響く児玉の声に、はっと顔を上げると児玉が射程距離内でこちらに機銃を向けている。
「えっ? えっ? わたし津祢子ちゃんを救護してるとこなんですけど・・・。」
「うん、それはわかってるよ。だけど、救護してるからってネウロイは見逃してくれないよ。」
そう言うと児玉は無慈悲にも引き金を引き、ペイント弾がばらばらと飛んでくる。
「ひゃあっ!」
悲鳴を上げながら中野はシールドを広げてペイント弾を防ぐ。佐々木を抱えてほとんど停止しているところから、急に回避することなど思いもよらない。シールドで防ぐだけが精一杯だ。このあとどうやったら回避できるんだろう。回避できなければ、もし実戦なら二人まとめて命がない。そんなことに気がそれた一瞬をついて、児玉が斜め後ろに回り込んでペイント弾を撃ち込んでくる。
「きゃっ!」
悲鳴を上げる中野に次々ペイント弾が命中する。佐々木も含めてペイントまみれでべたべただ。
「いやーん。」
ペイントまみれになっても飛べなくなるわけではないが、べたべたしたペイントが肌を伝って気持ち悪いことこの上ない。まるででっかいナメクジに這い回られているようだ。いかに訓練学校を出たばかりの新人と言っても、ここまで酷くペイントにまみれたのは初めてだ。2対1なら勝てるんじゃないかと、始める前は淡い期待を抱いたりもしたが、所詮実戦経験を重ねてきたベテラン相手ではまだまだ勝ち目はない。繰り返しペイントまみれになりながら学んでいくしかない。