ストライクウィッチーズ カザフ戦記   作:mix_cat

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第十二話 新人たちの初出撃

 定例の朝の打ち合わせで、安藤大尉が清末に尋ねる。

「どうかしら、佐々木さんと中野さんの仕上がり具合は?」

 それに対して清末は、胸を張るような調子で答える。

「大丈夫です。もういつでも出撃できます。」

 清末の答えに佐々木と中野は目を丸くする。確かに将来を期待されていることはわかったが、まだ訓練についていけていないことに変わりはない。しかし二人のそんな戸惑いには関係なく、事態は進んで行く。

「そう、それなら今日から哨戒のローテーションに二人も組み入れてね。」

 佐々木が慌てて話を遮る。

「待ってください。わたしたちまだ訓練メニューも満足にこなせていないのに、出撃なんて早過ぎます。足手まといになるだけです。」

 だが、安藤大尉はそんな佐々木の訴えを気にも留めない。

「あら、そんなに心配することないわよ。出撃って言っても哨戒に出るだけだから、訓練より簡単よ。」

「で、でも・・・。」

「まあ、習うより慣れろってところかしら。まずは一度行ってみて。」

「・・・。」

 そう言われても、佐々木には不安しかない。

 

 打合せが終わっていったん部屋に引き揚げると、案の定中野も不安でいっぱいいっぱいだ。

「津祢子ちゃんどうしよう。わたしたちも出撃することになっちゃった。」

 佐々木も、安藤大尉の前でこそ一応抑えた態度を取っていたが、同期の前では動揺を隠せない。

「わたしだってどうしたらいいかわかんないよ。隊長は心配することないって言ってたけど・・・。」

「う、う、ネウロイは待ってくれないって言ってたよね。ネウロイに襲われたらどうしたらいいかわかんないよ。」

「に、逃げるしかないんじゃない? でも逃げ切れるかな? あ、勝手に逃げたら敵前逃亡になるかな? 軍法会議にかけられて銃殺かな?」

「いやだよ、銃殺なんて。」

「でも逃げたら銃殺だし、逃げなかったらネウロイに撃たれて戦死だよ。」

「う、う、まだ死にたくないよ。」

 どうも佐々木が不必要に恐怖心をあおっているような気がしないでもない。

 

 しかし、幾ら不安でも、幾ら恐怖でも、出撃の時間は否応なくやってくる。整列した隊員たちを前に、安藤大尉がおもむろに指示を出す。

「今日は、私と、清末さんと、佐々木さんの3人で哨戒飛行を行います。」

 びくっと佐々木の体が反応する。外から見てもわかるほどはっきりと体を震わせた。しかしそれに気付いているのかいないのか、何事もなかったように安藤大尉は続ける。

「では、出撃準備。」

 ああ、わたしの人生もこれで最後か。わずか12年の短い生涯だったと嘆息する。しかし、それでも行かなければならないのがウィッチの使命だ。

「はい!」

 半分やけくそで大声で返事を返すと、佐々木は格納庫に向かって走る。

 

 いつもの様にユニットを始動しても、佐々木は頭がかっかして落ち着かない。うっかりと出発前点検の手順を間違えている。

「佐々木、気負い過ぎ。哨戒飛行って言っても普段の訓練と変わらないよ。落ち着いていつも通りにやりなよ。」

 清末がそう声をかけて、佐々木は少しは落ち着いただろうか。そんな佐々木の様を見ながら、清末はふと自分の初出撃の時はどうだったっけと思い返す。そういえば、訓練学校の卒業が近い頃、突然扶桑に出現したネウロイを撃退するために出撃したんだった。今回の哨戒飛行のような気楽な任務じゃなくて、いきなり大型ネウロイとの実戦だった。緊張の余り卒倒してもおかしくないような状況だったけれど、坂本さんの『ウィッチに不可能はない!』に乗せられて、無我夢中で戦ったんだった。二度目の出撃で撃ち落とされたけど。それに比べると今日のはとっても楽な初出撃だけど、佐々木にしてみれば緊張もするよね、と清末は胸の内で思う。ちょっと訓練で厳しくしすぎたかな? と思わないでもない。実戦の脅威と厳しさをあおり過ぎて、必要以上に緊張させる結果になったとしたら反省しなければならない。

 

 佐々木は相変わらず緊張と興奮で顔を真っ赤にしている。しかしそんなことにはお構いなく、出撃の時は来る。

「安藤昌子、発進します。」

 穏やかな声で通知すると安藤大尉がするすると滑り出す。さすが隊長、何の緊張も見せずに実に滑らかな滑走だ。

「清末晴江、発進します。」

 清末が後に続く。誘導路を素早く滑走して滑走路に出ると、くいっと向きを変えると同時に一気に加速する。相変わらず切れ味のいい離陸だ。そして佐々木の番が来る。

「佐々木津祢子、発進しますっ!!」

 叫ぶように通知すると、佐々木は滑り出す。滑走路に出て魔導エンジンを吹かすとぐんぐん加速する。ぱっと地を蹴って飛び立てば、いつも通りの大空だ。肌を撫でる風が心地良い。こうして普段通りに飛んでいると、初出撃だからといって緊張し過ぎだったかなと反省させられる。佐々木は緊張を振り切って上昇すると、3番機の位置に着いた。

 

 編隊を組んだ3人は西に向かって飛行する。左手にはカスピ海が広がり、右手に広がっているのはルィン砂漠だ。青い湖と茶色い砂漠、そしてその間を区切る緑の帯。鮮やかなコントラストが続いている。しかしそんな景色に見とれている暇はない。今は哨戒任務中だ。

「良く周囲を警戒してね。」

 清末から声をかけられて佐々木ははっと我に返る。そうだ、訓練飛行ではないのだから、景色に見とれている場合じゃない。佐々木は地上をぐるぐる見回して、潜んでいるかもしれないネウロイを探す。

「地上だけじゃなくて空も良く見てね。」

 清末はそう言うが、このあたりには飛行型ネウロイは出現しないのではないのか。

「あの、飛行型ネウロイは出ないんじゃないんですか?」

「うん、確かに滅多に出ないんだけれどね。だからといって今後も出ないとは限らないよね。ネウロイはどう来るかわからないから、案外これまで出なかったところに突然大挙して現れるかもしれないよ。撃たれてから後悔しても遅いからね。」

 安藤大尉も言葉を添える。

「そうよ。やっぱり戦場では最悪の事態を予想して備えておかないといけないのよ。」

 そこが訓練と実戦の違いなのだろう。佐々木は気を引き締めなおす。

「はい、了解しました。」

 

 やがてボルガ川に達すると北へ変針する。北上すると眼下に広がっているのは乾燥した大地ばかりで、それが地平線まで果てもなく広がっている。この中にいるかもしれない、それこそ芥子粒のような地上のネウロイを発見しなければならない。佐々木は目を皿のようにして周囲をぐるぐると見回す。岩と砂の台地が日光を反射してきて目が痛い。さらに周囲の空も見回さなければならない。周囲をぐるりと見回して、さらに上空も見回す。太陽がぎらぎらと輝いている。この太陽を背にして攻撃してくる敵が一番危険だ。しかし目を見開いて太陽を見るわけにもいかないので目を細めて、でもあんまり細めると良く見えないから加減が難しい。横須賀で模擬空戦の訓練をしたときにも太陽を背にしてくる敵に注意するように言われて、太陽を見たものだが、横須賀より乾燥しているせいなのだろうか、太陽の光が一段と強く目を刺すような気がする。もちろん太陽ばかり見ていては駄目だ。また地上へ、更に周囲の空へと絶えず目を移し続けなければならず、なかなか忙しい。

 

「基地に帰還します。」

 安藤大尉の声で佐々木は我に返った。忙しく周囲を見回している内に、いつの間にかアティラウの近くに戻ってきていた。緊張しまくった初出撃だったが、ただ一所懸命周囲を見回していただけで、何事も、本当に何事もないままに終わってしまったようだ。

「あの、ただ飛んできただけだったみたいですけど、これで終わりですか?」

 佐々木のやや戸惑いを滲ませた問いかけに、清末と安藤大尉が笑う。

「そりゃそうだよ。哨戒に飛ぶたびに何事かあったら、体がいくつあっても足りないよ。」

「そうね。何事もないことを確認することが、哨戒飛行の大事な役割なのよね。」

 清末と安藤大尉の言葉に、佐々木はどっと気が抜ける。それならあんなに緊張する必要なかったじゃない。先に言ってよ。そう思う佐々木だったが、ひょっとすると初出撃でネウロイに遭遇しないとも限らないのだから、そんな緊張感を無くすようなことを言うわけがない。まあしかし、佐々木のアティラウでの任務は始まったばかりだ。

 


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