ストライクウィッチーズ カザフ戦記   作:mix_cat

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第十四話 前線の食事事情

 定期的に哨戒飛行に出撃し、任務がないときには訓練を重ねる日々が続く。慣れてしまえば滅多にネウロイに遭遇することはないのだから、哨戒飛行も気楽なものだ。訓練より楽という佐々木の最初の感想が実感になってくる。新人二人ももはや鼻歌交じりで出撃できるほどだ。もちろん、上官の目があるから本当に鼻歌を歌ったりはしないけれど。訓練は相変わらずきついけれど、それでも慣れるに従って最初の頃のように滅茶苦茶きついと感じることもなくなってきた。そうなってくると、前線勤務と言っても案外退屈なものになってくる。

 

 アティラウの町は防衛拠点であると同時に、物資輸送の重要拠点になっているので、物資輸送のための船や車両の出入りは多く、人の往来も多い。そのために民間人も多数住んでいるので大いに賑わってはいるのだが、前線の軍事拠点とあってはおよそ娯楽に類するものは見当たらない。市が立つわけでもなく、町に出てみてもこれと言って無聊を慰めてくれるものがあるわけではないので、最初の何回かはともかく、今となっては町に出るのも退屈なだけだ。

 

 そうなると楽しみと言えるのは食事だけになる。まだまだ食べ盛りの年頃なのだからなおさらだ。扶桑では一般に陸軍より海軍の方が食事が良いと言われる。差が大きいのは士官で、陸軍は兵と士官が同じものを食べていることも多いが、海軍では兵と士官では烹炊所から分けられていて、士官は上等なものを食べている。もっとも、士官の食事は自己負担なので、そのせいで良いものを食べている面もある。下士官兵の食事は官給だが、それでも一汁一菜が基本の陸軍より、海軍は手の込んだものが提供される場合が多い。しかしここアティラウ基地はオラーシャ軍の基地の一部を借りている関係で、基地の食事は原則としてオラーシャ軍から供給されており、必然的に馴染みのないオラーシャ食だ。既に欧州生活に慣れた安藤大尉、清末、児玉はまだしも、栗田少尉、佐々木、中野は洋食からしてほとんど経験がないのに、オラーシャのパンはライ麦で作った黒パンが主流だからますます馴染まない。扶桑では白パンはまだしも黒パンを口にする機会はほとんどなく、黒パンは白パンより固く、また酸味があったりするので、白パンよりさらに馴染みにくい。アティラウに派遣されているのは、整備隊や防衛隊を含めても500名ほどしかいない小部隊なので、扶桑から糧食を供給することもできそうに思えるが、何しろ扶桑からアティラウは遠い。直線でも7,000㎞以上離れているのだから、物資の輸送は困難を極める。武器、弾薬や予備部品などの輸送の優先度が高いものを供給するのが精一杯で、必然的に糧食にまでは手が回らない。だから食べにくくても、馴染めなくても、現地調達で賄うしかないのだ。

 

 だから本当は楽しみなはずの食事の時間になっても、佐々木や中野はあまり気持ちが弾まない。食卓に着いた佐々木は、今日はたまたま士官がいないのをいいことに、ぐちぐち言っている。

「あーあ、また黒パンかぁ。たまには白いご飯が食べたいなぁ。」

 中野も同調する。

「そうだよね。でも贅沢は言わないから、せめて麦飯、それが無理なら大根飯くらい食べられないかなぁ。」

 もちろんそんなことは夢のまた夢だ。清末がたしなめる。

「何贅沢言ってんのよ。ちゃんとご飯が提供されるだけでも御の字なんだよ。それにオラーシャはまだ戦場だから、食糧事情は悪いんだよ。贅沢言ったら罰が当たるよ。」

 

 そうなのだ。オラーシャは穀倉地帯のウクライナをネウロイに占領されているため、食糧事情は欧州の中でも厳しいのだ。だから、黒パンでも質の悪い、ひどいと雑草交じりのものが配給されたり、所定量が配給されないために空き腹を抱えて戦っている部隊だって少なくない。オラーシャ軍の食事は黒パン以外では肉の入った野菜スープが定番だが、材料不足で肉が入っていないのはもちろん、キャベツだけのスープが何日も続くことだってある。だから、たまたま材料が豊富で、ボルシチが出たりするとお祭り騒ぎだ。そんな中でも、ウィッチ隊はパイロット同様に卵、バター、チーズ、果汁エキス、ドライフルーツなどが追加で提供されるのだから、大変に恵まれている。

 

 ただ、贅沢だとたしなめた清末も、実はオラーシャ軍の給養には辟易している部分はある。前の部隊では激戦が続く最前線にいたこともあるから、もっと貧弱な食糧事情だった時期もあって、そのことを考えれば現状でも耐えられるのだが、やはりそこは扶桑人、お米が恋しくないわけではない。

「まあでもやっぱりたまにはお米が食べたいよね。」

 児玉もそこには同意だ。

「そうだよね。前にお米の補給があったときは嬉しかったなぁ。やっぱりご飯食べると力が出るよね。」

「うん、魔法力が高まった気がした。」

 別にご飯に魔法力を高める作用があるわけではないが、魔法力は気持ちの影響を強く受けるので、ご飯を食べて気持ちが盛り上がれば、実際に魔法力が高まることもあるのだ。

「でも、お米を補給してくださいとは言えないよね。」

「うん、そうだね。」

 清末や児玉も、アティラウへの補給の困難さはわかる。その状況下で、少なくとも栄養素やカロリーが不足しない程度の給養がある以上、武器、弾薬などの補給を押しのけてまで、お米を補給して欲しいとは言えない。

 

 そんな頃、零式輸送機がアティラウ基地に到着した。零式輸送機は、リベリオンの輸送機のダグラスDC-3の発動機を扶桑製のものに換装するなどの改修を加えて国産化したものだ。扶桑陸軍の主力輸送機である100式輸送機よりは貨物積載量が多いが、それでも5トン足らずしか積めないので、主に精密機器や予備部品、重要書類、人員などの輸送に使われている。降りてきた主計科下士官は清末と児玉が便乗したときと同じ人だ。清末が手を振る。

「こんにちは。またお会いしましたね。」

 主計科下士官も清末たちのことを覚えていた。

「ああ、着任するときに乗り合わせたウィッチのお嬢さんですね。元気そうで何よりです。」

「はい、元気に頑張ってます。ただ・・・。」

「何か問題があるんですか?」

「ご飯が食べられないんです。」

「ご飯が食べられないって、食糧の補給が途絶えているんですか? だとしたら一大事だ。」

 主計科下士官の勘違いに、清末は慌てて言い直す。もっとも、清末たちを見れば健康そのもので、飢餓状態にないことはわかりそうなものだが。

「い、いえ、そうじゃなくて、お米が食べられないんです。糧食はオラーシャ軍からの供給なのでもっぱら黒パンばかりで、カーシャっていうお米の入ったお粥が出ることはありますけど、普通に炊いたお米が食べられないんです。」

 さすがに食料の補給が途絶えるというのは不審に感じていたので、この説明で主計科下士官も合点がいく。

「ああ、なるほど、炊いたご飯が食べられないんですね。そりゃあ扶桑人としては一大事ですね。」

 主計科下士官はしきりにうなずいて、同情するような表情をしている。

 

 清末はふと、主計科だったらお米を調達して持って来ることもできるのではないかと気付く。もちろん正式な依頼を通そうとすれば却下されるので、こっそりお願いするのだ。ばれたら懲罰は避けられないだろうけれど、自分たちの境遇を理解して、同情してくれている様子なので、お願いすれば聞き届けてくれるかもしれない。この際だからと清末は思い切ってお願いしてみる。

「だから、今度来る時でいいので、お米持ってきてもらえませんか? 正規の補給申請でお願いするのは難しいので・・・。」

 清末のお願いに、主計科下士官ははたと考え込む。言う通り正規のルートで申請しても却下されるだけだろう。米の2、3俵融通することは難しくないし、輸送機はいつもぎりぎり一杯の荷物を搭載しているわけではないので、重量制限に引っかかることもないだろう。しかし、規則違反であることに間違いはない。悩ましいところだと言いたいところだが、主計科下士官の気持ちはお願いされた瞬間に決まっている。

「わかりました。何とかして米を調達して持ってきましょう。扶桑産の米を手に入れるのは難しいかもしれませんが、輸送拠点を置いているペルシアでも米はよく食べられているんですよ。あっそうか、ペルシアの米は長粒種だな。でも大丈夫。お隣のオストマンでは扶桑と同じ短粒種の米が食べられていますからね。」

 なんだか難しそうだが、それでもお米が手に入るらしい。清末は勢い良く頭を下げる。

「ありがとうございます! よろしくお願いします。」

 清末に感謝されて、実は主計科下士官は感激している。何しろウィッチはみんなの憧れの的だ。そんなウィッチに感謝されるなんて、男冥利に尽きるというものだ。そのためだったら規則なんかくそくらえだ。

「きっと持ってきますから、期待して待っていてくださいね。もっとも次いつ補給に来るかはわからないんですけれど。」

 

 食料、燃料、その他の消耗品や重量物などは、原則としてカスピ海を渡って船で定期的に運ばれてくる。輸送機が来るのは、特に飛行機輸送が必要な案件が生じたときだけで、だから不定期にしか来ることはない。例えお米が調達できたとしても、何らかの必要があって輸送機が飛ばない限り、持ってくることはできないのだ。でもそんな不確かなことでも、前線基地で単調な哨戒任務についているウィッチたちにとっては大きな希望だ。大きな希望を胸に抱いたウィッチたちは、心なしかこれまでより活気付いて任務に取り組んでいるように見えなくもない。果たして希望は叶うのだろうか。

 


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