ストライクウィッチーズ カザフ戦記   作:mix_cat

19 / 25
第十八話 アクタウ基地派遣任務

 モルダグロバが任務を終えて帰ってから少し経った頃、安藤大尉が集まった隊員たちに向かって言う。

「この間はオラーシャの人が来てくれたわけだから、次はお返しにわたしたちから誰かアクタウに行くべきだと思うのよ。」

 隊員たちは確かにそうだとうなずく。名目上はオラーシャ隊の作戦を扶桑隊が支援したことになっているけれど、実態としては扶桑隊の任務をオラーシャ隊が肩代わりしたようなものだ。だから、今度は本当の意味でオラーシャ隊を支援したいと思う。

 

 清末が安藤の考えに賛意を示す。

「良いと思います。お互いに交流して、必要な時に支援し合える関係を作っておくことは大事だと思います。特にこの辺りはウィッチの数が少ないんですから、少ない戦力を有効に活かせるようにしないといけないと思います。」

 清末に続いて、児玉も意見を述べる。

「それに、いつかアクタウに移動して作戦するときもあるかもしれないから、アクタウの下見にもなります。」

 

 新人の佐々木と中野は感心して聞いているばかりだ。自分たちも何か意見を言おうという意識も浮かばないほど、感心している。さすが、ベテランの人たちは違うと思う。その一方で、同じく意見を言えずに、だけれどそのことに焦燥を抱いているのは栗田少尉だ。こういう時こそ意見を出して、部隊を導くことが士官の役割ではなかったか。そのために部隊運用や作戦の勉強をしてきたのではなかったか。しかし、悲しいかな教科書で学んだ知識を実際の場面でどのように活かしていけば良いのか、実務経験の乏しい栗田少尉にはすぐには思い付かない。忸怩たる思いを胸に抱えて、ただ黙っていることしかできない。

 

「じゃあ、今回は児玉さんと中野さんお願いね。」

「はい、了解しました。」

 返事は良いが、二人にはちょっとひっかかる物がある。前回のオラーシャとの共同作戦には清末と佐々木が出たから、今度は児玉と中野だというのは一応は納得が行く。しかし、こちらの基地にやってきたオラーシャのウィッチと一緒に作戦するのと、向こうの基地に一定期間滞在して、その慣れない環境で共同作戦を実施するのとでは、大変さがずいぶん違うではないか。しかし、少女ばかりの組織とはいえ、ここはやはり軍隊だ。一度命令が下されたからには、返事はハイとYesの二択なのだ。もっとも、次に振られる任務はもっと大変かもしれず、むしろこの任務を振られてラッキーかもしれない。

 

 

 オラーシャのウィッチ隊が拠点を置いているアクタウはカスピ海の東岸にあるが、大きく張り出したマンギシュラク半島の先端にあるため、アティラウからは真南より少し西寄りになる。またアクタウはアティラウと異なり厳寒期でも港が凍結しないことから、物資輸送上の重要な拠点となっている。今回派遣を命じられた児玉と中野は、カスピ海を渡り、マンギシュラク半島を横切ってアクタウを目指す。アクタウの町は、港を中心に結構大きな市街地が広がっており、カスピ海に阻まれてネウロイの襲撃をあまり受けていないらしく、町に目立った被害は見られない。その町外れに小さな航空基地が設けられており、これがドスパノワ上級中尉達、アクタウ小隊の基地だ。児玉と中野は基地上空を大きく旋回すると、滑走路へと降りて行く。滑走路脇にオラーシャのウィッチたちが迎えに出ているのが見えた。

 

「扶桑海軍アティラウ派遣隊の児玉佳美曹長です。」

「同じく中野迪子軍曹です。」

 姿勢を正して礼を示す児玉達に、ドスパノワ上級中尉は、知らない仲ではないということもあってか、気楽な調子で応じる。

「やあ、遠路はるばるよく来てくれたね。私とナスチャは今更挨拶でもないから、別にいいな。ユーリアは初対面だったな。ユーリア、ちょっと挨拶してくれ。」

「はい。」

 答えて児玉達に向かい合った少女は、日差しを受けて金色にきらめく髪に、少し赤みが浮かんだ抜けるような白い肌、そしてきりりと引き締まった表情が得も言われず美しい。典型的なオラーシャ美人と言って良いのではないか。思わず目を奪われる児玉と中野に向かって、ユーリアは素敵な笑顔を向ける。

「ユーリア・シャーニナ上級軍曹です。狙撃手やってます。よろしく。」

 人懐こい笑顔でそんなことを言ってくる。欧州の人たちとの接点がまだ少ない中野は、こんな絵に描いたような女の子が本当にいるんだと、感激している。欧州慣れしている児玉でさえも目を奪われるような美人なのだから当然とも言える。

 

「ユーリアは狙撃手なの?」

 児玉が尋ねると、シャーニナは胸を張って答える。

「そう、対装甲ライフルを使って、飛行型ネウロイを遠距離から狙撃するのよ。」

「え? 飛行型ネウロイ?」

「そう、カスピ海上を航行している船舶を狙って、飛行型ネウロイが時々襲撃してくるの。わたしたちの一番重要な任務は、飛行型ネウロイから輸送船を守って、物資の供給を維持することなのよ。」

 この話には児玉はびっくりだ。アティラウでは派遣以来一度も飛行型ネウロイが出現したことはないし、過去には多く出現していたという話も聞いたことはない。だからこのあたり一帯には飛行型ネウロイは滅多に出現しないものだと思っていた。しかし、350㎞程南のここアクタウでは、ちょこちょこと出現しているようだ。となれば、アティラウだっていつ飛行型ネウロイの襲撃を受けるかわからない。今までも上空警戒を怠ってきたわけではないけれど、気を引き締めないといけないと思う。

 

「カスピ海の西岸は、コーカサス山脈から北側はネウロイの勢力圏なんだ。だからアクタウの対岸はネウロイの勢力圏でね、結構ちょこちょことネウロイがこちら側に出てくるんだよ。」

 ドスパノワ上級中尉が、シャーニナの話を補足する。

「ああ、なるほど、そういうことだったんですね。」

「そう。一方君たちの担当しているカスピ海の北側は、ネウロイの勢力圏との境界のボルガ川からアティラウまで350㎞もある上に、その間に目立った町もないから、ネウロイも襲撃する目標がないから滅多に出てこないというわけだ。」

 説明を聞いてアティラウとアクタウの違いがよく分かった。それならもっと積極的にアクタウの支援をした方が良いかなとも思う。

「そういうわけで、君たちにはカスピ海航路の上空援護を手伝ってもらいたいんだが、君たちは飛行型ネウロイと戦った経験はあるよね?」

 ドスパノワ上級中尉の問いかけに、児玉は力強くうなずく。児玉は、前のカールスラント奪還作戦で、それこそ嫌という程飛行型ネウロイと戦ってきたのだ。

「はい、迪子はまだ経験がありませんが、わたしはたくさん経験してますから大丈夫です。」

「うん、それなら大丈夫だね。期待しているよ。」

 ドスパノワ上級中尉は我が意を得たりといった様子でしきりにうなずいている。どうやら、派遣されてきただけの成果は残せそうだ。

 

 

 翌日、シャーニナと一緒に、児玉と中野はカスピ海航路の上空警戒に出撃する。これまでのアティラウ周辺の哨戒飛行と違って、実戦になる可能性も結構ありそうで緊張感が湧いてくる。しかし、身が引き締まるような、気持ちが高揚するような、心地よい緊張感だ。アクタウは港町なので、飛び立てばすぐに眼下には水面が広がる。ネウロイの襲撃を避けて、陸地のぎりぎりを航行して行く貨物船も見える。対岸のネウロイ支配地域までは270㎞ほどと近いので、気は抜けない。しきりに対岸の方を見回していると、シャーニナが少し笑いを含んで話しかけてくる。

「佳美、そんなににらみつけてなくても平気だよ。ネウロイは週に1回くらいのペースでしか現れないから。」

「あ、ああ、そうだね。」

 そんなに対岸ばかり見ていたかと思うが、空中戦もしばらくやっていないので、早く発見しようと少し焦っていたかもしれない。

 

「ユーリア、ネウロイが出るってことは、近くにネウロイの巣があるのかな?」

 ネウロイの巣が近くにあると厄介だ。近付き過ぎると大量のネウロイを放出して襲撃してくる。気付かずに襲われたら逃げることも難しい。

「ううん、そんなに近くにはないわ。わたしも見に行ったことがあるわけじゃないけど、一番近い巣はロストフにあって、アクタウからはおよそ1,000㎞離れているわ。」

「そうなんだ。でもそんなに離れているんなら、この辺までネウロイが飛んでくることなんて滅多にないんじゃないかな?」

「うん、だからもっと近くに、多分巣ではないけれど、何らかの策源地があるんだろうって言われているわ。あくまで予想だけど、コーカサス山脈の麓の「マルゴベク」あたりに策源地があるんじゃないかと言われているわ。」

「そうなんだ、ところでそのマルゴベクってどのあたり?」

「アクタウの西500㎞程度の所ね。カスピ海の西岸から250㎞位じゃないかな。」

 なるほど、その程度の距離ならちょくちょく侵攻してきても不思議はない。改めて西の方をぐるりと見回す。

 

「あれ?」

 中空で何か光った気がした。それ自身が発光しているような光ではなく、日の光を反射したような光だ。児玉は目を見開いて、辺りの中空を探す。すると、やはり何かいる。中空に小さな黒い点が浮かんでいる。

「ネウロイらしきもの発見! 方位265度、距離2万。」

 20㎞先で発見できれば上出来だ。相対速度600㎞/hとしてすれ違うまでおよそ2分の時間がある。

「目標は2機、高度は・・・、低いな、およそ1,000m下。」

 矢継ぎ早に報告すると、中野が話しかけてくる。

「児玉さん、見ただけでよくそんなにわかりますね。」

「慣れだよ、慣れ。たくさん見れば迪子だってぱっと見でわかるようになるよ。」

 答えながら振り返って中野を見ると、初めての飛行型ネウロイとの遭遇に相当緊張しているようで、表情が思い切り引きつっている。

「迪子、そんなに緊張することないよ・・・、って言っても初めてだから緊張するよね。大丈夫、何も考えないで訓練通りについてくればいいから。」

「はい。」

 返事が心なしか震えているように聞こえる。

 

 ネウロイは船舶を攻撃しようとして高度を下げているのだろうが、この高度差を活かさない手はない。

「ユーリア、わたしたちで攻撃するよ。」

「うん了解。わたしも狙撃するわ。」

 そう答えたシャーニナは背負っていた長大な銃を手に持ち替える。

「それって、ナスチャが使ってたのと同じやつ?」

「うん、ちょっと違うの。ナスチャが使ってるのはデグチャレフPTRD1941、わたしが使ってるのはシモノフPTRS1941。」

「どこか違うの?」

「ナスチャのは単発で、わたしのは連発なの。わたしは連発がいいけど、シモノフの方が重いのよ。」

 なるほど、それぞれ一長一短で、人それぞれに好みがあるということか。しかしあまり長話をしている余裕はない。児玉が話を切り上げてぱっと飛び出すと、中野も続く。

 

 ネウロイへの攻撃は、高度差を活かしつつ、相手の側面または背後に回り込んでの攻撃が基本だ。なるべく相手に気付かれる前に、相手が回避運動を取る前に襲撃するのが良い。巴戦になっても勝てる自信はあるが、巴戦になると時間もかかるし体力も使う。そう思って、少し迂回しながらネウロイの側面を目指す。背後では、シャーニナがホバリングで中空に静止しながら、その長大な対装甲ライフルを構えてネウロイに狙いをつけている。

 

 シャーニナの構えた銃口からぱっと火が出る。まだネウロイまではかなり距離があるが、あの距離から命中させる自信があるのだろう。ぎりぎりまで肉薄して機銃弾を浴びせかけるのをもっぱらにしている児玉達とは大違いなスタイルだ。そのナスチャは、狙撃するや否や槓桿を引いて排莢と次弾装填をしつつ、長大な銃身を素早く振って2機目のネウロイに狙いをつけると、ただちに引き金を引いた。

 ダン! ダン! と2発の銃声が響き渡る。発射された銃弾は空気を切り裂いて一息に飛翔すると、ネウロイの表面装甲を突き破って内部にめり込み、そしてコアに突き刺さる。次の瞬間、2機のネウロイは相次いで砕け散り、天空に光をまき散らした。

 

「あっ!」

 ネウロイに肉薄すべく降下を始めていた児玉は、目の前でネウロイが砕け散るのを見て、思わず声を上げた。振り仰いでシャーニナを見ると、シャーニナはにこっと微笑みを返してくる。まあ、ネウロイを無事撃破したのは良かったけれど、これでは自分たちがはるばる支援しに来た甲斐がないではないか。文句を言うようなことでもないから何も言えず、児玉としては何となくもやもやしたものを腹に溜め込むしかない。




◎登場人物紹介
(年齢は1947年4月1日時点)

ユーリア・シャーニナ(Julia Shanina)
オラーシャ空軍上級軍曹(1931年4月3日生、15歳)
オラーシャ空軍アクタウ小隊
 ボルトアクション式の対戦車ライフル、シモノフPTRS1941を使って地上型ネウロイを狙撃する能力に秀でている。素早い操作で続けざまに狙撃する技量を持ち、多数のネウロイを連続して撃破した。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。