ストライクウィッチーズ カザフ戦記   作:mix_cat

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第十九話 風雲、コーカサス戦線

 アクタウ基地派遣任務は、初日こそ飛行型ネウロイが出現して緊張したが、その後は何事もなく推移している。今日もカスピ海航路の上空哨戒に出ている児玉達だったが、あまりの平穏に思わずあくびが出る。

「ふわ。」

 見とがめた中野が注意する。

「児玉さん、任務中ですよ。ちょっと気が緩んでるんじゃないですか。」

「ごめん、ごめん、あんまりのどかだったから思わずあくびが出ちゃった。」

 シャーニナもくすくす笑っている。

「ユーリア、こんなにのんびりした任務でいいの?」

 児玉が尋ねてみても、シャーニナは笑顔のままだ。

「そうね、こんなものかしら。わたしたちアクタウ隊は3人しかいないんだから、この程度ののんびり加減で丁度いいのよ。前に、ネウロイは出ても週1回程度だって言わなかったっけ?」

 そういえばそんなことを言っていたと思い出す。してみると、今回の派遣任務は1週間の予定だから、最初にネウロイに遭遇したので、今回の任務中にはもう遭遇することはないのだろうと思う。先日のネウロイはシャーニナが撃墜してしまったから、今回の派遣任務でも撃墜数はゼロのままだ。それじゃあ緊張感もなくなるなと児玉は思う。眼下の水面を、穏やかな航跡を曳いて貨物船がゆっくり通過して行く。

 

 何事もなく基地に戻ると、何やら基地が騒がしい。着陸したシャーニナに整備員が駆け寄ってくる。

「シャーニナ上級軍曹、ドスパノワ隊長が戻ったらすぐに作戦室に来るよう伝えろとのことです。」

「あら? 何かあったの?」

「わかりません。ですが、整備と補給は至急でやるように言われています。」

「そう、わかったわ。」

 シャーニナも具体的には何もわかっていないのだが、何事か重大な事態が生じていることは感じ取れた。

「佳美さん、迪子さん、作戦室に行きましょう。」

 児玉と中野はもっとわからないが、何とはなしに緊張感だけは伝わっている。軽口を叩く暇もなく、作戦室に向かう。

 

「シャーニナ上級軍曹戻りました、異常ありません。」

 シャーニナからの報告を聞くのももどかし気に、ドスパノワ上級中尉が集合を命じる。いつも鷹揚として余裕を感じさせるドスパノワ上級中尉としては珍しく、いささか焦り気味だ。何事かあったことは間違いなさそうだ。

「諸君、バクー基地から支援要請が来た。ネウロイがカスピ海西岸に沿って南下中で、このまま進むと遠からずバクーが攻撃を受ける。そこで我々に支援要請が来た。南下中のネウロイを阻止して欲しいとのことだ。」

 モルダグロバ軍曹が手を挙げる。

「敵の戦力は?」

「地上型ネウロイ多数が侵攻してきていて、上空には飛行型ネウロイも伴っているという報告だ。」

 飛行型ネウロイを伴っているとなると難敵だ。シャーニナも手を挙げて尋ねる。

「バクーの第505統合戦闘航空団はどうしているんですか? 505が出れば私たちの支援なんていらないと思うんですけれど…。」

「コーカサス山脈北麓のブラジカフカスの前進拠点が襲撃を受けて、その救援に出動しているから、しばらくは戻ってこられないということだ。」

 これは大ピンチではないか。主力を誘い出しておいて、その隙に後方の本拠地に向けて突入してくるとは、ネウロイも味なことをする。つまり容易ならない敵だということだ。

 

「全機出撃!」

 ドスパノワ上級中尉の命令一下、全員一斉に走り出す。格納庫に駆け込んだ児玉は、さっとストライカーユニットに飛び込むと魔導エンジンを起動する。ふと見れば排気で薄汚れていたはずの排気口周辺が、いつの間にかぴかぴかに磨き上げられている。もちろん燃料も満タンだ。アクタウ基地の整備隊は中々仕事が早く丁寧なようだ。その整備員たちに見送られながら、児玉は力強く地を蹴って大空に舞い上がる。

 

 カスピ海を横切って西岸に向かうアクタウ隊に通信が入る。

「現在ネウロイの侵攻をマハチカラ前面で防いでいるところだが、飛行型ネウロイの攻撃があっていつまで戦線を維持できるか厳しい状況にある。」

 すぐさまドスパノワ上級中尉が応答する。

「了解した。速やかに救援に向かう。」

 マハチカラはカスピ海西岸の小さな町で、カスピ海を挟んでアクタウとはほぼ真向かいだ。速度を上げて向かえば対岸に煙が上がっているのが見える。どうやらあそこで戦闘中だ。カスピ海沿いに固まるマハチカラの町の北側で、曳光弾やビーム、爆発の光が激しく交錯し、硝煙が辺りを覆っているのが見える。ビームを放ちながら町に向かう地上型ネウロイの集団に、地上部隊が地物に拠りながら激しく抵抗している。しかしそこに飛行型ネウロイからの攻撃が降り注ぎ、地上部隊は明らかに非勢だ。早く支援しなければ戦線崩壊の危機だ。

「ユーリアとナスチャは地上型ネウロイを撃破しろ。佳美と迪子は飛行型ネウロイを排除してくれ。」

 ドスパノワ上級中尉の指示に、4人が声を揃える。

「了解!」

 

 カスピ海上で対装甲ライフルを構えて地上型ネウロイを狙うシャーニナとモルダグロバを残して児玉は中野を連れて前進する。

「迪子、しっかりついてきなよ。」

「はい!」

「とにかくまず離れずについてくること。余裕があったら周囲を見て、ネウロイの攻撃から身を守ること。もう少し余裕があったらわたしに合わせてネウロイを銃撃すること。いい?」

「はい!」

「じゃあ行くよ。」

 児玉は前方で地上部隊を襲撃している飛行型ネウロイめがけて突っ込んで行く。中野は夢中で後を追う。中野にとっては初めての空中戦だが、いきなり戦闘に突入してしまって緊張している暇もない。地上に向かってビームを発射しているネウロイが、見る見るうちに近付いてくる。児玉が機銃を発射した。そして次の瞬間には児玉は引き起こしながら右へ旋回する。中野は必死の形相で児玉の後を追う。中野は児玉に合わせて銃撃する余裕がないのはもちろん、周囲を見回して他の飛行型ネウロイの動きを見る暇もない。

 

 不意に目の前に飛行型ネウロイが現れた。もちろん不意に現れたのではなく、児玉がネウロイを捉えるべく動いているのだ。児玉の機銃が火を噴いた。中野も銃撃すべく機銃を向けるが、引き金を引く間もなく児玉が旋回に入る。児玉の指示は銃撃よりついて行くことが優先だ。中野は銃撃をあきらめて児玉を追って旋回する。

「迪子、下!」

 インカムから児玉の叫ぶような声が響く。はっと下を見ると地上のネウロイからビームが飛んでくる。地上型ネウロイの中には上空に向かってビームを撃ってくるものがあると聞いてはいたが、実感がなくて警戒していなかった。咄嗟に両足を開いてその間から両腕を突き出すとシールドを展開する。次の瞬間シールドに当たったビームがはじけ飛ぶ。まるで跳び箱を跳ぶような体勢だ。咄嗟に取った体勢とはいえ、これでは次の動きにすぐには移れない。続けてビームが飛んで来たらどうやってかわそう。そう思った瞬間、飛来した銃弾がビームを放ってきた地上型ネウロイを貫いて、ネウロイは四散する。アクタウ小隊の対装甲ライフルの狙撃に違いない。展開が目まぐるしすぎてとてもついて行けない。

 

 気付けば既に児玉はかなり先行している。中野は急いで追いつこうとして加速する。しかし、一羽離れた若鳥が猛禽にとって格好の獲物となるのと同じように、一人離れた新人はネウロイにとって格好の獲物だ。はっと気付くと右上空からネウロイが中野めがけて降下してくる。慌てて右腕を上げてシールドを展開する。もちろん腕を上げなくてもシールドは張れるが、実戦に慣れない中野にとっては、ビームに正対するようにシールドを開く位置決めのためにも、シールドにビームが当たった時の衝撃を受け止めるためにも、腕をネウロイの方に向けてシールドを展開する方が良い。

 

 ふと、児玉に繰り返し注意された、視点を一か所に固定せず、常に周囲を見回すことを思い出し、さっと周囲に視線を巡らす。すると、左からわき腹に抉り込むように突っ込んでくるもう1機の飛行型ネウロイが目に入った。

「しまった!」

 さっと血の気が引く。右上のネウロイは今しもビームを発射しようという距離に迫っている。しかし左から迫るネウロイも近く、右上のネウロイからのビームを防いでからシールドを回したのでは到底間に合いそうもない。だからといって、一方のビームをシールドで防ぎながらもう一方のビームをかわすような、そんな神業のようなことができるとも思えない。哀れ幼い命を異国の空に散らすしかない。

「せめて1機でも落としてから死にたかったな。」

 つぶやく中野にビームが迫る。

 

 ごうっと風が吹きつけたかと思うと、至近距離でビームが飛び散る。児玉だ。児玉が割り込んできてビームを防いでくれたのだ。

「あ・・・。」

 助けてくれてありがとうとも、ちゃんとついて行けなくてごめんなさいとも、言う暇も与えずに児玉が指示する。

「ついてきて。」

 さっと踵を返す児玉に、今度こそ遅れまいと中野は食いついて行く。

「あ、ありがとうございます。助けていただいて・・・。」

 中野は追いかけながらお礼を言うが、児玉の返しは厳しい。

「そんなことはどうでもいいの。今は目の前の戦いに集中して。」

 中野は背筋がぞくっとする。中野が漠然と思っていたより、実戦は遥かに厳しい世界だ。

 

 甲高い音が響いて周囲の飛行型ネウロイが次々に砕け散る。

「505部隊のストヤナ・ストヤノワです。到着が遅くなってごめんなさい。ここまで支えてくれてありがとう。」

「ヴァシリーサ・ヴァシリアデスだよ。後は私たちに任せて。」

 駆け付けた2人のウィッチは、散々暴れまわっていた飛行型ネウロイを片端から粉砕して行く。別に曲芸のような機動をするわけではなく、あっと驚くような固有魔法を使うわけでもなく、流れるように空を舞いながら、気付けば周囲のネウロイはあらかた砕け散っている。

「す、すごい。」

 息が詰まるような思いで見つめる中野に、児玉が語りかける。

「めったに見られないからよく見ておきな。これが統合戦闘航空団のスーパーエースの戦い方だよ。」

 正直なところ、技量が懸絶し過ぎていて、中野には凄いことはわかってもどこがどう優れているのかまではわからない。ただ大きく目を見開きながら思う。わたしもいつかこんな風にできるようになるのかな?




◎登場人物紹介
(年齢は1947年4月1日時点)

ストヤナ・ストヤノワ(Stoyana Stoyanova)
モエシア王立空軍大尉 (1925年3月12日生22歳)
第505統合戦闘航空団
モエシア空軍で最初のネウロイ撃墜を果たし、また最初にエースとなったウィッチ。ダキアの陥落でモエシアにネウロイが迫ると、民衆を撤退させる為に最後まで基地に残って戦闘を続けるが、満身創痍で弾薬切れの寸前にアルトラントから来たゴロプ少佐の部隊に救出された。負傷から回復の後ゴロプ少佐の部下として行動を共にし、「最も長い撤退戦」をくぐり抜け、第505統合戦闘航空団設立とともにメンバーとなった。個人としての戦闘技能の優秀さに加え指揮能力も高く、柔和な人柄から多くの人に好かれている。

ヴァシリーサ・M・ヴァシリアデス(Vasilissa M Vassiliades)
ギリシャ空軍准尉 (1930年3月25日生17歳)
第505統合戦闘航空団
ギリシャのキオス島で裕福な船主の子供として生まれる。ネウロイの襲撃を知ると退役ウィッチの推薦を受け直ちに空軍へと志願、学生身分のままオストマルク方面防衛派遣軍の一員として送り出された。ダキア陥落後は、部隊が南方のギリシャへ撤退を開始した際に連絡のため滞在していたアルトラントに取り残され、そのままゴロプ少佐の指揮下に入った。

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