ストライクウィッチーズ カザフ戦記   作:mix_cat

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第二十話 草原の防衛も大事な任務

 一週間のアクタウ派遣任務が終わって、児玉と中野がアティラウ基地に帰ってきた。アティラウ基地はいつもの日常に戻る。カスピ海北側の乾燥した草原地帯の哨戒と、哨戒任務のない日は訓練をする日々の繰り返しだ。

 

 そんな中でも、アクタウ派遣で中野は危うく死にかけるほどの戦闘を経験したためか、少し顔つきが引き締まったようで、成長を感じさせる。一方、佐々木はアティラウでのモルダグロバとの共同作戦を経験したとはいえ実質的には見ていただけなので、代り映えのしない任務の連続に少々不満顔だ。そんな気持ちが食事への不満になって表れる。

「あーあ、この黒パンって何度食べても馴染めないなぁ。」

 そう言って佐々木はちぎった黒パンを野菜のスープに浸す。

「固いし酸っぱいし、スープに浸さないと食べられないよ。せめて小麦の白いパンならもう少し食べやすいのに。」

 佐々木の愚痴に中野も基本的に同意だが、前線に派遣されている以上仕方のないことだと思う。

「うん、でも黒パンは安くて日持ちが良くて腹持ちがいいから軍の食事には最適なんだって言ってたよ。」

 そんなことはわかっていると言いたげに、佐々木は口を尖らす。

「そんなこと言ったって、こんな最前線じゃあ食べることくらいしか楽しみがないんだから、せめて食事くらいもう少し考えて欲しいよ。」

 前に主計科が特別に持ってきてくれたお米も、残り少なくなってしまったから、もうたまにしか出してもらえない。

 

 佐々木の不満の矛先は中野にも向かう。

「迪子ちゃんはアクタウで実戦に参加してきたんでしょ。いいなぁ。わたしはずっと哨戒と訓練だけなのに。」

「そ、その、津祢子ちゃんも共同作戦に参加したじゃない。」

 一応言い訳めいたことを言ってみた中野だったが、これはむしろ佐々木の不満を増幅させる。

「あんなの実戦とは言えないよ。ただ一緒に飛んできただけじゃない。戦ったのはモルダグロバさんだけじゃない。あーあ、わたしもアクタウ派遣にならないかなぁ。」

 しかし、逆にこれは中野には聞き捨てならない。

「そんないいものじゃなかったよ。わたしなんて危うく死ぬところだったんだから。そんな目に遭っても、何の戦果も挙げられなかったんだから。ううん、一度も引き金を引くことすらできなかったんだから。」

 中野はあまり険悪にならない範囲で、精一杯の抗議の気持ちを込めて言ったのだが、やはり実際に経験したことのない佐々木にはピンとこないようだ。

「危ない目に遭うのはむしろ望むところだよ。そのためにウィッチになったんだから。不毛の草原を哨戒するだけじゃあウィッチになった甲斐がないよ。」

 いや、危ない目に遭うのはウィッチとして働いた結果であって、それが目的ではないだろう。どうせなら危ない目に遭うことなく任務を達成できた方が良い。

 

 そんな佐々木にも哨戒任務の当番は平等に回ってくる。佐々木は行きたくない気持ちはあるし、不貞腐れた態度でも取りたい気分でもあるが、もしそんなことをしたら次の訓練で滅茶苦茶しごかれるのは目に見えているから、そんな気分はおくびにも出さないで、淡々と出発前点検を進める。一緒に飛ぶのは清末だが、清末はこういう地味な任務が嫌になることはないのだろうかと思う。しかし、当たり前のような顔で発進準備を進める清末の表情からは、何も読み取れない。もっとも、清末がポーカーフェイスだからその心理を読み取れないのではなく、表情から人の心理を読み取るような知恵も知識も経験も、佐々木は持ち合わせていないというだけのことだ。

 

「発進!」

 清末が号令をかけて飛び出して行く。佐々木も遅れじと後に続く。飛び立った空は、折からの風に吹き上げられた砂ぼこりが舞い立って、視程があまり良くない。それでも哨戒に不自由するほどではないので、予定通り飛行して行く。乾燥した草原に延びている、埃っぽい道には砂ぼこりを立てる車両の一台も通らない、これと言って動きのない世界だ。もっとも、動きがない方がネウロイが動いていると目に付くので、発見しやすい面もあるから善し悪しだ。

 

 坦々と予定したコースを飛行して行く。これと言って目に付くものはなく、それどころか物資輸送のトラックを見かけることすら稀だ。佐々木は、この任務を清末はどう思っているのだろうと思い、任務が暇なことを良いことに、清末に話しかけてみる。

「清末さん、この哨戒任務って、ネウロイを発見することもほとんどありませんけれど、やってる意味ってあるんですか?」

 清末は、佐々木が不満を溜めていることには気付いていない様子で、当たり前のことといった調子で答える。

「まあネウロイはいつ、どこに現れるかわからないからね。ここしばらく現れないからって、油断は大敵だよ。予測のつかないネウロイの動きを捉えるためには、哨戒は重要だよね。」

「いえ、それはわかっているんですけれど、そういうことじゃなくって・・・。」

「うん、ただ飛んでるだけじゃつまらないってことでしょ? わかるよ。せっかく厳しい訓練に耐えてウィッチになったんだからね、自分の力を十分に発揮して、目に見える成果を出したいって気持ち、ウィッチになった人たちの大勢が持っているんじゃないかな。」

 さすがはベテランだけあって、気持ちをよくわかってくれていると、佐々木は嬉しくなる。わかってくれているなら、何か希望が叶うようなこともしてくれるんじゃあないだろうか。

 

 しかし、気持ちがわかるからと言って、その気持ちに添えるかどうかは別問題だ。そもそも気持ち自体が現実から上滑りしていることだってある。

「気持ちはわかるけどね、正直今の佐々木の実力じゃあ戦闘が頻々と起きるような所には危なっかしくてやれないね。中野から聞かなかった?」

「あ、はい、危うく死ぬところだったって言ってましたけど・・・。」

「そうでしょ? まあ死なせないけどね。ただ今回みたいに大したことないレベルの戦闘だったらわたしたちでカバーしてあげることもできるけど、本当に厳しい戦いになったらわたしや児玉じゃあ守ってあげられないよ。だから君たちが少なくとも自分で自分の身を守れるようになるまでは、激戦場へは出せない。仲間を絶対に死なせないっていうのは、前いた部隊の隊長から厳しく言われたからね。」

 ここまで言われると佐々木はぐうの音も出ない。こう厳しいことを言われてみると、中野の言っていた死ぬところだったという話を、話半分に聞いていた気がする。実際、ウィッチの任務は死と隣り合わせで、中野は本当に死にはぐれの目に遭ったのだろう。清末の言う通り、本当の戦場に出て戦果を挙げたいと思うのなら、もっと訓練を重ねて実力を付けなければならないのだろう。

 

「清末さんも最初は殆どネウロイの出ない所で訓練を積んだんですか?」

「そうだよ、最初に配属になった基地はガリアのカンブレーっていう所でね、ネウロイに遭遇するのはせいぜい週に1回程度で、近くに連合軍の有力な部隊がいたから、強い敵が現れたときは味方に任せて逃げろって言われていたなぁ。」

「そこで経験を積んで強くなったんですか?」

「うーん、わたしたちの場合はちょっと違ってね、本来は哨戒任務だったはずが、部隊ごと激戦に巻き込まれて、無理やり鍛えられたって感じかな。」

「え? それだとさっき言ってたみたいに危険なんじゃないんですか?」

「うん、危険だよ。でもわたしたちの場合は、たまたま隊長が圧倒的な攻撃力と驚異的な防御力を持っている上に、絶対仲間を死なせないっていう信念を持っていたから、それに守られて過酷な任務を全うすることができて、結果的に厳しく鍛えられたっていうね、まあちょっと特殊な経験をしているんだよ。」

「は、はぁ。」

 なんだかよくわからないけれど、どうやら清末と児玉は、普通のウィッチでは経験しないような特別な経験を積んできているらしいことはわかった。そのような特殊な環境にない佐々木は、やはり堅実に経験を重ねて実力を積み上げていくしかないようだ。

 

 そんな話をしているうちに、哨戒飛行は折り返しを過ぎて、ボルガ川を離れて内陸へと向かう。川から離れると、川沿いの緑地や、川に並行して走る道路も見えなくなって、一段と単調な景色が広がる。もっと訓練を積まないと本格的な戦闘が行われている地域には出られないことはわかったが、それでも景色が単調で、退屈な哨戒任務であることには変わりはない。

 

 ところが、単調なはずの景色の一角に、まるで胡麻塩をまき散らかしたように、小さな白い点々がびっしりと広がっていることに気付いた。

「清末さん、あれなんでしょう? ほら、あの白い点が一杯散らばってるの。」

 言われるまで気付かなかったらしい清末も、大概退屈して注意力が薄くなっていたのかもしれない。その清末も、カザフに着任してからの期間は佐々木とほとんど変わらないので、初めて見る景色のようだ。

「ほんとだ、見たことないな、何だろう。」

 わからないものを見付けた時は、降下して確認するにしくはない。

「佐々木、降下して確認して。」

「了解!」

 ちょっとでも変化があるのは楽しいものだ。佐々木は胸躍らせるような調子で、白い点々目指して降下を始める。

 

 降下するに従って、少しずつはっきりと見えてくる。どうやら白い点々の分布には粗密があって、決まった間隔で散っているわけではない。そればかりか、どうも白い点々には大きさに違いがあるようだ。大体は似たような大きさだが、中には一回りは小さいものがある。点々は真円ではなく、少し細長い形をしているようだ。さらに近付いてくると、白い点々はじっと止まっているわけではなく、ゆっくりと、時にもっと速く、動いていることがわかってくる。これは・・・。

「ヒツジだぁ。」

 佐々木が思わず声を上げた通り、上空からは白い点々にしか見えなかったのは、実はヒツジの群れだったのだ。草を求めてゆっくりと、あるいはもう少し早く移動している。集団で一つ方向に向かって動くと、草原に波が立ったようにも見える。一回り小さいのは子供だろう。一回り大きい、多分親だろうが、それに擦り寄るようにして歩いている。さらに一回り小さいのはイヌだ。土煙を蹴立てて走りながら、ヒツジが群れを離れるのを阻止して回っている。そして、もっと大きく土煙を立てているのは馬だ。馬に乗った人は巧みに手綱を捌きつつ、ヒツジの群れの周囲を回りながら群れを誘導している。

 

「ヒツジの放牧だね。」

「はい、初めて見ました。」

「わたしも。案外会えないものなんだね。そういえばこの頃はカザフの人たちも定住して農耕生活を送る人が増えてきて、遊牧生活をする人は減って来てるって聞いたから、そのせいで会えなくなってきているのかもね。」

「そうなんですね。」

 うなずきながら佐々木は気付く。単調で面白くない不毛の大地だと思っていた乾燥した草原は、ヒツジたちにとっては大事な餌場であり、遊牧する人たちにとっては生活の基盤なのだ。この草原地帯にネウロイが侵入してくれば、自由に遊牧することができなくなるし、遊牧するための広大な草原地帯がネウロイの手に落ちてしまえば、ここを生活の場にしている人たちはたちまち生活に困窮することだろう。守る必要があるか疑ったりした自分が恥ずかしい。退屈などと思ったのは大きな間違いで、この土地を守り、ここで生活する人や家畜を守り、そしてそこから生み出されるものを必要としている人たちを守るためにも、真剣に哨戒任務に励んで、少しでも早くネウロイを発見し、排除しなければならない。改めてそう思って草原を見渡すと、乾燥した草原も光り輝いているかのような気がした。


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