筆者はといえば、生活環境の変化から思うように執筆が進まず、これほど長い間隔が開く結果になってしまいました。まあ、ちょうど忙しい時期だったというのもあるのですが。
では、久しぶりではありますが、本編お楽しみください。
今日の哨戒担当は栗田少尉と佐々木だ。栗田少尉と佐々木、中野はいずれも訓練学校を卒業してすぐにアティラウ派遣隊に配属されたために、実戦経験という意味では似たような立場だ。だからお互いに親しくなってもおかしくはないのだが、士官と下士官の立場の違いからあまり親しく話をする機会がない。ウィッチ部隊では一般にそれほど士官と下士官の別は厳しくなく、特に連合軍の混成部隊ではそうなのだが、ここは扶桑海軍単独の部隊ということもあって日常的な接点が少ない。栗田少尉が新任の少尉だから下士官との付き合い方がまだつかめていないということもある。だから佐々木はちょっと緊張気味に、栗田少尉の後に続いて離陸する。
海軍では士官と下士官兵との区別はかなりはっきりしており、士官の役割は指揮、命令であり、下士官の役割は現場の実務だ。海軍の場合下士官兵は、砲術、水雷、航海、通信などそれぞれの専門技術者であり、下士官は特定の技術のスペシャリストとして養成されている。だから下士官から昇進した場合は通常の士官とは別の特務士官とされており、高度なスペシャリストとなっている。特務士官は実務のスペシャリストなので、士官と名前はついていても指揮命令権はない。だから特務大尉と少尉しかいなければ、少尉が指揮を執ることになる。逆に特務士官や下士官の職務である掌長に士官が就くことはないし、逆に就いたとしても現場の実務知識には疎いので役割を果たすことは難しい。だからとは必ずしも言えないが、士官と下士官兵とでは宿舎も別なら食事も別だ。狭い艦内でも居住区は明確に区分されている。
一方の陸軍では、下士官から昇進した士官と士官学校出の士官との間に明確な区別はない。下士官上がりの中尉と士官学校出の少尉がいれば、指揮を執るのは中尉の方だ。陸軍でも士官と下士官兵との間で役割の区別や知識技能の違いはあるが、分隊長は下士官が務めるし、小隊長は士官が原則だが士官が欠ければ下士官が代行するなど、下士官も部隊指揮の経験をある程度積むことになるから、士官に昇進すれば士官学校出の新任士官よりむしろあてになったりする。さすがに宿舎が一緒ということにはならないが、戦場に出れば食事は兵から将官まで原則同じだったりもする。
航空部隊の場合、特に戦闘機乗りの場合は、一度空に飛び上がってしまえば士官、下士官に関係なく腕の良し悪しが問われる面が大きいので、待遇に格差があると不満がたまりやすい。それはウィッチでも同様だ。殊にウィッチは数が少なく、年齢の差が小さいので、給与はともかく、士官と下士官にあまり差を付けずに、相互の連帯感を高めることが重要だ。もっとも、あまりなあなあになると肝心の時に指揮、統率が上手く行かなくなる恐れもあるので、加減が難しい。栗田少尉は新任なので、基本に忠実に馴れ合いにならないように下士官たちとは一定の距離感を保つよう心掛けている。もっとも、実戦経験豊富な清末や児玉と、どう接したら良いかわからなくて距離を置いているところもある。その点、今日は同じ新人の佐々木が一緒だから気が楽だ。佐々木が相手なら技量や経験に大差はなく、知識も階級も上なのだから自信をもって対応できる。
「栗田少尉、ネウロイいませんね。」
佐々木はゆっくりと視線を周囲に配りながら、栗田少尉に声をかける。士官と下士官の違いはあっても、お互い新人同士だし、年もそう離れてはいないので、何となく気安く話しても許されそうな気がする。
「この辺りはまだ出ないでしょうね。」
栗田少尉も気安く答える。佐々木相手なら緊張する要素はないし、まだアストラハンに向かう途上なのでネウロイが出没する可能性はほとんどない。この辺りにネウロイが出没するとしたら、アストラハンの防衛戦が突破されたということだから、発見したら一大事だ。もっとも一周回ってきてもネウロイを発見することは滅多にない。
アストラハンを眼下に見ると、針路を北に変える。佐々木が嬉しそうに声を上げる。
「あっ、基地の人たちが手を振ってくれてますよ。おーい。」
佐々木は上空を見上げて手を振っている基地の人たちに向かって、両腕を大きく振り返す。栗田少尉も一緒に手を振る。少し照れるが、基地の人たちにすればウィッチが定期的に見回りに来てくれるということは大きな安心感につながり、最前線で孤立している不安感を和らげてくれるのだから、私たちが見ているよということをアピールすることは重要だ。逆に、地上の人たちから手を振られると、自分たちが重要な任務を果たしているのだと、自分たちの自信にもつながるのだ。
針路を北に変えると、ボルガ川が西へ離れて行き、それに伴って眼下には荒涼とした乾燥地帯が広がる。この先ほぼずっと同じような景色だ。それと同時にネウロイがいるかもしれない地域に入るので、眼下の哨戒は今まで以上に厳格に行わなければならない。だからと言って下ばかりを注視していてもいけない。派遣以来一度も出現していないとは言っても、飛行型ネウロイもいつ出現するかわからないので、周囲の空にも目を配らなければならない。神経質にならざるを得ない、緊張感の続く任務だ。
やがて東に針路を変えても、同じような乾燥した大地が広がる。単調な景色の連続に、つい緊張感が切れそうになるが、両頬をぱちんと叩いて気合を入れ直す。ふと、前方遠く、砂煙が上がった気がした。佐々木は目を凝らす。背景に紛れそうな小さな点に過ぎないが、やはり何かいるように見える。この間見た家畜の群れとは違う。
「少尉、前方北側に何かいます。」
「えっ? どこ?」
栗田少尉の声にも緊張感が漲る。
「接近して確認するよ。方向を指示して。」
「はい、もう少し北寄りです。」
二人は加速してネウロイがいるかもしれない地点に向かう。見間違えでも構わない。ネウロイがいないことが確認できれば安心だ。しかし、ネウロイがいたのに見逃してしまったら最悪だ。
近付くにつれ、また砂煙が上がったのが見えた。今度は確実で、何かいるのは間違いない。ネウロイに違いないと、栗田少尉は確信する。
「あれはネウロイだね。攻撃するよ。」
「はいっ!」
いよいよ実戦だ。佐々木は緊張で頭がくらくらする。しかし緊張することはない。普段の訓練通りにやればいいのだと自分に言い聞かせる。
「隊長、栗田です。ネウロイらしきものを発見しました。接近して、確認でき次第攻撃します。」
「了解。気を付けてね。」
栗田少尉が本部に報告している間にも、目標は次第に近付き、その姿がはっきり見えてくる。間違いなくネウロイだ。漆黒の脚が動くたびに、砂煙が小さく、時に大きく巻き上がる。
「攻撃する。」
「了解!」
栗田少尉がネウロイめがけて降下に入る。佐々木も遅れてはならじと降下を始める。栗田少尉がネウロイにぐんぐん肉薄していく。ぐっと投下策を引いたのが見えて、爆弾がネウロイに向けて落ちて行くと、一呼吸おいて火柱が上がるとともに、ネウロイの破片がきらきらと光りながら飛び散った。
「やった!」
しかし爆発煙が流れた後には、前部の脚の1本が砕け散ってつんのめるようにして動きを止めながらも、まだ健在なネウロイがいた。早くも脚の再生が始まっている。
「ネウロイ損傷、続けて攻撃します!」
叫ぶように通信を送ると、佐々木は狙いすまして爆弾を投下する。ぐっと引き起こして地面をかすめるように退避する。背後から爆弾の炸裂する衝撃が伝わってくるが、振り返って命中したか確認する余裕はない。当たっていて欲しいと、佐々木は祈るような気持ちだ。
「ネウロイを破壊しました、作戦を終了します。」
栗田少尉の通信が佐々木の耳に響く。
「栗田少尉! 当たったんですか!」
「ああ、命中したよ。見事破壊した。」
「やった! 初戦果! あっ、でも共同撃破ですよね。」
「いや、ネウロイは部分的に破壊してもすぐに再生するから戦果の内に入らない。佐々木軍曹の戦果だ。」
「はい、ありがとうございます。」
中野は大分前に初戦果を記録していて、自分だけ取り残されている気がしていただけに喜びは大きい。佐々木は両手を握りしめて喜びを全身に感じた。
帰還した栗田少尉は、報告のために安藤大尉の元を訪れる。
「失礼します。先に報告の通り、本日の哨戒中に地上型ネウロイ1機を発見、佐々木軍曹の爆撃で破壊しました。」
「はい、ご苦労さま。でも、栗田さんが上手に誘導してあげたから佐々木さんも爆弾を命中させられたんじゃないの?」
「いえ、佐々木軍曹の戦果です。日々訓練を重ねていますから、私の誘導がなくても命中させられたと思います。」
「はい、了解しました。じゃあ佐々木さんの戦果として記録しておくわね。」
そう言う安藤大尉は、戦果を挙げたというのにちょっと愁いを含んでいるように見える。
「何か問題があったでしょうか?」
少し心配そうに尋ねる栗田少尉に、安藤大尉は慌てて手を振る。
「ううん、栗田さんたちの今日の任務には何の問題もないわ。ただね・・・。」
「はい?」
「5日前にも地上型ネウロイを撃破したでしょう? ちょっとネウロイの出現間隔が近すぎるような気がして。何か大きな変化の兆しじゃないといいんだけれど・・・。」
そう言って安藤大尉はどこか遠くを見るような眼をする。栗田少尉は何も答えることを思い付かず、ただ黙って立ち尽くすしかない。