ストライクウィッチーズ カザフ戦記   作:mix_cat

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第二話 アティラウ派遣隊着任

 零式輸送機はアティラウの航空基地に向けて降下している。滑走路は土埃の多そうな薄茶色の土を固めただけの簡易なものだ。アティラウのあるカスピ海北岸は、砂漠や乾燥した草原が果てもなく広がっていて、遊牧民が家畜を連れて行き来していた地域で、必然的に土埃の多い土地柄になっている。接地すると同時に、車輪の下からもうもうと土煙が立って、たちまち周囲がかすむ。土埃にまみれて外が良く見えなくなった窓から基地の様子をうかがいながら、必ずしも過ごしやすそうでもない様子に児玉はちょっとがっかりしている。

「晴江、なんだか埃っぽい基地だね。」

「うん、洗濯が大変そう。洗濯物を外に干しておいたら、乾く前に埃まみれになってもう一度洗濯しなくちゃならなくなるかも。」

 とりあえず洗濯物の心配をするあたり、ちょっとずれたところのある宮藤の教育が行き届いている。

 

 輸送機を降りると、さっと吹き付ける砂交じりの乾燥した風が肌を刺し、思わずぶるっと震えが来る。夏場は30度を超えるアティラウも、4月の平均気温は10度に過ぎず、まだ肌寒い。月に2~3日しか雨が降らないこの町は、雨量が少ないこともあって乾燥し切っている。

「お気を付けて。」

 そう言って手を振る主計科下士官とはここでお別れだ。まあ、物資の補給でまたここに来ることもあるだろうから、永の別れというほどでもない。二人はぺこりと頭を下げて、道中の無聊を慰めてくれたことを感謝する。もっとも、本当は軍人同士なのだから、敬礼するのが本来だろう。

 

「アティラウ派遣隊って何人くらいいるのかな?」

「どうだろう。欧州分遣隊と同じくらいかな?」

「舞鶴航空隊の精鋭を派遣するって聞いたけど、厳しい人とか怖い人とかいるのかな?」

「そうねぇ、宮藤さんみたいに優しい隊長さんだったらいいな。」

 清末と児玉は、若干の不安を紛らわすようにしゃべりながら隊長室に向かって歩いている。しかし隊長に会って話を聞けばすぐにはっきりすることで、不安がるほどの事でもない。そして隊長室に着いた。年長の清末が代表してノックする。

「失礼します。」

 二人は隊長室に入ると姿勢を正す。

「清末晴江上等飛行兵曹です。舞鶴航空隊アティラウ派遣隊配属の命により、ただいま着任しました。」

「同じく児玉佳美上等飛行兵曹です。」

 隊長は立ち上がって答礼する。隊長の第一印象は温和な印象だ。背はやや高く160センチくらいか。少しふくよかな感じで、血色の良い瑞々しさを感じさせる肌だ。髪は肩にかかるくらいに伸ばしていて、戦場にあっても女性らしさを忘れないようにしているようだ。

「始めまして、隊長の安藤昌子海軍大尉です。清末さん、児玉さん、アティラウ派遣隊へようこそ。歓迎します。」

 物腰柔らかで話し方も優しそうだ。どうやら恐れるような人ではなかったと、二人はほっと胸をなでおろす。もっとも、普段は穏やかなのに、何かのきっかけで豹変する人もいるから、安心するのはまだ早い。

 

「じゃあ、清末さん、児玉さん、そこに座って。アティラウ派遣隊について簡単に説明するわ。」

「はい、失礼します。」

 清末と児玉は、安藤大尉の指示に従って、腰を下ろす。いよいよ自分たちのここでの任務が明らかになる。欧州分遣隊で経験したような過酷な戦いになることはないだろうけれど、それでもやはり緊張する。

「まず任務だけど、簡単に言うとカスピ海北部地域の防衛よ。」

 カスピ海北岸に基地を設けているのだから、それはそうだろうと思う。

「まず周辺の状況だけれど、西から侵攻してきているネウロイに対して、人類はコーカサス山脈、カスピ海、ボルガ川の線で対峙しているわ。知っての通り、ネウロイは山脈や大河を苦手としているから、それらの地形に拠って防衛線を敷いているのね。」

 ネウロイの特性は、これまで嫌というほど叩き込まれてきたから良くわかっている。二人は小さくうなずきながら続きを聞く。

「人類側の主要拠点はバクーです。もっとも長い退却戦を戦ったウィッチたちが拠点を置いて、第505統合戦闘航空団を組織して以来、このあたりの中心拠点になっています。ここで北コーカサスからのネウロイの攻撃を防ぎつつ、反攻の機会をうかがっているわ。他には、カスピ海東岸のアクタウにオラーシャ空軍の小規模なウィッチ部隊が配置されています。」

 壁に張り出された大きなオラーシャの地図を指しながら説明してくれるので大体の位置関係はわかるが、ざっと見たところアティラウからバクーまでは700キロ以上、アクタウまでも400キロ近く離れている。作戦範囲の広大さに目を見張る思いだ。

「北側の主要拠点はツァリーツィンね。ボルガ河畔の町で、ボルゴグラードとも呼ばれているわ。ここは一度はネウロイに占領されたんだけれど、1941年のタイフーン作戦で奪還して、今は最前線の拠点になっているわ。ツァリーツィンから北東にボルガ川をさかのぼった所にあるのがサマーラで、第503統合戦闘航空団の前進基地になっているのよ。あ、第503統合戦闘航空団の本拠地はずっと東のチェリャビンスクね。」

 壁の地図を追うと説明に出てきた範囲はますます広い。ツァリーツィンまでは600キロ近く、サマーラまでは700キロ近く、チェリャビンスクに至っては1,000キロを超えている。その広大な領域で作戦するとしたら、相当大変なことになりそうだ。

 

「問題はこれらの拠点の間がものすごく離れているってことなのよ。バクーとツァリーツィンの間は1,000キロあるんだけれど、その間に有力な拠点がないのよ。何しろ広大過ぎるから、ボルガ川に沿って防衛拠点を連ねるというわけにもいかないのよ。余りネウロイが出現しないからいいけれど、知らないうちに奥深くまで侵入されていたこともあるわ。そこでこの地域の哨戒と、ネウロイ侵入を防ぐために設立されたのが、わたしたち扶桑皇国舞鶴海軍航空隊アティラウ派遣隊なのよ。」

「なるほどそういうことだったんですね。」

「もともとアクタウのオラーシャのウィッチ隊がその役割を担っていたんだけれど、人数が少ない上にカスピ海上を往来する船舶の護衛もしなきゃいけなくて、全然手が回っていなかったのね。それで、わたしたちが派遣されることになったの。」

「はい、わかりました。でもそうすると、あまり激しい戦いにはならないということですか?」

「そうね。具体的な任務としては、カスピ海の北からツァリーツィンまでの範囲で、ボルガ川より東側の地域を担任区域として、侵入してきたネウロイを発見して撃破することね。まあこれまで碌な守備隊も配置していなかったんだけれど、それでもたいして問題にならなかったのは、ボルガ川が天然の要害になっていて、ネウロイがあまり侵入してこないからなのよね。つまり、ネウロイの発見も戦闘も、その程度ね。」

 大体の状況と任務はわかったが、逆に思ったよりはるかに平穏そうだ。引き続き欧州の戦場勤務を希望したのだが、拍子抜けするほど戦いの少ない任務になるのかもしれない。まあ拍子抜けではあっても、欧州分遣隊の時の、いつ誰が死んでもおかしくないような激戦に身を置くのはさすがにもう勘弁なので、平穏に越したことはないが。

 

 任務がわかったら次は部隊の事だ。清末が尋ねる。

「それで、アティラウ派遣隊のメンバーはどうなっていますか?」

 特に難しい質問でもないと思うのだが、安藤大尉は言い淀む。

「うん、メンバーね・・・。その・・・、これで全部なのよ。」

「はい?」

「だからここにいる3人で全部なの。」

「え? えぇ? だって、舞鶴航空隊の精鋭が派遣されるって聞きましたけど。」

「うん、それに間違いはないわ。まだ来ていないだけで、いずれ舞鶴から他のメンバーが来るはずよ。ただ、今の所はこの3人だけなのよ。」

「はあ。では他のメンバーはいつごろ来るんですか?」

「さあ、いつになるのかしらね。あんまりはっきりしないのよ。」

「そ、そうなんですか。」

 これはまたずいぶんのんびりした話だ。まあ、それほどこのあたりは平和だということなのだろう。思っていたのとずいぶん違うなぁ、といろいろ拍子抜けする清末だった。




◎登場人物紹介
(年齢は1947年4月1日時点)

安藤昌子(あんどうまさこ)
扶桑海軍大尉(1929年6月1日生、17歳)
舞鶴航空隊アティラウ派遣隊長
 海軍兵学校を卒業し、士官ウィッチとして扶桑国内の部隊で指揮官としての経験を重ねた。中尉昇進後欧州に派遣され、主に哨戒任務と地上戦闘の支援任務を重ねた。アティラウ派遣隊編成に当たって、大尉昇進の上隊長に就任した。指揮官経験は豊富で実戦経験も少なくないが、空戦経験は多くはない。

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