ストライクウィッチーズ カザフ戦記   作:mix_cat

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第四話 初めての爆撃訓練

「爆弾を装着して。」

 安藤大尉の指示で整備員たちが集まってきて、ストライカーユニットに取り付けられた爆弾投下器に演習用爆弾を装着する。

「発進!」

 安藤大尉は号令をかけると先頭に立って飛び出していく。滑走路を走りながら増速すると、滑らかに上昇して行く。自信はないが後に続くしかない。清末は覚悟を決めた。

「児玉、わたしが先に行くよ。」

「うん。」

 いつもの様に滑走するが、やはり演習用爆弾といえどもかなりの重量感だ。そのせいか、いつもより加速が鈍い。いつもより長めに滑走して速度を付けると、ぐっと引き起こす。特に問題なく離陸したが、やはり爆弾の重量のせいで上昇が鈍い。空気抵抗も大きいのだろう。これは、あまり急上昇しようとすると失速するかもしれない。慎重に上昇して行った方が良さそうだ。

 

 児玉はと振り返ってみると、思い切り良く飛び出してきている。勢いよく上昇してきてはいるが、やはりなかなか速度が上がらなくて苦労しているようだ。

「児玉、調子はどう?」

「やっぱり重いよ。」

 まあそうだろうという感想だ。しかし、飛ぶ前には不安そうな表情を浮かべていたが、ひとたび飛び出してしまえば不安そうな様子は見せていない。この思い切りの良さが児玉の身上だ。それでこれまでの困難な戦いも切り抜けてきたものだ。

「わたしも負けていられないね。」

 清末も力を込めて、上昇の勢いを増していく。もっとも考えてみると、離陸や飛行だけなら増槽を積んで飛ぶのと大して変わりはないから、それほど緊張するものでもない。

 

 所定の高度で水平飛行に移ると、町を出外れたところで眼下に爆撃訓練場が見えてくる。爆撃訓練場といっても、砂漠の一角を広く囲って、地面に目標が描かれているだけのものだ。安藤大尉が指示する。

「あの目標に向かって爆撃します。降下して爆弾を投下したら一旦上昇して、再度降下して2発目を投下します。降下角度は30度程度です。余り急な角度で降下すると速度が出過ぎて引き起こせなくなる恐れがあります。急降下爆撃専用のユニットにはダイブブレーキが付いていて過速の防止が図られていますけれど、わたしたちの零式艦上戦闘脚にはダイブブレーキはないので、降下速度の出過ぎには注意してください。」

「ええと、空中戦では垂直降下して引き起こしとか普通にやっていたんですけれど・・・。」

「それはね、今回の演習用爆弾なら軽いからそれほどでもないけど、60キロを2発積んだらすごい重量なのよ。垂直降下なんかしたら、とっても引き起こしなんかできないわよ。」

 言われてみればそうだ。清末はこの時代の15歳女子としては平均的な身長150センチ、体重45キロだ。児玉に至ってはまだ13歳なので、体重は40キロに届かない。60キロ爆弾2発でほとんど3人分の重量増になるから、その影響は甚大だ。爆弾を抱えて垂直降下などしたら、地面まで一直線ということになりかねない。

 

 まずは安藤大尉が見本を見せる。

「見ていてね。」

 そう言うと安藤大尉は降下に入る。降下角は説明にあった通り30度程度、降下速度は急降下爆撃と同程度の500キロ程度に抑えている。緩降下爆撃は急降下爆撃より速度を上げることができるので爆弾の貫徹力を増すことができるのがメリットだとも言うが、それより爆撃の正確性を重視して速度を抑えているのだろう。高度600程で爆弾を投下した。爆弾は見事に目標に着弾して煙を上げる。安藤大尉は引き起こしに入っているのだろうけれど、目に見えた変化もなくどんどん高度を下げていく。このままでは地面に激突するのでないかと心配するが、徐々に降下速度を落として、地面すれすれで水平飛行に移る。いや、上から見ていると地面すれすれに見えるが、実際には100メートル程度の高度は保っているのだろう。やがて緩やかな上昇に移る。降下爆撃の場合、爆弾投下後反転上昇しようとすると敵直上で大きく減速することになり危険なので、速度を落とさず水平飛行で敵上空を離脱するのが原則だ。なるほど、こうやるのかと、初心者二人は得心する。

 

「清末行きます。」

 続いて清末が降下に入る。爆弾の空気抵抗もものかわ、どんどん速度を上げる。

「あ、まずい。速度が出過ぎだ。」

 つい飛行型ネウロイを攻撃する時の癖で、思い切りよく増速してしまう。飛行型ネウロイが目標の場合は、相手を逃がさないためにも、反撃する隙を与えないためにも、速度は出せるだけ出した方が良い。よほど低空で戦っていない限り、突っ込み過ぎて地面に激突する気遣いはない。しかし地上型ネウロイの場合は、上空への反撃はほとんどないし、狙いを正確にするためにも速度は上げ過ぎない方が良い。それはわかっているのだが、つい速度が出てしまう。速度を気にしている間に、どんどん標的が迫って来た。

「投下!」

 投下索を引くと、ぱっと爆弾が落ちた。すぐに引き起こしに入る。ところが、右の爆弾だけを投下したので、左の爆弾の空気抵抗と重量で左右のバランスが悪い。うかうかしていると振り回されてしまいそうだ。それに気を取られている内に、どんどん沈み込んで地面が迫ってくる。

「えいやっ!」

 思い切りストライカーユニットを吹かして引き起こす。地面をこするかと思ったが、何とかかわすことができてほっとする。爆弾はと見ると、速度が速かったせいだろうか、標的よりだいぶ前方に落ちていた。

 

 続いて児玉が降下してくる。児玉の降下は一段と勢いが良い。いくらなんでも速度を出し過ぎだ。

「児玉、もっと速度を絞って。」

 しかし児玉は平気の態だ。

「うん、大丈夫だよ。」

「大丈夫って、思ったより引き起こしが遅れるよ。」

「晴江は心配性だなあ。大丈夫だよ、思い切り引き起こすから。」

 そうこうするうちに、投下高度までさしかかる。

「投下!」

 ぱっと放たれた演習用爆弾が一直線に地面を目指す。児玉が思い切り良く速度を上げていたせいか、あっという間に標的を飛び越えて、はるか前方に飛んでいく。

 

 児玉はと見ると、左右の足を巧みに動かしてバランスを取りながら、ストライカーユニットの出力を全開にして引き起こしにかかっている。しかしいかんせん速度が出過ぎている。

「児玉! 引き起こして!」

「やってるよぉ!」

 徐々に引き起こしが効いてきているが、もう高度がない。

「あっ!」

 地面に突っ込んだと見えた瞬間、猛烈な土煙が上がる。土煙はすごい勢いで前方に伸びて行く。まさか地面を転がっているのか、と思った瞬間土煙の中から児玉が飛び出した。

「ふう、もう地面すれすれ。少しこすっちゃったよ。」

 児玉はぶつぶつ言っているが、地面に激突はしなかったようでほっと一安心だ。しかし、肝心の爆撃は、二人ともまるで駄目だ。

 

 上昇して安藤大尉の所に行くと、安藤大尉は笑っている。

「二人とも、実戦経験豊富なベテランって聞いてたけど、爆撃はからっきしなのね。」

 爆撃専門のウィッチを除いて、本来は爆撃などするものではないと思っているから、清末としては結構不満だ。確かに爆撃なら強固な装甲を持つネウロイでも一撃で破壊できるのかもしれないが、せいぜい2発しか携行できない爆弾は外したらそれまでだし、飛行型ネウロイに対しては何の役にも立たない。それくらいだったら、多少破壊するのに時間がかかっても、機銃で攻撃する方が有効性も汎用性も高いと思う。そうは思っても、上官に逆らって爆撃訓練なんかしないというわけにはいかない。しかたないから曖昧に笑ってやり過ごす。

「いや~、爆撃は初めてですから。」

 安藤大尉は地上型ネウロイには爆撃という先入観があるようで、清末の複雑な気持ちには気付かない様子だ。

「じゃあ、訓練を繰り返して、早く慣れてね。」

 そう言って微笑む。もちろん、部隊ごとにやり方が違うのは当然だし、配属された以上その部隊のやり方に合わせなければならない。それに、そうやってできることの幅を広げることは悪いことじゃない。でも、過酷に過ぎた欧州分遣隊を、ふと懐かしく思う清末だった。

 


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