ストライクウィッチーズ カザフ戦記   作:mix_cat

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第五話 哨戒飛行に出撃

 最初はどうなることかと思った爆撃訓練だが、何度か繰り返すうち、ほぼ標的付近に投下することができるようになった。清末も児玉も、伊達にこの1年多くの戦いを経験してきたわけではない。厳しい訓練や様々な戦闘の場面を経験してきたことで、飛行のコントロールが巧みになって、新しい技術の飲み込みが早くなっていた。実戦経験豊富なベテランとしての面目躍如といった所か。

 

 安定した爆撃ができるようになったところで、いよいよ実戦に出撃だ。もっとも、実戦といってもやることは哨戒飛行で、たまたまネウロイが出現したのにあたらなければ本当の意味での実戦はない。

「今日は実際に哨戒任務につきますから、実弾を搭載します。」

 安藤大尉の言う通り、ストライカーユニットの横には60キロ爆弾が用意されている。整備員が爆弾架にそれを装着すると、ずっしりと重みを感じる。

「晴江、重いよ。こんなので飛べるのかな?」

 ちょっと情けない感じで声をかけてくる児玉に同意したいところだが、実際はストライカーユニットのパワーは十分飛びたてるだけのものがあるだろう。それにふと思い出したことがある。

「児玉、あのね。」

「うん、なに?」

「普通の女性でも米俵5俵は担げるらしいよ。」

「えっ? 5俵って言ったら300キロだよね?」

「うん、担いで歩くのは無理だったみたいだけど、担ぐだけならできたらしいよ。写真も残ってるって。」

「えっ? ほんとなの。」

 生身の女性が300キロ担げるのなら、魔法力で身体強化されているウィッチが120キロくらい持つのはどうということもないはずだ。それに5俵とはいかなくても、米2俵、120キロを担いで行商する人なら結構いるというし、多い人は3俵半、200キロを担いで行商するという。そう思うと60キロ爆弾2個程度、別にどってことないような気がしてきた。

 

「発進!」

 60キロ爆弾2発を左右のストライカーユニットに搭載し、清末は滑走路に滑り出す。どってことないと思っても、やっぱり重いものは重く、加速が鈍い。重量のことを考えると、普段より十分に速度を上げてから離陸しないと失速の恐れがある。実戦で緊急出撃となったら強引に引っ張り上げることも必要だが、今日はそんなに緊急事態ではないので、十分に加速してから慎重に引き起こす。確かに重く、上昇も鈍いが、ストライカーユニットのパワーには十分余裕があり、慣れれば結構思い切った離陸もできそうだと思う。振り返ってみれば、後に続いて児玉が離陸しようとしている。

「児玉、爆弾持っても案外普通に飛びたてるよ。」

「そう? じゃあ思い切りよくやってみようかな。」

 そう返した児玉が滑走を始める。滑走路を一杯に使って加速すると、地面を蹴って飛び上がる。飛び立った児玉はぐんぐん上昇角度を上げていく。

「ちょっと、児玉、上げ過ぎじゃないの?」

「まだまだ、もっと行くよ。」

 児玉は力を振り絞ってさらに上昇角度を上げる。垂直上昇に近くなると、さすがに厳しそうだが、それでも上昇を続けていて、ストライカーユニットのパワーも大したものだ。しかし、このまま上昇して行っても仕方がない。

「児玉、どこまで上昇するつもり?」

「ああそうだね。哨戒飛行に出るんだった。」

 児玉は上昇を止めると水平飛行に移り、巡航高度につけると、先行していた安藤大尉を追いかけて、編隊を組む。児玉の行動には、うるさい指揮官だと小言があってもおかしくないところだが、安藤大尉はそこまで細かいことは気にしないようだ。

 

 アティラウの航空基地は町の西の外れにあるので、西に向かって飛び立てば、眼下にはただ乾燥した大地が広がっているばかりだ。川の縁や、カスピ海の沿岸部には薄く緑が延びているが、それ以外は、言ってしまえば不毛の台地が広がっている。町らしい町も見当たらず、東西をつなぐ道がある他は何もないと言っていい。率直な所、このような何もない土地を防衛してもあまり意味はないような気もするが、どこかに防衛線を敷かなければネウロイに際限なく進攻されてしまうので、一見役に立たなそうに思えても、この地域を防衛することには重要な意味がある。逆に何もないがゆえにネウロイもあまり侵攻してこないので、少ない戦力で広大な地域を防衛できるとも言える。

 

 やがて眼下の光景は一変し、広大な緑の大地が広がってくる。ボルガ川が数多くの支流に分かれてカスピ海へと流れ下る三角州だ。アストラハンの町もこの三角州の中にあり、カスピ海からボルガ川へと続く水上交通の要衝として栄えてきた。アストラハンの市街の中心から10キロほど南に飛行場があるが、ネウロイの襲撃で破壊されたまま放置されている。ただし、この飛行場はボルガ川のすぐ近くにあるため、仮に復旧してもすぐにまた襲撃を受けることが予想され、防衛のための拠点としては役に立たないだろう。アストラハンの町はボルガ川の両岸に広がっているが、西側は放棄されてボルガ川の東側に沿って防衛陣地が構築されている。最前線なので一般市民の帰還は認められておらず、破壊された市街地は廃墟のまま放置されている。

 

 北上すると再び乾燥した大地が広がってくる。南寄りの砂漠地帯よりは若干乾燥の程度が軽く、丈の短い草が生え、まばらに低木が見られる。遊牧が行われている地域で、稀にヤギやヒツジの群れが草を食んでいるとろや、隊商が移動しているところに出会うこともある。しかしこの地域で遊牧をしている人々は、基本的に定住することはない人々なので、町らしい町はない。

 

「安藤大尉、巡航高度で哨戒していますけれど、これでネウロイを発見できるんですか?」

 地形の変化は比較的少なく、灌木なども少ないことから、地上が見えやすいのは確かだ。しかし、地上型ネウロイはそれほど大きくない。海軍機が哨戒飛行で捜索するのは艦船が主だが、比較的小型の駆逐艦でも全長は120メートル程度もあり、また白い航跡が長く伸びているから巡航高度で問題なく発見できる。一方の地上型ネウロイは、普通のタイプで10メートル程度に過ぎず、巡航高度の3,000メートルから見れば、見かけの大きさは3ミリ程度に過ぎない。前後左右に離れればもっと小さくなる。だからもっと低い高度で哨戒しなければならないのではないかと、清末は思ったのだ。

「うん、確かにこの高度だと小さくて発見しにくいわよね。」

 安藤大尉も同意してくれたと思ったが、そうはいかない。

「でもネウロイって独特な黒光りをするから、薄茶色の砂ばかりの大地の中では結構目立つのよ。それに、歩いていれば砂煙が立つしね。」

「・・・。」

 清末は思わず無言になってしまう。確かにジャングルの中で木の下に潜んでいる地上型ネウロイを発見するのに比べれば発見しやすいかもしれないが、そうそう見つかるものだろうか。だいいち、砂煙なんか風が吹いて舞い立ったものと見分けがつかないだろう。清末は気を取り直してもうひと押しする。

「黒光りするって言っても、砂をかぶっていたらわかりませんよね? ここはもう少し高度を落として哨戒した方がいいんじゃないんですか?」

「うん、高度を落とせば発見しやすくなるのは確かだけれど、見渡せる範囲が狭くなるわよね。これだけ広大な範囲を哨戒するんだから、あまり細かくは見ていられないわ。」

「それもそうですけれど・・・。」

「それにね、穴を掘って潜っていたらどの道見付けられないわ。それで仮に見落としたとしても、地上型ネウロイ1機程度ならそれほどの脅威でもないわ。」

「それは確かに・・・。」

 隊長がそういう方針なのなら仕方がない。それに、人数は限られているのに担当範囲は広大だから、ある程度粗ができるのは仕方がないとも言える。

 

「あ、何か見えた。」

 児玉がそう言うと、左にバンクして降下を始める。

「援護します。」

 そう言って清末も後に続く。肩に掛けていた機銃を素早く構えると、周囲に視線を巡らせる。目標に向かって降下している時に、不意に上空などから攻撃されると危険だ。これまでに重ねてきた実戦経験で、反射的にこういった対応ができるのが経験者の強みだ。しかし、60キロ爆弾の負荷はかなりのもので、これで格闘戦に巻き込まれたら相当苦しいことになる。清末は児玉の後ろにぴたりと付けて降下しながら、手のひらにじっとりと汗がにじむのを感じる。

 

 児玉は、清末のカバーを信頼しきっているようで、わき目も振らずに降下して行く。そして降下した先には・・・。

「地上型ネウロイです。攻撃します。」

 児玉は安藤大尉の指示を待つことなく、爆撃体勢に入る。左右の手でそれぞれの投下索を握り締めて、地上型ネウロイめがけて一直線に突入して行く。ネウロイからの反撃はない。普通サイズの地上型ネウロイは、多くの場合上空に向かって攻撃する能力を持たない。だから直接対峙する地上部隊にとっては脅威でも、空を飛ぶウィッチの敵ではない。

「投下!」

 児玉がわずかのタイミング差をつけて、左右の投下索を引いた。放たれた爆弾が、地上に向かってみるみる加速する。一発目は・・・、わずかに手前に着弾して火柱を上げた。続いて2発目は・・・、みごとネウロイの上部装甲を直撃し、装甲を叩き割って貫通すると炸裂する。次の瞬間、ネウロイはきらきら輝く光の粒となって四散した。

 

「命中!」

 児玉の声が弾む。

「お見事ね。これからもこの調子でお願いね。」

 安藤大尉からはお褒めの言葉だ。

「児玉、やるじゃない。」

 清末も心から称賛する。発見できるか危ぶんできたネウロイを発見したことも、慣れない爆撃を見事に成功させたことも、たいしたものだと思う。そもそも、爆撃訓練はもっぱら演習用爆弾で、実弾を使った訓練は殆どやっていないのに、一発で成功させる児玉のセンスには舌を巻く。自分も負けていられないと、清末は密かに闘志を燃やす。

 


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