ストライクウィッチーズ カザフ戦記   作:mix_cat

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第六話 新隊員着任

 朝の打ち合わせの際に、安藤大尉が告げる。

「明日、新たな隊員が着任する予定です。士官1名と下士官2名の合計3名です。受け入れ準備をしておいてください。」

 いつ着任するかわからないと言われていたところからの急転に、児玉が驚きの声を上げる。

「えっ、えっ、どんな人なんですか。」

 清末もやや興奮気味だ。

「それって、うわさに聞いていた舞鶴航空隊の精鋭ですよね。どんなにすごい人なんだろう。わたしもついて行けるように頑張らなくっちゃ。」

 興奮する2人に、安藤大尉はやや苦笑しながらたしなめる。

「ほらほら、そんなに騒がないの。着任すればわかることなんだから。そんなことより、これから長く一緒にやっていくんだから、仲良くしてね。」

 2人は顔を見合わせると、弾けるように笑う。

「隊長、わたしたち、人の事悪く言ったり、仲違いしたりなんてしたことないですよ。」

「そうですよ、前の部隊でも一度も喧嘩なんてしなかったですよ。」

「そう? そうならいいけど。」

 そう言いながらも、何か心配事でもあるのか、安藤大尉の表情はすっきりしない。

 

 受け入れ準備に必要なのは、まずは部屋の整備だ。士官用1室、下士官用1室を使えるようにしなければならない。

「おそうじ、おそうじ。」

 歌うように口ずさみながら、掃除用具を抱えて弾む足取りで清末と児玉は部屋に向かう。元々扶桑海軍では毎日の甲板掃除は厳しく仕込まれているが、前に所属していた部隊の隊長だった宮藤大尉は殊更に掃除に熱心だったので、その下で仕込まれた二人も掃除には熱心だ。単に熱心なだけでなく、掃除に楽しみを感じており、早速鼻歌交じりにはたきをかけ、床に溜まった砂埃を掃き出し、艦船の甲板掃除の要領で床を磨き上げる。扶桑海軍では陸上の施設でも教育施設を中心に寝具に吊り床を使っている施設も多いが、ここはオラーシャなのでさすがに吊り床ではなく、ベッドが用意されている。ベッドの埃を落とし、磨き上げ、敷布を広げて畳んだ毛布を用意する。新兵の入営なら衣類等一式も準備しなければならないが、今回着任の3人は自分の分は衣嚢に詰めて担いでくるはずだから、準備の必要はない。武装一式は一緒に運ばれてくるはずだから、慰安や娯楽に縁のない前線基地なので、他に用意するものはない。何の飾り気もない殺風景な部屋が用意されただけだが、場所によってはそれさえも御の字だ。清末と児玉だって、隙間風吹き込む損壊した建物で、毛布に包まって床にごろ寝したことだってある。まあ、年頃の女の子としては、そんな前線基地でも、ささやかな華やぎが欲しいと思うのだけれど。

 

「部屋の準備はできたかしら?」

 安藤大尉が様子を見に来て声をかける。

「はい、ばっちりです。」

 にこにこしながら二人が示す部屋はきれいに片付いて、ついさっきまで、どこからともなく入り込んできていた砂が吹き溜まって、まるで砂漠の様になっていた部屋だとは思えない。

「へえ、飛行が上手なだけでなくて、お掃除の手際も良いのね。」

 安藤大尉に褒められて、清末と児玉はちょっと自慢げに胸を張る。正直な所、あまり激戦が予定されていないこの基地では、戦闘技術が高い人より、日常作業に長けた人の方が重宝する。そういう意味でもこの二人は当たりだったなと、安藤大尉は思う。二人が前に所属していた部隊は、少ない人数で強大なネウロイを相手に獅子奮迅の戦いをしてきたと聞いていたので、あまり粗暴な人だったらやりにくいと思っていただけに、それが杞憂に終わってほっとしている。

「じゃあ、明日はお昼頃に輸送機が着く予定だからよろしくね。」

「はいっ!」

 褒められてご機嫌な二人は、にこにこしながら元気よく返事をした。

 

 翌日、朝からそわそわしながら到着を待つ。些細なことかもしれないが、大規模な戦闘でもない限り大きな変化のない辺境の基地では、新たな隊員が着任するというのは結構な大事件だ。そしてやがて到着予定時刻が近付く。皆で滑走路脇に出て、到着を待ちうける。

「ねえ、晴江、今度来る人、あんまりきちきちした人じゃないといいな。」

「そうだねぇ、宮藤さんは訓練や任務には厳しい人だったけど、それ以外はゆるゆるだったからね。」

「あんまり規則とか言われたら、わたしついて行けないかも。」

「そうだねぇ。軍規とか言われても良くわかんないし。」

「軍規って何だっけ?」

「あれ、訓練学校で習わなかったっけ。」

「うん、覚えてない。」

 児玉は断言するとけらけら笑う。実力を発揮してもらうためになるべく自由にさせて余り締め付けたくないので、少々おかしなことを言っても聞き咎めないようにしていた安藤大尉が、さすがに渋い顔をしている。

 

 程なく壮大な砂塵を巻き上げて、零式輸送機が着陸してくる。着陸した輸送機のドアが開いて、便乗の新規配属隊員が降りてくる。先頭に立って降りてきた人は紺色の士官服を身にまとっている。背はやや高めで髪を短めに切り揃えて、幼さをまだ残した生真面目そうな顔を緊張感からかやや硬くしている。二人目はセーラー服に長身の身を包み、肩までかかる髪を後ろに束ねている。整った顔立ちに柔和な表情を浮かべて、子供っぽさは隠せないものの落ち着いた雰囲気を醸し出している。三人目は小さな体躯をセーラー服に包み、元気の良さそうな足取りでタラップを降りてくる。新しい任地に興味深々といった風に、くりくりした目をきょろきょろと回している。おかっぱ頭も相俟って、だいぶ子供っぽい雰囲気だ。士官の子を一歩前にして並ぶと三人は姿勢を正し、士官の子が手を額に上げて敬礼する。清末と児玉も姿勢を正す。

 

「舞鶴航空隊からアティラウに派遣されてまいりました栗田鈴江です。階級は少尉です。ただいま着任いたしました。」

 後ろの二人が続く。

「同じく、佐々木津祢子一等飛行兵曹です。」

「同じく、中野迪子一等飛行兵曹です。」

 安藤大尉が答礼する。

「アティラウ派遣隊隊長の安藤です。活躍を期待します。」

 

 型通りの着任挨拶だが、清末はちょっと予想外のメンバーだったと感じている。舞鶴航空隊から精鋭が派遣されると聞いていた割には、3人とも見た目の印象や階級からすると案外年齢が低そうだ。ひょっとすると3人とも清末より年下かもしれない。栗田は少尉だというから、兵学校を出て、ウィッチ教育を受けて、その後たいして実務経験を経ずに派遣されてきたのではないか。佐々木と中野に至っては、ウィッチ訓練学校を出てそのまま派遣されてきたのではないか。だとすると、精鋭と聞いていたのはかなり大げさな話だったことになる。まあ、所詮噂話程度の域を出ない話だったから、文句を言っても仕方がないのだが、自分とは違った経験を重ねてきた人と一緒になれば、学べることも多いだろうと期待していただけに、ちょっとがっかりしたというのが偽りのない気持ちだ。しかし考えてみると、ここアティラウ戦線はネウロイがあまり出現しない地域のようなので、訓練を終えたばかりの新人に実践的な訓練を施すには、好適の場所なのかもしれず、そう考えると新人に毛の生えたようなこの3人は当然の人選と言える。そう、ちょうど清末たちがまだ新人だった頃に、横須賀航空隊欧州分遣隊に配属になり、ガリアのカンブレーに送られた時と同じように。

 

 隊長室に移動して、清末と児玉と同じように、安藤大尉が基地や部隊の現況や、部隊の任務について説明する。清末と児玉は既に聞いた内容なので、お茶の支度をしながら新隊員3人の様子をうかがう。3人とも神妙に安藤大尉の説明を聞いている。

「お茶どうぞ。」

 清末が栗田にお茶を差し出すと、栗田は視線をちらりと清末に向け、小さくうなずくと小声で言う。

「ご苦労。」

 佐々木は微かに微笑んで、中野は恐縮の態で、いずれも無言で頭を下げる。配属されたばかりの新人の立場では、隊長からの説明中とあっては例えお礼の一言といえども、声を出すのははばかられるのだろう。清末はふと、訓練学校在籍中から宮藤とは顔見知りだったこともあって、自分たちは配属当初からこんな緊張感はなかったなと思う。

 

 清末が給湯室に戻ると、覗き見ていたのであろう児玉がしきりに憤慨している。

「晴江、何よ、あの鈴江の態度。新入りなのになんであんなに偉そうなの。」

 清末は苦笑しながら答える。

「児玉、新入りって言っても栗田は士官だよ。上官なんだから偉そうでも仕方ないじゃない。実際偉いんだから。」

「それにしたってさぁ、別にすごく偉いわけでもないんだから、もう少し新入りらしい態度があるでしょ。」

「まあね。でもやっぱり上官だからね。あんまり遠慮ない態度を取るもんじゃないよ。鈴江とか、名前で呼び捨ては止めようね。」

「うん、まあ、それはそうだけど。」

 とりあえず児玉のことはなだめた清末だが、栗田に対してはちょっと不安を感じる。士官だからといって、あまり偉そうに振る舞われると面倒くさい。ウィッチに限らず飛行機乗りはプライドが高く、ひとたび飛び上がれば階級なんか関係ないという下士官は少なくないので、実力を伴わずに居丈高に振る舞う士官は反感を買うことになる。清末はそこまでの気持ちはないけれど、前の部隊の隊長の宮藤が極めてフレンドリーだっただけに、面倒くさいのは嫌だなと思う。




◎登場人物紹介
(年齢は1947年4月1日時点)

栗田鈴江(くりたすずえ)
扶桑海軍少尉(1932年4月10日生、14歳)
舞鶴航空隊アティラウ派遣隊
 海軍兵学校を卒業し、ウィッチとしての訓練を終えたところでアティラウ派遣隊に配属された。実戦経験はまだなく、実力は未知数。

佐々木津祢子(ささきつねこ)
扶桑海軍一等飛行兵曹(軍曹)(1934年9月17日生、12歳)
舞鶴航空隊アティラウ派遣隊
 訓練学校を卒業したばかりの新人ウィッチ。実戦訓練を行うために、あまり戦闘がないと予想されるアティラウ派遣隊に配属された。

中野迪子(なかのみちこ)
扶桑海軍一等飛行兵曹(軍曹)(1934年10月14日生、12歳)
舞鶴航空隊アティラウ派遣隊
 訓練学校を卒業したばかりの新人ウィッチ。実戦訓練を行うために、あまり戦闘がないと予想されるアティラウ派遣隊に配属された。

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