安藤大尉からの説明が一通り終わると、清末と児玉も呼ばれて、改めて顔合わせが行われる。新規配属組の3人は、安藤大尉の醸し出す和やかな雰囲気にだいぶ緊張も解けたようで、表情や態度が和らいでいる。ただ、栗田少尉は士官としてこの部隊をしっかりと統制しなければならないとでも思っているのか、気負っているような印象がある。
その、栗田少尉がまず口を開く。
「改めて、海軍少尉栗田鈴江だ。清末上飛曹、児玉上飛曹・・・。」
しかし、栗田少尉の気負いをくじくように、安藤大尉が口を挟む。
「栗田さん、連合軍では混乱を避けるために、下士官の呼称は伍長、軍曹、曹長に統一することになっているのよ。だから欧州にいる間は、一飛曹は軍曹、上飛曹は曹長と呼ぶようにしてね。」
そのタイミングで言うかと思わないでもないが、栗田少尉は生来生真面目なのだろう、いやそうな顔一つ見せずに続ける。
「は、はい、了解しました。では清末曹長、児玉曹長、二人は欧州での実戦経験が豊富だと聞くが、だからといって独断専行するようなことは慎むように。意見具申は認めるので、何かあれば必ず上官の許可を取るように。」
清末は、最初の挨拶がそれ? と疑問を感じないでもない。でも、新任の士官として、精一杯士官らしさを出そうとしているのだろう。でも、まだまだ幼さの残る顔でそれを言われても、微笑ましさを感じるばかりだ。しかしまあ、ここは上官への敬意を示しておくべきだろう。姿勢を正して答える。
「はい、了解しました。」
児玉もあわせて答えるが、その表情には不満な様子が見えてしまっている。そこは表情に出しちゃ駄目だよ、と清末は思うが、生憎児玉はそんなに器用ではない。栗田少尉が児玉の不満そうな様子を感じ取って気に障ることがないと良いのだが。
栗田少尉が続ける。
「佐々木軍曹と中野軍曹は訓練学校を卒業したばかりの新人だ。1日も早く任務をこなせるレベルになるよう、厳しく鍛えて欲しい。」
それに合わせて、佐々木と中野が頭を下げる。
「早くお役にたてるよう頑張りますので、ご指導よろしくお願いします。」
あ、見た目通りやっぱり二人とも新人なんだと、清末は改めてがっかりする。まあ、こんなのんびりした戦域に、精鋭と呼ばれるようなベテランが配属されるわけがないことには気付いていた。それでもせめて、新人だけれど訓練学校の成績は優秀だった期待の新人くらいの触れ込みはあるかと思ったが、それもない普通の新人だった。でもそんなことでがっかりするのも失礼だ。自分たちだって1年前に欧州分遣隊に配属された時は、別にこれといった特徴のない普通の新人だったのだから。そう思いながら答える。
「佐々木さん、中野さん、曹長の清末と児玉です。訓練は厳しいけれど、必ず一人前のウィッチにしてあげるから、頑張ってね。」
丁寧な言葉遣いで声をかけたが、さん付けで呼ぶのは顔合わせの今だけだ。宮藤さんが自分たちにやってくれたように、にこにこしながら厳しい訓練をしてあげよう。ところで今言ったセリフ、坂本さんの口癖だった。こうしてみると、無意識の内に教えてくれた人たちの影響を色濃く受けているんだと、清末は思う。
さて、顔合わせの後は、持ってきた荷物を手早く片付けたら、早速訓練だ。滑走路脇に集合する。
「今から訓練に入るよ。まだストライカーユニットが準備できていないから、今日は基礎訓練で、基地の周りを走るよ。」
清末が訓練メニューを説明する。佐々木と中野は歯切れよく応答する。
「はい!」
いかにも訓練学校を出たばかりといった反応が好ましい。一緒にいた児玉は、ふと発令所の所に栗田少尉が立って、こちらを見ているのに気付いた。
「栗田少尉も一緒に走りませんか?」
児玉が誘うが栗田少尉は乗ってこない。
「いや、私は他にやることもあるからいい。」
「はい、了解しました。」
少しおどけた調子で敬礼する児玉を清末がつつく。
「児玉、何やってるの。士官が一緒に訓練するわけないでしょ。」
「え? だって、宮藤さんはいつも一緒に訓練してたじゃない。」
「宮藤さんは特別。それに、前の部隊は教員役をできるベテラン下士官がいなかったでしょ。」
「そうかぁ、宮藤さんは特別かぁ。」
もっとも、その宮藤を教えた坂本もいつも一緒に訓練をしていたから、その教えが代々受け継がれているとも言える。
「発進!」
いや、発進ではないのだが、とにかく号令とともに4人とも走り出す。佐々木と中野は部隊配属で張り切っているから、とにかく思い切り良く走る。清末と児玉は、これまで暇さえあれば訓練を心がけていたので、幾らでも走る。基地の周囲を一回りするだけでも、広大な基地のことだから相当の長距離を走ることになるが、この走り方はとても長距離を走る走り方ではない。案の定、佐々木が苦悶の表情を浮かべて、脇腹を抱えて遅れだす。
「佐々木、どうした?」
清末が声をかけると、佐々木は苦しそうに答える。
「すみません。準備運動もなしに思い切り走ったから、おなかが痛くなりました。」
「しょうがないなぁ。中野はそのまま走って。」
「はいっ!」
中野は一人で走っていく。小さな体躯がちょこちょこと走っていくが、その小柄な後ろ姿は折からの風に舞う砂埃にかき消されそうだ。
「さて・・・。」
清末が佐々木に向き直ると、一歩早く児玉が発破をかける。
「津祢子、なに弱音はいてるの? おなかが痛くなったからって、ネウロイは待ってくれないよ。痛くても走る。」
児玉は児玉で、初めて訓練担当になって張り切っているようで、ちょっと理不尽なしごきをやってみようと思っているようだ。でもまあ、面白そうだから少し見ていようと、清末は成り行きを見守る。一方の佐々木はなかなか良い根性をしているようだ。
「はいっ! 走ります!」
気合を入れるように答えると、また走り出す。それを児玉が追いかけながら煽り立てる。
「ほらほら、もっと速く走らないとネウロイが追い付いちゃうよ。」
「はいっ!」
佐々木は歯を食いしばって速度を上げる。
清末がぱん、ぱん、と手を叩く。
「はいそこまで。佐々木は横で座って休んで。」
「は、はい。」
佐々木は苦痛から解放されて、汗にまみれた顔に呆けたような表情を浮かべて、ふらふらと脇によるとばったりと倒れる。顔を濡らしているのは汗か、それとも涙混じりか。佐々木も部隊勤務の厳しさが身に染みたことだろう。
「もう少し頑張らせても良かったんじゃない?」
児玉がちょっと悪戯っぽい表情を浮かべて、清末の顔を覗き込む。
「最初からやり過ぎだよ。」
清末が軽く手を振って児玉を遮る。児玉ももちろんわかっているのだが、このまま続けても苦痛に耐える訓練にしかならない。基礎体力を育てるのが目的だから、痛む脇腹を抱えて走らせても意味がないのだ。
「じゃあ行くか。」
清末と児玉は佐々木を残して、先行している中野を追いかける。中野は結構元気よく走って行ったので、どこまで行ったら追いつくかと思ったが、案外離されていなかったようで、基地を半周ほどしたところで追いついた。いや、最初勢いよく走り過ぎたようで、中野はもうばてばてで、だから案外早く追いついたようだ。児玉が気合を入れる。
「迪子、なにちんたら走ってるの。そんな愚図愚図してると、ネウロイが追いかけて来るよ。」
中野はこんなに早く追い付かれるとは思っていなかったようで、飛び上がるほどびっくりする。
「ひゃっ。は、はい、頑張ります。」
中野は慌ててピッチを上げるが、既にばてているので、顎が上がるばかりでたいしてピッチは上がらない。訓練学校の教官だった坂本を真似て竹刀を持ってきた清末が、竹刀の先で中野の背中をつつく。
「ほらほら、追いついたネウロイにつつかれるよ。」
「うひゃっ。」
慌てて更にピッチを上げようとする中野だったが、もう足が動かない。たちまち足がもつれて盛大に転がった。涙目で見上げる中野を、清末は苦笑しながら見下ろす。
「もう、なにやってるの。しょうがないなぁ。訓練が足りないよ。明日から毎日走りなさい。」
「は、はい。」
か細く答える中野も、訓練学校とは違う、前線部隊の厳しさが身に染みたことだろう。まあ、坂本、宮藤ラインで鍛えられた清末と児玉は、格別に訓練が厳しいという面がないではないのだが。