ストライクウィッチーズ カザフ戦記   作:mix_cat

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第八話 一人前のウィッチになるために

 朝、起床した児玉が外を見ると、佐々木と中野が一緒に走っている。

「晴江、見て、見て。津祢子と迪子が走ってるよ。」

「あ、ほんとだ。ちゃんと言われたとおりに走ってるんだね。感心、感心。」

「ちょっと意地悪しちゃったのに、まじめだね。」

「あんなの意地悪の内に入らないよ。でもちゃんと自主的に走ってるのはいいことだね。」

 扶桑海軍では駆け足が体力や精神力を強化する基本と考えられているので、とにかくよく走らせられる。軍艦に乗って航海している時でも、時間が空けば甲板を走っているほどだから、訓練学校でも散々走らせられたはずだ。だから清末の言った『毎日走りなさい』には納得したのだろう。

 

 さて、今日の課業は飛行訓練だ。整備班が手早く整備してくれたので、今日はもうストライカーユニットが使える。格納庫には整備の終わったストライカーユニットが、飛び立つ時を今や遅しと待っている。佐々木と中野は魔法力を発動し、ストライカーユニットに足を通すと発進準備に取り掛かる。

「エナーシャ回せ!」

 掛け声を受けて整備員が慣性起動装置のハンドルをぐるぐる回す。この頃は電動で慣性起動装置の勢車を回すものも出てきていると聞くが、もちろん最前線のこんな小さな基地には配備されないので、人力だ。勢車が十分な回転数になった所で、前離れの声をかけて整備員は横に離れる。

「コンタック!」

 慣性起動装置と魔導エンジンの主軸を嵌合し、魔導エンジンを回転させる。

「メインスイッチオン!」

 すかさず魔導エンジンのスイッチを入れて起動する。轟音を立ててエンジンが回り始め、形成された呪符が勢い良く回転を始める。暖機運転を続けながら、各部の作動状況や、計器の状態を次々と確認して行く。そして、二人が顔を上げる。

「発進準備良し!」

 

 佐々木と中野の発進準備を見ていて、清末は何だか感慨を覚える。

「うーん、基本に忠実だねぇ。いかにも新人って感じで初々しいよね。」

 児玉も歳にも似ない感慨を覚えている。

「そうだね、たった1年前はわたしたちもこんな感じだったんだよね。」

「ここのところ、緊急発進とかで、途中全部飛ばして遮二無二飛び上がって、上昇しながらチェックやったりとか普通だったからねぇ。」

「津祢子や迪子もそのうち魔法力でエンジン起動して、暖機しないで飛び出したり始めるのかな。」

「そんなことが必要になるほど激戦にならないといいね。」

 そう言って清末はにこっと笑う。修羅場を潜り抜けてきた者の重みと言うか、清末の笑顔にはそんな激戦になっても平気だという余裕が見える。

 

 おもむろに児玉が中野に声をかける。

「迪子、発進するからついてきて。」

「はいっ!」

「児玉佳美、発進します!」

「中野迪子、発進します!」

 児玉と中野は魔導エンジンの出力を上げると、滑走路へと走り出す。二人はもうもうと砂煙を上げながら滑走すると、一段とエンジン音を高めて空へと舞い上がる。清末と佐々木が後に続く。

「ごほっ、なんなの、この砂埃。」

「ごほっ、確かにすごい砂埃ですね。」

「うーん、次からはもう少し離陸間隔を開けないとね。」

「はい、了解しました。」

 そんなことを言いながらも、清末と佐々木も飛び立った。

 

 今日はそれぞれのペアに分かれて飛行訓練を行う。まあ、訓練というよりは、どの程度動けるか、二人の新人の実力の程を見極めようというわけだ。高度を取って水平飛行に移った児玉が振り返ると、中野は左後方、一段高い位置にぴたりと付けている。編隊飛行の訓練はしっかりやってきたようだ。

「迪子、これから特殊飛行を一通りやるから、しっかりついてきて。」

「はい、了解しました。」

 中野の素直で、張りがあって、歯切れが良い返事を聞いて、児玉はちょっといい気分だ。一緒に欧州分遣隊に行った同期の中では年下だったし、少しあとから配属された二人は、ほとんど同期のようなもので後輩扱いしにくかった。だからこうやって後輩に指示するのは、なんだか自分がちょっと偉くなったような気がして気持ち良い。児玉は機嫌よく訓練に入る。

「行くよ!」

 言うが早いか特殊飛行に入る。垂直旋回や宙返りなどの基本特殊飛行。続いて急反転や宙返り反転などの応用特殊飛行を次々にこなしていく。ちらちらと振り返って見ると、中野はしっかりとついてきている。基本はしっかりできているようだ。

 

「じゃあ次。」

 一声かけると児玉は垂直旋回に入る。初歩の動作なので中野はもちろん難なくついてくるが、一回りしても止めないで旋回を続ける。連続して旋回を続ければ、Gがかかりっぱなしになるのでだんだん体がきつくなってくる。さて、いつまでぶれずについてこられるか。しっかりとついてきていた中野の顔がだんだん赤く染まって、表情が厳しくなってくる。もう一回り、もう一回りと重ねるが、それでも中野はついてくる。なかなか根性もあるようだ。と、中野の飛行コースが大きく膨らんだ。新人にしては頑張った方かなと思いつつ、水平飛行に移る。

「迪子、コースがぶれたね。」

 中野は、はあはあと息を弾ませながら答える。

「はい、ごめんなさい。」

「まあね、ネウロイとドッグファイトになることはまずないから、実戦ではこんなに旋回を続けることはないんだけどね。」

「そうなんですか? 模擬空戦では時々ありますよね。」

「1対1の模擬空戦ならあるけど、こういう形はあんまり良くないんだよね。実際には1対1ということはないんで、回ってる最中に横から攻撃されたら対応が難しいからね。」

「そうなんですね。」

「でも、きつい機動でも狙ったコースを正確に取るための基礎にはなるかな。だから練習しといて損はないよ。」

「あ、なるほど。わかりました、頑張ります。」

 中野は素直で前向きで、今後の伸びが期待できそうだ。

 

 中野が落ち着いてきたところで、次に移る。

「迪子、次は急降下するよ。ついてきて。」

「はいっ!」

 児玉はバンクすると一気に頭を突っ込んで急降下に入る。中野もすぐに後に続く。児玉は急角度でぐんぐん降下速度を上げていく。たちまち中野がこれまでの訓練で経験した速度を超えるが、児玉が降下を止める気配はない。中野は歯を食いしばってついて行く。強烈な風圧がかかり、風の音が轟々と響いて他の音が何も聞こえないほどだ。

「児玉曹長、どこまで加速するんですか?」

 この辺で止めてくれないかと若干の期待をしつつ問いかけてみるが、児玉の反応は素っ気ない。

「まだまだ。」

 未知の速度が恐ろしいのもあるが、こんなに加速して引き起こすときにはどれほどのGがかかるのかとの恐怖が迫ってくる。

 

 やがて、ストライカーユニットがみしみしと不気味な音を立て始めた。零式艦上戦闘脚は高速型のユニットではないので、あまり高速にするとユニットが耐え切れずに、最悪の場合空中分解する恐れがある。

「児玉曹長! ユニットがみしみし言ってます! 減速してください!」

 気が気ではなく、思わず訴えた中野だが、児玉の反応は変わらない。

「まだまだ。」

 そう言われては仕方がない。ここまでの高速降下になると、ちょっと気を抜けばすぐに引き離されそうだし、揚力が強くなって常に強く押さえ続けなければ浮き上がって降下角が緩くなってしまう。ついて行くだけでも必死だ。ユニットのきしむ音はだんだん強くなってくるし、なんだか嫌な振動も出てきた。もう中野は気が気ではない。

 

「引き起こして!」

 児玉の声で中野は我に返ると、ぐっと引き起こす。凄まじいGがかかって体が折れそうだ。ユニットが立てた音は、外板がへこんだ音か、それともどこか壊れたのか。ユニット破損の危機感で血の気が引くかと思いきや、その前にGで全身の血がどっと下がって目の前が暗くなる。薄暗い白黒になった視界に、児玉が上昇して行くのがかすんで見えた。いや、自分の方が降下し続けているのだ。でももう体に力が入らない。それでも何とかやや下降気味の水平飛行まで持ってきた。じわっと視界が戻ってくる。視界に児玉の姿はない。と思うと、児玉がすぐ脇にぴたりと着けた。

「迪子、意識はしっかりしてる?」

「は、はい、何とか・・・。でも児玉曹長は凄いですね。こんな急降下から反転上昇できるなんて。」

「ううん、慣れだよ。迪子も慣れればできるようになるよ。」

「はい。でもユニットが壊れるんじゃないかと、気が気じゃありませんでした。」

「でも壊れなかったでしょう? ユニットがどこまで無理掛けられるか、体感してぎりぎりの線を見極めておくのは大事だよ。実際の戦いになると、相当無理掛けなきゃいけなくなる時もあるからね。」

「あっ、単純にしごいてたわけじゃないんですね。」

 さすがベテラン、単に強烈な負荷に耐える訓練かと思ったら、もっと深い意味があった。しかし、そのことに感心するより、中野が強く感じたことはただ一つ。

「苦しかったー。」

 


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