【未完・移行予定】 紅魔の崩壊記 〜the Oldest sister of Scarlet Devil 作:平熱クラブ
連載が始められました…………
_:(´ཀ`」 ∠):
第1話 スカーレット家長女
覚悟とはなにか。
彼女はそのとき、己の胸に問い質した。
決意とはなにか。
彼女はそのとき、己の胸に手をあてた。
窓から射し込む月光によって照らされた、四方の壁が絵画で彩られた薄暗い部屋。月明かりによって浮いた埃が宙に映し出され、その中をほんの少しだけ咳こみながら彼女は突っ切るようにして歩いていく。
その先にあるのは、ポツンと床に置かれた籠。
側まで歩み寄ると、籠をソッと静かに抱き上げる。その籠の中でスヤスヤと眠る赤子を見つめながら、彼女は呟いた。
「ごめんなさい……」
悪魔としての一生を背負わせてしまったことへの懺悔。
右腕で籠を支えながら、左手で赤子にかかった布に手を伸ばす。銀色の髪が月明かりの反射で鈍く輝き、背中から生えた白く小さな羽が顕になる。
天使–––––悪魔とかけ離れたその姿は、悪魔として生きる宿命を拒んでいるかのようだった。
かつて我々は戦いに敗れ、なにも守れないまま数多の犠牲を生んだ。悪魔として生きる以上、搾取する側になるか搾取される側になるか……
振り返れば、血と罪にまみれた己の歩んだ道だけが残る不毛な所業……それが悪魔の生涯。
だからこそ……その生涯を背負わさせてしまったこの子を守っていかねばならない。その義務を果たすことが、いまの我々の使命なのだ……
彼女は自分にそう言い聞かせながら、赤子の眠る籠を強く抱きしめた。
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「人間が悪魔を破ることもあると……?
ほう……」
暗闇に揺れるロウソクの火。その火に照らされた歴史書を読みながら、少女は呟いた。見た目は人間で言えば10歳前後といったところか。
腰まで届かんばかりの銀色の髪に、宝石を思わせるような緑の瞳。
前開きの灰色のベストを重ねた白の長袖のカッターシャツを着用し、ベストの上から腹部の辺りに紅い帯が巻かれ、その結び目を左腰に垂らしていた。
それに加えて、紅いラインが縁に入った白のロングスカートに、足首の辺りに紅い紐が巻かれた灰色のブーツ。シャツの襟元には純白のスカーフが巻かれ、瞳と同色の宝石がはめ込まれたひし形の装飾品で留められていた。
大雑把に言えば、白を基調とした服装だった。
そして、もう一つ大きな特徴があった––––––
この歴史書は人間の街で保管されていたものらしい。
悪魔は絶対的な力を持ち、それに敵う人間はいない。一般的な認識として間違ってはいないが、稀に悪魔をいとも簡単に葬り去る程の力を持った人間がいるらしい。
「もっとも、人間のいる所に流されるような悪魔では無理もないか……」
吸血鬼––––それは……
コンコン……
ノックの音が部屋の静寂を遮る。
「何用だ」
その音に、少女はぶっきらぼうに答えた。
「すまん、母さんのことでな……」
少女は読んでいた本を閉じた。結び目の長い紅のリボンが巻かれた白のナイトキャップを机の上から取り、頭に被る。椅子の背もたれにかけてあった白い衣類を取り、それを肩に羽織る。それはスカート同様、縁に紅いラインが入り、二層に重なった短めのケープだった。
スタスタと歩いてドアに向かう。ガチャリ、と開けたドアの前には1人の男が立っていた。
彼は、その少女の父親だった。
そして、" 紅魔館 "と呼ばれるこの館の当主にして、" 吸血鬼 "と呼ばれる悪魔の一角を担う
" スカーレット家 "の長でもあった。
漆黒の髪を後ろに流し、整った髭をたくわえた貴族のような出で立ちだった。
そして血の如く紅い目に、蝙蝠のものに似た悪魔の翼。これらの特徴が、吸血鬼である何よりの証拠だった。父親が吸血鬼であるならば、この少女もまた必然的に吸血鬼であった。
だが………
「母上が何か?」
彼女は用件を尋ねた。
「フィルシア……母さんのお腹に子供がいるのは知っているだろ? ……生まれるんだ、もうすぐな……!」
「ほう……」
フィルシアと呼ばれた少女は短く返事した。子を身篭った母親は出産を控え、寝室で大事をとっていた。その出産の時期が間近に迫っていることを父親は伝えに来たのだった。
「これでお前ももう、立派なお姉ちゃんだな。弟か妹が生まれるんだ……! どっちだと思う?」
「さあ、どっちだろうな」
興奮気味に問い掛ける父親とは対照的にフィルシアは素っ気なく答えた。会話の中で、全くと言っていいほど表情は変わらない。
「えぇと……」
彼は困ったような笑みを浮かべて、指でポリポリと頭を掻いた。娘の様子に戸惑いを見せながらも、父親は会話を続けようとする。
「……生まれるとき、お前には別の部屋で待機しててもらう。母さんや生まれてくる子供が気になるかもしれんが、我慢してくれるか……?」
「心配はいらん。弟だか妹だか知らんが、そもそも興味など無い」
「…………」
ここでようやく父親は言葉に詰まってしまう。
心配はいらない……彼女の指す心配と彼が心配していることには乖離があった。彼の心配とは、いまの娘の態度そのもののことだった。
弟、もしくは妹の誕生だというのに少しも喜ばしい様子を見せない娘。
たしかに、以前から他人に興味を持たない性格ではあったが、これから生まれてくる新たな家族にさえ関心を向けないとは……
「はぁ……」
思わず肩を落として溜息をついてしまう。その様子はまるで、先程まで無理に会話を弾ませようとした努力を全て放り投げたかのようだった。
「……フィル、どうしてお前は……」
「…………」
疑問の声をあげながらも、父親はその
彼女にはもう一つ大きな特徴があった––––––
吸血鬼は一般的に、彼女の父親のような翼や目を特徴に持つ。一言で言えば、悪魔と呼ぶに相応しい姿をしたのが吸血鬼だった。
だが、この少女……フィルシア・スカーレットはそれとは真逆の特徴を備えていた。
背中から生えた白鳥のような純白の翼、妖しさどころか神秘すら感じさせる宝石のような緑の瞳。
悪魔という言葉が最も似つかわしくない、まさに天使と呼ぶに相応しい姿––––––つまりは、悪魔に最も忌み嫌われる姿であった。
そんな天使が吸血鬼の名を語る……他の吸血鬼からすれば、これほどまでに己の誇りが汚されたように感じることはないだろう。
故に、彼女は忌避の眼差しを幾度となく向けられてきた。ある時には側を通りすがっただけで罵声を浴びせられ、またある時には暴力に
当然、両親は娘を庇おうと力を尽くしたが、それで周囲の忌避が無くなることはなく、今でもそれは変わらない。
この世に生を受け、わずか10年あまり。それまでの忌避と侮蔑の歴史がいまの彼女を作りあげた。
彼女は自分以外の者との間に溝を作り、繋がりを作ることを避けていた。それは身内といえど例外ではなく、この館の中でも一室に籠るばかりであった。
「……スカーレット家の権威は潰えたも同然、それも長女にして第一子たる私が、こんな出来損ないではな……」
「よせ、フィル……」
強めの口調で制止しようとする父親。しかし、それに構うことなくフィルは続けた。
「だが、これから生まれくる子がかつての権威を取り戻してくれるやもしれぬぞ。もっとも、私のような落ちこぼれでなければ、の話だがな……」
「オイ……」
父親は彼女の両肩を掴み、壁に抑えつけた。
「いい加減にしろ………お前は何故そこまで自分を貶める……?」
彼女を強く睨みつけたまま肩を掴む力を強め、壁に抑えつける力をグッと上げた。
「さてな……? これまで私を愚弄した連中に聞けば分かるのではないか?」
しかし、フィルは動じるどころか少しばかり口角を吊り上げ、父親を嘲笑うかのような笑みを浮かべてみせた。
「それとも、御自分の胸に手をあてて考えてみるか? 私をこの世に生みだしたのはどなただったか……」
「ッ……!!」
ギリギリと歯を鳴らす父親だったが、諦めたかのように溜息をつき、急に力を抜いて、ガクリと膝をついた。
彼女はいま、周囲から忌避されるような姿でこの世に生みだしたのは誰かと言ったのだ。そして、その答えは彼女の目の前にあった。
「すまない、フィル……」
「………」
ここで謝罪を述べたということは、彼女を忌避されるような姿で生んだのが自分たちであることを認めたようなものだった。いや、実際に認めていたのだ。彼女が嫌悪の目を向けられている理由は、その容姿……そんな身体に彼女を生み出したのは紛れもなく彼等であった。
そして、そのことに罪の意識を抱いていたのも事実だった。
父親はフィルの肩に手を置いたまま、床に膝をついた。
「だが、これだけは覚えておいてくれ……母さんと俺は…… 何があっても、お前の味方だ……」
「………」
彼女は何も言わず表情を変えぬまま、ソッと父親の手をどけて自分の部屋へと戻っていった。
バタン……… と、ドアが閉じられた音の余韻が響きわたる。
彼女はいま、不安で仕方がないのだろう。
悪魔として忌むべき天使のような姿に生んだ我々を恨んでいる。それを理由に、これまで親に対して無礼とも取れる態度をとってきた。罵声だって浴びせてきた。それも幾度となく……
母親が身ごもったのは、その矢先のことだった。
長女が出来損ないだから……親に歯向かうことばかりしてきたから……
そんな長女を見限って、新たな子供を授かったのではないかと。これまで、傷を負った自分を心配して接しようとしてくれた親も、これから生まれる子供へと情愛が移ってしまうのではないか………と。
「絶対に見捨てるようなマネはしないからな……」
彼の声を聞く者は誰もいなかった。
吸血鬼──それは人間の世界に追放された悪魔。
スカーレット家──それは吸血鬼の一角にして、彼等が流刑の名の下に追放される元凶となった存在。
フィルシア・スカーレット…………
悪魔が最も忌み嫌う姿を生まれ持った身でありながら、悪魔としての一生を背負う彼女に何が待ち受けるのか。
血と罪にまみれた道を歩んだ先にあるものとは、果たして…………