【未完・移行予定】 紅魔の崩壊記 〜the Oldest sister of Scarlet Devil   作:平熱クラブ

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本当は昨日投稿する予定だったのですが、データが消えてしまいまして………

何とか投稿頻度を上げていきますので、何卒宜しくお願いします。
もし宜しければ、感想ください………(小声)


第10話 禁忌

 

 

 

 

 

 

 

「ウラァッ!!」

「ゔッ………」

 

 掛け声と共に、肉の潰れる音と声にならない悲鳴が暗闇の空間に小さく響く。

 その男の右手に持たれた銀製の棍棒の先端からは、雨漏りのようにボタボタと血が零れ落ちていた。

 

「どうだ、結果は?」

「うーん………これじゃあ、普通に殴ったのと変わんねえな。銀製の武器は殴るより、ぶった斬る方が効果がありそうだ」

 

 暗闇の中に浮かび上がる薪の火は、三つの影を照らし出していた。

 肘まで覆う血にまみれた黒の長手袋に、それと同色のエプロンのような前掛けを身に付けた2人の男。

 そして、七色の宝石がぶら下がった翼を持った幼い子供の姿。

 彼女は、両手首に釘を打ち付けられて十字架に架けられていた。その釘の(さび)が染み移ったかのように、手首の傷はどす黒い。

 ボロボロになった布を適当に身体に巻いており、真っ白な手脚の傷が大きく目立つ。

 

 ここは、その子供への拷問が行われていた空間だったのだ。

 

 

 天井からは血が染み込んだ数本の鎖が垂れ下がり、床には血飛沫(ちしぶき)や腐った肉片が散らばっていた。

 何度も千切るのに失敗したであろう翼の残骸。様々な潰れ方をした目玉の中に混じる、弾け散ったように床にこびり付いた白い肉。

 これでもかというくらい裂いて暴いて滅茶苦茶にされたあらゆる部位の肉片。血に沈んだ、髪の毛が生えたままのふやけた肉塊。

 何処から湧いたのか、それらに纏わりつく大量の(うじ)。主に肉の断面部分から、ウネウネとくねらせた身体を現す光景が散見される。

 吐き気を催す程に血と錆の匂いが混ざり合ったこの部屋は、注意を払って歩かねば脚を滑らせそうな程に床の全てが粘着質な血の海に染まっていた。

 

「おい、間違っても殺すんじゃねえぞ。コレは上から任された任務なんだからよ」

 

 2人組の内、真っ黒なヒゲに覆われた小太りの中年の男が慌てて忠告する。

 それに対して、幾重にも傷が刻まれた頭皮をさらけ出し、岩のような大きさの図体を誇る男は鼻で笑ってみせた。

 

「わーってるよ、心配すんな。とにかくコイツを殺さない程度に痛めつけりゃ……いいんだろッ!!」

 

 そう言いながら、銀製の棍棒で十字架に貼り付けられた子供の顔面をフルスイングで殴りつける。

 空気を素早く裂く音がした直後にメシャリと鈍い音がしたのを、その男の耳は拾っていた。

 地面に新たに飛び散った血を一瞥して、唾を吐き捨てる。

 

「ふ〜……思いっきり殴ると、スッキリするな。こんなガキんちょじゃなくて、オレ達の給金を減らしやがったあのクソ野郎なら、もっと最高なんだがな」

「グダグタ言っても仕方ねえだろ。というかお前、ホントに今ので死んでないだろうな? そうなりゃ、減給どころの騒ぎじゃねえぞ」

「お前もくどい奴だなぁ……ちゃんと生きてるよ、オラ返事しろ」

 

 そう言いながら、前髪を鷲掴みにして右手でペチペチと頰を叩く。その不快な刺激に、左目だけが僅かに開かれる。

 もう片方の目である右目は、紫色に大きく腫れ上がった痣に塞がれていたからだ。

 仮に右目が開いたとしても、その子供の目には何も見えなかっただろう。何故なら、度重なる拷問で既に視力を失っていたからだ。

 

「流石の吸血鬼様もガキとなりゃ、この通りだ。おら、サッサと記録しやがれ」

「………」

 

 ヒゲの男は眉をひそめると、椅子に座りながら机の上のノートに何やら書き込んだ。

 どうやら、試した拷問の種類と結果が記録されたものらしい。

 

 

 

 ・銀の棍棒による殴打……右目に痣・特殊な効果無し

 

 

 

 ヒゲの男がそう書き記したのを確認すると、もう1人の男は棍棒を壁に設置されたフックに掛ける。その左右には、鞭や鈍器、刃物の類がズラリと並べてられていた。

 

「そんじゃ、次は絞首刑だな」

「……オイ、ホントに殺すなよ?」

 

 手首に刺さった釘を抜いたり、首に縄を巻いたりと、男達はせっせと次の作業に移る。

 その傍ら、其処にポツンと残されたノートには、これまでに行われてきた拷問の数々が書き記されていた。

 

 

 

 

 

 ・銀のナイフ(腕を貫通)……裂傷の中に火傷のような痕が残る。2日程で回復。

 

 ・人間の手による絞首……2分ほどで意識を失う。(ただし、吸血鬼が幼体であることに加え、拷問によるダメージが重なった結果のものである為、参考にするのは推奨しない)

 

 ・放水(全身に浴びせる)……全身の筋肉に麻痺のようなものが残る。半日で完全に回復。

 

 ・銀製の槍(腹部を串刺し)……裂傷部分に火傷のような痕。内臓機能の低下。回復に2ヶ月。その間、嘔吐や吐血を何度も繰り返していた。

 

 ・日光反射(鏡5台分)………単に日光を浴びる時は15分程が限界だが、この場合は2分ほどで限界と思われる。全身火傷。自然治癒による完全回復には3週間を要した。

 

 ・火炙り……30分程で火傷が全身に到達。症状は、人間が喰らった時と変わらない。上記の日光反射よりは、1週間程早く回復。

 

 ・爪剥がし……痛み自体は非常に強く感じるようだが、1枚剥がすのにかなりの腕力を要する。手の動きが鈍くなり、物を握る動作が出来なくなる。回復に1週間。

 

 ・銀のナイフ(眼球刺し)……眼球の裂傷の中に火傷のような痕。自然治癒に2週間を要した。(尚、視力は相当低下したと見られる)

 

 ・四肢切断……腕2本を切断したところで出血が収まらず、急遽中止に。尚、それぞれの腕を銀製の刃物とそうでない刃物で斬り落としたところ、後者は人間と変わらない傷だったが前者は火傷のような痕が出来ていた。ここから察するに、銀製の刃物による攻撃は火傷のような効果を付随すると考えられる。回復に2ヶ月。

 

 

 

 

 

 

 記録されたそのノートは、この拷問が始まってから18冊目を数えることが表紙に記されていた。

 その為、此処に記録された拷問は氷山の一角と言うべきだろう。

 その子供がどれほどの地獄を味わってきたのか、それはその子供にしか分からないことだった。

 

「それじゃあ、俺はちょっと席を外すからよ。見張りは任せた」

「…………」

 

 ヒゲの男は呆れたように溜息をつき、手頃な椅子を引き寄せて座った。

 その男が視線を上げた先では、首を吊るされた子供がグッタリと手脚を垂らしており、その手脚の先端から零れ落ちた血が、水の滴る音を奏でている。

 

「……ぐ………ぎぃ…」

 

 それに混じるように、ロープの軋む音と僅かに漏れる弱々しい掠れ声が部屋に響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん………」

 

 久しく忘れていた手脚の感覚が戻ってくる。

 同時に、全身を巡る血の感覚も体温となって戻ってきた。

 自然と瞼が持ち上がり、最初はぼやけていた視界も徐々に焦点が安定してくる。

 ここでようやく、意識が完全に復活した。

 真っ先に視界に映りこんだのは、見慣れた天井。自身の身体にのし掛かる重さを振り払うように、上体を起こす。

 (だる)さのせいか、身体が普段より重い。

 

「今のは……」

 

 今自分がいるのは、血の匂いで満ちた拷問室ではない。周囲を見渡すと、此処は自室のベッドであることが分かった。

 私はいつものカッターシャツとスカートを身につけていたが、前開きのベストやケープは着ていなかった。

 

「………」

 

 自分の手の平を眺めながら、開いたり閉じたりを繰り返す。すると、指の感覚が鈍くなっていることに気づいた。

 まだ身体は覚め切っていないのだろうか。

 そんなことを考えながら、私は同じ作業を繰り返していた。

 部屋の扉が開く音が聴こえてきたのは、それからしばらく経ってからのことだった。

 

「お姉さま………」

「レミリア………?」

 

 この部屋の扉を開いたのは、レミリアだった。

 驚きと歓喜の表情を浮かべたまま固まっている。

 何か信じられないものでも見たかのように、動きを停止させた──かと思えば、次の瞬間には私に飛びついていた。

 ドサリと一気にのし掛かった重みに動揺しながらも、私はレミリアの身体を受け止めていた。

 

「よかった………ホントによかった……」

 

 私の首に腕を回し、レミリアはそう呟いた。

 心の安堵から漏れた声がハッキリと耳に届く。

 

「………!!」

 

 私は困惑したまま固まっていたが、途端に頭に電流のようなものが走る。レミリアの肌に触れた瞬間に、ハッと何か重要なことを思い出した。

 

 

 決して落ち着くことのない胸騒ぎを覚えたのは、この時からだった──

 

 

 

「レミリア……いまどうなってる? 私はどれくらい寝ていた?」

「え………」

「いいから、早く教えてくれ」

 

 焦燥感に駆られ、レミリアの言葉を遮るように返事を促す。その様子に戸惑いながらも、レミリアはおずおずと答えてくれた。

 

「……お姉さまは3週間……目を覚まさなかった」

「3週間……!?」

「ええ……」

 

 

 

 ──あの時からそんなに時間が……

 

 その瞬間に受けたショックが、最後の記憶を鮮明に呼び起こす。

 一つ一つの場面が脳裏にフラッシュバックする。

 フランを地下牢まで送っていった光景が蘇った。

 その次に浮かび上がったのは、苦渋の選択に険しい表情を浮かべる両親。

 

 

 ──何度もそう言ったでしょう………コレは私達の為でもフランの為でもあるのです

 

 

 ──フィル、残念だが………フランには地下牢にいてもらうしかない

 

 

 重々しい鋼鉄の扉が開かれ、こちらを呑み込むように広がる暗闇の空間。

 そこに置いていかれることを悟り、怯える様子を見せたフラン。

 心を鬼にして、その場を立ち去る母上。

 それを呆然と眺めるだけのフラン。

 そんなフランを抱き締めるレミリア。

 その瞬間から、フランの目の色が変わり──

 

 

「ッ!!」

 

 胃液が喉を逆流する感覚が走り、思わず口元を手で押さえる。

 

「フィル姉さま……!?」

 

 レミリアが心配そうに声をかける。

 

「……具合が悪いの?」

「いや、大丈夫だ……」

 

 咳き込みながら、レミリアの声に答える。

 口内には既に胃液特有の酸味が広がっていたが、何とかもどさず(・・・・)に済んだ。

 

「……ア、アレからフランはどうなった……?」

 

 自分でも声が震えているのが分かる。

 最後に記憶に残っている光景は、飢えた獣のように私の喉を食い破るフランの姿だった。あの時の肉を裂かれる痛みや、生温かく濡れた自らの血の感触は、ハッキリと記憶に残っている。

 聴覚には自分の肉が食い千切られた時の音が染み付いており、嗅覚には自分の血の匂いがスッカリ染み込んでしまっていた。

 要は『狂気』というものに対する恐怖に、すっかり呑まれてしまっていたのだ。現に、その時の光景を思い出すだけで動悸が起きてしまうようになっていた。

 過呼吸気味に肩を上下させる私の背を、レミリアは優しく摩る。

 

「お姉さま……お願いだから、無理しな──」

「いいから、教えろッ!!」

 

 自らに渦巻く恐怖を搔き消すように、声を張り上げる。その直後に、私はまた胸元を押さえて呼吸を乱していた。

 レミリアは一瞬、目を見開いて硬直していたが、渋々私の要求に応じた。

 

「………お母さまが、一緒にあの部屋に残ったわ」

「…………まさか」

 

 私はしばらく固まったままでいたが、冷や汗が背中を流れる。それに気付いた時には、身体が動いていた。背後から慌てて私を呼び止める声が届いたが、私の脚は止まらない。

 向かった先は、大図書館だった。

 

 

 

 

 

 

 

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「やはり………」

 

 私は一つの本棚の前に立ち、あることを確信した。

 

「ちょっと!! 病み上がりなんだから、下手に動かないでちょうだい!!」

 

 背後から聴こえてきたのは、レミリアの怒声だった。振り返ると、確かに怒りのこもった表情が其処にあった。

 それは、私の身を案じてのことなのだろう。

 だが、今はその優しさとやらに甘んじている余裕はない。

 

「………説教なら、後から幾らでも受けてやる。いまはそれどころじゃない」

「だったら、教えてよ!! 何がそれどころじゃないのかを!」

「…………」

 

 射抜くような視線に、私は思わず押し黙る。

 数秒間の沈黙の末に、私は溜息をついた。

 

「……此処を見てみろ」

 

 私は本棚のある位置を指差した。

 大量の本が敷き詰められているが、端っこだけがある程度のスペースを空けていた。

 

「コレがどうしたって言うの?」

「ここの図書館は、どの棚も全て埋まっていたはずだ。それが、見ての通りだ……」

 

 レミリアは眉をひそめ、まだ理解出来ていない趣旨をアイコンタクトで伝えてきた。

 もちろん、私もその一言だけで伝わるとは思っていない。

 

「私が以前、狂気について調べた時に使った本があった棚だ。その本がなくなっている」

「まさか………」

 

 ここでレミリアは、ようやくピンと来たらしい。

 

「そう、その本を持ち出したのは状況的に母上の可能性が高い」

「…………」

 

 そして、私はもう一つ伝えねばならない事実があった。

 

「だが、仮にその本があったとしてもこのスペースが埋まるほどの厚さは無かったはず」

「…………?」

「もう一度言うが、この図書館にスペースの空いた棚など無かった。つまり、このスペースには2冊の本が入っていたはずだ。その内の1冊は、私が読んでいた狂気の本で間違いない。だが……」

「そのもう一冊の本は何なの?」

「実は私が読んでいた本は上・下巻に分かれていたんだ。だが、最初に本を引っ張り出した時は上巻しか見つからなかった。そして、今はそのどちらも無くなっている……」

「……つまり、お母さまが上・下巻揃えて持ち出した可能性が高く、この2冊分のスペースはその両巻がある場所だったってこと?」

「そうだ」

 

 私は短く肯定する。

 初めに私が狂気についての文献の上巻を見つけた時、棚には既に本1冊分のスペースが出来ており、下巻の本だけが見つからなかった。

 つまり、そのスペースには本来は下巻が入っていたと考えられる。

 その時は大して気に留めなかったが、私が読んでいた上巻も消えた今となっては、その事実に胸騒ぎを覚えているのだ。

 

「問題は、私が初めに上巻を調べていた時に何故その下巻が無かったのかということだ」

「……つまり?」

「母上が予め、隠していたのかもしれない」

「……下巻だけ隠すというのも変よね。一体何故?」

 

 その質問を待っていたとばかりに、私は自分が胸騒ぎを覚えた原因を口にする。

 いや、正確には胸騒ぎを覚えた原因となった憶測(・・)というべきか。

 

「下巻の内容が、私に真似されたら困るものだったに違いない。実際、狂気を解決する為なら私は可能な限りのことは実行するつもりだった。だが、その本に決して使ってはならない禁忌の方法(・・・・・・・・・・・・・・・・)が載っていたとしたら……?」

「あ──」

 

 ようやく、私が懸念していることが伝わったらしい。レミリアはハッとしたように突然目を見開いた。

 

「それを今も母上が持ってるとしたら……? 母上は何故、1人でフランのもとに残った……?」

「………!!」

 

 レミリアは唇をわなわなと震わせ、なにかを言おうとしては言葉にならない。

 焦点の合わない瞳が見えた時、レミリアはその場を走り去っていた。

 私も急いでその後を追う。

 彼女が何処に向かったかは、分かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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「お母さま!!」

 

 私の前方を駆けていくレミリアはそう叫びながら、曲がり角に吸い込まれるように姿を消す。

 私もレミリアのそのルートを辿るように、廊下を駆けていく。

 

「…………」

 

 私は駆けながら、自分が胸騒ぎを覚えた原因を頭の中で纏めていた。

 先ず前提に置かねばならないのが、図書館にスペースの空いた棚など無かったということ。

 私が初めて狂気の本の上巻を読んだ時も棚に隙間があり、下巻だけが見つからなかったことから、その隙間には本来は下巻があったということ。

 そして、それは予め母上によって隠されたのではないかということ。

 

 何故、母上がその本を隠したのか? 

 

 狂気を解決する為に何でもするつもりだった私に、見られて困るものがあったとしたら? 

 その「私に見られたら困るモノ」というのが、人身(じんしん)供儀(くぎ)のような禁忌とされる手段だったとしたら? 

 そして、その本が今も母上の手元にあるとしたら? 

 

 

 考えれば考えるほど、嫌な予感が頭を駆け巡る。

 

 母上が1人だけでフランのもとに残ったのは、他人には見せられない手段を実行する為だったとしたら? 

 もう一冊の狂気の本を隠したのが父上である可能性もゼロではないが、この点を考えると父上よりも母上が持っている可能性の方が高い。

 

「………」

 

 心拍数が段々と高まり、息が荒れていくうちに私達は鋼鉄の扉の前に着いていた。

 

「ここだ……」

 

 相変わらず不気味な気配に満ちていた。

 灰色の扉には、紅く輝いた魔法陣が浮かんでいる。妖しさを醸し出すその光に、少しばかり冷や汗が流れていった。

 

「お母さま………」

 

 そう呟いたレミリアの口を、私は咄嗟に手をあてて塞いだ。戸惑った表情を見せるレミリアに、私はソッと耳打ちで話し掛けた。

 

 ──何か聴こえないか? 

 

「え………」

 

 2人で静かに扉に耳をあててみると、ごく僅かにだが確かに聴こえてくる。とても小さく、掠れたような声。

 

『……ぐ………ぎぃ…』

 

 自らの心臓の鼓動以外に聴こえてきた音を文字にすると、こんな感じだろうか。

 いや、他にも聴こえてきた音があった。

 それは、何かロープが軋んでいるような音だった。

 

 

 

『ギシ……ミシミシ……』

 

 

 

 ──揺れている? 

 

 

 そう思った時は、今度は水が滴るような音が聴こえてきた。それも、何処か不安定なリズムで伝わってくる。

 床に零れ落ちていった一粒の(しずく)が細かい飛沫(しぶき)へと分かれていき、虚空へと消えていく光景が脳内に流れていく。

 聴こえてくるそれらの音が頭の中で反響し合い、やがて、私のある記憶を刺激し始めた。

 

 

 ──これは、あの時の……

 

 

 私は眠っている間、ある夢を見ていた。

 それは、1人の少女が(むご)い拷問に架けられていく夢だった。

 鈍器で顔を潰され、刃物で目を抉られ、腹部を槍で串刺しにされ──

 今、耳に入って来る音には聴き覚えがある。

 

 掠れた声、ロープの揺れる音、水の滴る音。

 

 コレらは、私が夢から目を覚ます直前に聴いた音だ。この聴覚は覚えている。

 では、視覚はどうか。

 その夢の最後に私は何を見たか。

 そこに、どんな光景が広がっていたか。

 私は目を見開いたまま、朧気な記憶を辿っていく。

 

 

 

 ──………!! 

 

 

 

 その光景が脳裏に浮かび上がった瞬間、私は全力で鋼鉄の扉にぶち当たっていた。

 

「お姉さま!?」

 

 横でレミリアが驚いた声を上げるが、私はそれを無視して扉にタックルを仕掛ける。

 ゴォォォン………と重く低い音が響き渡るが、扉が壊れる様子はない。寧ろ、私の方がダメージを受けていた。

 

「ッ……」

 

 鈍い痛みが生まれた右肩を、思わず左手で押さえる。恐らく、今ので痣が出来上がっただろう。

 だが、私はそれに構わず助走を付けて扉に体当たりで突っ込んでいた。

 二度、三度、四度…………

 何度扉にぶち当たったかは分からない。しかし、何も進展が無く私の体力が削れていくばかりだというのは火を見るより明らかだった。

 現に、シャツの肩の部分が紅く濡れてきている。

 全く壊れる様子の無い扉に、これでもかと遂には拳を振り上げていた。何も効果が無かった体当たりと違って、今度は殴り付ける度に僅かな凹みが生まれるが、扉を壊すには至らない。

 鋼鉄の扉が教会の鐘のような音を鳴らす度に、拳の感覚が段々と鈍くなっていく。

 

「ハァ……ハァッ……」

 

 間髪入れずに何度も殴り続けているうちに、拳の皮が剥がれて、その下の肉が露わになっていた。

 外気に触れるだけで、ヒリヒリとした痛みが両手に宿る。

 

「お姉さま………一体何を……!?」

「………レミリア」

 

 ここでようやく、レミリアの声が意識に届く。

 これまで何度も呼び掛けていたらしいが、扉を壊すことだけに意識がとらわれていた為か全く気がつかなかった。

 

 

 ──二人掛かりなら、壊せるか……? 

 

 

 そんな心の隅に生まれた僅かな期待を抱いた私は、早口で目的を伝えた。

 私達には一刻の猶予も無いのだ。

 

「時間がない、早く扉を壊すんだ」

「え………」

「このままじゃ、手遅れになる………急げ!」

「………!」

 

 私は最後にレミリアの瞳を真っ直ぐ睨みつけた。その様子に彼女は戸惑った表情を浮かべたままだったが、私の必死の訴えに応えるようにコクリと頷く。

 そこから大きく飛び退いたレミリアは、扉に向かって両手を突き出した。その突き出された両手の平に紅い光が宿ったかと思うと、その光は水平に細長く伸びて瞬時に槍の形に姿を変える。

 

「おい……!!」

 

 私は慌ててレミリアを止めようとしたが、そのまま撃たせることにした。私がこれまで弾幕の類を使わなかったのは、中にいるフラン達を巻き込みかねないと危惧していたからだ。

 だが、身体的な力で壊せない以上は弾幕の類に賭けるしか方法は無かった。アレだけ頑丈な扉なら、部屋の中への被害は少なく抑えられるはず。

 いや、そもそも自分達が弾幕を使ったところで扉が壊れるかも怪しいくらいだ。

 

 

 

 レミリアは右手で光の槍を掲げ、半身(はんみ)の体勢のまま左手を前に伸ばして槍の照準を扉に合わせている。

 そして左脚を軽く持ち上げたと思うと、次の瞬間には右腕を素早く振り下ろしていた。

 扉に向かって一直線に飛んでいった槍は、空気を引き裂く音を撒き散らしながら一瞬で距離を詰め、扉に真っ直ぐ突き刺さった瞬間に眩い光を全方向に放出する。

 

「……!!」

 

 この空間に存在するあらゆる物体の影が細長く引き伸ばされ、視界は一瞬で真っ白に染まった。強靭な光から目を守るように、両腕を顔の前で交差する。

 そんな中、穿たれた石のように亀裂が走る音が耳に届く。私はこの機を逃さんとばかりに、自分も手の平に魔力の光を宿した。右手に宿った緑の光が細長く伸び、今度は剣の形に姿を変える。

 私は光の剣の切っ先を扉に向け、床を蹴って一気に扉に突っ込んだ。

 

「ぐッ……!!」

 

 両手に加わる確かな手応え。

 剣越しに伝わる頑丈さや扉にぶつかった衝撃が、重さとしてのし掛かってくる。

 更に眩い光に辺りが見舞われるが、亀裂の入る音は先程よりも充実してきていた。

 

「……ぉぉぉおおおあああッ!!」

 

 自分の叫ぶ声が、山彦のように辺りに響き渡る。

 火花が身体に降りかかる中、私は歯をくいしばってひたすら力を振り絞っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □

 

 

 

 

 

 

 

 全身から振り絞られる力に溶け込んでいた意識を呼び覚ましたのは、鋼鉄の扉が崩壊した音だった。

 地面に身体を叩きつけられ、肺の中の空気が一度に押し出される。

 だが、扉を破ってまでこの部屋に乗り込んできた目的を思い出し、すぐに周囲を見渡した。

 しかし、辺りは全くの暗闇に包まれており、肝心の人影がない。

 

 ──二人は何処に……!? 

 

 何度も首を左右に振って見渡しているうちに、私は一つ気付いたことがあった。

 それは、吸血鬼の視力をもってしても見通すことの出来ない暗闇であるにも関わらず、私自身の腕や脚は見えているのだ。

 コレは恐らく、生物だけが目に見える特殊な照明を使っているのだろう。だが、もしその照明を使っているなら2人の姿が見えてもいいはずだ。

 

 何故、2人の姿が見当たらない……!? 

 

 周囲をグルグルと見回しているうちに、焦燥感はどんどん加速していく。顳顬(こめかみ)の辺りに冷たいものが流れていくのを肌で感じていた時、一つの音が私の注意を引いた。

 

 

 ──雨漏り? 

 

 

 何かが滴る音が部屋に響く。

 一度ピチョンと音を立てれば、それに続いてポタポタと連続した音が不安定なリズムで聴こえてくる。

 私は意識を集中させて、音がした方向を捉えていた。右手に宿した魔力の光を照明代わりに、部屋を照らす。

 ゆっくりと手の光を回していくのに合わせて、視線を往復させる。

 右、左、右、左……

 ただ暗闇が広がるだけで何も変化が起こらない景色が広がる中、宙に浮いた何かの影が一瞬だけ視界に映る。最初はそのまま過ぎていきそうになったが、慌ててその角度に視界を戻した。

 今のは、何だったのだろうか……

 

「…………」

 

 雨漏りのような音がしたのは、その方向だった。

 再び部屋に響く音に耳を傾けているうちに、私はその音の発生源が足下であることに気付いた。手の光を床に向けたまま、ゆっくりと視界を下ろす。

 其処には、床に薄く広がる水溜まりがあった。

 部屋を照らす光源の色が緑である為、正確な色は分からない。だが、それを見た瞬間に心臓の鼓動が大きく耳に響いたことは分かった。

 

 

 床の水溜まりにたかってくる小蝿。

 水溜まりの表面に雫が落ちて広がる波紋。

 

 それらの光景が不吉な予感に拍車を掛ける。

 そして最も存在感を示していたモノが其処にあった。

 

 

 

 ──コレは……! 

 

 私の目に止まったのは、図書館から姿を消していた2冊の本だった。

 

【悪魔の生態・狂気編 上巻】

【悪魔の生態・狂気編 下巻】

 

 その水溜まりに浸かった部分がふやけて、染みに蝕まれている。本の表紙には相変わらず、ポタポタと雫が降り注ぐ。

 

 

 その雫は、何処から(こぼ)れ落ちているのだろうか………? 

 

 

 不定な間隔で零れ落ちる雫を、ゆっくりと目で辿っていく。すると、何かの影が宙で僅かに揺れていることに気付いた。

 その揺れに合わせて、ロープが何か一定の重さを吊り下げているかのように軋む音も聴こえてくる。

 

「ッ………!」

 

 その影に光を当て、恐る恐る視界を上に向けていくと、答え(・・)は其処にあった。顔を覗き出した禁忌の答えに、私は目を見開いた──

 

 

 

 

 

「………はは……うえ…」

 

 

 

 天井から吊るされたロープが母上の首に掛かっており、目を大きく見開いたままこちらを凝視していた。

 僅かに開いた唇から渇き切った舌が垂れ下がり、重力に逆らう気が無いかのようにダラリと垂れ下がった手脚の先からは、ボタボタと血が零れ落ちる。胸元には深々と刃物が沈み込んでおり、そこから溢れ出た染みが服に広がっていた。

 

 

「あ……あぁ……」

 

 掠れるばかりで、声にならない声が漏れ出す。

 空いた口が塞がらず、陸に打ち上げられた魚のようにパクパクと同じ動作を繰り返す。

 遅かった。

 何もかも手遅れだった。

 私は一度、この光景を夢で見ている。首を吊り上げられ、苦しみに呻く子供の姿を覚えている。

 その光景が、また目の前に広がっていた。

 ………母上が此処で具体的に何をしたのかは分からない。だが、フランの狂気を解決する為の禁忌に手を染めたのだということは理解出来た。

 

「……ど…どうして………」

 

 実の子ではないとはいえ、何故そこまで命を張ったのかが私には分からなかった。

 だが、その答えは直ぐに私の脳裏に浮かび上がってくる。

 

 

 

 

 ──私にとってフィル(貴女)レミリア(この子)も、ただのかけがえのない娘です。それを傷付けようとあらば、何者であろうと決して、許しはしません。

 例え、身内であったとしても(・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 かつて私を苦しめた呪いの言葉。

 幼いレミリアを傷付けた私のことを許さないのだと受け取り、私は自分が許されることのない存在だという自覚を持って、孤独への道を歩み出した。

 孤独(・・)の本当の意味を理解し、その恐怖に涙すらしたことを覚えている。

 だが、目の前の光景に呆然とすることしか出来ない今なら分かる。

 

 この時母上が指していた「身内(・・)」とは、母上自身のことだったのだ。

 

 私とレミリアが姉妹として上手く向き合えずにいたことに、母上は負い目を感じていた。

 そして、フランの狂気が暴走したあの日──

 フランの手によって、私が命を落とし掛けたことに自責の念を覚えていたのだろう。

 だから、命を捨てかねない禁術にまで手を出した。いま目の前に広がる光景は、母上が自らに抱いていた悔恨の表れなのかもしれない。

 

 

 

 

「嘘だ………嘘だ嘘だ嘘だ……」

 

 オウム返しのように、同じ言葉を繰り返す。

 状況は理解出来ても、目の前の現実を受け入れることは出来なかった。私は手の光をそれ(・・)に向けたまま、腰の抜けた状態で後退る。

 

 

 ── 一体、何を間違えた……? 私はどうすればよかった……? 

 

 

 まともに思考することが出来ない私の耳に入ってきたのは、グチャグチャとした音だった。

 またもや聴き覚えのある音に、私はただ硬直する。

 

 

 

 

 

 グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ…………

 

 

 

 

 

 不気味さと不愉快さを組み合わせたメロディが部屋に静かに響き渡る。私はその音の正体に直ぐに気が付く。

 其処に広がる光景に、私はただ恐怖に震えることしか出来なかった。そして、私が悪魔の恐ろしさを知った瞬間でもあった。

 そんな私の目に映ったのは──

 

 

 

「………ふ、フラン……」

 

 天井から吊るされた死体にしがみつき、その屍肉(しにく)を喰い千切る悪魔の名前を呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




図書館の本のくだりが伝わったかが心配です………
分からなかったという方は遠慮なく、質問してくださいませ


『ワタハム』様から頂きました!
素敵なイラストをありがとうございます!


【挿絵表示】


フィルをカービィ風にアレンジするのって、よく出来ましたね……
その発想はなかったです!!


さて、第1章もそろそろ終盤です………
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