【未完・移行予定】 紅魔の崩壊記 〜the Oldest sister of Scarlet Devil 作:平熱クラブ
もっと頻度を上げていきたいところです
因みに関係ないけど、ヘカT倒せません泣
強過ぎるわよん
母上は死んだ。
首を吊って命を絶った。
いや、正確な死因は胸元に刺さっていた刃物というべきだろう。首を吊っただけで、吸血鬼ほどの強靭な肉体を殺すことは出来ない。
絞殺自体は強大な力が加われば可能だが、自身の体重と重力に頼った縄の力だけで死に至らせることは、ほぼ不可能だ。
しかし、死に至らずともそれが長く続けば、もがき苦しむのは間違いないだろう。もしかしたら、彼女はその苦しみから逃れる為に自らの心臓を刃で貫いたのかもしれない。
あれから、5年の月日が流れた。
部屋に残された2冊の本が、彼女が自殺に至った経緯を示していた。私が目にすることはなかった下巻には、上巻には載っていなかった狂気の解決手段が載っている。
現場の状況から見て、彼女は下巻に載っていた危険な手段を試みたと思われた。恐らくだが、フランの狂気を自らの身に移し替えたのだろう。
その結果、精神に異常をきたして自らを殺めた。
その事実を裏付けたのは、部屋に残されていた1冊の日記帳だ。
それによると、フランと共に部屋に残った最初の日から例の儀式を始めていたらしい。
その旨が記されていたノートだったが、その禁術について言及されていたのは最初の方だけで、それより後は意味不明な内容が続いた。
私やレミリア、父の名前の羅列で埋め尽くされたページもあれば、自傷行為に快感を覚えて何度もそれを繰り返した体験が事細かに記されたページもあった。
ナイフで手首を搔き切る、自分の手で爪を一枚一枚剥がす、割れた鏡の破片で自らの耳を削ぎ落とす…………
そして日が進むごとに文法や文字の形が崩れていき、最後のページは最早何が書かれているのかさえ分からない。
ミミズが這ったかのような筆跡が羅列し、精神が崩壊していく過程を不気味に
母上は矢張り、禁忌に手を染めることでフランの狂気を解決しようとしていたのだ。
「フィル……」
ドアをノックする音に気付いた私は、静かに扉を開ける。その先には、かつて私が
「……分かってるとは思うが、今日は母さんの命日だ。集会所に来てくれ。皆で、アイツのことを想ってやろう……」
「…………」
気不味そうに、或いは私の機嫌を伺うように接する彼の態度に私は苛立ちを覚える。私の視線から目を逸らしたのを見て、私は眉間にキツく皺を寄せた。
「それだけか……?」
「は……」
「どうせなら、ついでに自分が犯した罪を告白して懺悔でもしたらどうだ? 『私は貴女の命を踏みにじってしまいました』とな……」
「…………」
「
私は自分が出来る限りの冷ややかな視線を送った。一方で、父親は唇をわなわなと震わせたまま何も言い返せずにいる。
──かと思えば、床に両膝をつき、私の肩に両手を置いて頭を下げていた。
「本当にすまなかった………」
「…………」
「フィル……俺は一体、どうしたらいい? どうしたら、俺は許される……?」
噛み合わない上下の歯も喉から絞り出した声も震わせながら、私に問い掛ける。
許しを乞う──というよりは、何かに対する怯えが強かった。私には、父が死を前にして醜く命乞いをする弱者に見えた。
昔、私が憧れを抱いた武家の長として名を馳せた勇敢な姿は最早、何処にも無い。それに対する失望の意味も込めて、私は肩にのし掛かった手を乱雑に振り払う。
膝をついたまま
これから向かう先は、集会所だ。
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
フランは完全とまではいかないが狂気は収まったらしい。いまのところは特に、狂気が暴走したことなど無かった。
私自身あんな目に遭った以上、フランに対する恐怖が無いわけではない。だが、私は見捨てることは出来なかった。
『あの子を、嫌いにならないであげて』
私は何故、そんなことを言うのかと聞いた。
彼女は、前もってフランの過去を母上から聞いていたこと、そして母上の残した一言が心に残っていることを理由に挙げた。
恐れて遠ざかってしまえば、
だからこそ、誰かが隣にいてやらなければならないのだと。
母上はその言葉を残して、死んだいった。
そして、その言葉がレミリアに決意を抱かせたのだ。
『あの子を……… 一緒に守ってあげて』
私は黙って頷いた。
フランを見捨てる気など最初から無かったからだ。上手く向き合えないままでいた私とレミリアの仲が改善されたのは、フランの影響が大きい。
それに、私はフランが味わった苦しみを知っている。
フランに致命傷を負わされて眠りについている間、私は夢を見ていた。宝石がぶら下がった翼を持つ少女が、ただただ
眠りについている間は思い出すことが出来ずにいたが、アレはきっとフランの記憶が映し出されたものだろう。
何故、それが夢に反映されたのかは分からないが………
フランは、母上が命を懸けて救おうとした妹だ。彼女が味わってきた苦しみを知る私には、フランを捨てることなど出来ない。それはレミリアとて、同じだろう。
だが、
母上の死亡が確認されたあの日から、フランは本当の意味で監禁された。
『
母上の死体を目にして動転した父は、先ずフランを徹底的に痛ぶり尽くした。生涯の伴侶を失った身となってしまっては、そうした怒りや憎しみを燃やしてしまうのは仕方がないことかもしれない。
だが、母上はそんなことは望んでいなかったはずだ。
彼女はフランを救う為に、その命を散らしていったのだ。それを蔑ろにする父の行動は許せなかった。
私やレミリアが何度も説得を続ける内に暴行の手は止んだのだが、彼の怒りは収まらなかった。壊れた鋼鉄の扉の代わりに、地上階へ繋がる通路に張ってあったものと同じ結界を施した。
コレで、完全にフランは幽閉された身となる。
元々はフランの精神が安定するまで地下牢に監禁するという話だった。フランの自由を奪うという点は一緒だが、毎日顔を合わせに行き、食事も必要な分は与えるという最低限の配慮を施していたはずだ。
だが、あの男は面会も許可せず、あろうことか食事も一切与えなかった。地下牢の出入口だけでなく、そこに続く通路にも多重の結界が施されていた為、私達はフランに会うことが出来なかった。
そろそろ、お分かり頂けるだろう。
あの男が一体何をしようとしていたのか。
彼はフランを餓死させようとしていたのだ。
いや、ずっと以前からフランの命を奪うつもりでいたのかもしれない。初めてフランの狂気が暴走した日、私だけでなく父も死の一歩手前まで陥ったと聞く。
その頃から考えていたのかもしれない。
何故なら、母上の死体が発見された時のフランの行動が父の思惑を表していたからだ。
あの時、フランは母上の
フランは生きる為に、母の身体の肉を食い千切った。
何故、飢えていたのか。
答えは簡単だ。
あの男が食事を与えなかったからだ。母上はフランと部屋の中にいたので、食料を与えることは出来なかった。
つまり、父は母上もろともフランを死なせるつもりだったということになる。
それでいて、母上の死を目の当たりにした瞬間にフランに怒りをぶつけていたのだ。なんと勝手な男だろうか……
結局9ヶ月もの間、フランは飢えと戦い続けた。
触れれば折れそうなくらいに痩せ細り、光がともらない虚な目を虚空に向けたまま倒れるフランの姿を目の当たりにして、ようやく自分の行いの愚かさを思い知ったらしい。
私やレミリアが何度フランの待遇を訴えようが、聞く耳を持たなかったのにもかかわらず………
フランは何とか一命を取り止めた。
だが、私と父の関係は最早崩壊していた。母も妹も殺そうとした男など、私はもう父親として見れなくなっていたのかもしれない。
私は彼と顔を合わす度に、呪詛を吐き続けた。
『お前さえいなければ、母上もフランも苦しまなかった』
彼はただ許しを乞うばかりだった。
当然、何をしようと私は許すつもりはないが。
あれだけ大柄でガッシリとした体躯を誇っていた父も、頰が痩せこけ、見る影は無くなっていた。
私の吐く呪詛が、確実に彼の精神を蝕んでいるのだろう。
いい気味だ、そのまま苦しみ続けるがいい──
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
集会所。
それは紅魔館の二階のフロアに存在し、私達はこの日だけ地下から出ることを許されていた。
教会のような造りになっており、見上げるほど高い天井まで届くステンドグラスが両側に並ぶ。横に長い椅子が4つの列を作り、3つの通路を内側に挟んで、両側にそれぞれ道を1つずつ作り出していた。
そして、中央の通路の先は巨大な槍を携えた悪魔の石像が待ち構えており、その頭上には円形のステンドグラスが浮かび上がる。
そこから、あらゆる生き物を狂わせるそうな程の静かな月明かりが差し込んでいた。
「待ってたわよ」
レミリアとフランは先に着いていた。
最前列の椅子の前に立ち、こちらを見届けている。私が其処に歩み寄ると、フランは特に私の方を気にすることなく椅子に腰掛けた。
「お父さまは?」
「……もうすぐ来る」
私はレミリアにそう言って、フランの隣に腰掛けな。それに続くように、レミリアはフランを挟む位置に腰を下ろす。
フランはただ、石像の上の窓から漏れた月光を眺めているようだった。普段は地下にいるせいか、外の景色が珍しいのだろう。
いまの彼女の生活だが、特に私やレミリアと変わるところはない。母上のおかげで狂気が大方収まり、地下牢から出ることを許された──と言っても、認められる自由の範囲は私達と同様地下のフロアに留まっているが。
それでも昔は、部屋から出ることさえ出来なかったのだから彼女にとっては大きな進歩なのではないだろうか。尤も、本人は好んで部屋に居続けることが多いようだ。
「フラン、今から此処で何をするか分かるか?」
会話が途切れて少しばかり退屈を感じたので、フランに話し掛けてみる。因みに、フランは母上が死んだ経緯も自身が養子であることも知らない。
「んー? アレでしょ? 死者を弔う的なやつ。何の意味があるのか、分かんないけど」
「ちょっと、フラン。その言い草はないでしょ。私達のお母さまの為のものなんだから」
横からレミリアが叱るように口を挟む。一方で、フランは少しばかり口角を吊り上げて言い返した。
「ふーん、何か意味があるんだ」
「そうよ」
「じゃあ、お姉さまがポックリ逝ったときはちゃんと開いてあげるからね」
「その言葉、そのまま返すわよ」
「よせ、2人とも」
「ああ、心配しなくていいよ。フィル姉さまも、ちゃんと弔ってあげるから。何なら、2人ともセットで弔ってあげる」
「「違う、そうじゃない」」
私とレミリアは声を重ねて反論する。
姉2人を振り回す妹のペースには相変わらず慣れない。一体何処でそんな煽りスキルを身につけたのか。
色んな意味で恐ろしい妹である。
クスクスと小さくフランが笑っていると、後方で扉の開く音が響いた。
「お父さま……」
「…………」
「……すまない、遅くなった」
両手に籠をぶら下げて、こちらに歩いてくる。私達を通り過ぎると、悪魔の石像の前にある台に籠を置いた。
その台に手をかざすと紅色の魔法陣が出現し、父は籠から大量の
「3人とも、こっちに来てくれ」
その声を合図に私達は椅子から立ち上がって、台の所まで歩み寄った。レミリアが籠に手を伸ばしたのを見て、フランも籠の中の薔薇を取り出して紅い光の円陣の上に置く。
私もそれに続くように、籠から薔薇を取り出した。
薔薇の数は99本。
曰く、「永遠の愛」の花言葉を持つらしい。彼なりに、母上に向けた想いなのだろう。
実に馬鹿馬鹿しい。
その想いを馳せる相手とやらの犠牲を無駄にしようとしたのは自分だというのに──
花を積み終わると、父はそこに自らの手の光を当てて魔法を掛ける。すると、薔薇そのものが紅く発光してゆっくりと霧を吹き出していく。いや、薔薇自体が霧に変わっているというべきか。
薄っすらと目に見える紅い霧は、見上げ果てる程に高い天井へと昇っていく。
これがスカーレット家に伝わる、死者への弔い方らしい。
紅い霧が天に届く間に、亡くなった者への想いを静かに馳せるのが様式として伝わっているようだ。
私も、母上を想わねばならない。
フランを救ってくれて、ありがとう。
そして、貴女を救えなくてごめんなさい。
私は父を責めてはいるが、自分自身にも怒りの矛先を向けていた。
もし、私が図書館から消えた本のことを問い質していれば──
もし、私が死にかけなければ──
後悔と怒り。
それは確実に、私の精神を蝕んでいた。それが収まるのは、私が私を許した時だろう。
つまり、永遠に鎮まることはない。
天井へと吸い込まれていく紅い霧を眺めながら、私は一生をかけてこの罪を償っていくことを決意した。
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
『どうやら、隣の街の人間が
父はその言葉を残し、私達の前から姿を消した。
三姉妹をやっとまともに会話させることが出来て満足……
「何なら、2人ともセットで弔ってあげる」
「「違う、そうじゃない」」
コレは、「弔いに意味がある」→「弔いは良いもの」とフランが勘違いしたので「弔いは喜ばしいものじゃないよ!」と2人で突っ込んだという形になります()
『【紅魔】ラルア@黒き悪魔』様から頂きました!
素敵なイラストをありがとうございます!
【挿絵表示】
去年の正月頃に頂いたイラストだったと思います。
フランに着物は似合ってますね!
……次も急がねば