【未完・移行予定】 紅魔の崩壊記 〜the Oldest sister of Scarlet Devil   作:平熱クラブ

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2週間ほど空けてしまいました……






第13話 Someone's life ends here

 

 

 

 

 

 

「くッ……!」

 

 振り下ろされた巨大な斧を、魔力で生成した剣を上段に構えて受け止める。金属同士が衝突したような音が周囲に響き、その余韻が僅かな振動となって腕を伝っていく。

 眼球から十数cmしか離れていない位置で肉厚の刃が細かく震える光景に、冷や汗が流れる。少しでも力を抜けば、剣もろとも身体を砕かれそうだ。

 何しろ、膂力(りょりょく)が凄まじ過ぎる。

 身体が潰されそうなくらいにのし掛かる圧力のせいで、足が地面にめり込むほどだった。既に(くるぶし)の辺りまでは埋まっているだろうか。

 腕の筋肉がミシミシと音を立てる中、足元のレンガの地面が砕けていく音が耳に届く。

 いつまでこの圧力に耐えられるかは、分からない。

 

 

 そして、忘れてはならないことがあった。

 

 

「ッ………!!」

 

 背筋に寒気が走ったのを感じ取り、咄嗟に剣を斜めに構えて刃を滑らせ、瞬時にその場から横に飛び退く。

 視界の端に大きな黒い影が飛び込んでくる。

 そして一瞬前まで私が立っていた位置に、振り下ろされた二つの巨大な斧の刃が深く沈み込んだ。

 レンガの地面に、二つの大きな爪痕が刻まれる。あと少しでも反応が遅れれば、私の身体は縦に裂かれていただろう。

 その事実にゾッとした恐怖を覚える。

 

 

 敵は一人ではない(・・・・・・・・)

 

 

 サッと周りに視線を向けると、首の断面に十字架が刺さった怪物の壁に囲まれているのが分かる。様子見をしているのかは分からないが、大多数が動かないまま行く手を塞いでいる。

 しかし、こうしてヒヤリと冷たい汗を流して見渡しているうちに、ジリジリと距離が縮まっていく。

 あの十字架の怪物は一体一体が凄まじく強い。それが無数に襲いかかってくるとなれば、まともに戦っても勝ち目はないだろう。

 そうなれば、逃げるより他に手段はない。

 

 だが、私に逃げ道はなかった。

 

 先程まで連中と剣を交えているうちに気付いたのだが、私は何故か飛べなくなっていた。何度宙に浮こうとしても、身体の魔力が働いてくれない。

 それに気付いた時はかなり慌てたが、目の前の状況に集中して考えるのをやめた。

 コレはかなりの死活問題だが、今はその原因を考えてる暇はない。目の前の怪物は、徐々に迫って来ているのだから。

 飛べないとあらば自らの脚で逃げるしか方法はないのだが、それにはあの怪物の壁を突破しなければならないのだ。

 

 

 しかし、問題はもう一つあった。

 

 

 

「うぐッ………!?」

 

 針が刺さったかのような痛みが目を走り、手で押さえながら片膝を地面についた。

 

 ──な、何故………

 

 何故かは分からない。

 あの怪物の十字架を見ていると、急に目が痛みだすのだ。

 鋭い痛みは鈍い痛みへと変わっていき、眼球を握り潰されるような激痛が眼孔の中で強く疼く。

 

 

 

 

 十字架には、魔を祓う聖なる力が宿ると言われている。

 だが、それは半分迷信だ。

 その聖なる力とやらは、信仰心のある者にしか実感出来ない。当然だが、悪魔の中に神の力を信じる者など存在しない。

 

 つまり、十字架は事実上悪魔に対して何の効力も持たないのだ。

 

 例外的に十字架が力を発揮するのは、元・人間の悪魔がそれを見た時のみである。人の心を忘れて悪魔に成り果てた者が、十字架を見ることで懺悔の心が生まれ、それが悪魔としての自我を攻撃して苦しみだす。

「聖なる力」の種明かしをすれば、こうした理屈の元に成り立っている。

 

 悪魔であっても信仰心を抱いていれば何かしらの影響が出るのかもしれないが、私は何の信徒でもないし、元・人間の悪魔であるはずもなく生粋の吸血鬼だ。

 

 だから、十字架など効くはずがない。

 そのはずだった。

 そのはずだったのだが、十字架の影響が現にこうして現れている。眼球に走る鈍痛は、私の意識を蝕み続けていく。

 

 一体、何故? 

 

 何度繰り返したか分からない、自問自答。

 いま起きている事実に混乱し始めるが、僅かに残った理性が警鐘を鳴らす。

 

 ──いまは、それどころじゃない………

 

 それに応えるように、私は自分の胸部を拳骨で叩いて思考を無理矢理打ち切った。

 

「かッ………」

 

 いまは原因など、どうでもいい。

 ここを生きて出る手段を考えねば。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □

 

 

 

 

 

 

 

 周囲を囲む全ての敵を倒さなくとも、一つの方向に全力で突っ込めば退路は確保出来るかもしれない。確定的な手段ではないが、これ以外に考えは浮かばない。

 いや、寧ろそれをやらねば、この状況を打開する策は本当に何も無くなってしまう。

 呼吸を落ち着かせる為に、ゆっくりと息を吸い、ゆっくりと息を吐き出す。

 

「ル"ル"ル"ル"ル"ル"ル"ル"…………」

 

 不気味な呻き声と息遣いが、こちらの耳元までハッキリと届く。

 あの怪物の正体は、一体何なのだろうか? 

 そう考えながら、サッと周囲を見渡した。この広場は建物に円形に囲まれた地形となっているが、そこから放射状に幾つかの通路が伸びている。

 怪物の壁の向こうに通路が伸びている方向を確認すると、私は再び魔力の剣を構え、片足を後ろに引く。

 僅か数秒間の沈黙の中、私は一、二の三と呼吸のリズムを調整していた。

 

 敵は強い。

 だからこそ、集中力を極限まで高めねばならない。

 

 少し膝を曲げて脚に力を溜めると、思いっきり地面を蹴って10m近くある距離を一気に詰めた。

 空気抵抗となって顔を叩きつける風圧の中で、進行方向上にいる一体の怪物に標的を絞る。スピードを残したまま剣を全力で斧に叩きつけると、真っ二つに折れて細かい破片が宙を舞う。

 そして、無防備になった怪物の隙を見逃さなかった。

 

「ああぁッ!!」

 

 両脚でブレーキを掛け、上体に残ったスピードを利用して腕のスイング速度を上げる。一度振り下ろした剣を、今度は左下から右上にかけて斜めの線を描くように振り上げた。肉の断面に何の抵抗も走らず、光の剣の刃はサックリと怪物の身体を引き裂いていく。

 

 

 この一つ一つの瞬間を、私は目で捉えていた。

 故に、決して見たくもないものがハッキリと見えてしまっていた。

 

 

 脇腹から反対側の肩にかけて断裂が入ると、その断面から肉片や血が吹き出して宙を舞う。

 ここまでは何ともない。

 だが、その中に混じってあるモノが飛び散っていた。

 

「ッ……!!!」

 

 

 

 ムカデ。

 ゲジ。

 クモ。

 ゴキブリ。

 ハサミムシ。

 

 

 人間も悪魔も問わず、嫌悪の目を向けられる不気味な虫達が身体の断面から噴水のように吹き出していた。

 大量の虫で構成された真っ黒な霧が激しく噴射される。

 宙でウネウネと胴体や何本もの脚を無秩序に揺らし、地面に不時着してから四方八方へと虫が素早く散っていく。

 中には着地の際に身体が弾けて内臓が飛び散った個体もいたようで、ネットリとした体液が地面のレンガの隙間に染み入っていた。

 全身の産毛が逆立つようなグロテスクな光景に、私は思わず顔を引きつらせる。そこから慌てるように後方に飛び退いた時にはもう遅かった。

 

「がふッ………!!」

 

 私が叩き斬ったものとは別の個体の怪物が、斧を水平に振り払っていた。巨大な刃先が私の右の脇腹に深く食い込み、私は血を吐きながら大きく投げ払われた。

 着地の体勢を取れずに、地面にドサリと横たわる。

 

「あッ……くぁ…」

 

 呼吸が出来ず、紅い切れ込みが入った脇腹を押さえたまま胎児のように疼くまった。ドクドクと流れ出す血は止まらず、服が真っ赤に染まっていく。

 脇腹を火炙りにされたような灼熱の痛みが強く根を張り始める。

 この時点で、私はもう戦う気力を失っていた。

 

 

 状況を放棄して、今すぐ帰りたい。

 父を追って、ここまで来るべきではなかった。

 

 

 叶わぬ願望と、取り返しのつかない後悔。

 色々な雑念が混じり合う中、激痛による脂汗がダラダラと額を流れていく。

 しかし、痛覚も何もかもが消え去るような光景が一瞬だけ視界の隅に入る。

 私はそれに気づいて咄嗟に横に転がろうとしたが、コレも既に遅かった。

 

 

 

 

 

 

 

 ゴキッ

 

 

 

 

 

 

 無機質な音が聞こえたかと思えば、左腕の感覚が無くなっていく。同時に肩の部分も火が纏わり付いたかのような感覚が、じんわりと広がり始める。

 肩に目を向けて見れば、腕ではなく、血がベットリと付着した斧の刃が映る。

 

 ──私の腕は……? 

 

 何が起きたのか分からなかった。

 視界を遮っていた斧がゆっくりと持ち上げられていき、見渡しが良くなり始めたところで『答え』が顔を覗く。

 

「あ……あぁ…」

 

 その『答え』が見えた瞬間、左肩に感じた痛みが格段に強くなる。そして、その痛みは絶叫となって溢れ出した。

 

 

 

 

「あ"あ"あ""あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ""あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ""あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ""あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ""あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ""あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ""あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ""あ"あ"あ"あ"あ""あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ""あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ""あ"あ"あ"あ"あ""あ"あ"あ"あ"あ""あ"あ"あ"あ"あ""あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!!!!」

 

 

 

 

 辺りに断末魔のような咆哮が響く。

 その叫びに反応するように、斬り落とされた左腕の指がピクリと僅かに動く。

 痛みが何なのかすら分からなくなるほどに痛い。

 痛い。

 とにかく痛い。

 痛い。

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い…………

 

 

 

「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!!!!」

 

 

 痛みに呻く絶叫は止まらない。

 燃え滾る激痛に、神経が焼き切れそうだった。

 肩の断面を押さえた手の指の隙間からは、絶え間なく血が溢れ出る。ほんの僅かな時間で大量に血が流れた為か、呼吸のリズムがおかしくなる。体温が下がってきているせいか、寒気が酷くなっていく。

 視界の隅に漆黒の影が映るが、段々と見えなくなっていく。既に、この眼は白黒の世界しか映し出せていない。

 視界が狭まっていくのと同時に、灼熱が迸る痛覚が残ったまま意識が次第に薄れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……き…ろ」

 

 不安定な意識の中に、聴き慣れた声が届く。

 少しずつ意識が形を取り戻していくが、覚醒にはまだ至らない。

 

「おきろ」

「………」

 

 一瞬だけ視界が開くが、不明瞭な景色が広がるだけだった。もう一度目を閉じると、再び声が届く。

 

「起きろ」

 

 身体の感覚が戻ってきたかと思うと、私は肩を揺さぶられているのが分かった。前後に首が揺れる不愉快な感覚に、ようやく意識が目覚め始めた。

 

「こ……こ…は」

 

 徐々に明確になっていく視界に映ったのは、父の顔だった。

 

「………」

「やっと、目が覚めたか」

 

 私は石造りの小さな部屋の中で、ボロボロになった木の寝台に寝かされていた。そのわきで、父は椅子に座りながら、こちらを見つめている。

 私はガバリと起き上がり、父に向き直った。

 

「なぜ、アンタがここに……?」

 

 私は朧気な記憶を辿りながら、父に問い掛ける。私は先程まで『トールガーデン』という街にいて、そこに十字架の怪物に囲まれ──

 

「腕……?」

 

 私は自分の目を疑った。

 斬り落とされたはずの左腕が元に戻っていたのだ。

 

「俺が治癒術で治しておいた。調子はどうだ……?」

「………」

 

 試しに拳を握ったり手を開いたりするが、特に問題なく動く。肩を回してみても、コレといった異常は見つからない。

 

「……特に問題ない」

「そうか……それなら、よかった」

 

 この口ぶりだと、私が倒れているところを助けに来たのだろうか。彼がホッとしたように短く息を吐いたのを見逃さなかった。

 

「それでフィル……何故、お前が此処にいるんだ?」

「それは、私がアンタに聞きたい質問なんだがな。まあいい……この際だから全て話してやる」

 

 

 私は包み隠さず、この街を訪れた経緯を話した。

 

 

 街の陥落の為に出掛けた父が、実は私達を人間のエサにして自分だけ逃げたのだと疑ったこと。

 レミリアやフランには紅魔館に残るように伝え、そこの防衛を任せたこと。

 そして、危険を感じたら直ぐに逃げるように言っておいたこと。

 父を追って街を訪れると、人間が誰もいなかったこと。

 教会の鐘の音が鳴った直後に十字架の怪物に囲まれていたこと。

 

 

 その間、父は黙って聞いていたが、話が終わると椅子から立ち上がった。

 

「そうか……お前が俺を疑うのも無理はないな」

「……それで、真相はどうなんだ? アンタは本当にこの街を攻め落とすつもりだったのか?」

 

 私は全てを話したが、父への疑いが消えていたわけではない。睨み付けるように、強い視線を向けていた。

 

「……ここにいる以上、嘘のはずがないだろう。大体、ホントに見捨てるつもりなら、こうしてお前を助けていない」

「………」

 

 ……まあ、彼の言うことには一理ある。

 私を助けたということは、彼もあの怪物の群れと接触したということだ。本当に自分の身の為だけに動いていたのなら、わざわざリスクを犯すような真似はしないだろう。

 紅魔館を攻められる前にこの街を陥落させようと動いていたという彼の狙いは本当だったのかもしれない。

 

「……それより、ここはどこだ? 人間が誰一人として見当たらない……」

「………」

「ここは、ホントにトールガーデンなのか……?」

 

 しばらく彼は口を閉ざしていたが、険しい表情を浮かべながらゆっくりと開いた。

 

「あぁ、ここは間違いなくトールガーデンだ」

「………」

「だが、俺達は罠に掛かった」

「罠……?」

 

 そう聞き返す私の手を彼は引っ張り、私はそれに従って立ち上がる。そこから父がドアを開くいて、外に出る。その背を追うように私も続くと、見覚えのある風景が其処に広がっていた。

 

「コレはトールガーデン本来の姿ではない。人間達は、いつ吸血鬼が襲って来てもいいように街そのものに罠を張っていた」

 

 濃淡に差があれど、血を塗りつぶしたような空が視界いっぱいに広がる。それと調和するように、どす黒い雲が空を流れていた。

 

「それで、その罠というのは……?」

「………分断された現実(セパレート・リアリティ)だ」

「……!」

 

 聞き覚えのあるワード。

 それは、現実の中に紛れた非現実の世界。

 現実に存在しないはずの空間はそう呼ばれており、現実の空間とは分断された位置に存在するのだという。

 だが、何らかの方法で現実の世界と繋がることがあるらしい。

 かつて私が伯父の鍛錬を受けていた、紅魔館の地下に存在する『星の間』もその一種だ。

 

 まさか、そんな空間が人間の街に存在するとは……

 

 いや、この街には『魔導師団』なる魔法の扱いに長けた人間がいるのだから、有り得ないことではない。

 何らかの魔法により、この空間へのアクセスを築いたのだろう。

 ここが現実に存在しない空間だというのなら、人間が誰一人いなかったのも頷ける。私が飛べなくなっていたのも、この空間の仕掛けだと思えば何の不思議もなかった。

 そして、異形の怪物が蔓延っていたのも………

 

「……それで、この罠は何が目的なんだ? 部外者を街に辿り着かせないようにする為か?」

 

 罠には、何かしらの狙いがある。

 こんな大掛かりな罠を仕掛けたのなら、嫌な予感がしてならなかった。

 

「それもある。だが、1番の目的は迷い込んだ者を手取り早く殺すことだ」

「……さっきの怪物みたいにか?」

「それもあるな。でも、もっと楽に殺せる方法がある」

 

 父はそこでピタリと足を止めて、私の方に振り返った。こちらからは、父が真っ赤な月と重なって紅いシルエットに見えるせいか、異様な光景に見えていた。

 

「実は、この空間は精神だけを迷いこませているんだ。つまり、俺達の肉体は外に置いていかれている」

「………まさか」

「取り残された肉体を殺されれば、我々は死ぬ。そうでなくとも、精神が肉体から離れる時間が長過ぎると死ぬ」

「………」

 

 父は決して表情を変えることなく、衝撃の事実を伝えた。私も特に表情を変えていなかったが、内心ではかなり動揺していた。

 恐らく、街を覆っていたあの霧が入り口だったのだろう。

 その中に入った時から、私の肉体は何処かで倒れているのだ。いまの私の身体は、精神に刻まれた記憶によって構成された仮の姿なのだろう。

 しかし、取り残された肉体が殺されれば私の存在は消える。そして肉体から精神が分離する時間が長過ぎても、待っているのは死。

 

「ここから脱出する方法はあるのか?」

「………」

「いま我々が助かる為の唯一の手段は、この空間から抜け出すことだけだ。それ以外の方法を試したところで、待つのは死のみ。」

 

 父は距離を詰めて、私の肩にソッと手を置いた。

 

「よく聞け、フィル。お前のはいごの通路を真っ直ぐ進んでいけば、すぐに出られるはずだ」

「……本当か?」

「あぁ、間違いない。この空間の出口は入口と同じだ。入ってきたところを通れば、外に出られる」

 

 確かに、ここは私が初めに迷いこんだ時に見た景色が広がっていた。奥に、この街の入り口であるアーチ状の門も遠くに見える。

 

「この空間を出れば、取り残された肉体に意識が戻る。そうしたら、直ぐに館に戻れ、いいな?」

 

 父は膝を屈めて、視線を私と同じ位置に合わせた。こちらの目を覗き込んで、しっかりと確認を取ってくる。

 

「アンタは……どうするんだ? 一緒に来ないのか?」

 

 私の問いに、父は一瞬だけ表情が険しくなる。

 しかし、直ぐに返答を示した。

 

「俺は別の所から入ってきたから、そこからでなければ出ることは出来ない………お前は早く行け」

 

 父の真っ直ぐな視線に、私は思わず頷いた。

 肩に置かれた手をソッと払い、私は向きを変えて歩き出す。そこから10秒もしないうちに、背後から声を投げ掛けられた。

 

「フィル」

 

 その声に、私はゆっくりと振り返る。父は少し、バツの悪い顔でこちらを見ていた。

 

「母さんとフランのこと…………すまなかったな」

「…………」

「だが……罪滅ぼしになると思ってるわけじゃないが、お前を救うことが出来て良かった………」

 

 彼が何を言いたいのか分からず、私はただ黙っていた。

 ほんの数秒間の沈黙が流れるが、父の声がそれを破る。

 

「行ってくれ………」

 

 彼がそう言うと、地面から灰のようなものが舞い上がり始めた。同時に、何かがベリベリと剥がれる音が其処彼処から聞こえてくる。

 周囲を見渡すと、レンガ造りの壁がめくれて錆びれた金網に変化していた。街全体の建物が、錆に彩られた牢獄へと姿を変えていく。

 視界全体が灰色に染まっていく中、父はまだそこに立っていた。

 

「もう時間がない。行け……!」

 

 段々と灰が濃くなっていき、父の姿は影しか見えなくなる。

 私は再び向きを変え、門に向かって走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……た……てよ」

「そ……かい?」

 

 ガヤガヤとした喧騒。

 周囲に集まっているのは誰だ? 

 そう思って、私は目をゆっくりと開いた。

 

 ──ここは……? 

 

 まず、自分の状況を理解するのに時間がかかる。私は高台らしき床にうつ伏せで転がっていた。

 腕は………背で縛られている? 

 いや、そもそも身体が動かない……

 そして、眼下に広がるのは沢山の人だかり。

 

 ──人間? 

 

 この時点で嫌な予感がした。

 そして、その予感は直ぐに的中する。

 

「おぉ! やっと目が覚めたみたいだぜ!」

「本当か! どれどれ……」

 

 私の前に屈みこんできたのは、2人の中年の男だった。

 

「よぉ、寝坊助(ねぼすけ)嬢ちゃん! アンタ、そんな見た目でも吸血鬼なんだってな?」

「ッ………!!」

 

 誰だ、お前は!! と叫ぶつもりだった。

 しかし、声が出ない。

 何度か口を開こうとパクパクさせるが、陸に打ち上げられた魚の真似になっただけだった。

 

「おっと、今のアンタは喋れないし動くことも出来ないぜ! 何故なら、ちょっとした細工を仕込んでおいたからな!」

「………!」

 

 その男の言う通り、私は指一本動かすことは出来なかった。自分の意思と神経の伝達路が遮断されてしまっているかのようだった。

 

 

 ──最悪だ………

 

 

 コレはもう、間違いない。

 私は人間に捕まったのだ。

 私が異界にいる間に、取り残された肉体が人間の手によって捕獲されていたのだろう。

 だが、ここで1つ疑問が浮かび上がる。

 何故、私の肉体を見つけた瞬間に殺さなかったのか? 

 私の精神が肉体に戻る前に殺した方が、人間にとっても好都合のはずだ。その方が、簡単に殺せるのだから。

 先程の口ぶりだと、私の意識が戻るのを待っていたかのようだった。それまで私の肉体を生かしておいたことに、何の意図があったのだろうか……? 

 

 

 

 

 その答えは直ぐに明らかになった。

 

 

 

「ちょうどいい!! 嬢ちゃんに見せたいものがあってよ! その為に、俺達はずっと待ってたんだよ」

 

 私の前に屈み込んだ男は興奮した口調で、意気揚々と語り出す。

 

「オーイ!! 吸血鬼が目を覚ましたぞ! アレを用意してやれ!!」

 

 男は、いま立っている高台の上から眼下の人間達に向かって大声で話し掛けた。

 すると、1人の人間が広場の後方へと向かっていき、大きなシートで包まれた柱のようなものの前で歩みを止めた。そこに辿り着くと、チラリとこちらを振り返ってコンタクトを取る。

 高台の男は、コクリと頷いて合図を送った。

 そのサインと同時に、柱に覆い被さっていた布が一瞬で取り払われる。ふわりと宙に浮いた布は、やがて地にゆっくりと落ちていく。その布には、赤茶色の染みが広がっていた。

 

「アレが何か分かるか?」

 

 私の近くに立っていた男が、柱の先端を指差した。

 そこに目を向けると、何かが刺さっているのが分かる。

 意識が覚醒したばかりか、まだ視界が不明瞭だった。しかし、何度か瞬きを繰り返しているうちに、徐々に視界が晴れていく。

 同時に、その柱の先端に刺さっているものも明確になっていった。

 

「…………!!」

 

 それを目に捉えた瞬間、私の心臓は大きく跳ねた。

 

 

 

『母さんとフランのこと、すまなかったな……』

『お前を救うことが出来て良かった……』

 

 

 私はこのとき、彼が残した言葉の意味がようやく理解出来た。

 

 

 ──まさか………

 

 

 彼がこの街に来た本当の狙い。

 その答えを示したのは、串刺しにされた父の頭部だった。

 

 

 

 

 

 





【挿絵表示】


『王者スライム様』から頂きました!
素敵なイラストをありがとうございます!
過去2話分がレミフラだったので、それに続いて着物姿のフィルを載せさせて頂きました!


第1章は次でラストです。

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