【未完・移行予定】 紅魔の崩壊記 〜the Oldest sister of Scarlet Devil   作:平熱クラブ

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2週間弱ぶりです……
発熱39.4℃という人生最高記録を叩き出して寝込んでしまうというハプニングがありましたが、何とか体調も戻り、執筆も完了させられました……!
さて、今回で第1章ラストです。








第14話 悪魔は笑う ※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何故……? って、顔だな。ありゃ、間違いなくお前の親父さんよ」

 

 男はそう言うと、腹に手を押さえて笑い声を上げた。

 私の視線の先には、串刺しにされた父の頭部があった。

 痛々しい程までに針で縫われた瞳と、グッパリと耳元まで裂けたように開いた口からは赤黒い血が流れ出し、首の断面から溢れた血は柱を紅く蝕んでいく。

 男の言う通り、私は驚愕に満ちた表情を浮かべていたのだろう。どうやら、この身体に掛かっている制限とやらは表情筋までは抑えることは出来ないらしい。

 自分でも、顔が引きつっているのが分かっていた。

 

「一つ、教えといてやるよ」

 

 顔が強張ったままの私に、男は話しかけた。

 

「アンタが迷い込んだ空間だがな、アレを抜け出すことが出来るのは1人だけなんだぜ?」

「…………」

「まあ、親父さんは自分を犠牲にしてまで娘を救いたかったんだろうよ。その娘とやらもすぐ死んじまうってのに………悪魔って奴も馬鹿なんだな」

 

 

 

 

 ──やはり、そうだったか…………

 

 

 斬り落とされた父の頭部が示していた答えは、コレで確実なものになった。

 彼は嘘をついていた。

 この街に来たのは制圧の為ではない。そして、私達を人間の餌にするつもりも最初からなかった。

 

『母さんとフランのこと、すまなかったな……』

 

 彼は、自分の命を絶つ為にこの街に来たのだ。

 

 

 母上が死に、フランが本格的な幽閉を受けてから、私と父の仲は険悪なものになっていった。彼が自らの行いに後悔の念を抱こうが、私はひたすら呪詛を吐き続けた。

 母上が命を捨ててまで守ったその命を消そうとした父への怒りが、私の憎悪を掻き立てたのだ。その憎悪に取り憑かれた私はいつの間にか、父が精神的な苦しみに苛まれる姿を求めていた。

 (あやかし)とは、精神に重きを置く存在だ。

 私の向けた憎悪が確実に彼の精神を蝕んでいたのだろう。

 後悔と自責の念。

 それらが加速していき、やがて鬱になった。頰が痩せこけ、虚ろな目には光が宿らなくなっていた。そして、私の顔を見かける度に懺悔の言葉を吐くのが習慣になる。

 その度に、私は軽蔑の目と侮蔑の言葉を向けた。

 そんな日々を送るうちに鬱症状が悪化し、やがて精神に異常をきたした母上と同じ道を辿ることになった。

 

 自殺の方法を考えた結果、この事件が起きたのだ。

 

 そもそもの話、彼は自分が罠に掛かったという自覚があり且つ、それがどういう罠なのかを理解していた。この事実からも、彼は自ら首を差し出すつもりだったことが分かる。

 彼の口ぶりからして、あの空間のことは事前に知っていたはずだ。異界に迷い込んでから自分の状況が分かったというのは不自然な気がする。

 確かにあの世界が普通の世界と違うことくらいは分かるだろうが、それが罠だということや、その罠の仕組みに気付けるものだろうか? 

 人間達が罠を仕掛けたことを事前に知り、それを使って命を断とうとしたに違いない。

 

 敢えて人間の手に堕ちることで、その生涯を終えようとしていたのだ。彼は心の底から、自身の行いを後悔していたのだろう。そして、文字通り自分を殺すほどに自分を責めていた。

 だから、最期にフランと母上について謝罪を述べたのだ。

 

 

 

 ……コレが、父がこの街に来た来た答えだった。

 

 

 私が彼を追って来たのは、本人にとってかなり予想外だったに違いない。1人でヒッソリと死ぬつもりだったところに、娘がやってきたのだというのだから。

 

 

『お前を救うことが出来て良かった……』

 

 

 あの空間から抜け出すことが出来るのは1人だけ。そのたった1つの枠を私に譲ったのだ。

 彼は、私に対して深く負い目があった。

 だから、最低な父親でも最後の最後に親らしく子を救えたことが嬉しかったのかもしれない。

 

 

 

 ──私はまた………

 

 

 

 感情に身を任せるばかりで周りが見えていなかったのは、私の方だった。結局私は、幼稚な子供でしかなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「おぉい、なに落ち込んでだ? お楽しみはこれからだぜ?」

 

 

 そう言いながら、男は私の髪を掴んで頬を叩いた。バチバチッと音が鳴る度に、顔が刺激に覆われる。

 ……実に不愉快だ。

 せめてもの抵抗と言わんばかりに、その男を睨みつける。持てる限りの殺意を視線に込めたつもりだった。

 しかし、男はそれを一笑に付す。

 

「そんなに怖い顔するなよ、なぁ……?」

「がッ………!?」

 

 声が出ないはずの喉から、呻き声が漏れる。

 背筋に刃物が沈み込む感触が走り出す。肉の断面と刃の表面が擦れ合うことで、不快な痛みが神経を伝ってくる。

 しかし、どんなに強い痛みが襲おうが、それにもがくことすら出来ない。身体が麻痺してるのか、指の一本も動かせないのだから。

 動けたとしても、精々身体を痛みに震わす程度だ。肉体の反射的な動作しか行えない。

 その痛みを堪えるように脂汗を流していると、第ニ波が来た。

 

「ッは………!」

 

 グシュリ、と何かが潰れるようなら音が耳に届く。

 今度は、先程よりも傷が深かった。

 背に食い込んだ刃物が、内臓まで届いているのが分かる。刃物が深く沈み込むほど、刃先が臓物を裂いていく。

 その証拠に、私の口から血が溢れ出していた。

 体内の出血が喉を逆流してきたのだろう。唇の両端から流れた血が顎を伝って、地面に零れ落ちていく。

 

 ──く、クソ……!! 

 

 心の中で罵倒するが、状況は何も変わらない。

 いや、寧ろ悪化の一途を辿っていた。

 

「かぁ……ぁぁ………」

 

 内臓に達した鋼鉄の物体がグリグリと掘り始め、内臓が掻き乱されていく。内臓が荒れ始めたのに比例するように、吐き出す血の量も増えていく。

 身体の芯から燃え滾るような痛みが、身体の末端まで広がり始める。グチャグチャに荒らされた傷口が、火のような熱を帯び始めた。

 どうやっても逃れることの出来ない痛みに、意識が焼き切れそうになる。しかし、その朦朧とし始めた意識は再び痛みによって覚まされる。

 

「……ご…ぶッ…………」

 

 弱々しく掠れた声と共に、ゴボリと赤黒い血が口から溢れ出す。背に刺さっていた刃物が肉を突き破るようにして、腹部から突き出していた。

 身体を刃物が貫通したという事実の認識に、ゾワリと汗が一気に吹き出し始め、同時に痛覚も更に敏感になる。

 背と腹を同時に火で炙られたような、いや、内臓そのものが燃え滾っているかのような痛みに神経が貫かれる。

 

 

「……さて、そろそろあっちの方も進めようかな」

 

 焼かれるような痛みに呻く私に構わず、男は呑気にそう言った。痛みを堪えながら視線を前方に移すと、いつの間にか景色が変わっていた。

 広場の中央に、二本の柱とその間に掛かったロープが置かれ、そこからは何かの肉塊ぶら下がっている。

 頭部のない身体。

 首の断面から滲み出た血が服の色を染め、両脇を抱えるように掛かったロープで吊るされている。

 それが誰の亡骸なのかはもう、言われなくても瞬時に理解出来た。

 

 アレは、父だったもの(・・・・・・)

 

 服装や肩幅の広さからして、間違いない。

 何より、あの黒く大きな蝙蝠の翼は確かに父のものだった。

 広場の人間達が異様に騒々しい。

 かと思えば、真っ黒な長手袋とエプロンのような前掛けを身に纏った男が巨大な(ノコギリ)のようなものを持って、父の亡骸に歩み寄った。

 

 ──あの服装、何処かで………

 

 黒衣の男が台に乗り、肩がぶら下がった父と並ぶくらいの高さに立つ。ここで、顔まで布で覆ったもう1人の男が現れ、父の両足をしがみ付くようにして固定した。

 それを確認した男が鋸を構えると、父の腰のあたりに静かにあてる。そして、鋸をそのまま前後に引き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 後悔の念を覚えた時は、いつも手遅れだ。

 そして、絶対に取り返しがつかない。

 もし、私が彼を許していたら未来は変わっていただろうか? 

 

 ──やめろ……

 

 彼は本気で悔いていた。

 ならば、許してもよかったのではないだろうか? 

 そもそも私は本当に怒りを覚えていたのか? 

 フランの幽閉を口実に、ただ彼の苦しむ姿を見たがっていただけではなかったのか? 

 

 

 

 

 父の亡骸から血が滴る度に、観衆から歓声が上がる。死体の腹部を裂いていた鋸は既に、7割程刃が進んでいた。

 あと僅かで、身体が真っ二つになるだろう。

 

 

 1人の吸血鬼が虐げられ、周囲がそれを嘲笑う。

 私はそんな光景を何度も見てきた。

 私は悪魔として、出来損ないだった。

 悪魔という言葉が最も似合わない真っ白な翼に、一片の妖しさも感じられない緑の瞳。

 故に、私は幾度となく忌避の目を向けられ、理不尽な暴力の前に跪かされた。

 

 

 父の血で染まっていく黒衣の男の姿が、私の頭に電流のような衝撃を与えた。

 思い出したくもない光景が脳裏をよぎるなか、更にもう一つの光景が瞼の裏に蘇り始める。

 

 

 ──アイツだ………

 

 

 フランドール・スカーレットは血の繋がった姉妹ではない。人間の手に囚われ、拷問を受け続けていたところを両親に救われた義理の妹だ。

 そして、私が暴走したフランの手によって昏睡状態に陥っている間、夢を通す形で彼女の過去を見続けていた。

 吸血鬼の少女がただただ虐げられ続けるという内容。

 あの時、何故フランの過去が夢として見ることが出来たのかは今でも分からない。

 血が染み込んだ数本の鎖が垂れ下がる天井に、血飛沫(ちしぶき)や腐った肉片が散らばった床。空気に混じる血の匂いや蒸気が妙に現実味を帯びていたのを覚えている。

 そして、そのフランを拷問していた二人の男。

 

 

 

 

 そのうちの1人がいま、父の亡骸を刻みこんでいた。

 

 

 

「もうすぐだ……!!」

「どけ、よく見えねぇ」

 

 観衆が、父の身体が分断される瞬間を待ちわびる。

 醒めやらぬ興奮が、この広場を覆っていた。

 ギチギチと不気味な音を立てる鋸が端に向かって進む度に、血が吹き出す量も増えていく。

 そしてついに、下半身が重力に引っ張られるように肉の繊維が引き千切れて地面に落下した。

 ドチャリと音を立てて地に落ちた下半身の断面からは、栓が外れたように血の池を作り始め、ロープで吊られた上半身の肉塊からは腐った臓物がずれ落ちていく。

 父の身体が真っ二つになった瞬間、観衆は熱狂の嵐に包まれた。中には残酷な光景から目を背けようとする人間もいるが、結局は好奇心に負けてチラチラと眺めていた。

 

 

 ──やめろ………

 

 

 地に倒れ伏せたまま、私はただ見ていることしか出来ない。刃物で地に縫い付けられるように腹部を串刺しにされたまま、動くことが叶わない。

 いつしか、傷口から溢れ出した自分の血に私は沈んでいた。

 

 ──もう、それ以上苦しめるな……

 

 自らの血に沈みながら、私はただ後悔していた。

 彼はもう、散々苦しんだのだ。私にそんなことを言う資格は無いのかもしれない。

 だが、もし過去に戻れるのなら私は間違いなく彼を許していただろう。そうすれば、彼も自分の命を断つ気にはならなかったはずだ。

 しかし、どれだけ悔いようが時間は1秒たりとも戻らない。

 私は、レミリアとフラン(あの子達)の親を奪ってしまった。

 私にとってどれだけ憎い存在だろうが、あの二人にとってはかけがえのない父親だったのだ。

 母上は既に亡くなり、それに続いて父までもが命を落としてしまった。

 そして、私もこのままではいずれ殺されるだろう。

 あの二人は、これからどうなってしまうのだろうか……? 

 

 

 ──レミリア・スカーレット

 

 私が嫉妬と憎悪に駆られても尚、レミリアだけは私を見捨てようとしなかった。正直言って、彼女の顔を見るだけでも罪悪感で苦しくなる。ここまで私に心を許してくれる存在に、かつては嫌悪のあまり怒りをぶつけてしまっていたのだから。

 もし、あの時の罪滅ぼしが出来るなら私は何をしていただろう? 

 

 

 

 

 ──フランドール・スカーレット

 

 私がレミリアと距離を縮めることが出来た大きなキッカケとなった存在だ。彼女がいなければ、私達は姉妹としての時間を共に過ごすことはなかっただろう。

 かつて狂気が暴走し、私は命を落としかけた。

 だが、アレはいま思えば当然の報いだったのかもしれない。レミリアを苦しめてしまった過去の行いへの報い。

 もし、それでほんの少しでも罪を償えたことになるのなら、そのことについても彼女に感謝しなければならないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 私はあの二人から父親を……いや、母親も奪ってしまった。

 もし、例の狂気の本が下巻だけ無くなっていることを問い詰めていたら? 

 あの時、母上が禁忌に手を染めようとしていることに気付けていたとしたら? 

 たしかに、これは単に私の責任を突き詰め過ぎているだけで、あの事件は元々どうにもならないシナリオだったのかもしれない。

 だが、もし、万が一にでも気付けたとしたら………という話になれば、彼女の考えに気付くことが出来た可能性が私にあったことは否定出来ない。

「救えたかもしれない」可能性があった事実だけは決して変わらない。

 

 

 

 ──やめろ………私を二度も……

 

 

 観衆は相変わらず、歓声の渦に包まれている。

 そんなに吸血鬼が死ぬのが嬉しいのか。

 例え、それが誰かの父であったとしても……。

 そんな私の疑問など全く眼中に無いように、彼らは盛り上がっていた。中には、小汚い硬貨を亡骸に向かって投げつける者もいた。

 人間にとって、死は見世物なのだろう。

 側にいた拷問官は、今度は父の腹を縦に裂こうとしていた。拷問用の刃物を手に取った瞬間に、観衆の声が更に盛り上がる。

 

 

 ──よせ………

 

 

 私の思いなど無視するように、手際よく作業を進めていく。

 首と下半身が無くなった肉塊の中心に紅い線が引かれ、そこから同じ色の液体が染み出してくる。

 

 

 ──私を二度も………親を殺した娘にするつもりか……

 

 

 ボタボタと零れ落ちる血に、広場一帯が熱狂と興奮に包まれる。残酷な光景を目にすることに喜びすら見出す人間は、悪魔と何ら変わりはない。

 吸血鬼の死体が更に痛めつけられる光景に、かつて私が客人の悪魔に虐げられ続けた記憶が脳内にフラッシュバックを起こす。

 心許ない言葉に、無慈悲な暴力。彼等はそれらを私1人に浴びせては、下卑た笑みを浮かべていた。

 殴る、蹴るは序の口。鼻をへし折られたこともあった。乗せられた皿をテーブルごとひっくり返しては、それを私に片付けさせて「かわいい人形」と罵った。

 嫌気がさして部屋から逃げ出そうとすれば、手首を掴まれて無理矢理引き戻される。私が強引に立ち去ろうとした時は、左手首を斬り落とされたことさえあった。

 いつしか、私には広場の人間達がかつての悪魔達に見えていた。人間達が歓声を上げる度に、あの下品な笑い声が頭に響く。

 

 

 ──あいつら……

 

 

 先程まで強く私が苛まされていた後悔は、少しずつ怒りへと変わっていた。

 人間も悪魔と変わりない。

 連中は、私が憎み続けたあの悪魔と同じなのだ。

 フランドールという年端もゆかぬ子供を、己の残虐さを競うかのように虐げた人間。

 死してもなお、その凶刃を止めることなく寧ろ娯楽であるかのように痛ぶり尽くす人間。

 

 

 もし、私に力があったら? 

 

 私の気が済むまで切りさばいてやる。

 

 誰を? 

 

 私を愚弄したあの悪魔………そして、人間……

 

 何故、それをやらない? 

 

 私に力が無いからだ。

 

 何も試していないのに何故分かる? 

 

 それは……

 

 お前はただ思い込んでいるだけだ。そうやって無抵抗のまま殺されてもいいのか? 

 

 …………

 

 お前だけじゃない。あの人間達の手はレミリア達にも向くぞ。

 

 ……!! 

 

『守る』と約束したんじゃなかったのか? 親がいなくなった今、誰があの二人を守る? 

 

 …………

 

 諦めるな。せめて、抗って抗って………抗ってから死ね。

 

 抗う………か……私に出来るのか………? 

 

 出来る出来ないじゃない、抗え。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 怒りのあまり、背の方で縛られた手が拳を握れていることに気付くのに時間が掛かった。

 

 ──手が………身体が動く……? 

 

 試しに手を開いたり閉じたりするが、それらの動作は問題なく行えた。心なしか、薄れていた身体の感覚が戻った気がする。

 

 ──いける………! 

 

 何故、急に身体が動くようになったのかは分からない。だが、今はそんなことはどうでもいい。

 私は自然と口角が吊り上ってしまっていた。

 先ずは、腕を外側に引っ張って手枷を力づくで壊す。吸血鬼の力を持ってすれば、この程度、何の造作もない。

 パキン! と音が鳴るが、特に誰も気付いた様子はなかった。好都合だ。

 そこから静かに立ち上がると、ズキリとした痛みが背と腹部に走る。その箇所に目をやると、剣の刀身が腹を突き破って顔を覗かせていた。

 

「ッ………!!」

 

 鋭い痛みに思わず顔をしかめるが、私は刀身部分を手刀で叩き割った。亀裂が入り、大雑把に砕けた剣の破片が地面に落ちていく。剣が抜け落ちた腹部を見てみるが、傷は塞がっておらず、まだ痛みも残っていた。

 少し咳き込めば、まだ血も吐いてしまう。

 如何に治癒力があると言えど、早く止血を施すべきだろう。

 だが、私がこれから成そうとしていることには、何の支障もない。決して楽観出来る傷ではないが、相手はただの人間だ。

 この程度なら、何とか堪えられ──

 

 

「お、お前………!!」

 

 私と一緒に高台に乗っていた男が、有り得ないといった顔つきでこちらを見ていた。どうやら、さっきの剣を割った音で気付かれたらしい。

 だが、人間1人が気付いたところで──

 

「がッ……!」

 

 私は人間には捉えられないであろうスピードで距離を詰め、少し宙に浮きながら左手で彼の首を絞め上げた。先程のお返しと言わんばかりに、彼が気絶しない範囲で痛みを与えてやる。

 ジタバタと脚を前後に動かして暴れるが、最早何の抵抗にもなっていない。食い縛った歯からは透明な液体が漏れ、顔も段々赤くなっていく。

 私は表情を変えず、高度を上げて高台から4〜5mほどの位置で静止した。未だにもがき続ける男の顔をチラリと見ると、首を掴む力を更に強くする。

 目は飛び出さんばかりに大きく見開き、水を失った魚のように開いた口は酸素を渇望して掠れた呻き声を漏らす。

 一段と苦しみに満ちた顔を見て、少しばかり唇の端を吊り上げてやる。

 

「……ご…ぶッ……!」

 

 そして、右手に創り出した魔力の剣で腹部を刺し貫いた。僅かな振動と確かな手応えが、剣越しに右手に伝わってくる。

 見開いた目からは一瞬で光が消え、必死に足掻こうとしていた手脚はブラリと垂れ下がる。呼吸の音が聴こえなくなった口からは、ボタボタと血が零れ落ちていた。

 どうやら、一瞬で絶命したらしい。やはり、ただの人間が相手なら何の問題も無い。

 最早、剣に刺し掲げられるだけの肉の塊になっていた。命というものが、こうもアッサリと消えていく事実に少しばかりの驚きと興奮を覚えてしまう。

 私は止まらぬ笑みを浮かべながら、ソレ(・・)を人が群がる広場の中央に振り投げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「……それで、結局貴女も来たの?」

 

 私は後をついてきたフランに問い掛けた。

 

「だって、フィル姉さまを外に出したのは私だし……」

「そう……」

 

 私は、夜が明けても帰ってこない姉が気になり、紅魔館を飛び出して来たのだ。その際、フランには残るように伝えたのだが、結局彼女も来てしまった。

 今は昼だが、鉛色の空が広がっているお陰で日の光は地上に届かない。故に私達は昼間でも行動出来るのだが、楽観は出来ない。いつ空が晴れるか分からないからだ。

 吸血鬼は身体から霧を生み出すことが出来、それで身体を覆えば日光を防ぐことは出来る。しかし、それでも長くは持たない。

 サッサと姉を見つけて、早急に館に戻らなければならないのだ。

 

「それにレミリアお姉さま1人じゃ、やられちゃうかもしれないし」

「………心配してくれている、と取っておくわ」

 

 フランの煽るような軽口に、適当に対処しておく。

 だが、彼女の言うこともあながち間違いではない。私も自分の力を過信しているわけではなく、人間の街に行くことに不安を覚えていたのは事実だ。

 本音を言えば、フランがついて来てくれたのは心強かった。

 

 

 

 ──ありとあらゆるものを破壊する程度の能力

 

 

 地下から地上階に続く結界を呆気なく破壊してみせたのは、彼女のこの力だ。

 曰く、『目』と呼ばれる物体の緊張部分を手の平で捉えて潰しているとのこと。まだ試したことはないが、生き物に使うと肉体を爆散させることが出来るという。

 現に、お父さまが施したあの強固な結界をいとも簡単に破ったのだから、決してハッタリではないのだろう。

 もし、敵側にそんな力を持った者がいたら──

 そう考えただけで、思わずゾッとしてしまう。攻撃方法は簡単で、手の平を向けるだけでいいのだから。だが、それが味方となると、これ以上に頼もしい力は無いだろう。

 

「で、いまフィル姉さまが何処にいるか分かるの?」

 

 上空から地上を見渡しながら飛んでいると、フランが聞いてきた。いま見ている限りでは、それらしき人影は見当たらないが…………

 

「……お父さまを追ったんだから、この街にいるのは間違いないは──」

 

 私が返事をし切らないうちに、何かが爆発したかのような音が街に響き渡った。それに続くように地響きが周囲に広がり、その力が上空にまで伝わってくる。街そのものが揺れたかのような衝撃に、一瞬身体が動かなくなった。

 

「まさか………」

 

 フランと顔を見合わせると、何も言わずに互いに頷き合う。そこから音が鳴り響いた場所に向かってすぐさま飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 地面に転がった腕を、脚で踏み潰す。

 グチャリ、と肉が潰れて血が吹き出す音が耳に届く。

 

「…………」

 

 しばらくこの場に響き渡っていた悲鳴と怒号。

 先程まで広場を包んでいた歓声とは正反対の声で埋め尽くされていた。広場の中央に落下してきた死体。

 それを大衆が目にした瞬間、辺りは一斉に静まり返った。吸血鬼の死体を見ても何ともないどころか熱狂すらしていた人間達は、たった1つの死体を見ただけで沈黙に支配されたのだ。

 私がその死体の側に降り立つと、先ず(どよ)めきが起こった。

 上から1人の子供が降りてきたこと、その姿が天使のようなものだったこと、そしてそのイメージを覆すほどに真っ赤に血で濡れていたこと。

 これらの事実が、彼らの思考を停止させた。

 そして、私はその隙を突くように手前の人間に襲い掛かった。

 胸部に右手をめり込ませ、胸骨を砕いて心臓を直接握り潰す。その手を肉の塊から引っ張り出し、手の中に残ったその残骸を周囲に見せ付けるようにして、ゆっくりと開いてみせた。

 

 そこから後は簡単だった。

 

 絶叫の中を逃げ惑う人間達を、羽虫の如く引き裂いていく。

 首を掴んで骨を砕き、手刀で首を刎ね、拳で臓物を潰す。遠くまで走り去ろうとする者が目に入れば、拷問官が使っていた刃物を投擲(とうてき)して脚を砕いた。

 芋虫のように地を這って逃れようとする人間の前に立ちはだかり、敢えて時間をかけてその命を少しずつ奪った。

 その虐殺行為を作業的に繰り返しているうちに、私の服は元の色が分からなくなるほどに鮮血で染まり返っていた。繊維を透けて肌に染みてくるベッタリとした感触と、肌を包み始めるほんの僅かな生温かさが殺した人間達の命の温もりを伝えてくる。

 

 

 ──心地良い…………

 

 

 私は本物の悪魔に近づいていけてるような気がした。

 そう、悪魔とは本来はこのような姿であるべきなのだ。今までは天使と罵られてきたこの姿だが、内面だけ見れば悪魔としては十分及第点だろう。

 

 天使……? 違う。私は悪魔だ……

 

 次々と人間達をこの手に掛けながら自分にそう言い聞かせているうちに、これまでの生涯で殆ど感じることのなかった喜びというものを覚えていた。

 力強く生まれた命を、この手で呆気なく終わらせられる…………それが出来るのは、悪魔だけだ。

 私はこの時、悪魔が本能として抱え持つ虐殺の快感を覚えてしまっていた。

 

 

 ──もっと…………もっと血を浴びたい……

 

 

 意識の底で疼く欲求は、次第にエスカレートしていく。どうすればその欲求を解消出来るのか、私の理性は理解していた。

 先ず、全身の魔力を解放する。

 緑色の光が身体を包み込むが、私はその光を更に大きくする。足元からメラメラと燃えるように揺らめき立つ光は、少しずつ規模を増し、やがては広場そのものを覆うようになった。

 それを確認した私は周囲を見渡す。

 全ての死体が、この光の中だ。即ち、それは私の魔力の支配下にあることを意味していた。

 自然と口角が吊り上がり、私はその死体の群れが上空の一ヶ所に集まるように意識を集中する。すると、周囲に転がっていた死体がフワリと浮き上がり、私の頭上に密集していく。

 

 胸部に赤黒い穴が開いた死体。

 首の断面を曝け出す死体。

 手脚を切り落とされた死体。

 縦、若しくは横に裂かれた死体。

 生前が人間であったことすら分からない程にグチャグチャにされた死体。

 

 様々なバリエーションの死体が、次から次へと浮かび上がっていく。

 そこから1分と経たない内に、肉の塊が宙に出来上がっていた。

 それを確認した私は、魔力を集中させた両手を空に向かって突き上げる。すると、それが合図であったかのように肉の球は花火のように一瞬で弾け散った。同時に広場を覆っていた緑の光が消え、代わりに周囲は紅一色に染まり上がる。

 バシャバシャと液体が強く地面を穿つ音が耳に届く。

 

 血の雨が降っていた。

 

 私は両手を広げ、それを全身で受け止める。

 コレが散っていった命の温もりか。

 何と心地よいのだろう……!! 

 冷めやらぬ興奮に、口角が大きく吊り上がる。

 いや、それだけじゃ足りない。しばらく声を発していなかった喉から、少しずつ笑い声が漏れ出す。

 

「ハ……ハハハ……!!」

 

 最初は静かに笑っていたが、次第に声は大きくなり始める。それと同時に、呼吸のリズムもどんどん変わっていく。

 そして遂に私は堪え切れなくなり、堰を切ったように喉を解放して大声を張り上げた。

 

「ハハハハハハハハハッ……!!!!」

 

 素晴らしい……! 

 悪魔とは実に素晴らしい……! 

 人間では決して味わえない快楽が、悪魔にとっては当たり前なのだから。自らの強さと恐怖を人々の心に刻みつけるこの快感には、きっと理性では逆らうことが出来ないだろう。

 悪魔が人間と共存出来ない理由がハッキリと分かった気がした。

 同時に、私は天使と忌避され続けてきた自分が悪魔としての一歩を踏み出せたことに大きな喜びを感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「フィル………姉さま……」

 

 私は眼下の光景が信じられなかった。

 天使のような神秘的な姿とは裏腹に、その白さを塗り潰すような血に塗れ、真っ赤な雨を全身で浴びながら狂ったような笑みを浮かべている。

 聴こえてくる笑い声は、最早悪魔そのものだ。

 私はあんな姉の姿など、見たことがなかった。

 

「レミリアお姉さま………」

 

 私が冷や汗を流しながらその光景を目の当たりにしていると、震えた声が耳に届く。振り返ると、ゾッとするような怯えを隠し切れていないフランがこちらを不安そうに見ていた。

 

「あれは………フィル姉さまなの……?」

「…………」

 

 即答は出来なかった。

 あんな姿など見たことがなかったのだから。

 だが、私は理性では分かっていた。アレは紛れもなく──

 

「………そうよ。アレが……私達のフィル姉さまよ……」

 

 私は震えた声で辿々しく、そう答えた。

 気付けば、フランも肩が震えている。それを見た私は、彼女の手をソッと静かにとってあげた。

 

「………………」

 

 フィルシア・スカーレット。

 この日、いつも暗い表情を浮かべていた彼女の笑う姿を私は初めて見たのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








最後のシーンを絵にしてみました。
(描いたのは確か1年半前?)


【挿絵表示】


………もっと上手く描けるようになりたいですね()



これにて、第1章は終了です。
反省点としてはやはり、展開がグダグダになってしまったことですね。(フランの登場が遅かったり……)
裏事情を申し上げますと、初期のプロットとは所々展開が違っています。
実はこの第1章があまりにも短過ぎたので、引き伸ばすことにしました。結果はこの通りですが……
次章からはもっとスムーズな展開を心掛けたいところです。既に伏線を張った箇所もありますので、そこに目を向けながら今後の展開を見て頂けると幸いです。

読者の皆様の応援があったからこそ、ここまで無事に書き切ることが出来ました。
まだまだ続きますが、本当にありがとうございます……!
これからも何卒、宜しくお願い致します……!!





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