【未完・移行予定】 紅魔の崩壊記 〜the Oldest sister of Scarlet Devil 作:平熱クラブ
ごめんなさい、また1ヶ月ほど空けてしまった………
(そして、いつもより短いです………)
今回から新章です。
第15話 新・紅魔館当主
あれから数十年という月日が流れた。
私の歳がそろそろ3桁に及ぼうかというくらいの年月だろうか。
スカーレット家の長女として生まれた私──フィルシア・スカーレットに、次女のレミリア・スカーレット。
そして、三女にして養子として拾われたフランドール・スカーレット。
思えば、彼女がスカーレット家に身を置き始めた頃から変わったのかもしれない。
それまで関わりを断ち続けていた私とレミリアの関係、フランを救う為にその『狂気』を身に宿して命を落とした母上。
そして、母上の死に逆上し、フランを幽閉して餓死させようとした父。その父が精神を病み、自殺という道を選ぶほどに彼を追い詰めた私。
経緯はどうあれ、私があの子達から両親を奪ってしまった。母上に関しては救えるチャンスを逃してしまったし、父の死に関しては決して言い逃れ出来ない。
彼らを殺してしまったのは自分だ。
自己暗示にも似た自責の念は、未だに消えることはなかった。
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吸血鬼の風習では、当主が死んだときは配偶者がその位を受け継ぐ。しかし、我がスカーレット家には、当主だった人物もその妻も既にこの世にいない。
よって、スカーレット家の第一子たる私が当主の座に就くことになった。
新たに当主となれば、名だたる御家にその報告と挨拶に向かわねばならない。だが、その相手というのは過去に私を虐げ続けた連中だ。
当然、良いことは何も起こらない。
こちらが挨拶に伺えば、罵り声と水を浴びせられて門前払い。それだけならマシな方で、昔と同じように重傷を負う程の暴力に見舞われたこともあった。
私の場合、見事なまでに嫌われる条件が揃い過ぎているのだ。
先ず、子供という身分でありながら名家の当主達と同等の立場になるということ。そして吸血鬼にも男尊女卑の風潮が存在しており、女でありながら一定の権力を認めねばならないこと。
極めつけは、スカーレット家というただでさえ嫌われている家柄であることに加え、お決まりの私の悪魔らしくない姿のせいだろう。
だが、外野がいくら文句を言ったところで当主を決める権限はその一家の者にしかない。よって、私が当主の座を追われる心配は無用である。
そして、私もこの座を退くわけにはいかないのだ。
両親亡き今、私が彼らに代わってあの二人を守らねばならないのだから。
「…………」
かつて父の書斎だった場所で、私は書類の山に囲まれながら一枚の文書を仕上げていた。カリカリと紙を挟んで筆先と机が触れ合う音を聞き流しながら、淡々と作業を進めていく。
筆で書き連ねた文字が最後の行に差し掛かり、最後尾が近づくに連れて筆の速度が少しずつ上がり始める。空白がどんどん文字で埋め尽くされていき、やがて紙面上からスペースは消えていった。
そして、紙面を走らせていた羽根ペンを机上にソッと置き、両手を上げてググッと背を伸ばす。
硬直した筋肉をほぐすように、ゆっくりと伸びをしていく。
「ッ……!!」
ある程度全身の筋肉を伸ばして弛緩させると、文書をわきに置いて空いたスペースに前のめりになった。
交差させた両腕に顎を乗せていたが、視線が下がり始め、次第に顔を
ここでドッと疲れが押し寄せ、起き上がる気力が奪われていく。
私はここ5日ほど寝ておらず、120時間もの間、当主としての仕事に取り組んでいた。
単純に私に体力が無いだけかもしれないが、如何に吸血鬼といえど、5日間不眠不休の事務作業はキツい。事務作業だけでここまで時間がかかるわけではないが、昼間も休むわけにはいかなかった。
何故なら、吸血鬼が眠りにつく頃である一方で、人間が活発になるのが昼間だからだ。
昼間にも関わらず、一応レミリアが警備を引き受けてくれてはいるが、『万が一』の時のことがある。悪魔を殺せるほどの力を持った人間の存在を知る以上、油断は出来なかった。
2日ほど前に盗賊がこの館に押し寄せて来た時は彼女がアッサリと『処分』してくれたが、仮に吸血鬼に対抗する術を持った人間が来たとなると対処は簡単ではないだろう。
そうした場合に1人で戦うのは危険だ。
少しでも危険性を減らしておきたいと考えた私は、昼間も起きていることにした。
私が守らねばならないのだ。
私達を守ってくれていた頼もしき背中はもう無い。
私が奪ってしまった。
そう自覚する度に、胸が痛む。
2人の死を目の当たりにした時の光景は鮮明に覚えている。
首を吊り、指先からポタポタと血を零し続け、限界まで見開かれた乾いた眼球を晒しながらフランに
そして、その父の死を知った時の妹達の表情。
その驚愕の奥に潜んだ怯えと哀しみ。
こうやって思い出すだけでも、いつの間にか一筋の水滴が頬を流れていく。
あの子達には、ずっと守ってくれるはずの頼もしい存在がいた。彼らが生きていたら、人間達の魔の手が迫ることも無い。
学び、 温もりといった掛け替えの無い恩恵をもたらす存在。これから先の生涯で、大きな助けになったはずだった。
彼らはもういない。
自分達を守ってくれる存在は何処にも無い。
そうなってしまった責は私にある。
学びも温もりも私1人では生み出せそうもない。あの子達に恵みをもたらすことなど到底出来はしない。
だが、私は自分の命を投げ捨ててでも、あの二人を守り抜く覚悟だ。
それが、自分の犯した大罪のせめてもの償いになると私は信じている。
「…ッ……ッ…………」
机に伏したまま咽び泣く自分の声を聴いているうちに、私は意識が遠のいていった。
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──……さま
──………えさま……
ぼんやりとした意識の中で、聴き慣れた声が聴覚を刺激する。
──……る…さま…
途切れ途切れに聴こえてくる声が誰を呼んでいるのか、それに気付くの同時に、肩を揺さぶられていることを自覚した。
ここでようやく我に返り、私は机に伏していた身体をガバリと引き起こす。
「フィル姉さま」
「…………レミリアか」
その時、自分の肩を覆っていた物が床にスルリと落ちたことに気付いた。視線を落とすと、1枚の毛布がそこにあった。
「…………」
頭痛が響く頭で考えるが、どうやらレミリアがかけてくれたらしい。机に倒れ伏した私を気遣ってくれたのだろう。
「ちょっと、大丈夫………? どうせまた寝てないんでしょう?」
「………いや、ちゃんと睡眠は取ったさ」
「嘘おっしゃい」
レミリアは整った眉を吊り上げながら、私の眉間を指で弾いた。
「バレバレよ。目の下のクマが酷いわよ?」
「………」
「いつも言ってるでしょ? 1人でこなせない量の仕事は分担しようって」
「………すまない」
「ホラ、後は私がやるから、お姉さまは寝てちょうだい。何処をやればいいのかしら?」
レミリアの言う通り、私はそろそろ限界が近づいていた。視界がぼやけ始め、目の前のレミリアの表情すら上手く捉えられない。
それでも何とか耳は聞こえている。
目元を擦りながら、私は机上の書類を整理した。
「大体は片付いたから、この2枚の紙を書いてくれればいい。家族構成を書くだけだ。それが終わったら、そこに置いといてくれ」
「……了解。さ、お姉さまは自室に戻った戻った」
私が椅子立ち上がるのにあわせて、レミリアが其処に座る。その際、私はレミリアに気付かれないように一枚の紙を書類の山から静かに抜き取った。
彼女に背を向け、手元が見えないようにしながら、サッと引き抜く。
コレだけは、レミリアにもフランにも見せるわけにはいかない。
見られたところで何かしら不都合があるわけではないが、余計な不安を与えたくなかった。
知らなくていいことを知る必要は無い。
知らなかったところで彼女たちには何も影響は無いのだ。それならせめて、知らないまま一抹の不安も抱くことなく過ごして欲しい。
私はそう思っていた。
「何か、分からないところがあったら遠慮なく聞いてくれ」
「えぇ、分かったわ」
レミリアの返事を聞くと、私はドアを開けて部屋から出た。
………あまり、無理をし過ぎるのもよくないのかもしれない。あの膨大な仕事の量を出来るだけ1人でこなそうとしているのは、レミリアやフランに負担をかけたくないからだ。
しかし、その結果こうしてレミリアに心配をかけてしまっている。少しは彼女を頼った方がいいのだろうか?
1人で何もかも抱え込もうとするのは、私の悪い癖なのかもしれない。
無理をし過ぎてしまえば、守るべきものも守れなくなってしまう。それでは本末転倒だ。
──私の負担が減り、かつ紅魔館の安全を守ることが出来る方法か…………
「門兵でも雇えればな………」
だが、それは机上の空論に過ぎないだろう。
そもそも、そんな人材を何処で雇うのか。同じ吸血鬼間の者といえど信頼出来る者は皆無だし、人間をアテにするのは論外だ。仮に雇ったところで微塵も役に立たないだろう。
悪魔に対抗出来る力を持つ者なら別だが、それはそれで信用出来ない。いつ、私達に反旗を翻すか分からない。
身内を除いて周囲に信頼出来る者がいない中、私は綱渡りのような外交をこなさなければならないのだ。
紅魔館当主となった以上、ミスは1つも許されない。
どうすればレミリアとフランを守り切れるか。
それを考える日々を過ごすうちに、頭がどんどん痛くなってくる。そして、そんな弱気な自分を叱責する自分にも頭を悩ませる。
具体的な策が一切浮かんでこないのだから。
「はぁ………」
思わず、疲れのこもった溜息をついてしまう。
何か考えろと自分に言い聞かせる度に、思考力が段々と落ちていく。考えるのは後にして、いまはもう休んだ方がいいかもしれない。
このまま自分が倒れれば何も守れないぞ、と言い聞かせたところでようやく自分が納得する。
そのまま自室に向かおうとした時だった。
「あら? フィル姉さま?」
「………随分と早起きだな、フラン。まだ昼だぞ」
金の髪を向かって右側に結んでサイドテールとし、私やレミリアとの例に漏れないナイトキャップ。服は赤を基調とした半袖とミニスカート、胸元には黄色いスカーフを結び、足にはソックスと赤のストラップシューズを履いていた。
吸血鬼の特徴である真紅の瞳。
そして背から覗く一対の枝に七色の結晶がぶら下がった、骨組みだけの異様な形状をした翼。
私とはまた違った意味で吸血鬼として異様な姿を持つ彼女──フランドール・スカーレット。
「………まあ、なんとなくよなんとなく。目が覚めちゃって」
地下から地上階へ上がる為の階段を塞いでいた結界が無くなったいまでも、フランは地下の部屋にこもっている。
たまに館の中をうろついているが、それでも大半は自室で過ごしている。一度外を見てみないかと誘ってみたことがあるのだが、本人は特に興味が無いらしい。
「良い子だから、早く寝なさい」
「じゃあ、フィル姉さまは悪い子なの? お婆ちゃんのシワみたいなクマが出来てるけど」
「おい……………」
相変わらず、人を煽るのが好きなようだ。
何も言い返せずにいる私を見て、クスクスと笑っている。
「冗談よ冗談。どうせ、お仕事のし過ぎでレミリア姉さまに怒られたんでしょ? だったら、早く寝てちょうだい」
「………あぁ、そうだな。お前も早く寝るんだ」
そう言う私を訝しむように、フランは眉を吊り上げた。
「あのね、私もずっと部屋で好きなように過ごすだけじゃないのよ。書類仕事はレミリアお姉さまに任せるとして、警備は私がやってあげる」
「待て、そんな危険なことは──」
その瞬間、私の耳元で何かが破裂するような音が炸裂し、ビリビリに破れた布地が宙を舞うように床に落ちていった。
まさかと思い、被っていた帽子を脱いで手に取ってみる。
手に取ったナイトキャップは、最早修復が叶わないくらいにズタズタに引き裂かれていた。
「そんなに不安なら、私の力を試してみる? あっという間にその帽子みたいになるけど」
「……………」
「これだけ強ければ大概何とかなるでしょ。とにかく、いまは寝てちょうだい」
「………分かった」
ビリビリに破れた布の破片を拾い集め、トボトボとその場から歩いて立ち去る。妹二人に説教を受けたことを姉として情けなく思いながらも、どこかそのことに有り難みを覚えていた。
「あ、そうだ」
背を向けて歩き去ろうとしていた私を、背後からフランが呼び止める。振り返ってフランの方に向き直ると、その要件を伝えてきた。
「今度、吸血鬼らしい血の吸い方を教えてよ」
「…………」
よくよく考えれば、フランは殆ど外に出たことがない。そして、人間と接触したこともない。
ならば、吸血の仕方が分からないのも無理はないだろう。
本来であれば、こうした役目は親が負うべきなのだが………
「分かった。今度、レミリアも交えて教えよう」
「うん、ありがと」
親がいなくなったいま、私がその役目を果たすしかない。私なんかが幾ら頑張ったところで、どうしたって親代わりになることは出来ないだろう。
だが、それでも私にやれることはやってみせる。
そう決意を胸に抱くと、私はフランの前から立ち去った。
『いつもお疲れ様』
疲労が蓄積したせいか、空耳なのかどうかは分からないが、私の耳はその声を拾っていた。