【未完・移行予定】 紅魔の崩壊記 〜the Oldest sister of Scarlet Devil 作:平熱クラブ
早く慣れねば……
「もうすぐ弟、若しくは妹が生まれると……」
壁に背を預けたまま、腕組みをした男は問いかけた。
「最も、その姉は興味など無いようだがな……
悪魔として申し分ない姿であれば、何も問題は起こらない……逆に悪魔から嫌われる姿であれば、私と同じ道を辿る……
ただ、それだけの違いであろう?」
フィルシア・スカーレットはそう答えたが、その男は彼女の言葉を否定してみせる。
「興味が無い、というのは正確ではないな……興味を抱かないようにしている、と言うべきか……
お前は本当は期待しているのであろう? これから生まれくる子に……」
「何のデタラメだ、伯父よ…………」
シャネス・スカーレット–––––フィルシアの父方の伯父。彼女の父親の弟という立ち位置にある人物だった。
見た目は少し老けた印象といったところか。
彼女のように若々しく透き通った銀色の髪とは逆に、暗い鉛色のクシャクシャになった髪。目の下に出来た隈に痩せた頰。少し病弱な感じを思わせる面立ちだった。
「お前自身が言った、生まれくる子が権威を取り戻してくれるかもしれないとな」
「聞いていたのか」
その問い掛けにコクリと頷いて、返答を示す。
フィルは、それを鼻で笑ってみせた。
「……それがただの皮肉であることを見抜けないようでは存外……お前もまだまだのようだな」
「……それがただの本音であることを隠せないようでは
おうむ返しのようなシャネスの返答に、得意気な顔をしていたフィルは眉をひそめる。ほんの数秒前とは真逆の表情を浮かべていた。
それを知ってか知らずか、シャネスは続ける。
「お前の考えなんて手に取るように分かるさ。親の差し伸べた手を振り払っていたのは、後ろめたさを感じていたからだろう?」
「………」
「周囲から忌避され続けてきた自分がスカーレット家の威厳を汚していると考えたお前は、敢えて破門されようとした。そうすれば、スカーレット家から出来損ないの第一子はいなくなるのだからな。
……兄上も、とんだ孝行娘を持ったものよ……」
やれやれ……と言わんばかりに呆れた表情を浮かべながら溜息をついた。彼の発言が図星だったのか、それとも的外れだったのか、少なくとも彼女の表情からは読み取れない。無表情のまま、シャネスを見据えていた。
「お前に誤算があったとすれば、どんなに無礼な態度を取ろうと、親が決して見捨てようとしなかったことだろう……だが、このままだとスカーレット家は汚名を着せられたままだった。
そんな悩みを抱えていた矢先に、母親が身篭った。そして、お前は期待を抱いた。その生まれくる子が威厳を取り戻してくれるのではないか……と」
喋り疲れたのか、コホンッと咳込み、顎を左手でさする。一方で、フィルは相変わらず無表情のままだった。
「だが、お前は同時に不安も抱えていた。もし、その子供が権威を取り戻せるくらい才に溢れていたら……自分は間違いなく妬んでしまう……
かつて自分がやられたような仕打ちをその子供にもしてしまうのではないか……
だから、お前は興味を抱かないようにしていた。" 興味がない " と自分にひたすら言い聞かせ続けることでな……」
「……何故そう考える?」
ここで漸くフィルが喋った。
それに対し、一瞬だけ意外そうな表情を浮かべるシャネスだったが、すぐに表情を戻し、その問いに答えた。
「お前が破門される為に取った行動があまりに幼稚なものだったからだ。やったことといえば、単に親に反抗するだけ。そこらの人間の子供となんら変わりはない……
本当に破門されたいのであれば、もっと過激な行動をとる選択があったはずだ……
例えば、親を片方殺す……とかな」
「殺す」という言葉に、一瞬動揺が走ったのかフィルの表情が険しくなる。今度は逆に、シャネスの表情は変わらないままだった。
「何が言いたい……?」
「つまり、お前は破門などされたくなかったのさ。家族と一緒にいたかったんだよ、これから生まれる子供も一緒に」
「………」
フィルは何も言い返せなかった。
「一つ、忠告しておく。もし、お前が本当にスカーレット家の威厳を取り戻したいと考えているのなら………
破門にされることこそが、スカーレット家の名を何よりも汚していることに他ならない。破門を下された者がいるということは、それだけの落ちこぼれを生み出してしまったという負の称号に過ぎないのだからな……
一族から出来損ないを破門したところで、その一族は更に汚名を着せられることになる。
それでもお前は、破門を望むのか……?」
「それは……」と言いかけるも、彼女はそこから先は言葉が出なかった。
何度も口を開きかけるも、結局は何も言えず、ついには押し黙ってしまった。
破門を望んだ……? 伯父の言う通り、自分がやったのは親への幼稚な反抗。
ならば、確実に破門が下されるような過激な行動をとる覚悟があったのか……? 今すぐ、親をどちらか殺せるか?
そう問われたとき、頷ける自信は彼女になかった。そして、破門自体がスカーレット家の名を汚すことになると忠告された今までは、尚更だった。
–––––母さんと俺は……何があってもお前の味方だ……
「…………」
脳裏によぎる父親の言葉。あの時、彼女はハッキリとした安堵を覚えていた。つまりは、これまでシャネスの言ったことは全て図星だったのだ。
彼の言う通り、彼女は新たな家族に興味がないのではなく
彼女は期待していた。
権威を落としてしまっていた出来損ないの長女に代わり、スカーレット家にとって有望な存在となることを。
それと同時に、その子を妬む心から危害を加えてしまうのではないかという不安を抱えていたのだった。
フィルは何も言わず……黙ったまま俯き続けた。
「スカーレット家はかつて、
「………」
彼が唐突に語り始めたことで、その場の静寂が破られる。
「故にその権威は失われ、かつての栄光は見る影もない。更に、そこに生まれた第一子は出来損ないときた……」
その言葉にフィルの目つきがキュッと細くなり、刻まれた傷を深くこじ開けられたような表情を浮かべる。当然、シャネスはその仕草を見逃さなかった。
「……というのは、お前自身が勝手に思い込んでいることだがな。お前の存在が更に権威を失わせてしまっていると考えているのは」
コホンッと再び咳き込みながら、フィルに背を向け、話を続けた。
「だが、お前の親が守り続けてきたスカーレット家の誇りだけは絶対に忘れるな……
先の戦も、皇家の者を護る為……
……武家としての使命を果たすためにお前の両親が蜂起した戦いだった。最終的に敗れはしたが、その使命はまだ終わっていない……」
「使命……?」
フィルは頭に引っ掛かった疑問を口にする。自分の両親が蜂起した理由自体は知っており、継承者争いだったと彼女は聞かされていた。
皇家の一族の1人についたスカーレット家は
皇家の者を護る使命など、その時に潰えたものだと彼女は思っていたのだが。
「今はまだ言うまい……いずれ、知る時がくるだろう……」
シャネスは答えなかった。
–––––まだ終わっていない使命とは何なのだ?
フィルは
伯父の口から語られないということは、親も同様に口を開かない可能性が高い。
何より、これは伯父との会話の中で浮かんだ疑問だ。その疑問が浮かんだ経緯を問い詰められ、迂闊に彼の存在が親に知られてしまうのは不味いことになりそうだった。
「私が1つ言いたいのは……妬みを抱く不安があるくらいなら、お前自身が権威を取り戻してみせろということだ」
「……私がか?」
消え入りそうなほどに、か細い問いかけに彼は頷き、「そうだ」と肯定の意を示す。
「さっきも言った……
スカーレット家の誇りを忘れるなと。お前に、スカーレット家の第一子という自覚があるのなら……
強くなれ……
お前が汚してしまったと思い込んだ分の誇りを取り戻せるくらいに………新たな家族を守れるくらいにな」
シャネスはそう言い残して、部屋から出て行った。
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「かつての権威を取り戻す……私自身の手で……」
私に出来るのだろうか……?
自分の掌を見つめながら考えていた。強さなど微塵も感じられない華奢な腕。もし、そこらの吸血鬼が本気でかかってきたら、簡単に折られてしまうのではないだろうか。
身内どころか、自分の身すら守れる自信はなかった。そんな自分にどうしろと……
「だから強くなれと……」
その時だった。
何処か、遠くの部屋で赤子の泣き声がした。近くではない。だが、すぐ側にいるように感じてしまうほどに大きかった。
「生まれたか……」
廊下、いや、館中に響き渡るくらいに生命の力がこもった泣き声。
それはまるで、この世に生を受けたことを強く主張しているようだった。出産と同時に上がる泣き声は、呼吸をしている証拠だと聞いたことがある。
いま、耳に響いている声を聞く限り十二分に呼吸が出来ているのだろう。どうやら、無事に生まれたらしい。静寂という単語を知らないくらいに、声を上げていた。
………私の場合はどうだったのだろう
ふと、疑問に思った。
コンコン……
ノックの音がした直後に、父上が入って来た。
「生まれたぞ! お前の妹だ!」
「妹だったか」
弟か妹のどちらか。コレに関しては、本当に興味は無かった。故に返事がまた、素っ気なくなってしまった。
「お前の妹は母さんといる。部屋まで来い」
「……分かった」
返事をしてから、同時に部屋を出る。父上の隣を歩きながら、先程疑問に思ったことを口にしてみる。
「どうだった、私の場合は……?」
「………」
一瞬、口を詰まらせながらも私の問い掛けに応じた。
「お前も同じだった……元気に声を上げていたよ」
「そうか……」
どれだけ無礼な態度を取ろうと、決して見捨てはしなかった親。それに対してもまた、後ろめたさを感じてしまっていた為、どこか不自然な会話しか出来なかった。
「フィル、お前は何か考えていた名前はあるか?」
「……?」
唐突に聞かれても、答えられる訳がなかった。本心からではないとはいえ、興味を持とうとしなかった私だ。名前など考えているはずがなかった。
「もし、お前が何も思いついていないなら、俺の考えた名前をあげようと思う」
「ほう………」
一瞬、間を置いて父上は言った。
「レミリア………レミリア・スカーレット。どうだ、良い名前だろう?」
「……そうだな」
レミリア・スカーレット。新たに増えた家族。
私の妹として生を受けた彼女は、そしてその姉となった私は………
家族に後ろめたさを覚えてきた私は………果たしてお互いにどう向き合っていくのか–––––