【未完・移行予定】 紅魔の崩壊記 〜the Oldest sister of Scarlet Devil 作:平熱クラブ
以前より文字数多いので許してください(投稿する度に、文字数が増えてる……)
何故だ…………
レミリアが誕生してから1年。私は生まれたばかりの妹と上手く向き合うことが出来ずにいた。
––––何故、私は…………
何度も己に問いかけた言葉。それらを無に帰すように、胸に
思い出すのは、レミリアが誕生してから今日というこの日までの、1年間。
権威が失墜したとはいえ、建前上は名家。スカーレット家に新たな跡継ぎが生まれたとあれば、名だたる御家から見舞いや挨拶、契約の更新や見直しの為に訪ねてくる者が多く、連日、門を叩く音が止まなかった。
「この赤子が新たな御息女ですか……!
いやいや随分と立派なお姿であられますな……」
「…………」
皮肉が込められた賞賛。
ガヤガヤと騒々しいのは、レミリアと両親がいる部屋だ。そして、私は部屋の外で腕組みをしたまま、壁に背をもたれていた。
––––レミリア・スカーレット
彼女は私と違い、見事なくらいに吸血鬼だった。鋭利な牙、真紅の瞳、悪魔と呼ぶに相応しい蝙蝠のものに似た翼。非の打ち所がないほどに、吸血鬼としての特徴を兼ね備えていた。
それに対し、姉である私は出来損ないときた。悪魔とは程遠い天使と呼ぶに相応しいこの姿……
……客人は決まって私を貶しながら、レミリアに賛辞を贈った。最も、こうした忌避の眼差しを向けられる経験は初めてではなかったが、妹という比較対象が出来た今、更にエスカレートしてるように感じていた。
客人が来たとあらば、食事の席を設けることが多かった。食卓の席に並ぶは決して顔を合わせたくない者ばかり。当然、本音を言えば私は顔を出したくはなかった。だが、建前上はレミリアの誕生祝い。スカーレット家第一子という立場にある以上、その祝いの席に出ないわけにはいかなかった。姉たる私が出席しないとあらば、今度はどんな文句をつけられるか分かったものではない。
椅子に踏ん反り返る客人達を横目に、私は料理が乗せられた皿を運んでいた。サッと運んで、サッと退く。なるべく目を合わさないように。それを徹底的に意識しながら、作業に取り組んでいた。
ガタガタガタ…………
私と対角線上にいる客人は腕を組みながら、貧乏ゆすりをしているようだった。揺れが激しいせいか、テーブルもそれに共鳴するかのように音を立てている。
………全くマナーがなっていない。吸血鬼が誇り高い種族であるなら、気品くらいは保てと心の中で罵倒する。もちろん、声には出さないが。
さて、早く次の皿を––––––
「オイ、小娘」
背後から声をかけられ、背筋にゾクリとした感覚が走る。
「……ハイ」
振り向きざまに返事をする。
呼びかけたのは、私と対角線上にいた客人だった。
その客人の男は、ガッシリとした体格で黒い貴族のような服装といった出で立ちで、禿げ上がった青白い頭に刻まれた黒い刺青が一際目立ち、強烈な威圧感を放っていた。
私が振り向いたのを確認すると、テーブルに置かれた皿を左腕で勢いよく払い落とした。テーブル上から皿が消え、ほんの一瞬の後に、 ガシャン!! と、割れる音が部屋に響いた。
「悪いな、皿を落としてしまった。取り下げてもらえるか?」
周囲から堪える気の笑い声がクスクスと漏れているのが、ハッキリと分かった。わざとらしく口元を押さえ、こちらに聞こえるように笑う者もいた。
「……かしこまり…ました」
向けられた数多の悪意に、怒りをたぎらせる自分を抑えて返事をするが、自分でも声が震えているのが分かった。
何をしているんだ、と自分を叱責した時にはもう遅い。一度漏れ出た声は戻らない。震えた声はしっかりと相手の耳に届いてしまっている。
それならば、せめて何事もなかったかのように振る舞え、と自分に言い聞かせる。
ここにいる者は全て、名家の肩書きを背負った者達だ。ここで感情に身を任せて何か騒ぎを起こせば、一族がどうなるか………
一、二歩と男の元まで躊躇しながら近づいていく。声をかけられて振り向いたときには、テーブルの脚に隠れて見えなかったものが見えてくる。その男の足元には皿の破片が散らばっていた。その光景を見て、作業の手順を考えていた。
視界の隅に、「早く片付けろ」と言わんばかりの顔が映る。そう言われなくとも、私自身、サッサと立ち去りたい。
まずは大きな破片から拾うか…………そう考えて姿勢を屈ませたときだった。
視界の隅から、何かが–––––影が素早く
「…………ッ!!」
それが合図であったかのように、この空間が盛大な笑い声に包まれた。先程、皿を落としたときとは比べ物にならないくらいの声量。それなりに広い部屋である筈なのに、笑い声が反響していた。
ここで私は、身体が浮き上がるほどの勢いで顔面を蹴り上げられたのだと理解した。思わず顔を押さえていた手をブルブルと震わせながら、ゆっくりと離す。徐々に瞼を開くと、滲んだ視界が広がるばかりで焦点が合わず、全てのものを不明瞭に映しだしていた。
何が起きているか、目ではあまり分からない。だが、私の聴覚は理解していた。ぼんやりと映し出された視界の中、聞こえてくるのは嘲笑、笑い声の混じった罵声。
不恰好に蹴り飛ばされ、地面に無様に転がる私を嘲笑っていた。
何も見えなくとも、聞こえてくる声だけで状況が分かってしまうという事実に、冷や汗が背を流れる。その声は耳というよりは頭の中に
いま、自分はどんな状況に置かれているか。認知出来る感覚からその答えを導き出すだけで、全身の産毛がゾワリと逆立った。
不明瞭な視界が徐々に回復し、ぼんやりとしたものの形がクッキリと映し出される。最初に鮮明に映し出したのは、ベッタリと紅い液体がこびりついた手の平だった。それが顔を蹴られて溢れ出た鼻血だと気づくのに、少々時間を費やした。まだ、血が止まる様子はない。そして、燃えるような痛みも未だに
––––早くこの場を去るか…………
先ずは立ち上がろうと、床に膝をつく。すると、鼻からボタボタと血の雫が零れ落ちた。その瞬間、周りがどよめき立つ。
「け……穢れた血だ……!」
「くそ、嫌なモン見せてくれるなよ……」
ある者は悲鳴を、ある者は罵声を。声の色はそれぞれ違ったが、一つ共通しているのは、私が流した血に対して深い嫌悪を覚えていることだった。
本来、吸血鬼にとって血はご馳走である。それは人間に限った話ではなく同族の血であったとしてもだ。ところが、天使という忌み嫌われる存在が流した血となれば、それもまた忌避されるべきものに他ならない。故に、彼等は私が血を流す光景に嫌悪を抱いているのだ。
片膝をついた体勢のまま、零れ落ちる血を手の平で受け止める。その手の平には、軽く血溜まりが出来ており、血が滴る度に周囲に小さな血飛沫が飛んだ。それとは反対の手で、懐から取り出したハンカチで床の血を拭く。
しばらく、私はその血を拭き続けた。ゴシゴシと擦るようにして、手を前後に動かす。どれくらいの間、その作業をやっていたのかは分からない。
どれだけ拭いても、こびり付いた血がとれることはなかったが、ある程度拭き終わると、ゆっくりと立ち上がった。
「…………」
口元を覆うようにして、未だに血が零れ続ける鼻を両手で抑えながら、男を睨みつけた。しかし、男はそれを一笑に付す。
「スカーレットの名は血で染まった姿に由来するのであったな。まさにその名に相応しい姿ではないか。もっとも、自らの血で染まった悪魔ほど滑稽なものは無いがな…………」
男は鼻で笑う。視界の端に、彼に同調するかのようにニヤニヤと笑みを浮かべた悪魔達が映った。
男は一度、ゆっくりと周囲を見渡す。周りの者は、男と視線が合うと不思議そうに首を傾げる。
そのまま視線を一周させた男は、しばしの沈黙の後、ハッと何かを思い出したように一言付け加えた。
「おっとすまない、お前は悪魔ではなく天使であったな!! ハハハハハハ!!」
男の下品な笑い声が響く。それにつられるかのように、または再燃したかのように周囲からドッと笑い声が響き渡った。
「…………!!」
頰が引きつり、八重歯をギリギリ鳴らせる。彼等の声が響くほど、神経を逆撫でされている気分だった。殺意のこもった拳を、血管が浮かび上がるほどにギュッと握り締める。いつしか、笑い声は聞こえなくなっていた。
聴こえるのは、己の心臓の鼓動のみ。荒れる呼吸を落ち着かせ、どのタイミングで飛び掛かろうか考える。
––––油断している今なら……
だが、そこで失いつつあった理性がブレーキをかける。
ここで騒ぎを大きくする方が、より不利益を被ることになるのだと。それこそが彼等の思惑通りになってしまうのだと。ひたすら自分に言い聞かせた。
「ッ……!」
抑えこもうとするほど、理性と本心の摩擦で憎悪の炎は勢いを増す。それでも、理性が必死でそれを抑え込む。脳裏をよぎる、両親、伯父、そして妹の顔。
––––今まで、私は何の為に堪えてきたのだ……? ここで事を大きくすればどうなるかは、私がよく分かっているはずだ……
収まりつつあるとはいえ、未だに火は
その証拠に、一時的に聞こえなくなっていた彼らの声が再び聞こえるようになっていた。
「…………」
こちらの怒りの火が静まったのとは対照的に、彼らは未だに騒がしく声を上げる。私が浮かべた表情とは全く逆の表情を浮かべていた。
それらを見ていると、再び火が勢いづいてくる。このままいけば、また情に流されそうだった。そうなる前に、ここから立ち去ろうと心に決める。
私は背後から聞こえてくる笑い声を無視して、その場をあとにした。
◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎
随分とやり口が巧妙になってきたものだ。親の前では、表面上では分からないよう私への侮蔑を含意したレミリアへの賛辞を贈り、親の目の届かないところで今日のような大胆な行動に出る。
彼等は知っているのだ。こちらから名家の者との間に摩擦を生じさせてしまうことを私が危惧している事実を。だから、私は親に訴えるような真似は出来ない。
決して私を見捨てようとしなかった二人のことだ。対立などお構い無しに、彼等を絞め上げようとするだろう。だが、私はそんな無茶をして欲しくなかった。
そして何より、それこそが彼等の狙いなのだろう。スカーレット家が問題を起こせば、今度こそ権威も何も残らない。つまり、こちら側が何か問題を
その為に手っ取り早い方法は何か。私の憎悪を煽ることだ。ある意味では、私は都合のいい存在である。
まず、––––気にくわないが–––天使という呼び名がピッタリなこの見た目。憎悪を煽るには打って付けの姿だ。悪魔の界隈において、これ以上に差別の口実になるものは無い。–––最も、忌避の目を向けるのは口実などよりも悪魔として根源的な部分が強いからなのだろうが–––
そして、私がスカーレット家第一子という立場にあること。この重要な立場ある以上、一つ一つの言動がスカーレット家の権威に響いてくる。ここで私が感情に身を任せた行動に移ってしまえば、スカーレット家を叩き潰す口実ができてしまう。
詰まる所、私が堪えるしかない。
そして、私は自身の問題を懸念していた。ここまで、彼等の狙いを冷静に分析出来ていながら、私は怒りにとらわれ、私情に流されかけていた。上手く感情を制御出来ないようでは、いずれ噴き出してしまうのではないだろうか。
「…………」
指を鼻にあててみる。血はとっくに止まっていた。受けた外傷などは吸血鬼特有の再生能力によって、短時間で回復してしまう。–––傷は治っても、痛みは残ることがあるが–––
その為、親が気づくことはほとんどない。これは好都合というべきだろうか–––––
「ねーね、どうしたの?」
背後から聴こえてくる幼い声。私はその声の主がレミリアだとすぐに分かった。まだ流暢な喋り方ではないとはいえ、齢一歳にして言葉を覚え始めていた。
「……なんでもない」
素っ気ない返事をする。生まれてくる妹に興味を持とうとしていなかった私。それは彼女に妬みを抱いてしまうことを懸念していたからだったが、それは早くも現実のものとなってしまった。
客人は決まって、私を貶め、レミリアを称えた。私が今日のように忌避の目を向けられ、屈辱的な暴力に跪かされる一方、何人もの人々に囲まれて賞賛の言葉を浴びせられ、満面の笑みを浮かべる彼女を妬んでしまっていた。
だから、私はいつも彼女を避けていた。なるべく館の中でも会わないように、自室にこもった。
親に子守を任されたときでさえ、遠目で見るだけで放ったらかしだった。積み木や縫いぐるみに囲まれ、幸せそうな笑みを浮かべる彼女を妬んでしまっていた。
彼女はまだ1歳の幼子だ。なのに、何故私は……
「ねーね……?」
レミリアが不思議そうにこちらを見ていた。しばらく見つめた後、おぼつかない足取りで、よちよちとこちらに向かってくる。
私の元に辿りつくと、顔に向かって短い手を伸ばし始めた。何か塵でも付いているのだろうか? レミリアの手が届く位置まで、両膝に手をついて、ソッと身を屈めた。
「ん……」
若葉のように小さな手が、優しく私の頰に触れる。そして、静かにその手を離した。彼女の手の平は、透明な水で濡れていた。
こちらの顔を覗き混んで、レミリアは私に尋ねた。
「ねーね……どおして、ないてるの……?」
「え……」
素で出た声。当然、私は泣いたつもりなどなかった。
しかし………
自らの目に人差し指をあててみる。そこは確かに、一粒の涙で濡れていた。