【未完・移行予定】 紅魔の崩壊記 〜the Oldest sister of Scarlet Devil   作:平熱クラブ

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内容的には、第4話のその後の話です

あと、設定が多いです





第5話 衝突

 

 

 

 

 

 

 目を瞑り、肩の力を抜きながらソッと右手を前に伸ばす。すると、右手の一部が数羽の真っ白な鳩へ変わり、バサバサと音を立てて飛んでいった。そこからは、連鎖的に手首、肘、肩が何羽もの鳩へと変わっていき、いつしか私の身体そのものが鳩の群れと化す。

 

 ──分解化

 

 それは、吸血鬼が持つ特有の能力。自らの身体を小動物へと分解させ、或いはその小動物から自らの身体を再構成させることが出来る。

 分解化を行う際、吸血鬼は自らの象徴たる蝙蝠(コウモリ)へ姿を変えることがほとんどだ。だが、ごく稀に蝙蝠以外の小動物に変わる者もいる。

 例えば、この私……フィルシア・スカーレットの姿は純白の鳩の群れへと成り果てる。 コレもまた、周囲から忌避の眼差しを向けられる理由の一つに他ならない。

 分解化している間、術者の意識は小動物の群れの内の1匹に移っている。私でいえば、自身が鳩になっている状態だ。

 通常時の身体とは感覚が全く違う為、まだ慣れていないところがある。まず、鳩は両眼視野が狭い一方で、単眼の視野がかなりの広範囲というアンバランスな部分がある。それに加え、良くも悪くも身体が軽すぎるところがネックだ。風向きや風力に左右されやすく、飛ぶスピードも速いとは言えない。上手く扱えない今は、まだ実戦向きではない。

 分解化は攻撃を躱したり、敵の目をくらませたり、或いは数匹の小動物を偵察として使うときに役立つ技だが、他にも弱点がある。

 それは、術者の意識が移った1匹が攻撃されると分解化が解除されることに加え、小動物の体で受けるダメージが通常の身体で受けたときよりも大きいことだ。

 通常時の身体なら大したことのない攻撃も、小動物の状態で受けたときは、体力を大きく奪われかねない。術者の意識が移っていない他の小動物の個体なら、攻撃されても特に問題はないのだが。

 そろそろ戻ろうと考えると、周囲の鳩がこちらを囲むようにして一斉に群がってきた。分解化を解く際は、術者の意識が移った個体を中心に他の個体が群がり、元の身体を再構成する。

 大量の鳩が群がり、視界が多くの真っ白な影に覆われる中、徐々に身体や手足の感覚が戻ってくる。バサバサと、羽ばたく音はしばらく鳴り止まなかったが、戻ってきた感覚が少しずつ充実していくのを肌で実感する。

 

「ふぅ……」

 

 分解化を解除し、元の姿に戻って一息つく。

 

「その状態には慣れてきたようだな」

「いや、まだまださ……」

 

 側にいた伯父の言葉にそう答えながら、星空が広がる天上を静かに見上げた。

 

 

 

 ──(ほし)()

 

 それは、紅魔館の地下に隠された部屋に広がる夢幻の世界。天上に広がる満天の星空を、鏡の如く映し出すガラスのような地面が地平線まで続いていた。

 この部屋には、果てが存在しない。同じ星空の景色が永遠に続く不可思議な空間が広がるのみ。懸念すべきは、遠くに行き過ぎると出入り口が分からなくなることだ。

 出入り口付近は、ほんのりとした淡い緑の光に包まれており、さらに天上へ向かって光が伸びている。余程離れた位置からでも目印にはなるのだが……

 

 

「それで……これからどうするつもりだ? 

 例の" 重力式 " でもやるのか……?」

「いや、お前にはまだアレは早かったようだ」

 

 

 伯父は、私の問い掛けに首を横に振りながら答えた。彼の言葉に少しムッとするも、否定は出来ないことは私自身が1番分かっているので、グッと堪える。顔には出てしまっているようだが。

 

「このまま実戦に入る。遠慮はいらん……全力で来い」

 

 そう言いながらも、腕組みをしたままで構えを取ろうとしない。私を相手にするのは、それだけの余裕があるということなのだろう。

 ……実に気にくわない。

 

 

 

 

 私が、吸血鬼の眠る刻から……真昼間から伯父と会う約束をしていたのは、この" 星の間 " で彼の鍛錬を受ける為だった。今回に限らず以前から、伯父が来る度にこの部屋で訓練を受けていた。

 例えば、魔力を用いた飛行……吸血鬼は翼で飛ぶのではなく、己の魔力を用いて飛ぶことを可能にするのだと。自身の魔力を上手く制御することで、宙での動きを自在なものとする。

 両親からも教わってはいたが、当時の私は、ほんの少し宙に浮くのが限界だった。そんな私を見兼ねたのか、伯父は魔力を熾す方法、その熾した魔力を指先といった身体の末端まで行き渡らせる方法などを、基礎から発展的な分野まで手取り足取り教えた。

 長い月日を重ねてそれらをこなせるようになり、私は(ようや)く飛べるようになった。………3、4年ほどはかかっただろうか? その間、伯父は辛抱強く教え続けた。

 飛行の鍛錬だけではない。他にも剣やナイフといった武器の扱い方や、実戦における戦術などを一通り教わってきた。言ってしまえば、彼は私の師のようなものだった。

 ……それでも、深入りはしない程度に距離を置いてきたつもりだが。

 

「………」

 

 さて、先ずはどう仕掛けるか……。

 少し腰を落とし、重心を低くして構えをとる。右手で手刀を形作り、左拳を腰の位置に据える。しばらく睨みあったまま、お互いに動かない。叔父は構えなど取らないくせに、隙があるようには思えなかった。

 

 シャネス・スカーレット………

 彼は一体何者なのか……

 

 

 ジッと停止したまま、時間が過ぎていく。

 

 ──このままでは(らち)があかない……

 

 そう考えた私は、隙を見つけられぬまま一歩を踏み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深く踏み込んだ一歩から、一気に距離を詰めて左拳を繰り出した。しかし、シャネスは表情を変えず、腕組みをしたまま僅かに首を傾けただけで躱してみせる。

 

「チィッ……!」

 

 フィルは舌打ちをし、宙に浮いたまま右の拳も繰り出すが、身体を反らされアッサリ躱される。拳が空気を切る音が鳴り止まないうちに、シャネスは身体を反らした体勢のままフィルの右手首を掴み、後方に宙返りをうつようにして(あご)に膝蹴りを喰らわせる。

 鈍い衝撃音が響いた直後、フィルは大きく蹴り飛ばされ、二度三度と地面を跳ねる度に衝撃が全身を貫いた。

 

「ぐッ……!!」

 

 平衡感覚を失うほどに視界が凄まじく回転し、痛覚が身体の其処彼処(そこかしこ)を駆け巡る。そんな中フィルは顎を押さえつつ、空中で体勢を整えて何とか着地した。

 しかし……数秒間、着地した体勢のまま静止するが、身体がグラリと傾き、片膝をついてしまう。

 どうにか意識を保ってはいたものの、やはりダメージは大きかった。

 

 ──たった一撃で……

 

 一発の蹴りで、ここまで深いダメージを負わされたという事実が、シャネスとの実力差をイヤという程に実感させる。全身を走る痛み、鉛のように重くなった身体、ぼんやりと揺らぎ始める視界がフィルの戦意を奪っていく。

 それでも、フラつく足を踏みしめ、痛みを堪えながら自分が飛んできた方向を見据えた。

 しかし、其処には──

 

 

 ──消えた……!? 

 

 

 シャネスの姿はなかった。

 その驚愕が、揺れたフィルの意識をハッキリとさせる。勘で後ろを振り返るが、視界には星空の空間が広がるのみ。右、左、と即座に確認するが、見える景色は変わらなかった。

 次は何処から狙ってくるか分からない。シャネスを見失った焦燥感が、フィルの冷静さを失わせる。辺りを見渡す仕草を延々と繰り返すのみで、一向に見つけられる気配がない。

 

「……」

 

 フィルは無言のまま冷や汗を流し、右、左と視界を切り替えることしか出来ずにいた。

 途端、何処からか溜息が聴こえた。

 

「ここだ………」

 

 その声は頭上から聴こえた。

 

 ──そこか……

 

 咄嗟に見上げるが、そこもまた星空の天上が広がるだけだった。

 

「なっ……!?」

 

 声は確かに頭上から聴こえた……天上を視界に映したまま再び焦燥感に駆られたフィル。今度こそ見当がつかなくなったフィルは、そのまま動かなくなってしまう。

 だが、それもほんの一瞬……唐突に喉を走った感覚が、何かで喉を突かれるような感覚が、彼女の意識を呼び覚ます。

 

 ──まさか……

 

 顳顬(こめかみ)の辺りを汗が冷たく流れ、フィルはそれを肌で感じ取っていた。ゆっくりと………恐る恐る視界を下げていくと、こちらの喉元に指を突き立てるシャネスの姿が映った。

 

「全く見えなかった……」

 

 思わず、後退りをしながら驚嘆の声を漏らすフィル。彼女が周囲を見渡している間、シャネスはずっとフィルの頭上に浮いていた。そして、フィルが見上げた瞬間に彼女の正面に立った。

 彼女が認識出来ないほどのスピードで、シャネスはそれをやってのけたのだ。

 

「2つ忠告をしてやる」

 

 シャネスがそう言った瞬間にフィルは跳び上がり、彼の顔面を狙って左脚を蹴り上げた。だが、案の定というべきか左手で脚を掴まれ、アッサリと受け止められる。

 

「……一つ目、攻撃をした後の行動を考えろ」

「フンッ!!」

 

 掴まれている左脚を軸に、身体のバランスを取りながら右脚の蹴りを繰り出す。だが、シャネスは脚を掴んだ左腕を振り回してフィルを投げ飛ばす。

 

「ッ……!!」

 

 空中で身を翻して着地したフィルだが、ここでまたシャネスの姿がないことに気づく。

 

 ──またか……

 

 だが、そう思ったのも束の間。

 

「……二つ目、敵の位置を常に把握しろ」

 

 今度は背後から聴こえてきた。フィルは振り向き様に回し蹴りを放とうとするが、途中で動きをピタリと止める。

 

「……!!」

 

 ここで勢いを殺し、回し蹴りの動きに急ブレーキを掛けたのは、彼女のすぐ目の前に突き出された拳があったからだ。ここで動きを止めなかったら、自分から拳にぶつかっていただろう。

 フィルはそれを視界の端にギリギリで捉え、紙一重で衝突を回避することが出来たのだ。

 

「………」

「今のは良かったぞ」

 

 シャネスは、フィルが己の拳に反応してみせたことを褒めた。だが、フィル自身、それに満足したような様子は見せない。寧ろ、悔しさのこもった表情を浮かべていた。

 強く歯を噛み締め、眉間に(シワ)をキツく寄せていた。その苛立ちの矛先は、余裕を見せるシャネスなのか或いは、未熟さを露呈する彼女自身か……

 

 

 

 スッ………

 

 唐突に、フィルは右手を前に出す。手の平には、緑に縁取られた光の玉が宿っていた。

 

 

 

 吸血鬼……それに限った話ではないが己の内に宿る力を操れる者は、それを凝縮して放ち、敵を撃つことが出来る。

 その際に形成される光の玉は『弾幕(だんまく)』や『光弾(こうだん)』などと称される。コレを応用することで、光線や斬撃などの形に作り変えて多様な技を実現させることが可能となる。

 

 

 

 

 手に宿る緑の光。バチバチと細かい稲妻が覆っている辺り、かなりの力が込もった光だと伺い知れる。

 この至近距離なら、シャネスに当てられるかもしれない。そう考えたかのようにフィルは脚を一歩前に出し、彼との距離を縮める。光の放つ音は徐々に間隔が短くなっていき、次第にチカチカと点滅し始めた。

 シャネス自身もその様子を黙って見ていたが、少し警戒する様子を見せ始める。

 

「………」

 

 フィルは半身(はんみ)の体勢を取り、光を宿した右手を後ろに引いて構えを取る。そのまま、数秒の時が静かに流れた。

 フィルは、顳顬(こめかみ)から(ほお)、頰から(あご)へと汗が伝っていくのを肌で感じていた。

 顎の先端にまで到達した汗は、ゆっくりと細長く伸び………プツリと切れ、雫となって真っ直ぐに落ちていく。その雫は地面に沈みこみ、潰れた形へと姿を変え、そこから中心がへこんだ形になった直後、細かい飛沫(しぶき)へと分かれて全方位へ飛んでいく。

 

「……!!」

 

 その瞬間、フィルは一気に右手を突き出した。

 一瞬で吹き荒れる爆風、煙。それらに数瞬遅れて、爆発した音が星の間に響き渡った。

 

「!?」

 

 それまで余裕を見せていたシャネスだが、意表を突かれてしまっては、驚いた様子を隠せなかった。

 フィルは、シャネスではなく地面を撃った。自分を狙い撃つと読んでいたシャネスにとって、それは想定外のアクションだった。視界は煙に覆われ、上手く活かすことは出来ない。聴覚も、爆風や煙の吹き荒れる音で封じられてしまっている。

 

 ──考えたな……

 

「視覚も聴覚も活かせないこの状況で、最も対応が遅れる場所は何処か……」

 

 シャネスは目を瞑ったまま、呟く。その背後に1つの影が浮かび上がった。

 

「それは後ろだ」

 

 直後、煙の中からフィルが飛び出してきた。手には魔力で生成した剣を握っており、緑に輝く光の剣は細長く鋭利な形に仕上がっていた。

 

「せぁああああ!!!!」

 

 掛け声と共に、一気に振り下ろす。ほんの一瞬の後に甲高い金属音が周囲に木霊(こだま)し、火花が大きく飛び散った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐぅッ………!!」

 

 フィルは歯を食い縛り、腕に全身の力を込める。だが、フィルが全力で振り下ろした魔力の剣を、シャネスは銀製のダガー1本で受けとめていた。

 魔力で生成した剣とあらば、あらゆるものを両断することが出来る。魔力の扱いに長けた者なら、大地に地割れのような斬れ跡を残すことだって可能だ。

 本来であれば、魔力の剣はダガーなど簡単に破壊出来るだろう。だが、それが叶わないのはシャネスが、ダガーに魔力を流して硬度を数十倍に跳ね上げているからに他ならない。

 

「……全力で来いとは言ったが、殺しに来いとは言ってないぞ」

「知れたことを………お前がこの程度で死ぬ筈が無かろう」

 

 鍔迫り合いのまま、互いに睨み合う。光の剣とダガーの接触部分からは、相変わらず火花が吹き出していた。腕がミシミシと音を立てるほどに力んだフィルとは対照的に、シャネスは一切表情を変えないままだった。

 途端、彼はダガーを握る腕から力を抜いた。

 

「うあッ………!?」

 

 反発する力が急になくなったことで、自分の力につられ、前倒しに体勢を崩すフィル。シャネスはその隙を見逃さず、彼女を蹴り飛ばす。

 ドサリ、と地面に倒れ伏したフィル。蹴られた脇腹を抑えながら、よろよろと立ち上がる。シャネスの方を見ると、彼はこちらに向けた手の平に魔力を集中させていた。紅い光が少しずつ濃さを増し、バチバチと音を立てる。

 正面から受け止めるのは不可能と考えたフィルは、どう避けようか考えていた。

 

紅月(あかつき)天啓(てんけい)

「!?」

 

 シャネスがそう口にした瞬間、紅い光が風を切りながらフィルに向かって伸びていく。しかし、フィルは何かに驚いた表情を浮かべたまま動かない。視界が紅一色に染まり、彼女の影は背後に大きく伸びていく。そして、そのまま爆発に巻き込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何故、避けなかった……?」

 

 身体のあちこちに怪我を負い、咳き込むフィルにシャネスは問い掛けた。彼自身、彼女が十分に避けられる弾速に調整したつもりだった。だが、フィルは何かに驚いたまま、動くことなく光弾の直撃を許した。

 シャネスの問いに、フィルは咳き込みながら答えた。

 

 

 

 

「叔父よ………戦いの最中に一々、技名を叫ぶ必要があるのか……?」

 

 

 

「………は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光に包まれた視界の中を進むと、見慣れた薄暗い廊下が左右に広がっていた。背後にはただの壁があるだけだった。" 星の間 " の入り口はこの壁の中にあった。

 

 

 ──分断された現実(セパレート・リアリティ)

 

 

 それは、現実の中に紛れた非現実の世界。

 現実に存在しないはずの空間はそう呼ばれており、現実の空間とは分断された位置に存在するのだという。

 だが、何らかの方法で現実の世界と繋がることがあるらしい。

 伯父曰く、" 星の間 " はその一例だという。

 入り口付近を覆っていた緑の光……アレは現実空間と非現実空間の境目だということになる。紅魔館の地下が、現実に存在しないはずの空間と繋がっていると思うと、少し気味悪く思えてしまう。

 

 

 

 

 

「シャネス………私は強くなれているのか?」

 

 

 地下の階段を上がり、隣を歩く伯父に尋ねた。

 

 

 

 

『お前自身が強くなれ』

 

 いつか、伯父に言われた言葉が頭をよぎる。その日から、更に厳しく鍛錬に取り組んだつもりだった。

 ……だが、今日の実戦はハッキリ言って惨敗だった。この目でしかと焼き付けられた圧倒的実力差。この先、どれだけ鍛錬を積んだ所でその差が埋まるビジョンが全く浮かばなかった。

 

 

「……少なくとも最初の頃よりはな」

「………」

 

 

 そして、実際に拳を交えて新たな疑問を覚えた。

 それは、アレほどまでの強さを誇った彼がいたにもかかわらず、何故、先の反乱でスカーレット家は破れたのか……

 

「1つ聞きたいことがある。お前ほどの腕の立つ者がいながら何故、スカーレット家は破れた? 何故、お前は死んだ?」

 

 

 

『………私はあの戦いで死んだ。今更向けられる顔など無い 』

 

 両親に会おうとしないワケを聞いたときの伯父の答えが再び脳裏をよぎる。彼は、自分が死んだことになっているかのようなことを仄めかした。曖昧な言い回しの為、正確な事実は定かではないが彼がスカーレット家の者である以上、私の父が起こした反乱に加わっていたのは間違いない。

 伯父はしばらく、黙ったままだった。黙ったまま何も答えなかった。

 そのまま沈黙が続き、いつしか足音しか聴こえなくなっていた。どれだけ時間が過ぎたかは分からない。

 

「……伯父よ、何故答えようとしない?」

 

 

 私が苛立ちを込めた声で再び尋ねた。

 すると、彼は覚悟を決めたかのように口を開いた。

 

 

「いずれ分かることだ……このまま黙ってても、お前は知ることになる」

「………」

 

 

 ──また、曖昧な返事か……

 

 私が呆れた気分で、そう思ったときだった。伯父は再び口を開いた。

 

「だが、お前が望むなら話そ──」

 

 唐突に伯父の言葉が途切れたかと思うと、隣にいたはずの伯父の姿が消えていた………かと思えば、1つの影が目で捉えられないほどのスピードで私の側を通り抜け、追い風が私の髪を後ろになびかせた。

 直後、金属同士がぶつかる音が背後から聴こえ、廊下の奥まで鳴り響いた。

 

「な……!?」

 

 慌てて振り返ると、そこには伯父と鍔迫り合いをしている父上の姿があった。

 

 

「何故、お前がここにいる……?」

「グッ……!!」

 

 伯父はダガーで、父上の剣を受け止めていた。鍔から先の刀身部分が細かく震えて、音を撒き散らす。

 

 

「フィル!! お前はすぐにここから離れろ!!」

 

 

 父は大声で私に向かって叫んだ。

 

「……は?」

 

 事態が飲み込めず混乱する私には御構い無しに、両者は刃物を振り回して互いに火花を散らし合う。どちらかの攻撃が1発でも決まれば、命を落としそうだった。

 

「よくもまぁ、のうのうと顔を出せたものだな……」

「………」

 

 父上の煽るような言葉に、伯父は黙ったまま顔を背けた。その隙を突いて、父上は剣を斜めに振り下ろす。伯父は間一髪でそれに反応して、ダガーで防いでみせた。

 剣を受け止めたダガーの刃を斜めらせ、剣を滑らせる。摩擦で火花が散る中を伯父は素早く跳び上がって壁を蹴り、膝のバネを利用したスピードを活かしてダガーを空中で振る。

 父上は素早くかつ大きく上体を反らして紙一重で躱し、床に着いた手を使って後方に宙返りをうつ。

 大きく跳んで距離をとった直後、剣の刃先を伯父に向けて構えを取った。

 

 

 

「よせ!! 二人とも!!」

 

 

 私の呼びかけを無視するかのように、2人の刃物の応酬は延々と続いた。私自身、叫びはするものの、力づくで止めようとはしなかった。

 止められなかった、と言ってもいい。

 迂闊に両者の間に割って入れば、私自身の身体が分断されかねないからだ。

 

 ──そもそも、何故父上は伯父を狙う……!? 

 

 実の弟に剣を向ける父上。

 私はただ、刃物が火花を散らす様子を傍観することしか出来なかった。耳鳴りがするほどに、金属音のメロディが奏でられる。

 それが永遠に続くかと思われたときだった。

 

 

 

 

 カァァァン!! 

 

 

 

 今度は、先程までとは違う音が響き渡った。父上の振り上げた剣が、伯父のダガーを弾いた音だった。

 

「チィ……!!」

 

 焦った表情が一瞬で伯父の顔に浮かび上がる。

 素手では不利と考えたのか、伯父は背を向けて大きく飛び退いた。

 だが……

 

「オイ、忘れ物だ」

 

 父上は拾ったダガーを叔父に向かって投げつけた。

 空気を切るような音に包まれながら真っ直ぐに飛んだダガーは、伯父の手首を貫通し、血を吹き出させる。

 グチャリ、と肉が潰れたような音がハッキリと聴こえてしまった。

 

「ッ……!!」

 

 痛みに顔を歪める伯父の左の手首からはダガーの刃が突き出し、反射で紅く輝く。

 真っ赤な血がベッタリと付着し、一本の細い肉の繊維のようなものが絡みついていており、傷口からは血管が脈を打つ度にドクドクと赤黒い血が吹き出していた。

 見ているこちらが痛みを感じてしまい、思わず自分の左手首を押さえてしまう。

 だが、左手が使い物にならなくなった伯父に父上は容赦なく襲いかかる。剣の一太刀一太刀に一切の迷いが無い程に殺意が篭っていた。

 

「ここで息の根を止めてやるぞ」

 

 伯父は右手で左手首を抑えながら父上の剣を躱していたが、少しずつ刃先が掠るようになっていく。

 父上が剣を振る度に壁に大きな亀裂が走り、廊下にある装飾品が粉々に砕け散る。

 それらの光景は、一太刀が直撃した時の伯父の姿を示唆しているかのようだった。

 紙一重で剣を躱し続けていた彼もいつの間にか、身体の至る所に切り傷ができており、ダラダラと血が流れ始めていた。

 眉の上を切られたのか、紅い線から流れた血が左目を塞ぐ。このまま一撃が直撃するのは時間の問題かと思われた。

 父上の剣を振る速度も段々と上がってきている。伯父は明らかに余裕がなくなってきており、いつ斬られてもおかしくない状態だった。

 そして遂に、伯父に大きな隙が生まれる瞬間が訪れた。

 

「しまッ………!?」

 

 上方向から次々と振り下ろされる剣に気を取られていたせいで、伯父は父上の目にも止まらない速度の蹴りで脚をすくわれ、宙に浮かされてしまっていた。そのまま床に背中から落下し、脚力を活かすことの出来ない体勢になってしまう。

 

「終わりだ」

 

 そう言って、父上は剣を頭上に大きく構えた。

 その瞬間に伯父が上体を起こしたままチラリと背後を確認する。

 すると、其処には大人1人ほどの大きさの窓があった。

 

「……!」

 

 父上の剣が振り下ろされた瞬間に、素早く横に転がり込んで僅か数センチの差で剣撃を回避する。

 その直後に、素早く立ち上がって窓際まで一気に走り抜ける。窓までそれなりの距離があったはずだが、彼はそれを一瞬で詰めてみせた。

 そして、その勢いを残したまま窓に身を投げた。

 

 

 ガシャン!!

 

 

 ガラスが粉々に砕け散る音が耳に響く。

 

「待て!!」

 

 私と父上がすぐさま駆けつけるが、そこに伯父の姿はない。砕け散ったガラスの破片が地面に落ちていく光景と夕焼けに染まる空が広がっていただけだった。

 

「……逃げられたか」

「……父上?」

 

 肩で息をしながら、悔しそうに外を眺める父上に話しかけた。

 

「……フィル、奴に何かされなかったか?」

「何の話だ? 危害を加えられるようなことは何一つなかったぞ」

「……そうか」

 

 父上はしばらく、何かを考えている様子だった。

 

「……あとで、話を聞かせてもらう。何故、お前が奴と一緒にいたのか……」

「待て」

 

 立ち去ろうとする父上を呼び止めた私は、彼を問い質した。

 

「何故、伯父を狙った……?」

「………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 この後父上は黙ったまま何も答えず、私の手を力任せに引っ張っていった。その間、どれだけ抵抗しても手を離さず、どれだけ問い質しても理由を答えなかった。

 ズルズルと引っ張られるまま、何も喋ろうとしない父上の背中を睨みつけることしか出来なかった。

 私はそのまま書斎に連れて行かれ、父上に様々なことを聞かれた。

 だが、彼自身が私の問いに答えようとしない為、私は嘘をついた。

 例えば──

 

「伯父と会ったのは今日が初めてだ」

 

 相手からの質問に答えず、自分だけ答えを得ようなど虫のいい話だ。

 対等に話し合う必要はない。

 そんな反発心から、虚偽の答えを示した。

 その度に、父上は怪訝な表情を浮かべたが。

 1時間ほど問い質され、ようやく私は解放された。それからは特に何も起こらなかったが、私は混乱したままでいた。

 

 何故、父上は実の弟を殺しにかかったのか……

 

 1つ、合点がいったのは伯父が私の両親に会おうとしなかったことだ。

 伯父はこうなる事態を予測し、両親との遭遇を避けていたのだと。しかし、その理由が分からない。彼らの間に何があったというのだ……

 

 

 

 これまで伯父の存在を語らなかった両親、

 その両親との遭遇を避けていた伯父、

 そして伯父の顔を見るや否や、剣を突きつける父上。

 

 

 

 ここまでの事実が揃っておいて、何も無かったという方が最早おかしいだろう。

 だが、仮に何かの対立があったのなら何故伯父は私との接触を図ったのか……

 それ以前に父上は何故、同じスカーレット家であるはずの伯父を……

 

 

 

 

 

 現時点では何も分からない。そもそも情報が少なさすぎるのだ。

 

「………」

 

 果たして、真相が明らかになる日は来るのだろうか……? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日は、そんなことを考えながら(とこ)についた。そして、その日を境に私の生活は大きく2つ変わった。

 1つ目は、その日から伯父が一度も顔を出さなくなったこと。

 

 

 2つ目は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私はその日の翌日から、レミリアと共に地下の部屋に監禁されたことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





【挿絵表示】


2019/10/31にTwitterの方にて、なかやっち(@nakayatti1758)様からハロウィン衣装のフィルを頂きました!!

日にち的に2日ほど遅れてしまいましたが……
ハッピーハロウィン!!

素敵なイラストをありがとうございます!!






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