【未完・移行予定】 紅魔の崩壊記 〜the Oldest sister of Scarlet Devil   作:平熱クラブ

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更新が大幅に遅くなりました……
本当に申し訳ありません!!
(土下座)

ただ、その分内容も長くなっていますのでどうかご寛恕ください……(泣)


第6話 姉妹

 

 

 

 

 ──スカーレット・スワン

 

 

 

 

 いつからか呼ばなくなったが、伯父は「天使」の呼び名を嫌う私をそう呼んだ。彼曰く、「悪魔らしくない純白の翼を白鳥になぞらえ、スカーレット家の肩書きにちなんだもの」らしい。

 当然、その名で呼ぶ度に私は反発したが。

 その伯父も長い間、全く姿を見せていない。あの日から理由(ワケ)を聞かされることもなく、私はレミリアと共に地下に監禁されることになった。

 心当たりがあるとすれば、伯父との接触だろう。彼と父上達との間に何かしらの対立があったのは、疑いようがない。

 だが、どうしても引っかかるのは、彼が私との接触を図ったことだ。仮に、伯父が敵対的な立場にあったとすれば、色々と不自然な点が目立つ。例えば、私に鍛錬を施したのもそうだが、破門されようとした私を説得などするだろうか? 

 更に言えば、スカーレット家の起こした反乱について、彼は私の両親を貶すどころか、戦いの最後まで使命を(まっと)うしようとした二人を(たた)えるような言い方さえしていた。

 

 

 

『お前の親が守り続けてきたスカーレット家の誇りだけは絶対に忘れるな……』

 

 

 

 敵対していた者が吐く言葉だとは、とても思えない。

 私は幼少の頃から、皇家(おうけ)を護り続けてきたスカーレット家の威厳と歴史を伯父に教わっていた。

 かつて魔界で起きた他種族との全面戦争で先陣を切り、吸血鬼を勝利に導いた事実。吸血鬼同士の内乱を、その力をもって制圧してみせた過去。

 スカーレット家の話は、子供心に私を強く魅了した。

 彼の口から語られる両親は強く、勇ましく……

 そして………私の憧れだった。

 伯父の語る歴史が、スカーレット家の威厳に対する畏敬の念を強く抱かせたのだ。そのスカーレット家の第一子として生を受けた、私という存在。

 それまで忌避の目を向けられ続け、自己嫌悪に苛まされてきた私が、唯一誇りを持てる事実だった。

 だが、それと同時に………その威厳を(けが)す自身の存在を呪った。

 

 

 

 

 故に、私は破門を望んだのだ。

 

 

 

 

 いま思えば、私が彼から受けた影響はかなり大きかった。このぶっきらぼうな口調や態度もそうだが、私がスカーレット家の権威に執着し始めたのも間違いなく彼の影響だろう。名だたる御家との軋轢(あつれき)を恐れ、客人として訪れる彼等の理不尽な仕打ちに耐え忍んでいたのは、スカーレット家の権威に執着していたからだった。

 その執着が生まれたキッカケは矢張り、伯父である。私がこれほどまでに強い執着を抱くようになるほど、彼はスカーレット家の歴史を語り聞かせたのだ。

 そんな伯父が父上達と対立していたとなると、どうにも噛み合わない事実が頭に引っかかる。敵対していた者の話を、ここまで他者を惹きつけるほどに語り続けたりするだろうか? 

 ……しかし、父上が顔を合わせた途端に剣と敵意を向けたのもまた事実。

 敵対していたとは思えない事実に、敵対していたと疑いようのない事実。コレらの事実が私の頭を余計に混乱させるが、どれだけ思考をループさせても答えは出なかった。

 

「……………」

 

 溜息をつきながら、窓一つなく、様々な装飾が施された部屋を静かに見渡す。

 家具や鏡台、天蓋の付いたベッド………これらは全て、元々私が使っていた部屋から運び出したものだ。配置が前の部屋とほとんど同じである為、部屋を移ったという実感が少し薄い。

 地上階に繋がる階段には、私には解読出来ないほど複雑な術式が施された結界が張られており、父上達にしか解除することは出来ない。紅く透明なガラスのような結界は、触れるだけで雷に撃たれたかのような痛みを生み出す仕組みに作られていた。

 一度、興味本位で触れたことがあるが、2日ほど腕が使い物にならなくなった。身体の神経に作用するタイプなのか、麻痺したまま動かなくなり、指一本動かすことは出来なかった。3日目くらいで腕は動くようになったが、1週間ほど痺れは残り、筆やカップなどを上手く持てずに何度も落とした。

 そうした経験を経てから、結界に触れようと思ったことはない。

 こうした施しがなされている以上、地下から出ることは叶わなかった。

 しかし監禁とは言っても、元々部屋に籠ることが多かった私にとってそこまで不自由なものではなかった。更に言えば部屋から出ることを禁じられているわけでもなく、退屈なときは複雑に入り組んだ廊下の先にある大図書館で時間を潰すことも出来た。地下から上がれないこと以外に、特に行動が制限されていたわけでもない。

 

 ただ一つ、不満があるとすれば………

 

 

「ねーね」

「………」

 

 年齢差12歳にして(よわい)1歳の妹、レミリア。吸血鬼といえど、身体の大きさは人間の幼子(おさなご)と変わりはない。吸血鬼は10歳頃までは人間と同じ速度で成長するが、そこから数百年はそのままの姿で過ごし、極端に遅い速度で成体へと近づいていく。

 吸血鬼が不死身と揶揄(やゆ)される所以はコレだ。人間からすれば、とてつもなく長寿で、姿も百年単位で変わらない吸血鬼が不死身に見えるのだろう。

 実際は" 不老長寿 "というだけで不死身ではないのだが……。

 

 

「ねーね、あそぼ」

 

 そう言って私の人差し指を掴みながら、こちらに背を向けてよちよちと歩き始めた。私も少し体勢を(かが)ませながら、それに合わせて歩を進める。

 ………非常に歩きにくい。

 普段は両親が世話をしていたのだが、地下に移ってからは私に面倒見を押し付けるようになった。以前は自室に籠って彼女となるべく会わないようにしていたのだが、常に近くにいる状況となると、精神的にくるものがあった。

 

 

「………」

「?」

 

 私が何も言わない為か、癖毛のある水色がかった銀色の髪を揺らしながら、時々こちらをチラリと見返してくる。ポカンと、何かを不思議そうに見つめていた。

 私の目に映るのは、まだ小さいながらも鋭く尖った牙に、人外じみた美しささえ感じさせる血の如く紅い瞳、悪魔と呼ぶに相応しい蝙蝠(コウモリ)のような翼………

 彼女は見事なまでに吸血鬼だった。その事実が妬みという感情を、確かなものとして私に(いだ)かせた。

 一緒にいると、どうしても頭にチラつくのだ。

 私がひたすら蔑まされた連中から、やたらと称えられ、無邪気に微笑んでいた彼女の姿が──

 

 

 

 

 ………ハッキリ言って、実の妹が目障りだとすら思っていた。

 

 

 

 

 何故、私には無いものを持つことが出来たのか。

 何故、彼女はスカーレット家の者として脚光を浴びることが出来たのか。

 そして何故、過激になってゆく仕打ちを私だけが受け続けなければならないのか………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──コイツのせいで……

 

 

 ………以前は考えないようにしていた。

 私が名家の者達から受ける仕打ちが過激になってきたのは、レミリアが生まれてからのことだった。妹という比較対象ができ、彼等の中で忌避の(まと)しての私の価値が上がったのだろう。要は、(けな)しやすい口実が一つ増えたのだ。

 客人が訪れる度に無数の(そし)りや罵声を浴びせられ、挙げ句の果てには、その暴力の前に血さえ流した。そうした境遇の中、日に日に募らせたのは彼らへの憎悪。

 しかし、スカーレット家に問題を起こさせ、権威を失墜させるという彼等の狙いを見抜いている以上、私はただ堪えるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『我等が追放されることになった元凶は貴様らだ。

 ……にも関わらず………これまで、それに対する償いなど一つも無かった。更には吸血鬼という身でありながら、こんな忌々(いまいま)しき天使を産んだとは……最早、スカーレット家には悪魔の称号すら相応しくあるまい』

 

『グッ………!!』

 

 床に倒れ伏す私を足蹴(あしげ)にし、侮蔑の言葉を吐き捨てる貴族。ミシミシと、頭蓋が軋むほどに強く頭を踏みつけていた。顳顬(こめかみ)に靴裏がズッシリと食い込み、その刺激が万力で締め付けるような痛みとなって神経をかけ巡る。それを(こら)えるかのように、歯を食い縛りながら目を瞑ることしか出来なかった。

 頭が潰れるような痛みがどれだけ続いていたか分からない。ほんの十数秒しか経っていないのかもしれないが、私は時間の流れが永遠であるかのように感じていた。

 何処かじんわりとした、この鈍い痛覚が時間の感覚を狂わせていたのだ。

 その痛みと感覚のズレを生み出しているのは、踏み潰そうとする脚の圧力だけではない。かなりの硬度をほこる大理石で作られた床からも、それに反発する力が頭部に作用し、二方向から挟み潰されるような感覚が延々と走り続けていた。

 頭部に圧力がかかり過ぎたせいか、段々と気分が悪くなってきた。顔色も悪くなってきているのが自分でも分かる。それと同時に、血の流れが悪化しつつある事実にも気付いたが、どうすることも出来ず、ただ痛みに呻くことしか出来なかった。

 

 

 

 

 メキメキ……ピシッ! 

 

 

 

『………!!』

 

 

 何かが割れるような音に心臓がドクンと跳ね、思わず目を見開く。この割れた音が頭蓋骨………だとしたら、私はこうして意識など保っていないだろう。その音の正体が、床にヒビが入ったものだと気づくのに少し時間がかかった。

 頭蓋をかち割られた音ではない……その事実に僅かな安堵を覚えるが、その安堵も更に強まった痛みにすぐさま掻き消され、それに抗うように全身の筋肉が(りき)みだす。

 

『ア"ァ"ァッ………!』

 

 段々と強さを増す痛みに比例するように、脂汗が大量に吹き出し、吐き気が喉元まで込み上げてくる。頭蓋が今にも砕けそうなほどに軋み、石をすり潰すような音が耳ではなく、脳内に直接響く。

 その音が頭の中に幾度も反響し、やがて1つのイメージを作り上げた。

 一瞬………横方向に歪むように変形したザクロの実がグチャリと潰れる。真っ赤な果肉が破裂したように(はじ)()るのと同時に、周囲に血のような果汁が飛び散っていく。真っ白な床を紅く染め上げながら枝分かれするようにタイルの表面を走っていき、そのタイルの隙間にゆっくりと、()み入っていく光景が(まぶた)の裏に浮かび上がった。

 それが自分の頭が踏み潰される光景と重なった瞬間、全身の産毛が一斉に逆立つ感覚が背筋を走る。

 その幻視した光景が現実のものとなる瞬間を覚悟しながら、(たぎ)り尽くす激痛に身を焼かれ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 途端、頭部を圧迫していた力が消え去った。

 

 

 ……何が起きたのか? 

 

 

 そうした疑問を抱く余裕すら無く、余韻として残り続ける痛みと渇望していた酸素に身体を震わせ、喉元まで込み上げていた吐き気が大量の咳となって発散される。自分の意思に関係なく身体が勝手に反応するかのように咳き込み、肺を圧迫する。それがほんの僅かの間に何度も繰り返され、呼吸を整えることが出来ないまま息を乱していく。

 

『カハッ……ウっ………!』

 

 自然と咳き込む身体を無視して、無理やり息をしようと試みるが、今度は咳の代わりに先程の吐き気が急激に喉元までせり上がってくる。口内に薄っすらとした酸味が広がり、気分の悪さが更に増す。しかし呼吸を整える間も無く、すぐにまた連続した咳に襲われた。

 咳き込む度に、喉が削られたように痛んだ。

 地面に倒れたまま喉を抑えつつ、空気を吸う量と吐く量を調節しながら少しずつ呼吸を戻していく。

 それを繰り返しているうちに、大きく乱れていた呼吸も少しずつ整い始めた。同じく乱れていた心拍が安定し始めると同時に、身体の力も少しずつ抜けていく。

 やがて視界が徐々に(せば)まっていき、薄暗くなっていった──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、ビシャリと頭に降りかかった冷たい刺激が私の意識を目覚めさせた。

 

『だが、喜べ。せめてもの贈り物だ。貴様と違って、(ようや)くまともな跡取りが生まれたんだとな……

 この私が直々に祝おうではないか』

 

『………』

 

 意識はまだ上手く定まっていなかったが、頭に降りかけられたのは、人間の血で作られたワインだと分かった。鉄の錆びたような(にお)いと、僅かにドロリとした感触に背筋を震わす。

 (ひたい)から流れた液体は(まぶた)の上を流れ、やがて視界を紅く覆っていく。

 

『血に染まった姿に由来するスカーレット家には、やはり(あか)が似合う……それ見ろ、いまの貴様にピッタリだ。もしかしたら妹より似合うかもしれん

 

 

 

 

 

 

 ……その無様な姿がな』

 

 ククク……と、堪える気のない嘲笑が響き渡る。視界が徐々に紅く染まっていく中、しかと目に焼き付いたのは卑下の笑みを浮かべた悪魔。私はただ、憎しみを込めた目で睨みつけるしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 両親は、未だに私がそうした仕打ちを受けていたことは知らないはずだ。もし、その事実を知っていたら相手が名だたる貴族だろうが、なり振り構わず、とっくに殴り込みに行っているだろう。

 どれだけ不遜な態度を取ろうと、決して私を見捨てようとしなかったあの二人ならやりかねない……しかし、それこそが彼等の思うツボなのだ。スカーレット家に問題を起こさせ、その権威を失墜させるという狙い──娘が痛めつけられたことを理由に、あの二人が名家の者達の胸ぐらを掴みに行ってしまえば、それで彼等の用意したシナリオ通りになってしまう。

 だから、私は黙ったまま………されるがままだった。心身共にどれだけ傷をつけられようと、決して父上達に悟られてはならない。

 そんな私の懸念などは、彼等にはお見通しなのだろう。どれだけ痛めつけようが、その被虐者たる私がその事実を白日の下に晒そうとしない。ただでさえ、スカーレット家に恨みを持つ彼等のことだ。

 ここまで都合良く殴れる人形など、他にはないだろう。仮にその人形が告発したところで、当初の目的通りスカーレット家を失墜させられるだけだ。

 如何に憎しみを募らせようが、客人に抵抗することは許されず、如何なる屈辱であろうと耐え忍ぶしかなかった。

 弱音も涙も零すことすら出来ず、心の奥底で痛みに(うめ)く自分をひたすら殺し続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな中、妹はただ賞賛の声を浴び続けた。姉が置かれた境遇など、彼女にとっては対岸の火事だった。私がどれだけ暴虐に跪かされようが、 その事実を無視するように彼女はただ幸せそうに微笑む。日常の1つ1つのシーンを噛み締めるように………

 あんなに微笑んだことなど、果たして自分にあっただろうか? 

 吸血鬼としての姿だけではない。その境遇までもが正反対だったのだ。

 

 

 そして、私はそんな妹が──

 日に日に増える傷にひたすら堪える中、眩しいくらいの笑顔を振り撒く妹が──

 

 

 

 

 

 

 

 分かっている、彼女がまだ幼い子供なのは……

 分かっている、彼女に何の罪も無いことは……

 

 

『レミリアのせいなどではない……』

 

 心の底で妬みや怒りが湧き出る度に、ひたすら自分にそう言い聞かせ、溢れ出す衝動を理性の鎖で縛りつけた。だが、縛れば縛るほど………彼女が笑みをこぼす度に、その衝動は大きく堅固なものとなっていった。

 共に過ごす時が増えてからは心を毒が蝕んでいくように、その感情は日に日に密度と重さを増しながら、胸の内を焼き焦がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふっ……!」

 

 しばらく私を不思議そうに見つめていたレミリアは、急に笑みを浮かべたかと思えば、トテトテと背後に回り、私の翼に手を伸ばした。

 

「ねーね、もふもふ!」

「………ッ!」

 

 そう言いながら翼に抱きついて顔を埋めてきた。若葉のように小さな手でキュッと羽を掴み、体重をこちらに預けてくる。「ぎゅ〜!」と言いながら、握る力と抱きつく力を強めてきた。

 幼子(おさなご)らしい、幼稚な振る舞い。恐らくだが、彼女にとっては縫いぐるみにでも抱きついているのと同じだろう。そこらの人間の赤子となんら変わりはない。

 普通なら、微笑ましく思える幼い妹の光景がそこにあった。

 

 

 

 

 

 

 だが、それは私の神経を逆撫でするものでしかなかった。

 

 ──何故お前はそんなに笑っていられる……? 

 

 彼女はいつもそうだった。

 賛辞と将来への期待の言葉を浴びながら、ただ幸福に満ちた笑みを浮かべていた。

 その光景が脳裏をよぎる度に、この理不尽な現実に怒りを募らせる。

 いま、この瞬間だって正にそうだ。

 

 ──何故、私だけ(・・・)が………

 

 その怒りの引き金となるのは………やはり、彼女の笑みだった。

 気付けば、私は握り拳を作っていた。手の甲に、僅かに血管が浮かび上がるほどに力が込もり、その拳が小刻みに震え始める。

 レミリアの抱きしめる強さが増すにつれて、私の拳を握る力も段々と強さを増していった──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「ねーね?」

 

 無言のまま立ち尽くす私に、レミリアは問い掛けた。

 

「………1人で遊べ」

 

 私は溜息をつき、絨毯の上に散らばる積み木を顎で指し示した。

 

「うん……」

 

 レミリアは寂しそうに返事をしながら、積み木の元へ歩いていった。その小さな背を見届けつつ、私はベッドにソッと腰掛ける。

 ここでようやく、気付いたことがあった。

 それは、レミリアが私の機嫌を取ろうとしていたのではないかということだ。途中で沈黙に耐えきれず、こちらを振り向いて微笑みかけてきたのも、後ろから抱きついてきたのも、その為だったと思うと合点がいった。

 

 ──この(よわい)で媚びを売ることを覚えたか……

 

 相手の機嫌を伺う力が既に備わっているのなら、目上の相手に媚びを売るのも将来は苦労しなさそうだ…………などと、姉にあるまじき思考が頭をよぎる。

 いまの時点で、既にレミリアに嫌悪すら抱くようになっていた。……それでもまだ、妹に手を出さないだけの理性は残っていたが。

 震わせた拳を収めるのに少し時間はかかりつつも、胸の内の衝動は何とか抑えることは出来た。

 だが、繋ぎ止めた鎖はやがて、張力が限界を超えて砕けるだろう。彼女と過ごす時間が、絡まった鎖を徐々に削り、砕いていく。

 鎖の抑える力が弱まるのに反比例し、それまで抑圧された衝動が少しずつ………じんわりと(にじ)み出す。

 

 

 

 その兆しは、私の行動に現れていた。

 

 

 

 例えば……レミリアが手を繋ごうと、こちらの手を握ってきたとき──

 私はその手をギュッと力を込めて強く握り返す。彼女に対して抱いていた気持ちを絞り出すように。

 

 

 ──同じスカーレット家の者でありながら、何故お前だけが……

 

 

 妹の顔を見据えたまま、少しずつ力を加えてやる。ふにふにとした柔らかい感触が、グチャグチャに握り潰したい衝動へと駆らせ、更に力が込もる。

 そして、段々と…………滲み出してくる痛みに彼女の顔が歪み始め、表情が強張っていく。

 ……その辺りでようやく、ソッと手を離してやる。

 強く握られた手が痛むせいか、レミリアの呼吸が少し荒い。逆の手で押さえながら(しばら)く、無言でその痛む手を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 お前を囲む奴らと私は違う。私はお前に賞賛など浴びせはしない。お前がいつも微笑みかける姉は、こうして憎悪の火を滾らせ続けているのだ。

 さあ、泣け──

 

 

 

 

 

 

 

 だが、彼女は何事も無かったように──

 

「ふふッ!」

 

 いつも、笑みを浮かべて抱きしめてきた。

 

 ──泣けよ……

 

 その度に私は思った。それが、内に渦巻く真っ黒な感情が顔を覗かせる瞬間だった。

 しかし、彼女はそんな気持ちを跳ね除けるかの如く笑ってみせる。何物にも代え難い、自らが抱く親愛そのものを表す純粋さが溢れ出ているかのように。

 その笑顔は、更に私を苦しめた。

 

「………」

 

 組んだ脚に肘をつき、手の甲で顎杖(あごづえ)をつきながらレミリアの遊ぶ様子を眺めていた。積み木を積み上げては崩し、積み上げては崩しを繰り返す。

 ……城だろうか? 積み重ねた四角いブロックの上に、四角錐のブロックを置いていた。

 積み木のピースを1つ拾いあげては、そこらに放置し、また別のピースを探す。しばらく見ているうちに、彼女が紅いピースのみ選んでいたのが分かった。

 城……紅いピース……

 ここでレミリアが何を作ろうとしているのか、ピンときた。

 

 ──紅魔館

 

 大雑把ではあるが、この館の特徴は粗方掴んでいた。見たところ、ほとんど完成に近いようだが、当の本人は苦心してるようだ。時計台にあたる部分に丁度いい大きさのブロックが見つからず、1つ1つのピースを見比べていた。

 暫くそれらを見比べた後、1つのピースを拾い上げた。ようやく見つけたらしい。

 時計台にあたる部分に細長い直方体のブロックを置き、その上に四角錐のブロックを置こうと手を伸ばす。それを置けば、ミニチュアの紅魔館は完成かと思われた。

 しかし──

 

「……ねーね」

 

 途中でその手をピタリと止めたかと思うと、こちらを向いて私を呼んだ。しばらく、ジッとこちらを見つめていたが、おぼつかない足取りで私の元まで歩み寄ってきた。

 

「こっちきて」

「………」

 

 無言のままで座っていると、ソッと私の人差し指を掴み、そのまま引っ張るようにして脚を踏み出す。だが、その力に抗うように私は腰掛けた体勢を維持し、石のようにジッとしたまま動かない。

 その様子に、レミリアは不思議そうな表情を浮かべたが、少しムッとした顔になった。

 

「こっちきて!」

 

 強めの口調になり、動こうとしない私に苛立つ様子を見せた。同時に、彼女の引っ張る力も強くなった。それに合わせて、私も身体の重心を移しながらレミリアの力に抵抗する。

 精一杯力を込めても動かないと悟ると、彼女は両手で私の人差し指を掴んできた。そのまま徐々に引っ張る力が強くなっていき、レミリアの顔も強張ったものになっていく。

 

「ねーね……! きて!」

 

 その声を無視するように私は座り続けたまま、ビクとも動かない。

 

「1人で遊べと言ったはずだ……」

「……いや!」

 

 身体全体で否定を表現するように、レミリアは全力で首を横に降った。

 何をそんなに拘るのだろうか? 遊びたいのなら、1人で遊べばいい。

 

 

 

 私はお前といるだけで──

 

 

 

 思えば、レミリアがここまで強情になること自体初めてな気がする……。彼女が何をしたいのかが分からず、強情に意地を張る様子に私は苛立ちを募らせた。

 

「いい加減に……」

「ねーねも……あそぶ……のっ……!!」

 

 ここで、レミリアの声音が強くなってきたのを感じ取った。

 どこぞの童話の如く、巨大な株を引っこ抜くかのように背を反らし、歯を食い縛りながら私の指を引っ張る。その力が強まるのと同時に、私の苛立ちも大きくなる。

 

 どこまで意地を張るつもりなんだ。

 周囲に散々甘やかされると、こんなにもワガママになるのか……

 何故、お前だけが自分の望みを叶えてもらえると思う……? 

 

 

 

 この私には、そんな自由など認められたことはなかったのに………

 

 

 

 その一方で、彼女の声が段々と涙ぐんでいく様子に、私の嗜虐心(しぎゃくしん)が震えた。

 これまで何度悪意を持って接しても、レミリアはいつも気丈な笑みを振りまいていた。そんな彼女の悲しげな表情など見たことがない。

 

 ああ……コレだ、私が見たかったのは……

 いつも幸せそうに笑う彼女はどんな風に泣くのか……? 

 今まで見られなかったものが、ようやく見られるようになる……そう思うと、自然と口角が吊り上がりそうになった。実際には、無表情のままだったが。

 顔には出さない。

 しかし、内なる顔は冷酷に。

 右手の人差し指、右腕の肘の辺りが引き伸ばされる感覚がしばらく続き、腕そのものに痺れを感じるようになってくる。背筋も張ってきた。

 幼子といえどレミリアもまた吸血鬼。それなりに力はあるらしい。だが、このまま私が望んだものが見られるという期待を胸に、私はその力に逆らい続けた。

 

 

 

 

 

 途端、腕に張っていた力が急に消え、私は自らの力の向きに引っ張られて後ろに倒れそうになる。かと思えば、直後に何かがよろけた音が響く。視線を移すと、転んで尻餅をついたレミリアがいた。

 どうやら、掴んでいた手が手汗で滑ったらしい。先程の鈍い音からして、頭も強く打ったのではないだろうか? 

 彼女は痛みに顔を歪めつつ、ゆっくりと上体を起こす。

 

 

 

 その時、レミリアの様子に変化が現れた。

 

 

 座り込んだ体勢のまま………彼女は黙ったまま俯いていた。こちらから表情は伺えない。だが、僅かに肩が震えているのが分かった。

 一体、どんな表情を浮かべているのか……? 

 好奇心にも似た疑問を抱きながら、私は黙ったまま、レミリアの様子を見届けた。

 しばしの沈黙の(のち)、彼女はゆっくりと顔をあげていく。その間、ゾクゾクとした疼きが胸の内に(ほとばし)った。

 果たして、彼女はどんな顔を見せてくれるのか……? 

 そう考えながら、顔を上げるのを待つ。

 レミリアが俯かせていた顔を上げきった時、これまでに見せたことのない表情がそこにあった。

 怒りか哀しみか……

 明らかに普段とは真逆の表情を浮かべている。

 彼女の紅い目が水面のように揺らぎ、その(ふち)にじんわりと溜まった水滴が薄っすらと光るのが見えた。透き通ったその水滴は、ゆっくりと頰を伝って流れていき──

 

 

 

 レミリアの泣く声が響き渡ったのは、その時だった。

 

 

「あぁ……う…ぇ……ぁぁあああ"!!!」

 

 

 今まで抑えられていたものが、一気に溢れ出したかのようにボロボロと涙を零す。堰を切ったように溢れた涙は、柔らかな頰を、(ぬぐ)っても拭い切れないくらいにひたすら流れていく。

 限界まで抑圧された感情が、一度に全て噴き出したかのように声が響いた。

 その様子は最早自分の意思ではなく、身体が勝手に震えているかのようだった。

 そんな光景を黙ったまま見ていた私の心境は………

 

 

 

 

 

 

 

 

「無」だった。

 

 

 

 

 

 先程まで、あれほど期待していた光景が見れたはずなのに何も浮かんでこなかった。心に広がるのは、ただの虚無。空っぽ。

 あんなに心を駆け巡った(うず)きは、何処かへと消え去ってしまった。後には何も残らなかった。敢えて言うなら、「虚しさ」か……

 少なくとも、私は満たされるような気分ではなかった。

 

 

 ──なんだ、この気持ちは……

 

 

 自らの内に広がる空虚に困惑を覚える中、バタンと勢いよくドアが開いた。

 

「レミリア、大丈夫ですか!?」

 

 そこにいたのは母上だった。

 焦った表情を浮かべながら、レミリアの元まで駆け寄り、ソッと抱き上げる。レミリアも助けを求めるように、駆け寄る母に手を伸ばして泣き喚いていた。

 

「あぁぅ……えっ……」

「大丈夫、ママはここにいますよ」

 

 軽く揺すりながら、安心させようと(なだ)めるようにして優しく声をかける。そのようにして、泣き声を上げるレミリアをあやし続ける母上の様子を、私は黙ったまま見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎

 

 

 

 

「正直に言いなさい、フィル……? 貴女がレミリアを泣かせたのではありませんか?」

 

 未だに泣きながら、しゃくりあげるレミリアを()(かか)えたまま、母上は私に問いかけた。清らかで、しかし怒りの込もっている様子が伝わる声だった。

 

「知らん………そいつが勝手に泣き出したのだ」

 

 私は目を逸らしながら、素っ気なく答えた。

 表面上は、そう見えているはず………

 内心では、先程覚えた動揺が未だに走り続けていた。

 実の妹への妬み、そして怒りさえ抱いていた心から、彼女が涙を流す光景に期待を寄せていたはずだった。だが、今まで抱いていた気持ちは何処かへと消え去り、虚無だけが胸の内に残った。何も無い(うつろ)から生じる波は緩やかで、しかし心を大きく揺さぶりかける。

 ドン、と胸部を拳骨(ゲンコツ)で叩かれたような衝撃が漂い続けた。

 

「本当にそうですか……?」

「………?」

 

 何かを見据えているかのような母上の視線に、私はタラリと冷や汗を流す。

 

「フィル………貴女がこの子を避け続けていたのは、自分の姿を嫌悪するあまり、吸血鬼として相応しい姿を生まれ持ったレミリアのことを妬ましく思っていたからではありませんか?」

「…………」

「今の貴女を見ていれば分かりますよ……

 貴女はいま、レミリアを泣かせてしまったことを後悔している──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 傷付けたくないからこそ、妹を避けていたはずなのに」

 

「………!!」

 

 彼女の言葉に魔法でもかかっていたかのように、心臓が大きく跳ね上がり、その衝撃が水面の波紋のように全身に広がった。じんわりと広がり出した衝撃はやがて、痛みへと変わりつつ、胸の内に広がった虚無のベールを引き剥がし、その正体を暴き出す。

 先程、私が覚えた動揺の正体………

 

 

 

 それは、レミリアに対する罪の意識だった。

 

 

 

 私は知っていた。知っていたはずだった。

 如何に理不尽な現実がそこに広がろうと、それは決して妹のせいなどではないということを。これほどまでの苦境に立たされている元凶は、こんな姿を生まれ持った私自身だということも。

 そもそも……レミリアを避けていたのは、母上の言う通り、彼女を妬む心から危害を加えるのを恐れていたからだった。

 長女である自分に代わり、スカーレット家の権威を取り戻す可能性を持った妹を……

 

 

 (おう)に反逆を起こした罪のもとに、吸血鬼がこの世界に追放される元凶となったことで失墜していたスカーレット家。その第一子たる私の存在が更なる失墜を招いていた。

 そこに生まれたのが、私の妹であるレミリア・スカーレット。彼女は、私のような落ちこぼれではなく、見事なくらいに吸血鬼としての容貌を兼ね備えていた。

 

 

 ………妹なら、悲願であるスカーレット家の復権の要となれるのではないか? 

 

 

 砂漠の中で1つの宝石が見つけられないように、一筋たりとも光の射すことのなかった暗闇に満ちた日々。

 その中で芽生えた1つの希望。

 私では決して成し得ないことを、実現してくれるのではないか……そんな期待を抱いていた。

 ならば、私のすべきことは何か──

 私が客人の横暴に耐え続けたのは、スカーレット家の権威に執着していたからだけではない。ここでスカーレット家が失墜したとあらば、レミリアが悲願を成し遂げることが出来なくなるからでもあった。自分が妹に託した未来の為に、ただ耐えていたはずだった。

 

 

 

 

 

 それがいつからだろうか。

 スカーレット家の跡取りとして脚光を浴びる彼女が妬ましく、憎悪さえ滾らせるようになっていったのは……

 

 

 挙げ句の果てに、私怨に駆られた私は……

 

 

 レミリアはまだ年端もいかない、幼い子供だ。そんな妹を相手に、私はただ傲慢に振る舞った。私は最早、あの客人たちと何ら変わりはない。自分より力無き者を虐げることに、喜びを見出していたあの悪魔達と…………

 そして、こんな幼子に身勝手な期待を寄せていたことすら、後ろめたく感じられてきた。

 

 

 

 

 やはり……母上には見透かされていた。

 何も言い返せないまま、ただ沈黙を保ち続けるしか出来ない私に、母上が口を開く。

 

 

「私は何度も言ったはずです。貴女は決して落ちこぼれなどではない。何も恥じることなどない。私にとってフィル(貴女)レミリア(この子)も、ただのかけがえのない娘です。それを傷付けようとあらば、何者であろうと決して、許しはしません──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 例え、身内であったとしても(・・・・・・・・・・)

 

「ッ……!!」

 

 

 憐れみかける目から放たれた獲物を射抜くような視線に、身震いがするような寒気を感じ取る。身体が凍て付いたかのように動かず、ただ背筋が冷えるのを肌で感じていた。

 そんな私を無視するように、母上はこちらに背を向けて部屋を出て行った。

 バタン……とドアが閉まる音が響いてからは、ただ静寂だけが其処に漂い続ける。だが、私には心臓がはち切れそうなほどに脈を打つ音が、ハッキリと耳に届いていた。

 

 

 

 そして、ただ念じ続けた。

 

 ──ごめんなさい………

 

 だが、念じれば念じるほど、その声は残酷に頭の中に響いた。

 

『傷付けようとあらば、何者であろうと決して許しはしません──例え、身内であったとしても(・・・・・・・・・・)

 

 その身内(・・)という言葉が私を指しているのは明らかだった。

 これまで、ひたすら忌避の目を向けられ続けてきた私。一つ一つの私に対する言動は、精神を侵すには十分な力があった。

 日々、浴びせられる罵声や暴力………それらの持つ殺傷的な力の前に、自殺の二文字が頭をよぎったのは一度や二度ではない。

 だが、今はそれらが蚊に刺された程度のものにしか感じられなかった。この瞬間まで一度も味わったことの無い痛みが、絶望が私を襲っていた。

 

 ──身内からの拒絶

 

 思えば、私が居場所と呼べるのは身内(ここ)にあった。いや、身内(ここ)しか無かった。私が居ることができた、ただ一つの場所。

 

『決して、許しはしません──

 例え、身内であったとしても(・・・・・・・・・・)

 

 

 私の存在が唯一許された居場所からの拒絶。かつて私は『破門を望んだ』などと、のたまわっていたが、それが何を意味するのか、どれだけ恐ろしいことかを理解出来ていなかったが如何に分かる。

 私は、口だけが達者な弱者でしか無かったのだ。

 自分の居場所がなくなるということ。その居場所から自身が拒絶されるということ。

 私の存在が許される場所など、真の意味で何処にも無くなる。それは最早、一つの()だ。私には身内以外に居場所など無かった。身内(そこ)から追い出されてしまえば、最後には孤独という絶望が待つのみだ。

 

「ッ………!」

 

 段々とぼやけ始めた視界の端に、レミリアが組み立てていた積み木の館が映った。

 屋根にあたる部分のブロックが置かれていない、時計台にあたる細長い直方体。それを目にした時、レミリアが何をしたかったのか、ようやく気がついた。

 彼女は、紅魔館の完成を私の手に託そうとしたのだ。だから、精一杯に私の手を引いた。

 その事実に気が付いたとき、言いようのない不安に襲われた。彼女(レミリア)もまた、私の存在を受け入れるかけがえのない存在だったのだ。

 

 

 だが、私は気付くのが遅過ぎた。

 

 

 

 

 傷付けたくないと──

 守りたいと──

 

 そう思っていたはずの存在(モノ)を、私は自ら壊したのだ。

 

「…………」

 

 視界が滲み始めたかと思うと、一粒の水滴が頰を流れているのが分かった。何が私の頰を伝っているのか──気付いたときには、ソレ(・・)は止めどなく溢れ出ていた。

 

 

 

 

 

 

 ──ごめんなさい……

 

 私はもう一度念じた。

 

 

『決して、許しはしません──』

 

 再び、頭に反響する母上の声。

 

 

 

 

 ──ごめんなさい……

 

『決して、許しはしません──』

 

 何度念じようと、その声は蘇る。それが響く度に、胸が刃物で(えぐ)られたかのように、ズキリと痛む。今まで味わってきた、どの痛みよりも痛かった。

 

 

 ………もう、その声は聴きたくなかった。

 

 

 自分の意思に関係なく身体が震え始め、勝手に息が乱れてきた。それこそ、呼吸をすること自体苦しく感じられるほどに……

 そんな中、私はただ念じていた。頭の中に響き渡るその声を掻き消そうとするかのように、その痛みから逃れようとするかのように………

 私はひたすら念じ続けた。

 

 

 

 

 ──ごめんなさい……

 

『決して、許しはしません──』

 

 ──ごめんなさい……

 

『許しはしません──』

 

 ──ごめんなさい……

 

『許しはしませ……』

 

 ──ごめんなさい……

 

『許しはしま……』

 

 ──ごめんなさい……

 

『許しは……』

 

 ──ごめんなさい……

 

『許し……』

 

 ──ごめんなさい……

 

『ゆる……』

 

 ──ごめんなさい……

 

『ゆ………』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………カシャン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気付けば、私は積み木の紅魔館を蹴り崩していた。バラバラに散らばった積み木は、視界がぼやけてよく見えない。

 未だに頭に響く声は、ただ私の胸を抉り続けた。

 

 

 

 

 

 

 




次はあの子を……





『リヴィ(Live)』様から頂きました!
素敵なイラストをありがとうございます!


【挿絵表示】





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