【未完・移行予定】 紅魔の崩壊記 〜the Oldest sister of Scarlet Devil 作:平熱クラブ
ホントにごめんなさい……(吐血)
テストやらレポートに追われて全然書けてませんでした……
投稿頻度はなんとか上げるよう尽力致しますので、どうかご寛恕を………
さて、今回はタイトルから分かる通り、フランドール・スカーレットがようやく登場です!
ただ、ここで確認しておきたいことが1つ。原作ではレミリアと姉妹ではあるけど、それが実妹か義理か、までは言われてないよね?
………では、どうぞ本編を
「またお前か……」
この目に映るのは、何度も夢で見た少女の後ろ姿。風に吹かれる純白のドレスに連れて、ゆらゆらと柔らかく
いま私が立っている草原も風に撫でられ、濃い緑の絨毯に鮮やか緑の波を走らせていた。
「……もし」
しばらく黙って見つめていたが、
「お前が私なら、どうしていた……?
私には分からないんだ………どうすれば、正解に辿りつけたのか」
「…………」
頭をよぎる、目を背けたくなる過去。
思い出すだけで、心臓を握り潰されるような痛覚が胸中に疼く。
だが、それは紛れもなく私が招いた事態だった。どれだけ目を背けようと、その事実はどこまで私を苦しめる。
この目で見た残酷な現実が記憶に深く刻まれ、私はそれに囚われたまま時間だけが過ぎていく。
目の前の少女は黙ったまま答えない。
だが、それでも私は問い掛け続けた。
「お前は………答えを知っているか?」
実際に会ったこともない、名前すら分からないその少女はゆっくりと振り返る。私の問い掛けに答えることもなく、ただ涙に濡れた顔をこちらに向けるだけだった。
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
コンコン、と木製のドアをノックする軽快な音が部屋に響いた。私は読んでいた本を閉じて椅子から立ち上がり、ツカツカとドアまで歩く。
「フィル
ドアノブを引くと、早速聴こえてくるのは幼い子供の声。そこに立っていたのは、妹のレミリアだった。
赤い線と紐を結び、白を貴重とした薄桃色のレースの服。それと同色のデザインのスカート。腰には一回り大きな帯を巻かれており、後ろで大きく蝶結びにしていた。頭にかぶったナイトキャップには紅いリボンで周囲を巻かれているが、私に比べてリボンの結び目は短い。
短い両袖からは腕の肌のほとんどが露出しており、透き通るほどの純白を見せつける。
そして、幼くもどこか凛々しさを感じさせる顔立ちからは、吸血鬼の特徴である血のごとき赤い瞳がこちらを射抜く。
6年──
時の流れとは早いもので、赤子だったレミリアは7歳を迎えていた。
レミリアとの歳の差は12歳。
私の歳は19を数えるまでになっていたが、人間と違って、吸血鬼故に姿形は10歳前後の頃と変わらないままだ。
一方で、私の腰の位置までしかなかった彼女の頭が私の顎に届くようになるほど、レミリアは背が伸びていた。
「どうした……?」
部屋を訪ねてきた彼女に用件を聞く。
「……お母さまが呼んでるの」
「……分かった」
気不味い雰囲気から逃げるように、彼女の伝言に短く答える。
一度机の方へと戻り、椅子に掛けてあった白を基調とする二層重ねのケープを
ドアの閉まる音を背後に残したまま、歩き出そうと一歩を踏み出した時だった。
「あ、あの……ッ!!」
唐突に響く震えた声。
振り返ると、何処か緊張した様子のレミリアが視界に映った。声だけでなく、僅かに肩も震えているのが分かる。
唇を震わせながら、必死に何かを伝えようとする彼女の言葉を無言で待つ。
「………」
レミリアが必死に伝えようとするその何かを、ここで聞かねばならないと思ったからだ。
こちらが視線を全く動かさない為か、臆した様子を見せながら喋り始めた。
「その、お姉さまは………『ずっと、
「………?」
彼女の口から飛び出したのは、全く予想だにしていなかった問い。
発言の意図を読めず、私は戸惑ったまま固まった。
何が言いたいのだろうか?
どう答えるべきか分からず、私はただ固まったままでいた。
そんな私の様子を察したのか、レミリアは少し慌てながら別の言葉に言い換えた。
「その………
「ッ………」
発言の真意はまだ捉えきれない。
頭上に浮かんだ疑問符も、解消されるどころか更にその数を増す。
だが、この瞬間は心臓が大きく跳ねるのを感じ取った。彼女の言葉はズキリとした痛みを胸に走らせ、確かな余韻がそこに残る。
──私達を恨んでないの?
その声は、頭の中に妙に重々しく響いた。
そして、その痛みは以前にも感じたことのある痛みだった。
「何の話だ………?」
図りかねている意図を掴む為に、或いは、その痛みを誤魔化そうとするかのように問い掛ける。
「…………」
すると、レミリアはまた口を開くのを躊躇いながら言葉を探す様子を見せた。
その目に映るのは、後ろめたさか葛藤か──
私がその揺れを眺めていると、レミリアはそれを隠すように咄嗟に目を背けた。恐れている何かが見えてしまったかのような反応だった。
その恐れを抱いたまま、彼女は決意を固めたように、ゆっくりと声を絞り出す。
「……お姉さまは………
「………」
──まさか………
その声は
私の動揺が見えてしまったとでも言うように、レミリアは再び視線をサッと逸らす。その姿を見て、ようやく私は彼女の発言の意図を掴んだ。
それと同時に、更に強まった胸の痛みが、とある記憶を脳裏に呼び起こした。
それは、レミリアがまだ赤子と呼べるほどに幼かった頃だった。
光があれば、そこにまた陰も生まれる。
その
光の強さが増すほど陰の濃さは更に増し、闇は深く広がる。
──何故、
同じスカーレット家の者でありながら何故、ここまで境遇が違うのか。何故、彼女は1人の悪魔として認められるのか。
初めはぼんやりと胸の内に浮かび、決して答えを知りたくないその残酷な懐疑心は、次第にクッキリとした形を型取っていった。
胸の内で肥大化していく
そして、いつしか………妬み、そして怒りへと姿を変えていった。
愚かにも、私はそれを抑えることが出来なかった。この理不尽な現実に打つけるべき怒りの矛先を、何の罪も無い妹へと向けてしまった。
私をただの姉として慕いながら差し伸べてきた
結果的に、私の掲げた何の根拠もない傲慢が彼女を傷つけただけだった。
だから、私は今度こそ接触を断とうと決めた。
私はまた、理不尽に傷つけてしまうかもしれないから──
この6年、私は彼女と会話どころかまともに顔を合わせたことすら、ほとんど無かった。
今、こうして会話をしていることさえ
いや、彼女だけではない。
私はただ一室に籠り続け、身内の者との関わりを可能な限り避けていた。
レミリアは、そんな私の姿に──
ハッキリと記憶に残っていたのかは定かではないが、傲慢に振る舞うかつての姉の姿に負い目を感じていたのだろう。
──何もかも、私が招いたことだというのに……
「………それは、お前のせいなんかではない………そして、恨みなど抱いていない。全ては、この醜い姿を生まれ持った私の背負うべき業なのだから………」
あの時──
" 孤独 " の本当の意味を理解したあの時……
私は1人取り残された部屋で、そう悟った。
どれだけの間、そこに漂っていたのか分からない沈黙を私が破った。
「お姉さま……」
彼女は、私が劣等感を抱き恥辱を味わっていたことを察していたのだろう。
もしかしたら、赤子の頃から気付いていたのかもしれない。
「だから………もし、お前が私に後ろめたさを感じているのなら直ぐに忘れろ………ありもしない罪を勝手に背負い込むな」
『自分の存在が姉を苦しめている』
いまのレミリアを見る限り、彼女はそう思っていたはずだ。
かくいう私もかつてはそう錯覚し、レミリアに憎悪の火を滾らせてしまっていた。
だが、その苦境は私の弱さ故に生まれたものだ。あの客人達からの仕打ちだって、元を辿れば私という存在故にあった。
レミリアが生まれなくとも、私はずっと虐げられているままだったに違いない。
事実、その現状を私自身の手で変えようと抗ってみせたことなど一度もなかった。
だから、レミリアに罪など無い。
初めから、そこにあるのは私の弱さが作り出した現実だけだったのだ。
故に、私は私が憎かった。
こんな苦しみだけが広がる現実を生み出した弱い自分が。
そんな現状を変えようと、抗うことすら出来ない自分が。
そして、守りたいと思っていたはずの妹を傷つけ、ありもしない罪の意識まで背負わせてしまった自分が。
全ては私が落ちこぼれの悪魔だから──
「違う」
唐突に響いた妹の声と腰を緩やかに締め付ける感覚が、私の意識を現実に引き戻した。
彼女は両手を私の背に回し、体重をこちらに預けてもたれ掛かる。
言わば、私に抱きしめている状態だった。
私の視界には小さい背中と蝙蝠の翼しか映らないが、その小さな背からくぐもった声が聞こえた。
「フィル姉さまにだって、罪なんか無い……」
身体を締める感覚が少し強くなるのと同時に、レミリアの言葉にも力がこもる。
「私なんかじゃ、力になれないかもしれない……
だけど………お姉さまは、私が守る。
──それが私に出来るかもしれない、せめてもの……償いだから………」
「レミリア…………」
背負い込むなと言ったばかりなのに。
彼女は何故、こんなに私を気にかけるのか……
「ごめんなさい………」
「…………」
そして、何故──あたかも自分が罪を犯したかのような言い方をするのか……
身体を締める力がさらに強くなったかと思うと、彼女の震える背から
レミリアが、ここまで私に執着する理由が分からなかった。
その一方で、これほどまでに罪の意識を妹に抱かせた自分への怒りが更に強くなる。
それと同時に、私を抱き締めたまま……ただ泣き続けるレミリアの姿に戸惑うばかりだった。
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
「それはつまり、フランドールを地下牢に監禁すると?」
「一時的に……ですがね」
地下のとある一室。
気不味さを隠し切れていない私の質問に、母上は答えた。
母上に
そして、実に異様というべき姿を兼ね備えていた。
吸血鬼は、蝙蝠のような悪魔の翼を特徴に持つのが一般的だ。
しかし、その幼子の翼は、一対の枝にそれぞれ七色に光る八つの宝石が等間隔にぶら下がった形状という、かなりイレギュラーな特徴を持っていた。数千年単位の時を生きてきた両親でさえ、このような翼の吸血鬼を見たことはないという。
1つ1つの宝石が、神秘的な輝きを放つ。
だが、それらの築き上げるギラギラとした光のグラデーションが不気味さを生み出し、妖しさの旋律を奏でていた。
その美しさと不穏な様相のギャップが、悪魔としての異質さをより際立たせる。
………私が言えたことではないが。
──フランドール・スカーレット
私とレミリアは、フランドールとの血の繋がりは無い。彼女は、2日ほど前にスカーレット家の養子として引きとられたばかりだった。
両親曰く、人間に捕らえられ、実験台として拷問に架けられていたところを保護したらしい。発見した当初は、吸血鬼としての再生力が追いつかないほどの深い傷を負っていたそうだ。
恐らくだが、吸血鬼の弱点を探る目的で囚われていたのだろう。その証拠に、両腕に焼けた痕や肉が深く裂けた痕が残っていた。
この世界に流された吸血鬼は日の光に弱く、そして銀に弱い。火傷の痕は間違いなく日光を浴びたもので、裂かれた肉の痕は銀製の刃物によるものだろう。
その他にも、まだ傷痕が目立つ。
いま見る限りでも、右目の眉に痛々しい痣が残る。青紫色に腫れ上がった患部は完全に右目を塞ぎ、真っ白な肌とのコントラストを大きく目立たせていた。
どうやら人間は、悪魔に負けないくらい残酷な生き物らしい。そのお陰で、フランドールに " 狂気 " が宿ってしまった。
問題はここにあった。
── " 狂気 "
幼少期から外部による身体的、または心理的なダメージを負い続けた吸血鬼には " 狂気 " が発現する。本能的な防衛反応が過剰になった結果、自我の内に宿るモノらしい。
この " 狂気 " というものがまた恐ろしく、幼子が成体の悪魔をいとも簡単に殺せるほどの力をもたらしてしまう。
自我を呑み込んだソレは、悪魔としての殺戮本能を余すことなく剥き出しにし、その身を血で染め上げる。その力は、深層心理に眠るトラウマを呼び起こした時や、自らの生命に危機が迫った時に目覚めると言われている。
この館では、流石に命の危機が迫るような状況は起こり得ないだろうが、トラウマという内的要因だけは一朝一夕で解決出来る問題ではない。
フランドールは言わば、いつ爆発するか分からない地雷のような存在だった。
そこで、両親が下した決断が「フランドールを地下牢に監禁する」というものだった。
私達のように自由に行動する時間が認められるものではなく、ただ一室に身を置かせるつもりらしい。
それを聞いたレミリアは、当初は反対していたが狂気の問題を解決する策の代案が出せず、ただ苦渋の表情を浮かべるばかりだった。
そこで母上は1つの条件を提示した。
「
「………」
レミリアが反対せずとも、面会くらいは許可するつもりだったとは思う。
だが、重要なのはそこではない。
母上は、私やレミリアだけでフランドールと接触すれば、私達が命を落とす危険があることを示唆しているのだ。
「でも………それじゃあ、フランが……」
「何も、一生を地下牢で過ごせと言っているのではありませんよ。" 狂気 "が無事に消えたら、一緒に過ごせます」
未だに納得がいかない様子のレミリアを母上が諭す。
まあ、地下牢から出られたところで私達と同様、"地下から" 出られることはないだろうが………。
「フランには明日から地下牢に移ってもらいますが、いまのところは特に精神の乱れを感じませんし、今日は隣にいることを許可しましょう。
フラン、この子達が貴女のお姉ちゃんですよ」
そう言うと、母上は少し腰を落とした。そこに、フランドールを抱き上げようとレミリアが直ぐさま駆け寄り、母上はその幼子を起こさないようにソッと明け渡す。
「フラン………」
レミリアは憐れみを含んだ顔で、抱え込んだままフランドールの顔を覗きこんだ。
やはり、例の痣が気になるのだろうか………
自身がその痣の痛みを感じているかのように、レミリアはその幼さに全く釣り合わない険しい表情を浮かべていた。
悪魔もなにも、幼い子供をここまで痛ぶり尽くした人間への怒り。狂気が宿るまで拷問を受け続け、誰一人家族のいない孤独な時間を過ごしてきたその境遇に覚えた悲しみ。
それらが見事なくらいに混ざり合って、顔に現れていた。
しばらく無言でフランドールの顔を見つめていたが、次第に身体が震え始めた。下を向いているせいで顔は見えないが、レミリアのすすり泣く声が耳に届く。
抱き締める力を少しずつ強め、肩を震わせながら自分の額をフランの額に優しくあわせた。
──貴女も私が守ってみせるから………
まるで、そう語りかけているかのように思えた。
そして……その光景は、私を力強く抱き締めた先程のレミリアの姿を彷彿とさせた。
──私は
「…………」
視界の隅を影が横切り、私の意識を目覚めさせる。それが母上だと気付いたときには、彼女は震えるレミリアに静かに歩み寄り、その頭を優しく撫でていた。
そこからドアの方へと向かい、ドアノブに手をかけた瞬間にゆっくりとこちらを振り返る。私やレミリアと視線が合ったのを確認してから、母上は口を開いた。
「二人とも………フランと仲良くしてあげてくださいね」
「………」
ドアの閉まる音と去り際の母の一言が、胸に針を刺したような痛みを走らせた。
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
母上曰く、フランドールの年齢は2歳。彼女は生まれてから2年もの間、拷問を受け続けていたという。
何故、そんなことまで分かるのか?
それは、母上の持つ力に理由がある。
吸血鬼に限った話ではないが、
程度の能力は生まれたときから備わっているのだが、何かしらの「キッカケ」を経なければ使うことは出来ないらしい。
私も自身に何の能力が備わっているかは、まだ分からない。
恐らくだが、レミリアもそれは同じだろう。
母上の持つ力は、「霊気を察知する程度の能力」。本人曰く、魂に刻まれた記憶を読み取る能力らしい。記憶といっても、詳細な記憶までは読めないが、年齢や種族といった大まかなものなら読めるようだ。
だから、フランドールのことが分かった。
「いつ頃から」「どれくらい」、そう言った記憶は本来は分からないはずなのだが、例の " 狂気 " が拷問の記憶を教えてくれたらしい。
フランドールの魂に深く染み込んだ狂気を察知した為に、両親は彼女を幽閉する道を選んだのだ。
いま、この場にいるのは私にレミリア、そして義理の妹となったフランドールの3人。
レミリアは、目を覚ましてぐずり始めたフランドールを必死にあやしていた。
「ぐずッ………うっ……」
「え、えーと……ホラ! レミリアよ! レミリアお姉さまよ!」
上下に軽く揺すりながら、なだめようと試みる。その様子を、私は椅子に座りながら眺めていた。
………レミリアは、年下の身内に「お姉さま」と呼ばれたかったのだろうか?
因みにレミリアが私を「フィル姉さま」と呼ぶ件については、私はその呼び方を強制した覚えはない。
そもそも、ロクに会話をしていないのだから──
一方で、フランドールの方はレミリアが必死になった甲斐があってか少し落ち着きを取り戻していた。
「フランドール………」
義理の妹となった彼女の名を、無意識に呟く。
幼少期から周囲に暴力を受けていたという点や、悪魔として異質な姿を生まれ持ったという点では、私に似た存在だった。
だが、彼女は私とは違う。
例え、普通の吸血鬼のような姿だったとしても人間に実験台として捕らわれている身である以上、それに関係なく拷問を受け続けていただろう。
彼女は、本当の意味で抗うことさえ許されなかったのだ。
自ら抗うチャンスを得ようとすらしなかった私と違って──
それまで散々虐げられてきた私でさえ狂気が宿らなかったことを考えると、彼女はどれほど
「フィル姉さま」
すっかり静けさを取り戻したフランを抱きながら、レミリアがこちらに向かって歩いてくる。
お互いの距離が私の脚で三歩分程に縮まったあたりで、私はゆっくり立ち上がった。
「フラン! コッチがフィル姉さまよ。白くて綺麗でしょ!」
「ひ…る……?」
「そう、
「……………」
私は、いまのレミリアのように妹に優しく接したことがなかった。
血が繋がっていなくとも、フランドールと何の隔ても無く接するレミリアの姿は最早、私の醜さを映し出す鏡そのものだった。
姉としての振る舞いを見せるレミリアの姿に、ただただ胸が痛んだ。
「あー、もう……」
かつては傲慢に振る舞って
ただ逃げ続けたそんな私が、フランドールと接することなど許されるのだろうか………?
こんな私が姉となる資格など──
「ホラ! いつまでボーッとしてるの!? とにかく抱っこしてみて!」
それまで耳に入ってこなかったレミリアの声がようやく私の意識に響く。それに気付いたときには、レミリアは片手で私の右手を引っ張り、無理矢理私の姿勢を
かと思えば、次の瞬間には確かな重みと温もりが腕の中に広がり、それらの感覚が1人の子供を抱き上げているという実感を確かに訴えていた。
「…………!」
「温かいでしょ? それに、その子は凄く柔らかいの」
そう言いながら、レミリアは私の腕の中のフランドールの頰を指でつつく。指を包み込むようにへこみながら、その指を柔らかく押し返そうとする力が働く様子が伺える。
心なしか、フランドールの表情が
「フフッ! 癖になるわね、この柔らかさったら………私がこの子くらいの頃は、こんな感じだったんでしょ?」
「それは………」
何か言おうと息を吸い込むが、言葉が詰まる。
上手く向き合えずにいた私が、そんなことを知るはずもなかった。
答えられるはずもなかった。
………何を言えばいい?
向き合おうとしなかった過去を正直に話すか?
ここで懺悔の言葉でも吐くべきか?
そんな私の胸中に渦巻く葛藤を知ってか知らずか、レミリアは話を続けた。
「もしかしたら、お姉さまもこんな感じだったのかも………もし、時代を遡れるならフィル姉さまが小さかった頃に行きたいわ」
「…………」
もし、私とレミリアが逆だったら。
彼女が私の姉だったら。
レミリアはきっと、今のフランドールと同じように優しく接してくれていただろう。天使という異端の姿で生まれてきた私を差別などしなかったはずだ。
現に、彼女はそうした目を向けたことなど一度もなかった。
それこそ、私が暴力に跪くことがあれば身を呈して守ってくれたに違いない。
血の繋がりの無い妹を前にして、本物の家族のように接する彼女を見て思った。
もし、そんな世界に生まれてこれていたら──
……ああ、違う。
何を考えているんだ私は。
自分の背負うべき業と言っておきながら、何故私は妹に助けを求めているんだ。仮に、そんな世界に生まれていたとしても私は現状を変えようと抗わなかっただろうし、余計にレミリアを傷つけていたのかもしれない。
結局のところ、私が私である以上は何も変わりはしないのだ。
フランドールもきっと、かつてのレミリアのように傷つけてしまうかもしれない。ようやく囚われの身から解放され、もう少しで自由に届きそうな彼女を苦しめるわけにはいかない。
──だから、私が姉となる資格など………
「ふふッ……!」
突如、その場に響いたのは幼い笑い声。
その声の主は、私の腕の中にいた。
「フランドール………?」
「ふぃるッ……!!」
私が浮かべたことなどないであろう満面の笑みがそこに。
青紫色に腫れ上がった痣に塞がれた右目と、砕かれたように欠けた歯を見せながらフランドールは無邪気に笑っていた。
それらが目に入った瞬間、大きく跳ねた心臓の強い鼓動が広がっていくのを全身で感じ取る。
ボロボロの笑みを浮かべながら、小さい手を私の顔に届かせようと精一杯伸ばしていた。
──何故お前はそんなに笑っていられる……?
いつか頭の中を駆け巡った、心に巣食う妬みが生み出した疑問。
私なんかより、ずっと苦しかったはずなのに──
私なんかより、ずっと孤独だったはずなのに──
レミリアのように、何かしらの幸福を味わえるような環境では決してなかったはずだ。現に、彼女には狂気が宿った。
幾度となく虐げられてきた私でさえ狂気に支配されなかったのだから、彼女は地獄のような日々を過ごしていたに違いない。
それなのに、何故あんな笑みが浮かぶのか………
ただただ動揺が駆け巡る中、あまりに眩しいその微笑みに、私の視界は見事に支配されていた。
「あらあら………この子も小さかった頃のフィル姉さまが見たいのかも」
レミリアは私の隣で小さく笑い、それに続けるように口を開いた。
「血は繋がってなくても私と同じように温もりを持ってるし、他の人の温もりも感じられる。だから、フランは私と同じように微笑むことが出来る。この子はいま、フィル姉さまの温もりを感じたから笑ってるんだと思う………一方でお姉さまもフランを抱いたとき、『温かい』と思った。
それなら………お姉さまだって、きっと……」
「……………」
視界に映るフランの笑みが、かつてレミリアが幼い頃に浮かべた笑みと重なる。
それらは、血の繋がりの無さを疑うくらいにそっくりだった。
そして、レミリアの言葉を聞いて思った。
──私に出来るだろうか……?
彼女らのように微笑むことなど……
「言ったでしょ? 力になれるかは分からないけど……フィル姉さまは私が守るって………」
「レミリア………」
私の不安を読み取ったようにレミリアが少しばかり震えた声を上げ、ジッとこちらを見据える。
射抜くような視線を放つ紅い瞳が、宝石のように輝いたのが見えた。
その瞳はもう、揺れてはいなかった。
あの時感じた葛藤や後ろめたさは、そこにはなかった。
そして、私はその瞳に確かな力強さを感じ取った。
──私よりも過酷な境遇にあったであろうフランは、幸せそうに笑ってみせた。私よりもずっと幼く、そして傷だらけの姿で……
だったら………私も抗えるはずだ。
私はただ、自分の生まれ持った姿を憎むだけだった。そして、自らの醜さを数えることしかしてこなかった。
だが、
だから、微笑むことが出来たのだ。
彼女の微笑みを見た瞬間──何かは分からないが、私はフランドールに自分を変えてくれる確かなものを感じ取った。
彼女の微笑んだ顔を見て、私も変わりたいと思った。
「………守るのは姉の役目だ。だから……私も、変わってみせる」
妹が私を守る?
だったら、姉である私が立ち上がらなくてどうする。
──お前に、スカーレット家の第一子という自覚があるのなら………強くなれ……
伯父のかつての言葉が頭をよぎる。
そうだ………
スカーレット家の長女である私がこの有様でどうするのだ。守りたいものの為に強くなるのではなかったのか。
一度、自分の胸に問い質してみる。
だが、根底にある気持ちは変わらなかった。
やはり、私は…………私が居場所と呼べる
──お姉さまは……『ずっと、
もし、私が
もし、私が
もう、二度と見捨てはしない。
もう、二度と裏切りはしない。
──私はもう屈しない
──私はもう負けない
今度こそ………私は誓ってみせる……
「ありがとう………レミリア……フラン……」
そう言って、私はフランを強く抱き締めた。
この時の私は、微笑むどころか涙さえ流していたと思う。だが、いつか孤独に涙を流した時とは、全く違う気持ちだったことだけは断言出来た。
──フランドール……そして、レミリア……
この日、私は初めて二人の姉になれたのかもしれなかった。
ハイ、というワケで……
本作においては、フランは義理の妹ということになります。彼女は後々展開のカギを握るキーパーソンとなりますので、そこら辺にも目を向けて頂けたらと……
Twitterにて、『わかな』(@iM0CRiwrY9QPYD6)様から頂きました!!
実は正月の時に頂いていたのですが、更新頻度が遅いせいで………
【挿絵表示】
素敵なイラストをありがとうございます!!
さて、次はターニングポイントになります。(投稿急ぎます……)