【未完・移行予定】 紅魔の崩壊記 〜the Oldest sister of Scarlet Devil 作:平熱クラブ
頑張って、投稿頻度を上げていきます……!
(今回はいつもより、短いです)
「フィル………姉さま……」
レミリアは床にへたり込んだまま、震える声で姉の名を呼んだ。
光を失った瞳を僅かに開いたまま、全く動く様子のないフィル。食い破られた赤黒い喉の裂け目を
レミリアの認識は、目の前の現実に追いついていなかった。
フィルのもとへ駆け寄っていたはずが、いまは何故か床にへたり込んでいる。
一体何が起きたのか……
一部の記憶が混乱しているせいか、いまがどういう状況なのか整理がつかない。
何があったのかを瞬時に思い出そうと、何とか頭を回転させる。
だが、思い出せたのは──
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
急に叫び声が聴こえ、左の脇腹が凄まじい衝撃と痛みに襲われる。肺の中の空気が一気に押し出されたその直後に、身体が大きく吹っ飛ばされた。
全身が一瞬の浮遊感に包まれる中、意識が飛んで視界が暗転する。
この時点で、何が起きたのか既に分からなかった。
レミリアが認識出来たのは、自身の身体を駆け巡った痛みのみ。
床との摩擦で起きた痛覚が、失いかけた意識を否応にも呼び覚まし、白黒に点滅する不明瞭な視界を見せつけた。
「ッ………」
まだ痛みも視界も回復し切っていなかったが、ゆっくりと上体を起こして膝に手をつき、痛んだままの脇腹をおさえながら立ち上がる。
グチャリ、と何かが潰れるような音が聴こえたのはその時だった。
咄嗟に、音がした方向に視線を向けてみる。
視界に映ったのは、不気味に光る八つの宝石がぶら下がった一対の翼と幼い子供の小さな背中。
掠れるような呼吸の音とグチャグチャと潰れる音が宙で交わる度に、その宝石は左右に細かく揺れる。
自分が一体何を目にしてるのか分からないレミリアは、呆然と立ち尽くした。
──アレは………フラン?
その光景を眺めているうちに半信半疑ながらも、レミリアの予感はほぼ固まっていた。あの宝石の翼は、間違いなくフランのもの。
では、そのフランが覆い被さっているものは何か。
「フィル姉さま!!」
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
………先程の姉の姿は見間違いだったのでは?
心臓がばくばくと脈を打つ中、そんな淡い期待を心の何処かで抱き始めるが、レミリアはすぐにそれを否定する。
見間違いにしては、あの時の肉が潰れる音や血の匂いがあまりに現実味を帯びていたからだ。
この耳と血を嗅ぎつけた鼻には、ハッキリと実感が残っている。
──でも、もしかしたら……
確認の意味も込め、改めてフィルの方向に目を向けてみた。
だが、そんなか細い希望は呆気なく打ち砕かれる。目を逸らそうとした現実を、理不尽に目に焼き付けられただけだった。
狂い出した歯車は止まらない。
身体中から刺すように冷たい汗が一気に吹き出し、背筋を冷たい何かが流れていく。
視線の先に広がる光景を、大きく見開いたレミリアの目が映し出していた。
「………!!」
決して、見間違いなどではない。
一目見ただけで、容体が悪化の一途を辿っているのが分かった。
裂かれた喉から血が止まる気配がなく、それどころか血の流れる量が著しく増えていく。
更には意識が無いにも関わらず、時々身体が異様な反応を起こしていた。
「ごぶッ…………」
ポンプのように胸部が僅かに膨らんだかと思えば、口と喉の裂け目から
ビチャビチャと床を叩きつける液体の音が、部屋に広く反響する。
この過程が繰り返される内に、床が限りない紅に染まっていくばかりだった。
このまま出血が収まらなければ、失血死は免れないだろう。
いや、既に手遅れかもしれない。
フィルの血が噴き出す度に、レミリアは腰が抜けたまま思わず後退る。脚が震えるあまり、自力で立てなくなっていた。
喉がカラカラに乾き、汗が止まらない。
歯も細かく震え、上手く噛み合わない。
真紅の血溜まりに沈む純白の天使の姿は、レミリアの焦燥と恐怖を掻き立てた。
──……お姉さま……………
「どきなさい!! レミリア!!!」
背後から聴こえてきたのは、母親の声だった。
それを認識した直後に、左肩に重みがのし掛かる。そこから視界の隅に、呼吸を乱しながらフラフラとフィルの
着ていたドレスが所々破れており、そこからは矢張り血が流れていた。立ち上がるのにレミリアの肩を借りねばならないほどの怪我を負っていたらしい。
「………お母さま! 早く、フィル姉さまを!!」
「分かってます………!」
ふと、我に返って叫ぶレミリアに母は答える。
母親は倒れているフィルの下に歩み寄り、右手をソッとフィルの喉にかざす。
すると、手に宿った薄緑色の光が喉の裂傷部分を照らし出し、その傷を徐々に閉ざしていった。
正確には、その光の当たった部分の組織が自ら傷を塞いでいったと言うべきか。
引き裂かれた肉の繊維の1つ1つが互いに結びついていき、裂け目を塞いでいく。生物に備わる自然治癒の過程が、その場で早送りされているかのようだった。
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
1分も光を当てていれば血の流れも収まっていき、やがて裂けた喉は完全に元通りになる。
傷一つ残っておらず、その真っ白な肌は、先程まで赤黒い裂け目を見せていた事実を全く感じさせなかった。
「………コレで、フィルは大丈夫です」
「ッ………」
その一言に、レミリアは全身の力が一気に抜けた。自らの血の池に沈み、死の危機に瀕していた姉は一命を取り止めた。
その事実に、緊張の糸が切れたのだ。
全身の力が抜けるのと同時に、疲労感が一気に身体にのし掛かる。
腕も脚も、何もかも重い。
精神的な疲労に音をあげるレミリアを、母親の声が呼び覚ます。
「ただ………しばらく、目は覚めませんがね……」
「どうして……?」
無気力な返事をするも、内心では先程の焦りの片鱗が蘇っていた。
「傷がかなり深かったからです。治癒を促したのは私の力ですが、傷そのものを治したのはフィルの治癒力です。私はその治癒力を動かしただけに過ぎません」
「………深い傷を癒すのに、お姉さまの体力が失くなったってこと………?」
「そういうことです。でも、安静に寝かせておけば大丈夫ですから。遅くとも、1ヶ月以内には覚めるはずです………」
「1ヶ月……」
その期間の長さに少しばかり不安を煽られたが、「とにかく姉は助かったのだ」と強く自分に言い聞かせて和らげようとする。
母親が歩いて行った方向を振り返ると、血が滲み出る腹部を押さえて壁にもたれかかる父親の姿が其処にあった。
まだ意識を保ってはいるようだが、そこに猶予はなさそうだ。指の隙間から漏れ出た血が手の甲に染み付いており、呼吸の様子も文字通り虫の息だった。
「少し、お待ちを………」
母親は彼の側に腰を落とすと、フィルを治療したのと同様に父親の腕の傷にも治癒を促す。
服にこびり付いた血飛沫はそのままだったが、傷自体は元通りになった。半開きだった目も少しずつ視界を広げていき、完全に元に戻った。
「……すまない、助かった」
「……ええ、無事でなによりです」
ここで、彼がフィルのように気を失わなかったのは、まだ体力が残っていたからである。
吸血鬼も人間と同様に、大人と子供では持ち得る体力に差があるのだ。
父親も無事に助かったことに安堵するレミリアだが、ハッと何かを思い出しように声を上げた。
「フランは………!?」
無残な姿を晒す姉のショックが大きすぎたあまり、肝心な存在を忘れていた。
目の前の光景しか頭に入らなかったせいで、彼女がいま何処にいるのか分からない。
そもそも、フランは何故暴走したのか?
そして、事態はどうやって収束したのか?
いまのレミリアには分からないことばかりだった。
「いえ、フランは………そこにいますよ」
自身の身体に治癒の光を当てながら、母親はベッドの方向を指差した。咄嗟にその方向を見てみるが、そこにフランの姿はない。
どういうことかをレミリアが問い質す前に、母親がベッドの反対側に回る。そこで母親が屈んだ為、彼女の姿がベッドで隠れてしまうが、その姿は直ぐに現れる。
「あ………」
母親の腕には、眠りについたフランが抱き抱えられていた。どうやら、ベッドの陰で姿が見えなかったらしい。
起きる気配のないフランを静かにベッドに横たわらせ、母親はそっと顔を覗き込んだ。
スヤスヤと目を閉じたフランは、ほんの先程まで狂気に駆られていたとは思えないほどに、安らかな寝顔を浮かべていた。
それを見届けると、母親はホッとしたように溜息をついた。
「さて………」
静かにフィルのもとに歩み寄り、首の下と膝の裏にそれぞれの手をまわして、静かに抱き上げた。
母親が一歩踏み出す度に、彼女の腕からはみ出したフィルの脚が揺れる。しかし、その揺れに反応する様子はない。
そのまま鋼鉄製のドアに向かう途中で、レミリア達の方向を振り返った。
「これからフィルを寝かせてきますが、また戻ってきます………私はフランと此処に残ることにしました」
「え………」
唐突な宣告に驚きを隠せないレミリア達。
そもそも地下牢に監禁するという話は、フランの狂気を危惧したが故に取った措置だった。
しかし、その狂気を孕んだままのフランと共に過ごすというのは、本末転倒ではないのか。
現に狂気が目覚めた結果、ここにいる全員が命を落とすところだった。
「お母さま………どうして……?」
少なからず、レミリアの心には恐怖が染み付いていた。当の姉が助かったといえど、狂気に対する恐れが消えたワケではない。
もしフィルがレミリアを蹴飛ばさなければ、彼女は姉と同じ運命を辿っていただろう。そう考えるだけで、レミリアは全身の産毛が逆立つ感覚に襲われた。
その狂気と寄り添う選択をした母親のことが、レミリアには理解出来なかった。
彼女自身も、この場で命を落としかねなかったというのに……
「フランは1人になるのが嫌だったようです。狂気を解決するには、心に安らぎを与えること………その為には、誰かが寄り添ってあげなければならないのです。私としたことが、判断を誤ってしまいました……」
「…………」
母親は諭すように答えながら、申し訳なさそうにフィルの顔を眺めた。
「ごめんなさい………」
声が届いていないであろう娘に、謝罪の言葉をかける。彼女は、自分の娘が命を落としかけたことに自責の念を覚えていたのだ。
「……本気で此処に残るつもりか?」
「えぇ、覚悟は決めました」
夫の問い掛けにも、決して意志を曲げる様子は見せない。その真っ直ぐな視線は、確固たる意志を十分に含ませていた。
それに苛立つように、彼は声を荒げた。
「待て……考え直せ! 狂気が如何に危険か、コレでよく分かったはずだ!! この俺でさえ、あの
先程まで血を流していた腹部を思わず、押さえる。
彼は、
先の魔界での反乱も先陣を切って幾千もの敵を蹴散らす姿から、獅子奮迅、一騎当千…………
強者を表す言葉を冠に被る程に名を馳せていた。
故に腕っ節を活かした戦いにおいては、アイデンティティの根幹とも言えるほどの自信を備えていたつもりだった。
だが、狂気の前では何の意味も為さなかった。
強大な力を得た者ほど縁の無い話になってくるが、彼は久しく忘れていた感情を見事に呼び起こされていた。
死の恐怖。
これまでに死の淵に至った経験が無かったワケではない。だが、それはあくまで相手との実力が拮抗した結果、それに至ったというだけの話だ。
絶望的なまでの実力差を見せつけられた上で、アッサリと死の一歩手前まで追い込まれたという事実が、彼に狂気の恐ろしさを染み込ませていた。
戦いにおける自信の喪失。
自らの目前に迫り来る死。
彼はレミリア以上に、恐怖が根深く心に染みていた。
「ダメだ、危険過ぎる………アレは、我々の手に負えるものじゃない……」
恐怖に震える声で説得を試みる父親だが、依然として母親は意志を変えなかった。
「だからこそですよ。そうやって恐れて遠ざかってしまえば、誰があの子に隣にいてあげるのです? あの子は孤独な時間に苦しんでいたからこそ、狂気を宿してしまったのではないのですか?」
「…………」
「それに、私はもう………身内が傷付くのは見たくありませんから──」
それまで力のこもった眼差しを向けていた母親だったが、最後の一言を口にした時だけは、目を逸らした。
フィルが命を落としかけたこともだが、無理矢理フランを此処に置いていこうとしたことについても、彼女は自分を責めていた。
この部屋に置いていかれそうになったときのフランの表情が頭から離れなかったのだ。
あの時のフランの瞳に映っていたのは、恐れ。
また孤独を味わうことになる自身の未来を悟り、拷問に架けられていた頃の記憶が蘇ったのだろう。
だから、狂気が目覚めたのだ。
その結果、自分の家族を命の危険に晒してしまった。
そんな過ちを二度と起こさない為に──そして、贖罪の意味で彼女は決意したのだ。
「…………」
母親は黙ったまま、フィルを抱えてドアの向こうへと姿を消した。
部屋に取り残されたレミリア達は、覚悟を決めた彼女を止めることが出来なかった。
『ぱる@狂香 和泉』様から頂きました!
素敵なイラストをありがとうございます!
【挿絵表示】
………連載が中々始められなかった頃に頂いた絵ですね。
更新速度を上げられるよう尽力致しますので、今後ともどうぞお付き合いください!