「「「はあー」」」
王都で美味しいと評判の料理屋で、若い男女4名がため息をついていた。ただし、その雰囲気に元気や陽気等の若さはない。
「ごめん、なんか本当にごめん。兄貴があれで。自分1人で帰ってればよかったね」
どんよりとした雰囲気の中、勇者のユウ・クロムウェルが切り出した。
「いや、そこは知れて良かったと思うよ。前知識無しでアレと向き合う心理的な被害を考えると、今のうちに知って良かったと思う」
「そうですね。私も混沌の先輩方の事を、他の先輩方から聞いて知っていたんのですが。まさかアレ程とは思いもしませんでした」
「先輩達が顔を青くしながら思い出したくないって言ってんのが良くわかったわ」
仲間達からの非難はなかった。
「けど、世代ということはお兄さん1人じゃないんだよね」
事実だが事実である故に無視できない。他にも残っている渾名はあるし、あの兄が1番酷いと思いたくとも混沌のリーダーと呼ばれる者もいるので、期待はできない。まあ三狂と呼ばれるのだから、上位の混沌具合なのは確かだろう。
「「「はあー」」」
頭が痛い。
「おいおい、店でため息は止めてくれよ。あと料理だ」
一見優しそうな三十路前後の男、おそらく店主が料理を持ってきた。
(強いな、この人)
女剣士のミーヤ・ハイゼンベルグは軽く警戒する。相手は欺瞞しているのがわかるくらいの強さ。弱く見せすぎると強盗や言いがかりが怖いし、強く見せすぎると敬遠して客がこない。
自身の探知レベルが低いためどれくらい強いかはわからないが、相当な使い手だろうと判断する。なお、装備品によって超絶強化される錬金術師に対しては警戒が働かなかった。というか、できてたまるか。
「これが今日の日替わりメニューだ」
香辛料の匂いが食欲を注ぐ。
「カレー、ですか?」
この中で唯一の地球人、ソーマ・タカハラが確認した。
「ああ。異世界人のオレの師匠が、別の異世界人から教えて貰ったらしい」
この世界に異世界人はそこそこいるらしい。
カランカラン
「戻りましたー」
入り口から客ではない声が聞こえた。勇者一行が声の元を見ると、そこには3つの頭と6つの腕を持つ巨大な熊の魔物アシュラベアーの死体と、それを担いでいる勇者一行よりやや幼い少女と、彼女をどついている店主がい…………た?いつの間に?
「裏口から入れと言っとるだろうが!」
「すみません」
少女は素直に店を出ていく。それを見ながら勇者は質問する。
「何なんですか?」
アシュラベアーは今の勇者パーティーだとなんとか倒せる程度の強敵なのだが、何故少女が担いでいる?
「うちのバイトに修行を兼ねた食材の調達に行かせててな。丁度帰ったところだ」
「……買い出し、ですよね?」
「いや、狩りだぞ。あんなの売ってない」
「…………何処かのパーティーと一緒にですよね?」
「まさか。単独じゃないと修行にならん」
ダメだこの店、色々おかしい。勇者とのやりとりを聞いてる他3人プラス他の客はそう思った。
「仕込みが特徴的でな。美味く仕止めないと味が悪くなる。なので冒険者には任せられない。だからといって自分が行く訳にもいかん。だからバイトに行かせている」
もう完璧に自分達のパーティーより強いじゃないですか。やだー、もう。
「虫も殺せない魔法も使えない少女を、1年で彼処まで鍛えるのは大変だったぞ」
とりあえず、その少女や他のバイトは冒険者になるべきだと思う。そして店主は冒険者学校の教官になるべきだ。というか、うちのパーティーにそのアルバイトが欲しい。ミーヤの居場所が無くなるけど。
最近感じた頭がどんどん痛くなる状況から食事することで逃れることにする。
「注文の包丁できましたー」
最近聞いた聞きたくない声が入り口から聞こえた。ああ、これか。この次から次へと常識が壊れていく感覚。
勇者達はとりあえず顔を伏せてバレないようにした。アイコンタクトすらなく勇者達の意思は統一されていた。
「おーケイ君じゃないか」
店主の仲が良さそうな返事だった。
「頼まれた冷気の刃を生成するブリザード包丁です。最近出逢った知り合いからダイヤル式の出力制御スイッチを聞いたので、組み込んでみました」
誰だ余計なモノを教えたのは?これから酷い発明を思い付くかもしれないじゃないか。そんな血縁者以外の感想を他所に、実の弟は村長にさえ敬語を使わない兄が敬語を使っていることに驚いていた。
「相変わらず注文されたのをホイホイ作って、いつの間にか付加機能を搭載する妥当な進化を遂げて、最終的に付加機能でなんかヤバい物になるのが目にしてきたから、今ちょっと後悔しているよ」
酷い事になるのは店主も理解している模様。
「で、これを元に何を作ったんだ?」
「熱気を放つ包丁。火力調整可能」
「まだまともな範疇で使えるな。買おう」
「まいどあり」
作る方も作る方だが買う方も買う方である。なお『1つの包丁で炎も氷も出せたら便利じゃねぇ?』という追加機能によるまともな発想から『どうせなら炎と氷を同時に出してみよう』という付加機能が謎なコンセプトに発展し、包丁から発展したとは思えない切った物を消滅させる破壊兵器は現在鋭意作成中なものの、強度不足で未完成である。まあそのうち完成するだろうから、店主正解。
「うん?」
ケイは何かに気がついた。
「今日の日替わりはカレーですか?」
「そうだぞ」
「どうするか…………おや?」
視線が匂いの元へ向かい、止まる。
「ユウじゃないか。それに他の勇者御一行もいるのか」
兄の目には弟の努力は無駄だった。きっと他の3人だけなら気付かれなかっただろう。
「あの程度で勇者一行?弱くね?」
勇者側は店主の戦闘能力を把握できなかったが、店主の方は完璧に把握していた模様。そりゃあんたんところのバイトに比べればね。
「その考えおかしいですから。お宅のアルバイトはおかしい事に、大概の冒険者学校卒業生より強いんですから。卒業直後の勇者一向ならお宅のアルバイトより弱くても無理ありませんから」
そうフォローする勇者の兄も大概おかしいのだが。戦車を使えばさっきのバイトより強いだろう。
「けど君の同期は2位だぞ。君の他にたまたまうちのより強いのが居たわけ?」
この一言で、混沌の中に圧倒的な強さを持つ料理人がいるのと、それに勝てる人がいることがわかる。そしてそれは錬金術師ではない。
「戦闘大会のあれですか。そりゃ3年連続優勝なんてさせたくありませんので、混沌総出で削りましたよ。籤に細工して、毎試合混沌とぶつかるようにして、その上で僅差ですからね。むしろ1年でいきなり優勝しているんですから、生徒達のレベルに見当がつくのではありませんか?」
クラスメートの3連覇を阻止するために全力を尽くす。コイツらに友情とかはないんかい?
「なんでわざわざそんな事を。正々堂々負けて友人の3連覇を祝えばいいじゃないか」
「絶対に勝てないとか言われると、どうしても勝ちたくなる人がリーダーですからね。そして勝ちたいからどうにかして勝つのがリーダーです」
その辺りが混沌のリーダーがリーダーと呼ばれる所以であり、混沌が混沌と呼ばれる所以でもある。
「それで勝てるのが君たちの凄いところなんだよ」
「リーダーは凄いでしょ。じゃないと混沌はここまで纏まってませんよ」
その顔は誇らしかった。
君は君で凄いんだけどね。そう言おうかと店主は思ったが飲み込んでおく。混沌の世代と何人か会ったが、程度の差こそあれ大概が非常識だ。リーダーや目の前の人間を始め、一芸特化というか別次元な進化をして元の職能はなんですか、という人だらけである。
「ところで、別件でこんなのを作ってみたんですが、いりますか?」
とりだしたのはこの世界には存在しないもの。
「泡立て機なんて作ったんですね。それも電動のヘッドが2つのを」
日本人のソーマが呆れた。そして思う。こういうのだけ作ってくれれば平和でいいのに。
「それが必要なのは一定の筋力以下の料理人だからな。身体能力が高いなら必要ない。魔力でも代用できるやつはできるんじゃないか?」
分類上は料理人という修羅には必要なかった。
「それは残念です。ソーマ君はいるかい?」
「残念ながら、それを必要とするレシピに心当たりがありません。あと、やったことはありませんが、魔法で代用できると思います」
現代日本の男子は魔法云々以外、大概そんなものである。
「ということは誰も使わないのか。しゃーない、改造して何か作るか」
何を作る気だこの男。ドリルとか電動自動車くらいで終わればいいが。ソーマは貰っておけばと後悔したが、冷静に考えれば譲ってもらおうと新しいのを作られて新たな発明を作りかねない。なお、先の炎と氷の包丁と組み合わせて、遠距離に炎と氷の竜巻を放つ兵器が作成予定だったりする。
「ところで、誰がそれを必要としていたんですか?」
「帝都のフランスとかいう世界からきた料理人。お菓子の専門家だと」
料理人という言葉に料理人にカテゴライズするのがおかしい人が眼を輝かせた。
「フランスは僕と同じ世界の別の国です」
日本人は訂正をいれた。
「異世界人って弱いやつもいるんだなー」
「身体能力が足りない人が使うアイテムのようですからね」
「ソーマのような魔法特化でもなさそうだもんね」
この世界の人達は異世界の人物に少しだけ安心していた。が、混沌の世代は100%この世界の住人なので、いくら異世界人に理不尽な能力な者が多かろうと慰めにはならない。何しろ同世代から十分に理不尽に見られたソーマが混沌の前ではマシに思われるのだ。
「ところで、ケイ君はこの後どうするのかね?もうすぐ君の同期が帰ってくるが」
「他に届け物がありますんでこれで失礼します」
イソイソと去っていった。
「兄と同期のバイトさんってどういう関係なんですか?」
「…………多分、見ればわかるよ。もうすぐ帰ってくる頃だし」
何故か店長は遠い目をしていた。それは今後兄について聞かれた勇者が同じ目をすることを、まだ誰も気がつかない。
「不肖、リヒア・アーゼン只…………ケイさんの匂い!?」
ドゴン!!!
店長のお盆による一閃が女性を叩き潰した。金髪のポニーテール、ギラギラしたヘイゼルの瞳、戦闘職の引き締まった体つきなのに出るとこ出た我が儘ボディー。勇者の兄が逃げる理由がわからない美人である。
「まずは報告しような」
「…………すみません」
呆れる店主だが、1年の頃から冒険者学校最強の戦闘能力を誇る女性を一撃。この男も規格外である。
「…………言われた通り、ハーミッドラゴン単独狩猟完了しました」
国1つの全戦力を費やしてそれでも勝てるかどうかわからないドラゴン、ただし行動範囲が狭いのと臆病なので危険性は低い、それを単独撃破。ぶっちゃけ、戦車装備時のケイと同等の戦闘能力である。
「それはご苦労。ケイ君なら発注していた包丁を届けてくれて、次の場所へ向かったよ」
「なら今から匂いを辿れば追い付け…………ケイさんとよく似た匂い!?」
シュパパパッ!と勇者の方へ飛び付く。犬か?
「君は…………よく見るとケイさんと同じ瞳と髪の色。もしかしてケイさんの弟さん?」
「は、はい、そうです」
顔を赤くして目を反らしつつ錬金術師の弟は返事をした。それを見て女性陣は顔をしかめる。
(そりゃ2人が水着で迫ってもユウは顔色変えなかったしなぁ)
「ふ~ん」
混沌の
「どっちが義妹になるのかな?」
「「ブフっ!?」」
少女2人の口からカレーが吹き出され、勇者の顔に直撃する。
「汚いなぁ」
勇者の目の前、直撃コースだったのに混沌は避けていた。
「けど面白いねぇ。じゃあ改めて自己紹介」
少女達が弁明する前に一方的に言葉を続ける。
「私、リヒア・アーゼンベルグ及び混沌の世代は、勇者より先に魔王を倒すよ。良かったね、勇者という特別を持たない普通になれて。弟君が勇者を辞められるように、義姉ちゃん頑張るからね」
勇者を前に堂々とした宣戦布告。対して睨み返す勇者だが、顔がカレーで汚れているから緊迫感はない。
「いや、まずは勇者の義姉に自分が成れない可能性を考えろよ」
他の誰かが言ったら命懸けのツッコミを店主は堂々と口にした。
「そんな運命は切り捨てる!この刃に誓って!」
言ってる言葉だけは無駄に格好良い。刃が包丁なので締まらないし、運命の内容が内容だけにしょうもないが。
「リヒアの包丁でも切れないまな板のような運命を創造しそうなのが、あの錬金術師なんだが」
返しも上手い。が、案外その錬金術師が作る予定の冷気と熱気を同時に叩き込んで対消滅させる包丁なら壊せる気もする。他の未来も含めて消し去りそうだが。
「じゃあ、私はケイを追いかけに行きます。こっちだ!」
クンクン嗅ぐと瞬間移動したかのように消えた。速すぎて見えないだけともいう。
顔を洗う勇者と弁明と爆弾投下に対する消火活動というなの弁明を送る2人を他所にソーマは店主と話をする。
「やはり食材の匂いを嗅ぐのに嗅覚を鍛える必要なんあるんですか?」
「そうなのだが、自分も人の匂いで識別はできない。彼女のはケイ君限定でしか判別できない」
理由は察した。素早く去った理由も察した。
「消臭剤とか芳香剤とか、凄い強力なのを作れるようになったのは、多分うちのバイトのせいだな。流石に店で使うには問題あるから止めたが、それでも判別するからな、アレは」
歪んだ愛の為せる業である。
「ストーカー…………って言っても通じませんか」
「オレには通じるよ」
料理人が強い。大概の
冷気の包丁(保温しながら切る、わかる)
炎の包丁(焼きながら切る、まだわかる)
フランスのパティシエは調理器具を依頼した事を後悔する。主に、その後に作られた
電動泡立て機は『モーターのような物』が使われている。『永遠と回転運動を続ける物』を『モーターのような物』と表記しているだけで、エンジンも『モーターのような物』に分類される。動力源がガソリン等の火力でも電力でもなく、魔力という
あと案だけある混沌の世代は
楽士&歌姫コンビ
神の愛を叫ぶ神官
臆病者の軍師
死霊使い
リーダー