漸くトラック編の方針が定まりました。
こんな亀どころかカタツムリ並みの更新速度ですが、最後までお付き合いしてくれると助かります。
艤装の修理も完了し、一刻も早くトラック泊地に戻りたい清霜だったが、その前にやることがあった。
資料室に居るシュウさんが何か話があるらしいのだ。
「ようやく来たね。ちょっと長話になるだろうからこれ使って」
そう言ってシュウさんはぺらっぺらになった煎餅のような座布団を投げ寄こした。その前に書類の束やファイルが邪魔で座るスペースすら見当たらないのだが。
「あの、私急いでいるので手短におねがいします」
「そうだね。だから単刀直入に言うよ」
シュウさんは真っすぐに清霜を見据えて言った。
「トラックに帰るな」
「え・・・!?」
「もう一度だけ言うよ。今、トラックには近づかない方が良い」
今直ぐにでも戻らないと残してきたみんなが危険な目に遭っているかもしれないのに!
「ハリケーンが発生した。それもそこそこ強い。今行ったら間違いなく高波にさらわれて海底までご案内」
「それでも!関係ありません!わたしは!清霜はトラックに「松戸」え?」
激昂し捲し立てるように清霜は叫んだ。手足をもがれてもトラックに帰還するつもりだった清霜だったが、シュウさんが呟いた意外な一言で声が詰まってしまった。
「これでも世界的な情報屋の肩書きを背負っていたんだ。提督には口止めされていたけど、トラックの内情を調べていた」
そういえば聞いたことがある。南海に天才ハッカーがいることを。日本やアメリカの最重要機密情報を何度もスッパ抜いた伝説を持つ正体不明の情報屋の話。
まさか目の前にいるこの深海棲艦が?
「懐かしいね。今はもう廃業しちゃったんだけれど、昔はやんちゃしていたからね」
やっぱりそうだ。
「そういう訳だからさ、トラックの事は全部知っているよ。こう言っちゃなんだけど、辛かったろ?」
辛いなんて生易しいものじゃない。仲間が。友達が。家族が。毎日のように誰かがいなくなる。あの男が来たせいで提督は変わってしまった。今までの優しかった提督が人が変わった様に冷徹な人に変貌してしまった。
「原因は判っている。この男だろ?」
そう言って清霜に手渡された紙には眼鏡をかけ不敵な笑みを浮かべる薄気味悪い男の写真がプリントされていた。
「本名は松戸竜一。獅子座の48歳。東京の工科大学を卒業後大本営の工廠整備士として着任。5年後に職長。更に3年後に主任。経歴だけ見ればエリートそのものなんだけれど」
データを閲覧していた清霜はある一点から目を離せなくなっていた。
「研究していた内容がそれだったわけさ。何か覚えがあるだろ?あいつの行動に」
「・・・・・・」
「有りってところかな。だからウチの提督はトラックに向かったんだよ。あの人ならなんとかしてくれる」
本当なら自分も行きたかったそうだが、ここを離れるわけにもいかない。とシュウさんは言った。
「さ~て、そろそろハッキングが完了する頃合かな~♪」
「ハッキング?」
「そうそう。トラック泊地のシステムに侵入して外部との連絡を断つ必要があるし。それに見てみたいんだよね、提督が戦っているところ」
シュウさんはキーボードを高速で叩きながらディスプレイにいくつかの映像を映し出した。これは・・・。
「見覚えがあるだろ?右が執務室。中央上段が艦娘寮で下段が港の入り口。左が工廠のライブ映像。音声は・・・無理か」
誰が仕掛けたのかはわからないがカメラの角度などから盗撮されているようだ。
防犯用のカメラが幾つか設置されていたのを清霜は知っていたが、こんなにもカメラが隠されていたとは。一体誰が何の目的で。
「まだ提督たちは到着していないみたいだね。特に変わった様子は・・・・・・・どうかしたかい、清霜くん?」
「・・・・・・・・・違う」
執務室に映っている提督を見ていた清霜はあることに気づいた。
「提督は左利きのはずなのに、この画面に映っている提督は右利きだ」
「利き手が逆?まさか、こいつは」
「偽者・・・」
もしもそうだとすれば本物の提督は一体どこへ?それよりも何時から入れ替わっていた?
「これは思っていた以上にヤバいヤマかもしれないね」
既に根回しは済んでいるとはいえ想像していた以上にトラックの闇は深く濃い。もし今回の事件が明るみになればどれだけの混乱が発生するか予想ができない。
この事件は闇から闇に葬らなければならない。
「・・・・・・・!」
「待った清霜!」
居ても立ってもいられなくなった清霜は部屋から飛び出そうとしたがシュウさんに腕をつかまれて脱出を阻止されてしまった。
「放してください!清霜は!清霜はトラックに戻らないと!」
「戻ってどうするつもり?」
「決まっています!あいつを!あいつを問い質せば!」
「君が死ぬ!」
「・・・!!」
シュウさんが珍しく語気を強めて言った。
「今戻れば殺されるのは清霜、君の方だ!提督の秘密を知って一番困るのは松戸だろうが、それを放置すると思うか!?それにあそこには一人厄介な奴がいる。これを見て!」
シュウさんはキーボードを操作して港入口を捉えたカメラの映像に映る一人の少女を拡大した。
松戸と共にトラックへとやって来た得体の知れない少女だ。
「こいつの正体は私でもわからなかった。艦娘にも深海棲艦にもこんな奴がいるなんて聞いたことがない」
背の高さなどからおそらく駆逐艦と思われるが全身を包帯で覆っているため顔は判別できない。
ただ、只者じゃないことは理解できる。何故ならカメラを切り替えた瞬間から視線を一度も外していない。
「こいつがいる限りトラックは落とせない。私が知る限りこいつに勝てそうなのはウチの総旗艦ぐらいだ」
バケモノ揃いのパラオの艦娘たちでもこれに勝てる見込みがあるのは一人だけ。つまり清霜がトラックに戻ったところでこいつに始末されて終わりだ。
「折角拾った命だ。無駄にすることだけは許さないよ」
「それは提督の教えですか?」
「それもあるよ。けどね。今だから話しておくと、私数年前までは艦娘だったんだよ」
「・・・・・・え?」
突然の話に清霜は思考が止まった。
「私はね、元は重巡洋艦の加古だったんだけど、とある海戦で戦死してね。気付いたらこんな姿に生まれ変わっていたのさ。笑えるでしょ?」
笑う要素なんてどこにも見当たらないが清霜は苦笑いで肯定するしかなかった。
「因みにココアも元は古鷹だったんだよ。本人は秘密にしていたいみたいだけれどね」
それじゃもしかしてパラオに居る深海棲艦は皆元は艦娘だった?
「そういう訳でも無いよ。レックスとかは元から深海棲艦だったようだし。それに艦娘が深海棲艦化するにはよっぽどの奇跡でも起きない限り生まれ変わったりしないはずなのさ」
そう簡単に深海棲艦が増えてしまうとなれば最早戦争どころの話では済まなくなる。
「まあ深海棲艦が艦娘化するパターンもあるらしいけれど、これも同じ。よっぽどのことでもないと成れやしない」
怨念が浄化されたと言われてはいるが、それだけが全てとは言いづらい。なぜならシュウさんもココアも、コサメやアレックス、ヲリバーといったパラオに居る深海棲艦の殆どが恨みや復讐心で活動していないから。
「ちょっと話がそれちゃったかな。とにかく、トラックを元の平和な泊地に戻すにはこの二人をどうにかして排除する必要がある」
工廠主任の松戸。そして未だ得体の知れない謎の艦娘。
この二人がいる限りトラックは永劫闇に包まれたままだろう。
「今はトラックに向かった三人を信じるしかないね」
「助けに行かないのですか?」
援軍としてトラックに向かえば少しは助けになるはず。それに一騎当千の強者揃いだ。勝率を上げるためにも人手は必要だろう。
「ん?行かないよ?」
しかしシュウさんはあっけらかんとした表情で言い切った。
「どうしてって顔をしているけど、今朝の話を聞いていたでしょ?出張に行ってくるって。もし本当に私たちの力が必要だと思っていたら付いてこいって言うはず。それを言わなかったんだから二人で大丈夫って思った」
おそらくココアや野分たちも同じことを考えているのだろう。彼の事を信頼居ているからこそ彼女たちはここに残っているのだろう。
だからこそ不思議なこともある。
「シュウさん。その、シュウさんは深海棲艦なのになんで人間を信頼しているんですか?」
元は艦娘だったシュウさんだが、深海棲艦に成った以上人間の事を恨んでいてもおかしくはない。なのに全幅の信頼を置けるのは何か別の理由がある。そう思った清霜は質問を投げかけていた。
「んー。一応ここに居る皆は元々は別の所に居た娘がほとんどなんだよね。総旗艦は昔から提督の秘書艦だったようだけど、私はどこにも所属していない野良だったし、磯風は特殊部隊出だし。照月と天津風は横須賀出身。コサメなんて南海の一部隊の旗艦を務めたこともある超エリートなんだよ?」
それは初耳だった。たしかに前日の演習では皆高い練度を誇る精鋭だとはおもっていたが、常に前線で活躍していた人達ならば納得できた。
「でもみんな何かしらの理由で軍から逃げてきたお尋ね者さ。理由は様々だけどそんな私たちを彼は信用してくれた。信頼してくれたの。それに応えてあげなきゃそれこそ罰が当たるってものさ」
カラカラと笑うシュウさんを清霜は羨ましいと思った。行き場を無くして誰も信じられなくて、なのに手を差し出してくれたのであれば。
その手を取って共に歩こうと思ったのならば。
だとしたら私は。
清霜が今しないといけないことは。
「シュウさん」
「・・・どうしても行くつもりかい?」
まだやり直せる。
トラックにいる悪を駆逐してもう一度。
またもう一度やり直す。トラックの提督の優しさを知っている清霜の目には揺るぎない覚悟の炎が灯っていた。
「さっきも言った通り、嵐が近づいてきている。あんた一人で辿り着けるほど生易しい海じゃないよ?」
そんなことはわかっている。
それならば。
「シュウさん。お願いがあります」
「・・・別に構わないけど、私の報酬は安くないよ?」
「望むところです!」
一方その頃のトラック泊地内。
「そうですか。やはり逃げましたか。追手は?」
「スデニ」
「よろしい。やはり実験動物はカゴの中に鎖付きが一番良さそうですね。放し飼いはダメだ」
「ううっ・・・」
男の目の前にある檻に監禁されている少女は手枷と足枷を付けられ必死に命乞いをしていた。
「助けてください。私は逃げたりしませんから」
涙を流しながら嗚咽交じりに懇願するが、男は初めから聞く耳など持ち合わせていない。モルモットがどれだけ泣き叫ぼうと煩わしく思う程度で、その手に持つ注射器を仕舞おうとする素振りすらみせない。
「安心してください。私は怒ってなどいません。私が興味があるのは唯一つ。そう一つだけです」
「あうっ!?」
少女の首筋に針を突き立てた男はゆっくりと得体の知れない液体を少女に注入していく。
全てを注入し終わったころには少女の体中に血管が浮き出し、引き攣る度に痙攣が激しさを増していく。
一時間も経った頃には少女は完全に意識を失っていた。死んでいると思われてもおかしくないほどに少女はピクリともしない。
「どうやら失敗作のようですね。初期に比べて成功率は上がったとはいえこれではまだ実用化には程遠い」
思った成果が出ず男は落胆したが、顔は笑ったままだった。
科学は犠牲のもとに成り立つ。
これが彼の座右の銘であり研究をやめないりゆうでもある。実験が成功しようと失敗しようと自分の研究が完成するための尊い犠牲であり、そこに悪意は存在していない。
根っからの科学者である彼は価値観そのものが常人と大きくかけ離れていた。
「もう少し濃度を上げてみましょうか。・・・どうかしましたか?」
本土から付き従っている艦娘が一点を見て動こうとしなかった。昔から勘の鋭い娘であったが、まさか。
「マスター。警戒レベル引キ上ゲヲ具申」
「何ですって!?まさか大本営の奴らですか!?」
「イイエ。確認デキタノハ三名デス」
「三人?一体どこのクズ共か・・・。まあいいでしょう。あなたは彼女達を歓迎してきてください。お友達は好きなだけ連れて行って構いません」
「御意」
そう言うと少女は音もなくその場から姿を消した。流石は元特殊部隊で死神と恐れられた艦娘だ。実戦から遠ざかっていたがまだその腕は鈍っていないらしい。
「まったく一体何処の木偶かは知りませんが、私の邪魔をするのであれば容赦はしません・・・!」
トラックに嵐が近づいてきていた。上陸まで後三時間―――
次回はようやく!ようやくトラックに赤座たちがカチコミます。
戦闘パートは難しいというのがよくわかりましたよ、ええ。