「いやはや、まさかあの娘の防衛線を抜けて来るとは困った御人がいたものだ」
「どっからどう見ても困っているようには見えねえが?」
トラックに所属していた清霜。彼女の言動からトラック泊地が危険な状態にあると判断した赤座は霞と磯風を連れて泊地を強襲したつもりだったが、どうやら見透かされていたようだ。
しかし、どうにも引っ掛かる。さっきシュウさんは松戸は工廠にいるはずだったのだが。
「何やらネズミが嗅ぎまわっていると思ったのでね。工廠のカメラだけ細工をしておいたのですが、どうやらうまく引っ掛かってくれたみたいですね」
『ちっ』
無線からシュウさんの舌打ちが聞こえた。わざと泳がされていたと知って気が立ったのだろう。
「さて、あなたが何処の誰かは存じませんが、大人しくここから去ってくれると助かります」
「それはできない相談だな」
元々赤座がトラック泊地まで来た理由はこの泊地の提督と目の前にいる松戸の暗殺だ。
それに向こうからこっちに来てくれたのだ。探す手間が省けたと考えればいい。
「俺はお前に恨みはない。が、お前に恨みがある奴がいる。潔く往生しろ」
赤座は刀を抜き放つと右手で水平に構え左手をそっと刃先にそえた。かつて父から教わった必殺の型。右手一本平突きの構え。
「ふっ。私を殺すつもりか?そう簡単にできるとでも?」
二人の距離は目測で凡そ10メートル。距離を詰めようにも間には机やソファーがある。拳銃を構えられていたのであれば別だが、刀で斬りかかるには間合いが離れすぎている。
だがそんなことは関係ない。赤座には縮地がある。廊下まで逃げられたとしても、一瞬で追いつき斬り殺すことは容易い。
じりじりと間合いを測りながら飛び出すタイミングをうかがっていた赤座だったが不意に無線から声がした。
『赤座さん!後ろ!!』
清霜からの忠告に反応するよりも早く、赤座はトラックの提督に羽交い絞めにされていた。
「くっそ!放れろ!」
壊れた人形の様に机に張り付いていたから完全に虚を突かれた。無理やり引き離そうにもどこにそんな力があるのか不思議なほどにびくともしない。
そこに。
「うぐっ・・・!?」
首筋に痛みが走った。抵抗できないと見た松戸が赤座に何かを注射したのだ。
「ふむ。その髪とその眼。どこかで見た覚えがあると思いましたが、君はもしや『呉の白蛇』じゃないですか?」
「呉の・・・しろへび?」
清霜は無線から聞こえた松戸の言葉が気になった。
呉の白蛇といえば数年前に噂となったとある提督の異名だ。確か人間と艦娘とのハーフだった彼は横須賀や佐世保の提督からも一目置かれる人物だったと聞く。しかし、その提督は―――
「呉から柱島に左遷され、その後呉鎮守府を壊滅にまで追い込んだ」
そう。何故呉の英雄が柱島に飛ばされたのか。そして何故呉を破壊したのか。当時の新聞では確か鎮守府に駐在していた提督や憲兵どころか艦娘までその手にかけたそうだ。
その白蛇の正体が
「赤座・・・提督?」
「・・・・・・」
事情を知っているシュウさんはともかく清霜は信じられずにいた。厳しいところはあると思う。しかし人殺しをするようなテロリストだとは思いたくなかった。
「シュウさん・・・」
「・・・・・・」
不安げな清霜をよそにシュウさんは黙ったまま画面に映る赤座を見ていた。
「いやはや、これはなかなかに面白い!職業上運命というものは信じませんが、これほど研究対象として相応しい検体が自ら来てくれるとは!」
「ぐうっ・・・」
得体の知れないものを首筋に打ち込まれた赤座は立っていることが出来なくなり床に蹲ってしまった。動悸が激しくなり眩暈もする。かなり危険な薬物を注射されたようだ。
「あなたに今打ったのは私が研究開発した新薬『ボーダーブレイク』です。詳しい理論は企業秘密なので明かせませんが、簡単に説明すると艦娘を深海棲艦に変える薬です」
艦娘を人為的に深海棲艦へと変貌させる劇薬。そんなものを人間に打ち込んだりなんかすればどうなるか・・・。
「残念なことに人間にはあまり効果はありませんでした。憲兵さんたちや提督さんにも協力してもらったのですが、見ての通りです。発狂の末死亡するか廃人になるか。ですが、あなたは違う。違いますよね?何故ならあなたには艦娘の血が流れているのだから」
そう。赤座には人間と艦娘の血が流れている。そこに艦娘を深海化させる薬が効いたとなれば、赤座は深海棲艦と化してしまうかもしれない。
「さて、これは即効性はありませんが一時間もすれば効果は目に見えて来るでしょう。それまでは経過観察を―――」
「グチグチとうるせえんだよ、クソ野郎が・・・!」
「!?」
刀の鞘を杖代わりによろよろとだが赤座は立ち上がった。見るからに衰弱しているが目は死んでいない。今にも射殺すぐらいの獰猛な光を宿していた。
「一つ聞くが、そいつは深海棲艦にも試したことはあるのか?」
「深海棲艦?ええ、ええ、試しましたとも!深海棲艦にもこのボーダーブレイクの臨床実験を行いました!するとどうでしょう!?数時間後には深海棲艦は艦娘に変貌していたんですよ!この大発明があれば私は――――」
「ああ、もういい。どうりで効き目が薄いわけだ」
首元を抑えてはいるが赤座はまだ意識がはっきりとしている。普通であれば断末魔を上げるほどの苦痛で失神してもおかしくないはずなのに。
「ば、バカな!バカなバカなバカな!!何故立てる!何故動ける!何故死なない!」
松戸は目の前でおきたことが信じられないようで頭を掻きむしりながら叫び声を上げた。
パニックを起こして発狂する松戸とは対照的に赤座はひどく冷静だった。
「要するにこれは艦娘を深海棲艦に、深海棲艦を艦娘にしてしまう薬なんだろ?だったら俺には効かねえよ。
俺には深海棲艦の血も混ざっているからな」
これは誰にも話したことがない本当の話だ。なにせ敵と見られている深海棲艦の血が流れていると噂になれば、政府から世界から何をされるかわかったもんじゃない。
貴重なサンプルとして生かされるかもしれないが、少なくともヒトとしては見られないだろう。だからこそ誰にも話したことがなかった。
「そういうわけだ。この混血がこんな形で命を救ってくれるとは思わなかったが。
覚悟はできたか?外道」
松戸を捉えた赤座の瞳には一切の揺らぎがなく、確実に命を絶つという覚悟が見て取れた。
「くっ・・・!」
「逃がすか!」
縮地で一息に仕留めようとしたが、間にトラックの提督が割って入ってきた。
操られているだけで恨みはない。そしておそらくだが遠くからこの部屋の様子を清霜は見ていることだろう。
操り人形を壊さずに行動不能にするとなれば少々厄介だが、無視するわけにもいかない。再度羽交い絞めにされ別の薬品、劇薬・毒薬を打たれたら次はないだろう。ここで倒しておく必要がある。
「恨むのならば自分の弱さを恨んでくれよ!」
大きく腕を広げて掴み掛ろうとするトラックの提督を躱しながら、赤座はすれ違いざまに一閃。峰打ちで膝を強襲した。
グシャリと骨が砕ける音を響かせながら、あらぬ方向に脚を曲げたトラックの提督は地面に倒れた。薬の影響か痛みは感じていないようだが、砕けた膝では立ち上がることも出来ずまた倒れ伏すのを繰り返していた。
「さてと。まだそれほど遠くには行ってないはずだが」
赤座が廊下に飛び出すも松戸の姿は見当たらない。未だに続く嵐の影響で島の外へは脱出できないはず。まだこの建屋かその周辺にいるはずだが。
草の根別けてでも探し出さないといけないがあまり時間も賭けていられない。そんな時無線からシュウさんの声がした。
『天才ハッカーのシュウさんを甘く見るんじゃないよ?再度ハッキングして松戸の跡は追っているから』
「そうか。奴は何処に居る?」
『松戸は一階の玄関ホールにいる。多分だけど工廠に行くんじゃないかな』
「わかった。シュウさんはそのまま奴を追ってくれ」
『了解!』
赤座が階段を飛び降りた先、開け放たれた玄関の扉からちらりと松戸が着ていた白衣が見えた。
此処まできて取り逃がすわけにはいかない。
もう間もなく嵐も過ぎ去る頃合だ。のんびりとしている時間もない赤座は松戸が逃げたであろう工廠へと向かって走り出した。
次回
?「霞ママを讃えよ!!」
というわけでパラオの総旗艦・霞出陣です。
そして最後のパラオ所属のあの娘が登場です。