といっても今回のタイトルがネタバレになっていますが。
そしてしばらくは戦闘シーン書きたくないですね。私には難しすぎました!
磯風の死闘は類を見ないほどに長期戦の相を見せていた。まず当たらない。
砲弾も。
魚雷も。
機銃ですら全ての攻撃を回避されていた。
どれだけ狙いを付けても躱される。接近戦に持ち込もうにも、波が、風が、その尽くを遮った。
(わかってはいたが、残弾が心許ないな)
こうなることはある程度予想していたとはいえなかなか見えない突破口に磯風は歯噛みしていた。
ただ全てが悪い流れにあるわけではない。相手からの攻撃も一発も被弾せずに戦えていることだ。昔の彼女の腕であれば既に自分は藻屑と化していただろう。
当たらざること亡霊の如く
必中すること死神の如く
嘗て姉が恐れられていた理由がこれだ。どれだけ攻撃してもその全てを容易く回避し、撃てばその全てが相手の急所に直撃するという神業。
本人は運がいいだけといっていたが、それが常人には理解できないほどの訓練の賜物だということを磯風だけは知っている。
故に周りからずっと後ろ指をさされ続けていた。あいつと一緒に出撃すると帰ってこれなくなる。味方の命すら刈り取る死神だ。そんな噂話もよく聞いたものだ。
それでも彼女は笑っていた。
「好きに言わせておけばいいんです。悔しかったら演習で一度でも被弾させてから正面から言ってもらいたいものです」
孤高なまでに強かった姉。
到底敵うはずもないほどその実力差は磯風が一番理解していた。
だからこそ。今の姉の姿を許せなかった。
深海棲艦に成ったこと。それ以上に姉の命を奪ったあのクズの手下に成り下がっていることに。
(主砲は残り5発。魚雷は2か)
機銃は弾切れ。副砲もなく残る攻撃チャンスはあと7回だけ。その7回で彼女を仕留めなければいけない。何か手を打たないと早々に詰む。
頭の中で幾つか作戦を立ててみるがどれも上手くいきそうにない。どうしても昔の姿が重なりどれだけ攻め立てても被弾させる未来が浮かばなかった。
(元々詰将棋とかは苦手だったからな・・・)
磯風は意外ととにかく直感で動く。理詰めではなく内に秘める獣のような野生の直感で戦うタイプだ。そして作戦の立案は全部誰かに頼り切りだった。
それならば。
磯風は思考の一切を放棄した。下手な考えは休むと似たり。あれこれ考えるよりも目の前にいる姉を倒すのみ。後の事はその時に悩めばいい。
吹っ切れた磯風は再度、艤装を蒸かして特攻を仕掛けた。
例えるならば私は黒だろう。
自分の名前とは裏腹な正反対な色をしているだろう。
死神と呼ばれたとしても、仕方のない生き方しか私にはできなかったから。
大本営から佐世保へ移った時も。表向きはただの出向だったが、実際は違う。佐世保にいる工廠主任・松戸の監視。それが私にだけ課せられた任務だった。
松戸の黒い噂はよく知っている。秘密裏に艦娘を実験材料にしていること。そして、大本営で禁止している深海棲艦に関する研究をしていること。
松戸に付き従うフリをしながら証拠を集めていった。磯風にも協力を仰ごうとも思ったが、松戸に露見された後の危険性を考慮した結果、話すことはできなかった。
そして運命のあの日。
いつも通り磯風を見送った後、非正規ルートで大本営に証拠を送り届ける。はずだった。
どこで情報が漏れたのかはわからない。しかし、取引の現場を押さえられた。
松戸の手駒となっていた憲兵に詰問されつい手が出てしまった。
戦いには自信がある。それは海の上だろうと陸の上だろうと関係なく。しかし、連日の負傷と疲労から私は次第に追い詰められていた。
自分では必死に逃げたつもりだったが、誘導されていた先であの男が、松戸が待っていた。
逃げ場はもう何処にも残っていなかった。この時だけは傍に磯風が居なくてよかったと思っている。こんな格好悪い最期を見せたくなんてなかったから。
松戸が何かを言っているがもう腹は決めている自分にはどうでもいいことだ。
誰がお前の思い通りになるものか。
私は笑って手元の魚雷を起爆した。最悪の場合に備えてわざと火薬を増やした自決用の魚雷だ。
これですべてが終わった。大爆発と共に私の意識は吹き飛んで闇に還る―――――はずだった。
事件から数日後、私は佐世保の工廠施設で目を覚ました。
深海棲艦として。
意識は混濁していたが、この松戸に対する復讐心だけは残っていた。否それしか残っていなかった。
その場で松戸を殺すのは容易だった。しかしできなかった。おそらく秘密裏に研究していたとされる薬を打たれたからだろう。奴の命令には逆らえなくなっていた。
その後私が大本営に送った証拠から身柄を拘束されると危惧した松戸は私を護衛に付けて国外へ逃亡を図った。
小型船に乗り込み進路は南東へ。目指したのはトラック泊地。新任の若い佐官が艦隊を運営していた。
松戸はまず遭難者を装いトラックに侵入した。そして艤装の整備と称して工廠を自分の研究施設へと改造を施していった。
ある程度の信頼を築いたところで松戸はまず指揮官にあの薬を盛った。研究観察をしながら少しずつ濃度を上げ、ついには廃人になるまでそれは続けられた。そんなことをすれば所属している艦娘に気付かれるはずだが、少しでも不審に思った艦娘は私が拉致し実験材料として工廠に監禁した。
この頃ぐらいからだろう。時折自分の意識がふっと霧散することがあった。中途半端に深海棲艦化した弊害だろう。一月経つ頃には最早自分の意識が表に出ることが難しくなってきていた。
そして、磯風たちがここに現れる数週間前に私の意識は深い泥の底に沈んでいた。この体は既に艦娘ではなく深海棲艦として活動していた。そんな中トラックに所属していた艦娘が数名脱走を謀った。
私は深海棲艦と化した仲間を引き連れて追跡を行った。どうやら二手に分かれたようだったので片方は別動隊に任せて自分は西へと向かう部隊を追った。
そしてパラオ周辺の海域に差し掛かったところで追いつくことができた。まともな燃料すら補給できていなかった彼女たちは船速を上げたくてもなかなか上げることが出来ずこちらの威嚇射撃で簡単に混乱した。
この混乱の最中、駆逐艦の一人が被弾した。松戸の話では艤装に爆弾を仕掛けてあるから被弾すれば派手に吹き飛ぶという話だったが、どうやら当たり所が良かったようで爆発はしなかった。しかし被弾の衝撃から彼女は気を失った。
タ級がトドメを刺そうと近づいた時、久しぶりに
タ級に魚雷をまとめて叩き込んだ後、裏切りだのなんだのと五月蝿い深海棲艦を一人残らず殲滅した。
気付けば海上に立っていたは私一人だけ。
ここから逃げおおせた艦娘の後を追いたかったが、ここまで派手に戦闘をしてしまっては別の艦隊に感づかれる危険があった。現にまだまだ遠いがこちらに近づこうとする何者かの気配を感じていた。
松戸を殺すのは私の私だけのものだ。余計な手が増えると邪魔でしかない。
追跡を諦めた私はトラックにいる松戸へ報告した。
「逃亡者ハ壊滅」
「帰レ・・・磯・・・カゼ・・・・・・コッチニ・・・来ルナ!」
血を吐くように姉は言葉を紡いでいた。
戦いたくないから。血の繋がった妹を手にかけてしまってはもうどこにも戻ることが出来なくなるから。
昔から変わっていない。見た目は変わっていてもその中は。心の芯は変わっていない。
意地っ張りで。
決して弱さを見せようともしないで。
一人で全部抱え込んで。
そんな不器用な姉だから。
「つれないことを言うもんじゃないな、姉さん。私はまだまだ語り足りないぞ!」
話したいことはたくさんある。
紹介したい仲間のことを。
あの頃よりも強くなった自分のことを。
あなたに笑っていて欲しいから!
だから!
ドン!
「!」
磯風が放った主砲は目標には当たらなかった。しかし、頬を掠めた。
そう。掠めたのだ。今まで一度も当たらなかった攻撃が。
ようやく綻び始めた。
何が死神か!何が亡霊か!!
倒せる!
次はもっと接近して直撃弾をぶち込んでやる!
そう思い一気に加速をした刹那―――
磯風のわき腹に衝撃が走った。
(流れ弾か!?)
偶然艤装に当たったようだが体勢を崩された。なんとか立て直そうとするが、それを許すほど甘い相手ではない。
先程の至近弾が原因だろう。何かが吹っ切れた彼女は先程までの動きとは別人と思わせるほど精度の高い射撃を繰り返してきた。
(近づけない・・・!)
残弾が少ない現状では下手に威嚇射撃も撃つことができない。なんとかもう一度動きを止めなくては。
(何か、何か手はないか!?)
少しでいい。ほんの少しでも隙を作ることができれば。この潮目を変えることが出来れば。決めてみせる。
「うぐっ!」
磯風に対する至近弾が増えてきた。このままではそう遠くない未来で確実に被弾する。
そんな考えが頭を過ったその直後、視界の端に映った海面にこっちを目掛けて走る白い跡が見えた。
(雷跡!)
一本は回避できる。が、その後方にも雷跡があった。躱そうにも躱しきれない二段構えの雷撃。
(覚悟を決めるしかないか!)
回避ができないのであれば最早どうにもなりはしない。磯風は数秒後に訪れるだろう衝撃に身構えた。
その後。魚雷の衝撃をまともに受けた磯風は声も上げることも出来ずに倒れ伏した。
「マダ・・・息ガ・・・有ルヨウ・・・ネ」
魚雷が直撃した手応えはあった。息の根を止めるつもりでいたがこの艦娘は今まで会ったどの艦娘よりも悪運は強いらしい。
前世の僅かな記憶からこれが血を分けた妹であることはわかっている。しかし今は関係ない。自分の野望を遂げるため障害は排除するに限る。
慈悲は無い。せめてこのまま
「・・・」
瀕死の体で何かぼそぼそと口を動かしている。強風でよく聞き取れなかったが、何と言ったとしても無駄だ。どうせ助けてくださいと命乞いしているに決まってい
「・・・ちび・・・」
「・・・・・・ア゛?」
予想もしていなかった一言に変な声が出た。今何と言った?チビだと?
「ちび。傲慢。ちんちくりん」
こいつ、動けないから私を辱めるつもりなのだろうか。悪いがその手には乗らない。この状況でそれだけのことが言えることには称賛してやるが
「貧乳」
「貴様・・・ソロソロ其ノ口ヲ・・・閉ジタ方ガ・・・身ノ為」
「出っ歯」
よし。殺そう。もうこれ以上何か言う前に処分してしまおう。
「去年の姉さんの誕生日に楽しみにしていたプリンを食べたのは浜風じゃなくて私だ」
「アレヤッパリ御前ノ仕業カーーーーー!」
自分への御褒美に買ってきた中々手に入らない高級プリンだったのに!
もう許さん!土下座しようと腹を召しても絶対に許してやるものか!
「まだ色々と姉さんに隠していることはたくさんあるが」
本当にもうこれ以上何も言うんじゃない!怒りで頭がどうにかなりそうだ!
「チェックメイトだ」
磯風の言葉の意味を理解するよりも早く私の目の前に降ってきた魚雷が爆発した。
駆逐艦最強とまで謳われた姉を倒すために磯風は無い知恵を必死に絞って絞って絞り切った末にとんでもない暴挙に出た。
足元まで接近した魚雷が爆発する直前に磯風は自ら残っていた魚雷を上空に力一杯ぶん投げた。ただ、火事場の馬鹿力でも出たのか想定した以上に高く飛んでいったが。
本当ならばこの後海面ギリギリまで落下してきた魚雷を砲撃して誘爆させた後、爆風を目くらましに最後の魚雷を投擲するつもりだった。
しかし魚雷は思った以上に飛び、そして磯風が雷撃で大破したと勘違いしてのこのこと近づいてきた。
千載一遇のチャンスと捉えた磯風は海上に倒れたまま魚雷の落下までの時間を稼ぐべく出鱈目に悪口を並び立てた。
敵は魚雷に気付いていない。空から魚雷が降ってくるとは誰が思いつくだろうか。魚雷の落下予想地点は丁度あいつの目の前。ここしかないというポイントで磯風は魚雷を打ち抜いた。
至近距離の爆発に巻き込まれた敵は全身から煙を立ち昇らせていたものの、まだ生きていた。深海化したおかげで体が頑強になっていたことが幸いしたのだろう。しかし、大破したあの状態では満足に戦うことすらできないだろう。
「マダ・・・マダ・・・ワタ・・・シハ・・・死ネナイ。死ンデ・・・タマル・・・カ!」
だが戦意はまだ折れていない。満身創痍であってもまだ戦うことを諦めていなかった。
だがそれは磯風も同じだった。おそらく体力的にも後一発が限界だろう。
「姉さんは本当にタフだな。でも、これが最後だ!」
最期の力を振り絞って磯風は駆けた。姉も一直線に走り出した。最早小細工を繰り出す力は双方とも残っていない。純粋に互いの実力を出し切っての激突であった。
両者の砲塔が交差した刹那、ドン!と短くも長い砲声が静まり返った戦場に谺した。
次の投稿はいつになるかはわかりませんが次回でトラック編は終わりの予定です。
まだ書き終わっていないのでなんとも言えませんが、一区切りは付けます。
それではまた!