生命の樹が神の街に根付くのは間違っているだろうか   作:ねをんゆう

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10.ファミリアの異変

遠征まで残り2日と迫った頃、ロキ・ファミリアのホームは荒れに荒れていた。

それは突然発せられたロキ・ファミリア団長の1つの指示が発端となっている。

 

『アマギリ・エルゼをダンジョンに連れて行く』

 

本人の意思を確認することもなく挙げられたその指示に、彼女の保護者同然の立場にいるアイズは当然ながら紛糾した。

突然矢先に挙げられた当の本人であるエルゼは何が起きたのか分からず困惑し、その他のメンバーもまた突然出された意味の分からない宣言に意図を見出すことが出来ず、反応することもできなかった。

 

……一方で、同じ幹部であるリヴェリアやガレスが静観し、主神であるロキもまた黙認していたのも、この大嵐の要因の1つであったことに間違いない。

 

「フィン!何を考えてるの……!?エルゼはまだダンジョンに行くなんて言ってない!行くにしても急過ぎる!なんでリヴェリアも何も言わないの!?」

 

「………」

 

他のメンバーもまたアイズと同意見であった。

つい先日まで「彼女の意思を尊重すべきだ」などと言っていたリヴェリア自身がそれを認め、知識も伝えないまま初心者の少女をダンジョンに潜らせるという無謀に近いことを強要させようとしているのだ。

普段の彼等を知っていればまず有り得ないそんな指示に、彼等が偽物ではないのかと馬鹿げた想像をしてしまうものも出てしまう事態。

あのベートですら殺気を出して睨み付けているという状態になっているにも関わらず、それでもフィンを含めた4人が考えを変えることはない。

アイズはこの中の誰もが見た事がないほどの激情に駆られていた。

 

「ダンジョンには僕が付いていくし、装備も一級品のものを買い与える。問題は何も無いはずだよ」

 

「そんなことを言っている訳じゃない……!ダンジョンに入らせるにしても、せめて勉強する時間くらい……!」

 

「ことは急を要するんだ、そんなことをしている時間は無い。……それに、"彼女には"そんなことをする必要も無いだろうからね。今からでも付いてきて貰うよ」

 

「………ッ!!フィン!!!」

 

彼のあまりの言い草にアイズは鬼の形相をして摑みかかる。

後ろからアマゾネスの姉妹が彼女を止めるが、2人もまた険しい顔をして自身の団長である彼のことを見つめていた。

 

「………フィン、いくらなんでもその言い方は酷いと思う」

「団長、一体なにがあったというのですか?この判断はいつもの貴方らしくありません」

 

「今日ばかりは馬鹿ゾネス共と同意見だ。テメェ等一体何考えてやがる?覚悟も出来てねえガキを餌場に放り出してどうするつもりだ」

 

「……今は君達に言うことは何もないよ。エルゼ、準備が出来たら修練場に来るんだ。そこで防具を与えよう」

 

「フィン!!」

 

彼等の質問に少しも答えることもなく、フィンを含めた幹部達はその場を去っていく。

朝食終わりに急遽開かれたミーティングは波乱を残したまま幕を閉じた。

ティオナ、ティオネ、ベート、アイズの4人は未だ収まることのない怒りや困惑の感情を隠し切る事ができず立ち尽くし、同じように困惑していたレフィーヤはしかし誰よりも冷静にエルゼの側に寄り添い、混乱する彼女を落ち着けていた。

 

騒動の中心は間違いなく自分であり、こうしてファミリア(家族)の者達が言い争っている原因も自分である。

それはどんな人間にだって分かることであるし、彼女はそれを特に過敏に感じ取り、自分を責めてしまう性質であった。

 

大切な家族が、いきなり入ってきた自分が原因で割れようとしている。

 

彼女がそんな風に思ってしまうことも当然であるし、そうなってしまうことを想像できなくなるほどにフィンを含めたロキ・ファミリアの面々は冷静ではなくなっていた。

 

 

「………アイズ、お姉ちゃん」

 

「っ!!エルゼ!大丈夫…!?」

 

掠れるような小さな声に、我を取り戻したアイズは直ぐにエルゼの元へと駆け寄る。

一番困惑しているはずのエルゼを放っておいてしまったことにアイズは後悔し、その失敗を取り返そうと必死になって彼女のことを心配する。

 

けれどそれでも、既にエルゼの心にはヒビが入っており……

 

「わたし、しゅうれんじょうに、いってくる、ね……!」

 

「………える、ぜ?」

 

以前のようなたどたどしい言葉で笑顔を見せて、彼女は部屋を飛び出していく。

 

「エルゼッ!!」

 

必死に引き止めようとアイズは手を伸ばすが、それでも彼女の肩を掴む事はできず膝立ちのまま立ち尽くしてしまった。

その場の空気とは裏腹に笑顔のまま飛び出して行った彼女の真意がわからず、一向は戸惑う。

 

しかし、最初から彼女の側で彼女を気遣い続けていたレフィーヤだけは気付いていた。

最後の瞬間、彼女の両手が血が滲むほどに強く握り締められていたことを。

 

 

 

 

「ふぃんさん……!」

 

「エルゼ!?……早かったね、引き止められたりしなかったのかい?」

 

「うん、だいじょうぶ、です」

 

「……?そ、そうかい?それならよかった。ほら、こっちに来るといい。ガレスが君にあった装備を選んでくれるはずだ。」

 

「はい……おねがい、します」

 

修練場にはフィンとリヴェリアとガレスの3人が彼女のことを待っていた。

彼等の中では、困惑したエルゼが他のメンバーと相談し、ある程度の時間が経ってからアイズ辺りと共にこの場所へ来るようなことを想像していたのだが、実際にはあの後直ぐにエルゼが一人で来たのだから驚愕以外の何者でもない。

 

彼女の雰囲気にどこか違和感を感じる3人ではあったが、そもそもガレスはこれまで然程エルゼと関わっておらず、リヴェリアもあの日から避け気味であり、フィンにしても遠征前の忙しさに駆られていたので気付ける程に彼女のことを見てはいなかった。

もしこの場にロキが居たのならば言及されていたかもしれないが、肝心の彼女は自身の部屋で後悔と懺悔に苛まされてるいたのだから間が悪いとしか言いようがない。

 

"気持ちが悪い"ほどに素直に3人の言うことを聞いて準備を行う彼女の姿にリヴェリアは訝しげに思うが、それを言葉にできるほど彼女はまだエルゼに対する思いを整理し切れてはいなかった。

その手に取った小さな片手剣を感触を確かめる様にフリフリと触るエルゼを見て、ガレスは素直な子だと感心し、フィンは昨日の剣技指南の時を思い返す。

 

彼女が一通りの装備を選び終えると、フィンは何かしら言葉を発しそうになり、それを一度飲み込んだ。

聞きたいことはあれど、今はその機会でもなく、それを聞く権利は自分にはない。そう言い戒める。

 

「………さあ、行こうかエルゼ。今日は日帰りの予定だけれど、忘れ物はないかい?」

 

「だいじょうぶ、です……!」

 

大丈夫なはずが無い。

忘れるはずのないものを忘れてしまっているのは、他ならぬフィンの方であるのだから。

 

 

 

 

エルゼの冒険者登録は、事前に用意してあった書類と同伴がフィンであることもあってかなりスムーズに進んだ。

今日は1階層を体験させる、という"大嘘"をついてフィンはエルゼをダンジョンへと連れて行く。

 

初めての他者の命を奪うという行いは、想定されていたよりも何事もなく遂行された。

 

1階層の取るに足らないモンスターには最初こそ苦戦していたが、次第に慣れてきたのか10体目辺りに差し掛かる頃には"予想通り"複数対相手でも問題なく処理できるようになる。

以前に見たような舞うような剣さばきであらゆる方向から襲い掛かるモンスター達を効率良く始末していき、教えていない筈のモンスターの弱点を貫く。

 

そうして10階層までを階層が更新される度に50〜60分ほど慣らし、レベル1の初心者にしてはあまりに恐ろしいスピードでダンジョンを突き進んでいく。

最初こそ毒のあるパープル・モスや仲間を呼ぶキラーアントに驚いていたが、直ぐに対処法を考案し的確に処分していく姿はやはり異常であった。

 

(……大方は予想通り、か)

 

結局、レベル1で攻略可能とされる領域においては、彼女は全くと言って良いほどピンチに陥ることはなかった。

期待はしていなかったが、常に万が一に備えて目を向けていたフィンとしてはなんとも言い難い心持ちである。

彼女の性質から言って当然こうなるということは想定していたが、実際に目の前でそれを見ればまた違った感想を抱くと言うもの。

ここまでくれば逆の期待を抱いてしまうのも仕方ないのだろうか。

 

……つまり、レベル1では難しいとされる領域ではどうなるだろうか、ということで。

 

10階層から先は視界を妨げる霧がかかっており、モンスターの察知が難しくなる。

また、同箇所でモンスターが同時多発する怪物の宴(モンスターパーティ)が発生するようになり、オークやシルバーバックという巨体を持つモンスターや、インファントドラゴンなどの強力な希少種も出現し始める。

 

レベル1の冒険者が単独で挑むのは難しく、一瞬の油断が命取りとなる領域だ。

 

少しは苦戦してくれるだろうか?

しかしそんな期待も当然のように彼女に裏切られることとなってしまう。

 

 

「ばーすと」

 

複数対のオークを相手している最中で、それは起きた。

まるで息を合わせるかのように一斉に振り下ろされた攻撃に対し、捌き切れなくなった彼女が手近に居たオークに向けて手を伸ばした際に発せられた言葉である。

 

「ギィエァッッ!!」

 

魔法が使用された痕跡など一切なく、そのオークは突如として吹き飛ばされた。

腹部に球体型の凹みを与えられ、消滅するほどでは無くともオークはその不可思議な現象に確かに大きなダメージを負っていた。

何が起きたのか分からず困惑するオーク達は、その隙を突かれて全滅することとなる。

 

フィンでさえも目の前で何が起きたのか理解することができなかった。

観察した限りでは言葉と共に彼女の左手から目に見えない空気弾のようなものが発せられたように見えたが、魔法の兆候は全くと言って良いほど感じられなかった。

そもそも、彼女はそんな魔法を持っているはずが無い。彼女のステータスは既に確認しているし、この数日で身につけられるはずもない。

 

もちろん、彼女のまえでは"〜な筈がない"ということこそが有り得ないのだから断言はできないのだが、それよりもこれこそがロキが言っていた"アレ"だと考える方が自然だろう。

しかし結局この現象を何度見てもその魔法?のタネを知ることはできなかったし、彼女に直接尋ねても首を捻られるばかり。

 

……そしてこの時、ようやくフィンは彼女の言動が少しばかり幼くなっていることを気付き始めた。

 

 

 

 

「らいず」

 

『グゴァガァァァァッッッ!!』

 

 

 

15階層。

前階層から出現し始めたヘルハウンドやアルミラージに続いて、様々な強力なモンスターが出現し始める階層。

 

ここで特筆すべきはやはりミノタウロスというモンスターのことであろう。

 

強制停止(リストレイト)を起こす咆哮を使い、Lv.1では抵抗困難なためほぼ死亡が確定するという凶悪過ぎるモンスター。レベル2の冒険者にとっては最初の関門とされる。

レベル2になってもまともに撃ち合えば確実に押し負けてしまうほどのその怪力は、多くの冒険者を肉片に変えてきた。

 

きっと普通ならば、そんなモンスターの首を純粋な蹴りによってへし折るレベル1の冒険者など、一体何の冗談だと人々は笑うに違いない。

 

今度は先ほどとは違い、「らいず」という言葉を発したエルゼは、突如として驚異的な身体能力を得てミノタウロスへと突撃した。

レベル4の上位にも届き得るほどのスピードで迫る彼女の姿に驚愕し、一瞬の隙を見せたミノタウロスは次の瞬間その根太い首ごと頭を吹き飛ばされた。

 

次から次へとミノタウロス達は消滅させられていき、咆哮を上げようとした者には「ばーすと」と謎の空気弾が口元へと飛んでくる。

一度「とらんす」と呟けば乱入してきたヘルハウンドが集団に向けて灼熱の炎を浴びせかかり、ミノタウロス同士が殺し合う。

 

フィンは夢でも見ているような心地になっていた。

 

なんだこれは、と。

 

これがあの少女一人で起こしていることなのか、と。

 

こうして見なければ絶対に信じることができないような光景に、もはや彼は労りの言葉をかけることすらもできなくなっていた。

 

「ふぃんさん。どこまで、いきますか……?」

 

「……え?あ、ああ、一応18階層で一休みをしてから帰る予定ではあるけれど」

 

「そう、ですか。わかりました」

 

きっと彼女も、自分が無理をさせられているということは分かっているだろう。それでも文句の1つも言わず淡々と言われたことをこなし続けているのは、どういう理由なのか。

 

そんなことを考える余裕すらも今のフィンにはない。

 

 

そしてこの日、17階層で、

 

 

フィンは決定的な瞬間を目にすることとなった。

 

 

 

 

「せふぃろと、げぶらー」

 

 

 

 

「ァ、ァァァ、カ"ァ"ア"、ァ"ァ"ア"………ァ、ァ……ガァッ……」

 

 

 

 

17階層の大広間、

 

真っ白に染まるその空間の中央に、

 

全てを見下ろす神のように聳え立つ光の大樹が、

 

迷宮の孤王(モンスターレックス)と呼ばれる階層主であるゴライアスを、

 

ギルドの推定ではLv.4と定められたほどのバケモノを

 

無残に、

 

引き裂き、

 

貫き、

 

絡め取り、

 

真っ赤な体液を撒き散らすその光景を、

 

 

 

きっとフィンは、

 

一生忘れることができないだろう。

 

 

 

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