生命の樹が神の街に根付くのは間違っているだろうか 作:ねをんゆう
その日、ロキ・ファミリアの面々は近くある遠征のため、18階層のセーフティポイントにて資材の運搬や計画の確認に訪れていた。
面々とは言うものの、実際にはフィン、リヴェリア、ベート、アイズの4人に加えて少数の荷物運びの団員だけであり、しかもアイズに関しては頼まれてもいないのに無理矢理付いてきた形だ。
その上、付いて来た割には特に仕事をする訳でもなく、道中に出現するモンスターをひたすら八つ裂きにしていただけである。
ゴライアスを単独で突破したこともあって機嫌は良いものの、完全に付いてきた目的は見え見えだった。
反面、仕事を取られたベートは若干ではあるが不機嫌であった。
ちなみにそんな彼女はと言えば、フィンやリヴェリアが忙しく働いている中、1人水浴びを行なっている。
毎度のこととは言え、水辺の近くに剣を置いておくというのはどうなのだろうか。
いくら不壊属性のものとは言え、彼女の武器に対する杜撰さはやはり治らない。
「……そろそろいいかな」
十分に水浴びを楽しんだ彼女は、髪と体を雑に拭き取り、微妙にまだ濡れていることも構わず新しい服を着始める。
もしこの場にリヴェリアやフィオネ、レフィーヤなどがいれば文句を言いながらも乾かしてくれるのだろうが、残念ながら今日は彼女1人である。
新品の服は装着と共に水分を吸うこととなった。
「……ん?」
粗方の準備を終えて腰に愛剣を装着したころ、どこからともなく
パキリ
という枝の折れる様な音が響き、彼女は身構える。
覗き、という可能性は無くはない。
自分がここで今水浴びをしていることを知っているものは殆どいないが、偶然通りかかった者もいるかもしれないし、もしかしたらベートが覗きに来たのかもしれない。
そんな風評被害を考えながら音のした方向へとアイズが足を踏み入れると、そこでは別段男がいた訳でもなく、覗かれていたということも無いことが分かった。
代わりにそこには真っ白な髪を伸ばした少女が全裸で倒れていて、先程の音の原因と見られる小さな木の枝が彼女の右手に引っかかっていた。
「……だ、大丈夫……?」
ふにふにと恐る恐る頰を指で突くアイズ。
しかし少女は身動き1つすらしない。
思い切って肩を揺らしてみるが、それでもやはり反応はない。
「…………、……!?」
少しだけ考える時間を置き、現状を整理すると、途端にこの事態がとても不味い状態だということに気付く。
突然アタフタとし始めたアイズは自分がどう行動すべきなのか分からなくなってしまい、両腕を大きく振りながら右へ左へ誰かの助けを求めて首を振り始める。
しかし勿論周囲には誰もいないし、水浴びをしている最中だと聞かされているのだからロキファミリアの人間だって近くに寄るはずもない。
つまりこの事態はアイズ一人で解決するしか無いのだ。
しばらくの間アタフタしていても何も起きないということに気が付いたそんかアイズは、とりあえず少女を抱えてリヴェリアの元へと届けることを思い付く。
しかし直後、少女が全裸であることに気が付いた。
このままではこの少女の全裸を男性陣の前に曝け出してしまう。
実際にはそれどころの話ではないのだが、全く冷静ではない彼女には何故だかそれがとっても重要なことの様に思えた。
とりあえず水浴び前まで自分が来ていた服を彼女に着せてみるのだが、その異様に露出度の高い服では彼女の小さな体をまともに隠す事は出来ない。
アイズはこの時、初めて自分の服装を反省した。
もう仕方ないとばかりに使ったタオルや靴下を使ってグルグルに丸めたその様子はさながらチマキの様で。
見事に無残な姿となってしまった少女であるが、しかしそれをやったアイズの方は謎の満足感に包まれていた。
ちなみにこの後そんな怪我人で遊んだような状態で会いに行ったリヴェリアにアイズがしばき倒されたのは言うまでもない。
「……リヴェリア、痛い」
「当然の報いだ。幸い深く眠っているだけだったが、命に関わる状態だったらどうするつもりだったんだ。応急処置も出来ないのなら、せめて余計なことをせずに迅速に運んでこい」
「むぅ……」
グルグルに簀巻きにされた小さな少女を米俵の様に担いで来たアイズを見た時、リヴェリアは『こいつ遂に誘拐を……』と酷く表情が歪んだものであった。
そしてその後、事情を聞けばその少女が全裸で倒れていて目を覚まさないと言うではないか。ならば何故簀巻きにして持ってくる必要があると戻った表情が再び歪んだ。
シパーンッと杖でアイズの頭を軽く叩き、涙目のアイズを放って少女の容体を見れば、やはり意識は戻らない。
ただし、外傷などは特になく、何かしらの病に罹っているわけでもなさそうであった。
とりあえずと適当な服を探してみるが、当然その体躯に合うものはない。フィンのものなら合うかもしれないが、彼の着替えなど今日は持ってきてはいない。
正直、リヴェリアとしては少女が着させられているアイズのその背中を開ける様な大胆な服装に良い印象は持っていなかったが、この時ばかりは諦めて部分部分を少しだけ縫い付けることで大きさを合わせることにした。
この程度の裁縫程度ならばリヴェリアとて容易に出来る。
「……ふむ」
そうして出来上がった少女は、髪の色や目の色は違えど、整った容姿から昔のアイズを思い出させる様な愛らしくも懐かしい姿となっていた。
そんな彼女の様子を覗き込むアイズと並べて見れば、まるで姉妹の様に見えてしまい、名前も知らないその少女に少しだけ親しみを感じてしまう。
「リヴェリア?」
「ん?ああ、いや。なんでもない」
だが、いつまでも地面の上に横たえているわけにもいかないので、アイズに少女を運ぶように指示をして、リヴェリアはテントの方へと向かわせる。
すると、丁度そこで同じ様に戻ってきていたフィンとベートと鉢合うこととなった。
フィンはともかく、ベートがここに居合わせるのは非常に面倒臭い。
リヴェリアはそう感じて表情を歪める。
彼等の視線の先にはアイズが背負った、アイズに似た雰囲気をした、アイズの服を着ている小さな少女の姿。
そんなものを見てしまえば当然こうなる。
「……!?アイズの妹だと……っ!?」
最初にボールを投げ込んだのはベートであった。
もちろん全力投球の大暴投である。
「いや、もしかしたらアイズの子かもしれないよ?ベート」
「んなっ!!聞いてねぇぞフィン!!父親はどこのどいつだ!ぶっ殺してやる!!」
続いてフィンが投げ込んだ一球もまた世紀の大暴投であったにも関わらず、ベートにクリティカルヒットした。
なぜその球に当たってしまうのか、犬の習性だろうか、普段は賢い彼でも今ばかりは知能指数が著しく下がっていることが分かる。
「……はぁ、落ち着けベート。仮にアイズの娘だとしたら、こいつは何歳の時に産んだことになるんだ。こいつはまだ16だぞ。」
「アイズゥゥゥ!!誰だ!?誰に、いつ、何をされたァァ!?!?」
「やかましい!!」
ゴシャァッと頭部にリヴェリアの杖が突き刺さる。
今度はアイズに注意する時にお見舞いしたものとは威力が違う。
一度この辺りでリセットをかけておかなければ今後のベートの頭に色々とよろしくないものを残しそうだと思ったからだ。
そんな様子を見て笑うフィンと『よく分からない』と言った風に首を傾げるアイズの姿は、当事者のリヴェリアには更に頭の痛い要因であった。
「……なるほど、つまりその子は本当に2人とは面識の無い子なんだね。意識も無いから素性も分からない、と」
「そういうことだ。一応手の空いたメンバーにリヴィラの街で聞き込みを行なって貰っているが、そもそも恩恵も持っていない子供がここに居るということなど普通に考えれば有り得ない」
気絶したベートを放っておき、テントの中へ寝かせた少女を見ながらフィンとリヴェリアは現状を共有する。
彼女の世話は全てアイズに任せているが、その辺りは何事も経験と言ったところで。目の届く範囲に置いているので大した問題はないだろう。
「考えれられるのは商売を行う為に家族と一緒にやってきた、とかかな。気になるのは服を着ていなかったことだけれど、"そういった"痕跡は無かったのかい?」
「それに関しては問題ない、全くの無傷だ。……逆に無傷であったことの方が事の真相をより深めるのだがな」
「全くだ。彼女は一体何者で、その身に何が起きたのか。そして……彼女を見ていると少しばかり親指が疼くのは何を意味しているんだろうね?」
「全く、遠征の直前だと言うのに、また何か厄介ごとに巻き込まれた気がするな」
「けれど放ってはおけないし、放っておくつもりもない。アイズがあれだけ興味を抱いているのもそうだし、昔のアイズを思い出させる雰囲気をしているからね。僕としても気になるし、リヴェリアも思う所はあるんだろう?」
「……無い、といえば嘘になるな」
大人2人が過去の狂戦姫のことを思い出しながら不敵に笑う中、なぜかアイズが異様にアタフタとし始めた。
両手をワタワタとさせながら左右に不安そうな顔をフリフリとさせ、何かを思い付いたかと思えばレベル5の全力ダッシュでバケツに水を汲み、浸したタオルをレベル5の力で全力で搾り取る。
水分の一滴まで搾り取られたカラッカラのタオルを見て再びワタワタとし始める彼女の姿はあまりにも滑稽で……
「……リ、リヴェリア……たすけて……」
ついに助けを求めてしまった。
そこには数分前まで『任せて』と自信満々に胸を張っていた彼女の姿はない。若干涙目になりながら助力を請うアイズに対し、リヴェリアとフィンは一瞬顔を見合わせて苦笑う。
「全く、こういったこともそろそろ覚えるようにするんだぞ、アイズ」
「……うん、絶対覚える」
少しずつ人間らしい成長し始めたアイズに嬉しさを思いながらも立ち上がったリヴェリアであったが、彼女がみていた少女の容体を見ると、途端にそんな嬉しさは吹き飛んでしまった。
先程までどう見ても健康体であり、何の異常も見当たらなかったはずの彼女の身体が異常な高熱を発し始めていたのだ。
「っ、退けアイズ!」
「う、うん……」
顔を真っ赤にし、うなされ始めた少女を咄嗟に仰向けから横向きの休息体勢へと移すと、ドロリと鼻から真っ赤な血が流れ出す。
これはマズイと感じたリヴェリアは流れ出る血液で喉が詰まる事が無いように顔向きを変える。
手元にあるポーションを飲ませてみるが何の効果も示すこともなく、回復魔法を唱えてみても熱どころか鼻血が止まる気配も無い。
瞳孔を確認すれば目が異様に真っ赤に充血しているのが分かり、長い時の末に蓄えたどの知識にも該当しない不可思議な状態を前に、リヴェリアは少しではあるが取り乱し始めていた。
「アイズ!身体を冷やせるものを持ってこい!このままでは脳にまで影響が出る!!」
「分かった、待ってて!」
心拍数も普通ではなく、呼吸も荒い。
加えて異様な高熱と止まる事のない鼻血と充血。
体内の様々な要素が暴走していると言っても過言ではない状況でありながら、リヴェリアの持つどの対処法もほんの少しの効果も示さない。
魔法やポーションというものがありながら、体勢を変えて物理的に冷やすなどと言った原始的なことしか出来ない自分に無力を感じる。
何をすることもなくそんな様子を見ていたフィンであったが、実はなによりリヴェリアの魔法が効かなかったという事実について考察していた。
魔法自体は少女の身体に届いていたし、確実にその効果は出ていただろう。しかしそれでも彼女の容体は変わらない。それはポーションでさえも同様だった。もちろん、あのリヴェリアが見ているのだから魔法や呪いによる作用でも無い。完全なお手上げ状態であった。
だが、それこそが答えではないのかとフィンは思い立つ。
「……まさか、この状態が正常という訳ではないだろうね」
「フィン?一体どういうことだ!?」
小声で呟いた筈の一言を聞き逃すことのなかったリヴェリアに、フィンは目だけを向けて腕を組みながら考えをまとめ始める。
もちろん、この状態ではそこまで的を射た意見では無いだろうが、その様な稚拙なものでもリヴェリアを落ち着かせる役には立つだろうとフィンは踏んでいた。
「僕もそれほど確信がある訳ではないんだけどね。リヴェリアほどの使い手の回復魔法が意味を成さず、確実な性能を持つディアンケヒト製のポーションや解熱剤が効かない。それでも実際に魔法は彼女に届いているし、ポーションに関しては体内から効いている筈だ。それでも容体が変わらないということは、それはつまり、『治すべき対象』がそもそも存在しないから、というのは考えられないかい?」
「『治すべき対象』が存在しない……?何を馬鹿なことを、そもそも熱自体が基本的な人間の防衛機能だ。治すべき対象が存在するからこそ発生する現象、むしろ私の力が及ばないほどの状態と考えた方がよっぽど合理的だ」
「いや、君は自分の魔法を過小評価し過ぎだね。それで回復しないのなら、それこそ死の直前か健康な人間にかけた時くらいだ。……もっとも、そのどちらかなのかはこれで判断がつくけどね」
そう言ってバッグに手を入れながら少女へと近付くフィン。少女の目の前に座り、バッグから抜き出した一本の瓶を彼女の口元に当てがり、少しずつ気管に入りこまない様に注意しながら飲ませ始める。
もちろんその液体はただのポーションではなく……
「っ!エリクサーか!!」
「そういうことさ。これで治るなら彼女が死の淵に立たされていたというだけ、だがこれでもし治らないとするならば……」
即効性と万能性、どちらにも優れた最優の薬品であるエリクサー。
それ1つで恐ろしい値段をするものであるが、確かな効果を持つディアンケヒト・ファミリア最高の一品。
神でさえも認めるそれに、治せないものなど存在しない。
故に、もしこれでさえも効果を為さなかったとすれば……
「……エリクサーでも治らないのか!?」
「あまり嬉しくはないけれど、予想が当たってしまったようだね。どうやらこの状態は彼女の身体にとって異常なものではなく、何の問題も無い正常なものらしい。信じられないけどね」
もちろんフィンでさえもそのような事例など見たことも聞いたこともない。だが事実として目の前にある以上、受け入れざるを得ないのだ。
自分の中の知識で判断しがちであるのはフィンも同様であるが、それがより顕著なリヴェリアはそれでもまだ納得できないのか黙って濡れたタオルを取り替える。
結果的に、少女の熱が収まったのは完全に時計の針が頂点を回るころであった。
それでも意識は取り戻さなかったものの、それを見て安堵を得たのはここに居る全員の総意であった。
ある程度リヴェリアの手当てを見ていたアイズも少しずつ慣れ始め、最終的にそれらを一人で行えるようになったのも間違いなく成長の1つであろう。
アイズがなぜそれほどにこの少女に拘っていたのかは分からないが、それでも少女の枕元に倒れ、一緒に眠ってしまった彼女の顔はリヴェリアがこれまで見てきた表情の中でも最も人間味の溢れたものであったことは間違いない。