生命の樹が神の街に根付くのは間違っているだろうか   作:ねをんゆう

6 / 12
6.背後の濃闇

黄昏の館の最上階、そこに主神であるロキの部屋はあった。

いつもは数日に渡る探索の際には必ず玄関先まで迎えに来るほどの眷属好きの主神ではあるのだが、遠征の近い今日ばかりは彼女もそうは言っていられない。

ただひたすらに書類にサインをする作業に熱中し、リヴェリア達が部屋にやって来る頃にようやく終わりを迎えたそれによってロキは清々しいほどの笑顔を浮かべていた。

 

「仕事、終わり!酒、飲める!うーん、やっぱ仕事終わりの一杯の酒を……最高やな!!」

 

ガッと酒瓶を引っ掴んでそのままラッパ飲みをし始めた瞬間、外から聞こえてきた大声にロキは噎せ返った。

気管に入ったのだ。

いくら神とは言えど、今の体は人間と変わらず。

あのエグいくらいキツイ感覚を彼女は味わうこととなった。

 

『レフィーヤ〜!?!?!?』

 

 

「ゴホッ!ゴホッゴホッ!?な、なんや!?レフィーヤになんかあったんか!?ついに胸が成長し過ぎたんか!?こうしてはおられん、今すぐに揉みにいかんと……!」

 

「何を馬鹿なことを言っているんだロキ」

 

「ぎゃふんっ!」

 

ストンと落とされた手刀に対して大袈裟に反応するロキ、そんないつもの主神に対してこちらもまた大袈裟に溜息をつくリヴェリア。

互いの信頼関係が見えるそんな構図を、エルゼはアイズの後ろからとても興味深そうに見ていた。

 

「ただいま、ロキ。一応だけれど、次の遠征の準備も問題なく済ませてきたよ。それと1人、紹介したい人物を連れてきた」

 

「紹介したい子やって?そらまた面白い話やな。………ん?もしかしてそのアイズたんの後ろに隠れとるん子か?」

 

「ああ、そうだよ。アイズ、紹介を頼んでもいいかな?」

 

「うん、任せて」

 

リヴェリアに促されて後ろに隠れたエルゼの背中を押すアイズ。

おどおどとしながらも素直に前へと出る彼女を引き止めると、自分の前へと立たせ、そのまましゃがんで抱き着きながら紹介をさせる。

 

「あ、あの…… あ、あまぎり えるぜです。よろしく、おねがい、します……」

 

「おー!こりゃまたかわええ子を連れて来たやんか!なんや昔のアイズたんを思い出すなぁ」

 

「ああ、18階層で見つけたんだが、両親の居ない捨て子だそうでな。アイズがいたく気に入って連れて来ることになった。……色々とロキに話さなければならないこともあるのだが、とりあえずは紹介にとな」

 

「かまへんかまへん!かわええ子なら大歓迎や!エルゼたんやったか?ウチはロキ、ここの主神やっとる!よろしくな!」

 

「は、はい……!よ、よろしくお願いします……!」

 

差し出された右手を恐る恐ると握り返すエルゼ。

ぎゅっと小さな手で握った瞬間、しかし明らかに大きな反応を示したのは、エルゼの方ではなくロキの方だった。

目を見開いて信じられないと言った表情でエルゼを見つめるロキ、そんなロキに対して不思議そうな顔をするエルゼ。

リヴェリアもフィンもロキのそんな様子を何かを期待するように静観する。謎の多すぎるエルゼの正体を、ロキなら分かるかもしれない。

そんな期待を持ってのことだ。

 

「あ〜……ん〜、えっとな……」

 

ロキは言葉を慎重にしながらも困ったように、それでも真剣な顔をしてエルゼに尋ねようとする。

何か上手い言い回しを考えているのだろうが、あまり的確な表現が思い付かないようだ。

とは言え聞かない訳にもいかず、彼女は直球で問いを投げ掛ける。

しかしそこで出た発言はフィンもリヴェリアも予想だにしていない言葉だった。

 

「……エルゼたん、もしかしてやけど……

 

 

地獄に落ちたこと、あるんか……?」

 

 

「っ!?」

 

その言葉に驚きを見せたのは3人だけであった。

フィンとリヴェリアとアイズである。

 

……そう。

肝心のエルゼ自身は、暗く、自嘲するような顔をして、静かにロキから視線を外して俯いていた。

 

「……わかるん、ですか?」

 

「あそこは神でも行きたない場所や、分からんはずがあらへん。大分消えて来とるけど、エルゼたんからはかなり濃い匂いが出とるで。まさかやけど、落ちてから戻ってきたんか?」

 

「……おちるまえに、たすけてもらいました。ひかる、たねに」

 

「光る、種やて……?地獄から引き上げる蜘蛛のことは知っとるけど、種やなんて聞いたこと無いんやけどな……」

 

腕を組み考え込むロキ。

その姿に驚いていたのは今度はエルゼの方であった。

本来地獄に落ちるなど、相当な悪事を働いた人間だと思うのが当然である。故に地獄に落ちたことがあるということを言い当てられてエルゼが諦観の表情を示したのは、そのまま拒絶されるだろうということを予想していたからだ。

しかしそんな想像に反して、ロキは訝しむことはあっても拒絶することはなかった。むしろ地獄に落ちたという人間の話を素直に聞き入れてこうして考え込んでくれている。

それがエルゼにとっては何よりも不思議であり、それは周囲の者にとっても同様だった。

 

「ロキ、どういうことだ!エルゼが地獄に落ちたことがあるというのはどういうことなのだ!?」

 

「落ち着きぃやリヴェリア。勘違いされても面倒やから先に言うけど、地獄っちゅうんはそこまでしっかりした所ちゃうで?」

 

「……なに?悪人を入れて罰を与え、更生させる場所。地獄とはそういった類のものではないのか?」

 

「いや、その前提がまず間違っとるわ。そもそも悪の定義が時と場所で変わるんやから、悪人も罪人も一概には言えんやろ。あそこに行くんは、単に多くの人間に憎まれ続けた人間や。合理的ではあるやろうけど、そこに行く人間が必ずしも悪人とは限らん」

 

「……それではあまりにも理不尽ではないのか?」

 

「せやな。そのために蜘蛛の糸や、他にも救済要素がいくつかある。本当に心の清い聖人ならいつかは出て来れる筈や。……せやけど、光る種っちゅうのは聞いたこと無いんよなぁ。しかも記憶そのままにこっちに戻されるなんて論外な事、普通はあらへんで?」

 

リヴェリアへの返答を片手間に行いながらも思考を続けるロキ。

それでも少しの手がかりも思い出すことができない。

そもそも地獄においてはあらゆる神の力が抑制されるため、神からの特別措置があるのならば本来ならば地獄に落ちる前に働くべきだ。

つまり地獄の臭いがこびりつく程の落ちる寸前というのは既に手遅れを意味しており、そこから救出するということはあまりにも難易度の高い措置である。

それを可能にした光の種というものが一体何なのか、ロキには想像することもできなかった。

 

「……ま、わからんもんは仕方あらへん。とりあえずはこれまでのエルゼたんの話を聞こか。多分やけど、色々なことがあったんやろ?フィンの反応を見る限り、結構エラい話やろうしな」

 

「……やはりロキには分かってしまうか」

 

「当然や、ウチに隠し事なんてできへんで。……ほな、話してもらおか?エルゼたん」

 

ずいっと詰め寄るロキ。

ゴクリと唾を飲むエルゼは相変わらずアイズに抱かれながらも、心を決めたのかポツリポツリとゆっくりとその口を開いて自分の生い立ちを語り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐっ、うぐっ、ずびっ、すびびっ……か"な"し"か"っ"た"な"ぁ"、つ"ら"か"っ"な"ぁ"、よ"ぉ"か"ん"は"っ"た"な"ぁ"、え"る"せ"た"ん"……!!」

 

涙の雨とはこのことか。

エルゼが話を終えてひと段落をついている頃、鼻水と涙でいっぱいになったロキがリヴェリアに手渡されたタオルをぐしゃぐしゃにして嘆いていた。

あまりにも酷い光景である。

だが手渡したリヴェリアもフィンと共に目を細めて語られた話を噛み締めており、エルゼを膝の上に座らせていたアイズもまた抱き締めるその手に力が入っていた。

それほどに彼女の口から語られた話は、救いがなかった。

 

「あーもう!せやから地獄のシステムをそろそろ変えろってファイたん達が言うとったのに!いつまであんなしょぼいシステムで稼働させ続ける気や!猿の時代は終わったんやぞ!!」

 

などと言っているロキであるが、当時はそんなことはどうでもいいとばかりに悪戯しまくっていたのはコイツである。

当時から真剣に子供達のことを考えて活動を行なっていた彼等にとっては、その巫山戯た悪戯によって話題を持っていかれるのだからたまったものではない。

片棒を担いでいた、とまでは言わないが、邪魔になっていたのは事実である。

 

「……エルゼが居た前の世界というのには何か無いのか、ロキ」

 

「ん?あー……まあそういう世界もあるんやないの。神からの興味や干渉が全く無い世界やったらあり得ると思うで?原因は知らんけどな」

 

「ということは魔法を超える破壊兵器というのも……」

 

「神ん中にもアホみたいなの作っとった奴はおったし、それの類やろ。……ま、エルゼたんの知識量で簡単に作れるような代物やないし、問題あらへん。この子は良識もあるし、フィンやリヴェリアが心配しとるようなことはあらへんはずや。安心してええよ」

 

そう言って今も姿勢良くちょこんと座っているエルゼの頭を撫でるロキ。嫌がる様子もなくそれを受け入れているのを見ると、どうやらエルゼもロキのことを少しは信用できたらしい。

ロキの言葉になにやら納得行かなそうなリヴェリアであったが、それでもそんな様子に毒気を抜かれてしまい、これ以上追求できなくなってしまう。

 

「ほな、みんな疲れとるやろうし一旦お開きにしよか。エルゼたんは……あー、とりあえずアイズたんの部屋におり。部屋を分けるかどうかは後で考えればええわ」

 

「一緒で大丈夫」

 

「……あいずさんが、いいのでしたら」

 

「うんうん、仲がええのは何よりや。ああ、そや。リヴェリアとフィンはもうちょっと残っとってな、まだ報告聞いとらんし」

 

「ああ、構わない」

 

「分かっているよ。それじゃあアイズ、エルゼのことは頼んだよ」

 

「ん、任せて」

 

そのままアイズに連れられて丁寧にお礼をしながら部屋を出て行くエルゼ。あの年齢ながらも感謝と遠慮の気持ちが伝わってくるその仕草に、微笑ましいのか悲しいのか微妙な気持ちになって3人は見送る。

 

そうしてある程度まで足跡が遠ざかっていったところで、3人は改めて真剣な顔をして向かい合った。ここからは2人には聞かせられない話、所謂大人の時間といった所である。

それにしては殺伐としているような気もしないでも無いが。

 

「……それで?彼女の正体は一体なんなんだい?ロキ」

 

先に口火を切ったのは、先程まではあまり口を挟んでこなかったフィンであった。

それに対してロキは薄っすらと目を開いて言葉を返す。

 

「何者もなにも、エルゼたん自体は何の変哲もない女の子やで。特別な力も才能もない、環境にも健康にも恵まれなかった悲しい子。……問題があるとすれば、エルゼたんを助けた奴の方やろなぁ」

 

「助けた?あの地獄から救い出した種とやらのことか?」

 

「せや、けど正確には落ちる前に会話したっていう男の方やな。十中八九その種の持ち主はそいつやろうし、エルゼたんの身体を正常に戻したんもそいつの仕業や」

 

酒瓶を机の上で玩びながらそう話すロキ、しかしその顔に笑いは無かった。

 

「……一体なにが問題だというのだ?話を聞いている限りではエルゼを助けただけのようだが」

 

「結果的にはそうやな。けど問題は助ける為に行った行動の全般や。その男はエルゼたんを助ける為に、一体何をした?」

 

そう人差し指を立てるロキに対し、腕を組んでいたフィンは口元に手を当て思い返す。正体不明のその男が行なったとされる行為の数々を思い出し、羅列する。

 

「死後の彼女に接触し、地獄に落ちる寸前で救い出した。その後、病に蝕まれた身体を正常と言えるレベルまで戻して、こちらの世界へと送り出した……?」

 

「いや、待てフィン。そもそもそれ以前にエルゼは向こうの世界で死んでいた筈だ。今現在ああして生きているという事すら異常だと言える」

 

「……つまり、どういう形であれ、彼女は一度生き返っているということか。なるほど、こうして羅列してみるとその男の異常性が分かってくるね」

 

「いや、2人ともまだ分かっとらんで。ウチは最初に言ったやんな?そもそも地獄には神の力を抑制する効果があるって。それはどんな神でも例外やない、あのゼウスやって地獄では下手なことはできん筈や」

 

そこで2人はようやく気付く。

これまでの行いが神の力によるものであれば容易に納得ができる。だが、その行いの中に、他でもない神だからこそ不可能な所業が混入していたということに。

……ならば、一体何者ならばそのようなことが可能なのか。

神に匹敵する所業を行いながら、決して神とは異なる存在……そんなもの、2人には想像することすら出来ない。

 

「……ファイたん達はな、何も無実の子供達が地獄へ落とされる可能性を防ぐためだけに働きかけとった訳やない。地獄のシステムにはな、抜け道があったんや。一部の罪人にとって有利に働いてしまうような、あまりに滑稽な抜け道がな」

 

「「なっ!?」」

 

当時のロキこそ、その抜け道を使って抜け出ていく者達を面白いと見ていたが、子を持つ今となってはその深刻さを痛感している。

笑って済ませられないそのシステムの穴が、滅多に使える者がいないという理由で塞がれることのないその穴が。

どれほどに危険なものであるのかということに。

 

「地獄ではな、神に由来した力は完全に抑制される。それは魔法だって同じや、元々はウチらの力の残滓やからな」

 

「ああ、それは知っている。いくつかの伝説にも話があるくらいだ」

 

「せやけどな、それはつまり神に由来しとらん力やったら自由に使えるっちゅうことや。例えばエルフの知識、ドワーフの怪力、狼人の脚力、小人族の勇気、そして……ヒューマンの創造力」

 

「……一体何が言いたいのだ、ロキ」

 

最後の言葉を特に強調する様に発する主神に対し、いい加減に回りくどい言い方を咎めるように言うリヴェリア。

そんな彼女に口元に人差し指を立てて、"ここからは秘密の話"とジェスチャーを送るロキは、ボリュームを更に1段下げてとある真実を語りだした。

 

「特徴が無いって言われるヒューマンにはな、かつて神に封印された固有の力があったんや」

 

「なに……?」

 

「その尋常ならざる創造力によって生じる現実改変の力、所謂"超能力"って奴や。知恵の実を授かったヒューマンにだけ許された、理論上あらゆる不可能を可能にする力。……使いようによっては神にも届き得るその力は、今の地獄では抑制することができん」

 

語られたその事実は、彼等にとってあまりにも衝撃的過ぎる内容であった。

 

「多分やけど、エルゼたんを助けたその男はヒューマンや。それも、一部の神に匹敵するほどの力を持った化物クラスの超能力持ちに間違いあらへん」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。