横須賀鎮守府近郊海域。その深い海の底にて、無数に蠢く深海棲艦達。鎮守府に襲撃が起きるのは別に珍しい事ではない。敵の頭さえ潰せばいいという思考は種を超えて存在するものなのだろう。問題は、その襲撃に参加している深海棲艦の数だ。合計して1000を超えるであろう大小様々な深海棲艦が所狭しと並んでいる。更に驚くべきは、それらの纏っている色だ。ほぼ全艦がflagshipと呼ばれる強化体を表す黄色を身体のあちこちに刻んでいるそれらは、明らかに鎮守府そのものを跡形もなく消し去ってやろうという意思が感じられた。
「・・・諸君。レ級二続ケ」
その言葉を皮切りに、1000を超える大艦隊は進軍するのだった。
同時刻。横須賀鎮守府執務室にて。楼牙、裕翔、そして北方棲姫の三人は、最悪な来客に困惑していた。特に裕翔に至っては秀逸であり、身体の隅々から『帰れ』というオーラが滲み出ている。勿論彼がそこまで忌み嫌う人間と言えば只一人。
「諸君!壮健なようだな!身体は資本!大切にされよ!」
幸彦である。狂人と名高い彼がこの鎮守府に来るというのは何を意味するか、直属の部下であった裕翔はよく知っている。
「・・・で、何の用ですか今日は?」
「諸君の顔が見たくなったからだ!伝説に綴られた怪物と人間と敵対していた筈の深海棲艦の共存!素晴らしい!素晴らしいじゃないか!さぁこれからも、我々の敵を打ち倒して行こうじゃないか!」
「うわぁ」
無駄に大きな声でよく喋る幸彦から目を背ける為に窓の外を見た裕翔。しかし、その先に広がっていたのは、想像を絶する光景だった。
「て・・・敵襲!12時の方向に敵影あり!数は・・・おそらく1000以上!」
「直ぐに戦える奴を総動員しろ!オレも行く!」
裕翔と楼牙が慌ただしく動く中、微動だにしない者が只一人。
「何してるんです幸彦少佐!早く避難を!」
「・・・」
沈黙。それは何よりも重く、そして無責任な回答であった。しかし、それよりも非情な言葉が紡ぎ出される。
「馬鹿だなぁ諸君・・・私の大艦隊が、久々に地上に進撃する絶好の機会じゃないか!それを見ないで避難するなど誰がするものか!」
そう言うと幸彦は狂ったような笑顔を浮かべ、懐からトランシーバーを取り出し、告げる。
「深海棲艦大艦隊諸君!沈んだレ級の為にも、この地上に絶望をもたらそう!奴らに思い出させるんだ!古い戦争の記憶を!砲声を!銃声を!爆発音を!プロペラの音を!」
その言葉と共に、深海棲艦の一体から放たれた砲弾が無防備な鎮守府に直撃した。
「っ!入居施設が・・・楼牙さんは先に行ってください!僕は被害状況の確認を済ませてきます!」
一瞬にして緊迫状態となった裕翔はいつもとは打って変わって乱暴にドアを開けると、閉めることも忘れて飛び出していった。残された楼牙と北方棲姫、そして幸彦。大柄な楼牙に隠れた北方棲姫は恐怖に震え、涙目になっている。無理もないだろう。今まで自分の見てきた仲間達とはまったく違う“何か”がこちらに攻撃してきたのだから。
「さて、我々はここで破壊の福音をゆっくりと聞いていようじゃないか!なぁ楼牙!」
幸彦がそう言葉を発した瞬間、楼牙の怒りに任せた鉄拳が顔面に直撃し、身体が宙を舞う。
「ぐふっ!?」
「・・・聞いているがいいさ。お前一人でな」
遠のく意識の中、楼牙のその言葉だけが幸彦の頭に反響した。
「あ、あぁ、あ・・・」
同時刻、横須賀鎮守府入渠施設にて。裕翔は一刻も早く無事な姿で臨戦態勢となっている艦娘達がいる筈の施設を見たいと思っていた。否、最悪の場合大破していても構わない。ただ、生きている艦娘達が見たかった。しかし、そこにあったのは、艦娘だった何かだけだった。あまりの衝撃で視界が揺らぎ、気を失いそうになるも、現実は血の匂いという縄で彼を縛りつけ、意識を手放すことさえ許さない。
「嘘だ、なんで、どうしてこんな、こんな惨たらしいことに・・・」
呆然とする裕翔。普段から艦娘と多く接していた彼にとっては、大き過ぎる犠牲だ。だが、更なる
「しれい、かん・・・」
「!?」
不意に発された声に振り向いた裕翔は、この世で一番残酷な光景を見た。それは、四肢の半分を吹き飛ばされ、赤い液体で身体の汚れた電だった。
「電!」
「ごめんなさい・・・もう、司令官のこと、ぎゅって出来ないのです・・・」
悲鳴のような声で自らの大切な者の名を呼ぶ裕翔と、絶えいるような声で、涙を流しながら後悔を口にする電。それを聞いた裕翔は、必死で彼女に呼びかける。
「そんなこと言わないで下さいよ電!お願いだからそんな悲しいことを言わないで!貴方を失うなんて、とても、とても耐えられない・・・!」
堪えていた涙が溢れ、もう止められなくなる。それを、電は残された腕で優しく拭き取る。その時、裕翔と電の肌が触れ合う。
「司令官、あったかい・・・このままぎゅってしてほしいのです・・・」
「わかりました・・・暖かいですか?電・・・」
「うん。とっても、あったかいのです」
大量の血を流したことにより、もう感覚も残っていないであろう電だが、不思議と温もりに包まれていく。それは、紛れもない愛そのものだった。
「司令官・・・いつか、平和になったら・・・また会いたいのです・・・」
それを最後に、電は動かなくなった。その時、裕翔は泣いた。世界の残酷さに、吠えるように泣いた。世界の醜さに、怒鳴るように泣いた。そして、世界の哀しさに、訴えるように泣いた。その泣き声は赤子のようだった。或いは死にゆく者の断末魔の代弁だった。それに相応しいように、彼の姿も変わった。髪は涙のように青く、そして長く。目は血のように赤く。背には枝のような骨に無数の彼岸花が咲いた翼が一対。その姿は、まるでバンシーのようだった。
数十分後、深海棲艦は裕翔に発現した翼に貫かれ、或いは楼牙の剣戟に切り刻まれて全滅した。
※バンシー・・・主にイギリスなどで言い伝えられている妖精。人の死を泣き叫ぶことによってその遺族に知らせるという。