『魔法使い』は譲れない   作:雨後の筍

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セモレエトテラ

 夏特有のじめっとした暑さが、目に見えるほどの熱気となってアスファルトから立ち上り、街全体が歪んでまるで違う世界に迷い込んだかのようだ。憎々しく思い、空を見上げれば雲一つない蒼空に、太陽が燦々と輝いて平常運転ですとばかりに誇らしげにしていた。

 このクソみたいな暑さにもかかわらず、今日も池袋のサンシャインダンジョン前通りは朝から冒険者たちの猥雑な活気で満ち溢れていた。俺のローブ姿も電車ではまだ目立つが、ここまで来れば風景に溶け込む。

 武器屋、防具店、ポーション屋台に、タピオカミルクティー専門店。この通りに軒を連ねられるのは、今の池袋で流行っているものを扱う一流の店ばかりだ。

 ポーション屋台のおっちゃんのやる気のない客引き、剣と盾のどっちが優秀かで口論するパフォーマンスを毎日やっている武器防具屋の店主たち、明らかにこの通りの人口密度を上げているタピオカミルクティー専門店の大行列。

 池袋もかつてはガラの悪い若者たちの街だったが、今となってはガラの悪い冒険者の街だ。大の大人が成り上がることを夢見てダンジョンに潜る時代。その割にはタピオカはいつまでも人気だが。

 かくいう俺もダンジョン攻略をやめられなくなった立派なダンジョンジャンキーだ。コンビを解消した今でも、ソロで潜り続けているのだからな……。

 

 朝特有の低血圧気味な思考を回しつつ騒がしい通りを少し歩くと、左手にギルドの妙ちくりんな建物が見えてきた。隣のユニクロでは、最近流行りの『ダンジョン・ヒーローズ』のコラボTシャツを大売出ししている。こんな朝から大声で宣伝する女性店員もご苦労様だ。

 ギルドの下の屋台で買った『冥海サンマ』の串焼きを朝飯にぱくつきながら、ギルドの入り口横のエスカレーターに足をかける。クーラーの冷風が俺を癒やして、ビルの中は非常に快適だ。

 屋台もビルの中に入れればもっと快適なのにな。夏でも冬でも旨いサンマを食べられるのは嬉しいが、暑さも寒さも勘弁だ。()()を使えば自分の周りの気温くらいはどうにかなるが……一々発動するのもかったるい。

 ダンジョンで採れたてをその場で焼いた方がまだ手間が少ないような気までする。

 

「そういえば、普通に食べてるけどこいつも大概おかしいよな」

 

 手元の食べかけの串を見るが、ぱっと見普通のサンマに見える。いや、ダンジョン産なだけで味も普通のサンマなんだが。

 『冥海サンマ』はサンシャインダンジョンの休憩ポイントに生えていることの多い魚類だ。雑草みたいに生えているから最初に発見したときは植物だと思い込んでいた。しかし、研究者によれば体組織や味などなにもかもがサンマそのものである。つまるところ、こいつはダンジョンに生えているサンマである、という結論が出たのである。ふざけた話だが、事実は小説よりも奇なりというやつだろう。

 そんなそこらへんに生えているサンマがなぜ冥海などという大層な名前を付けてもらったかというと、これもまた珍妙な話になる。

 ある時ダンジョンを探索していた冒険者が、ダンジョン内をふよふよと漂う細長い物体の群れを発見した。それを訝しみ、注意深く観察していた彼の前で、その細長い物体は地面へと群れなして突き刺さっていったという。よくよく観察してみれば、そこにはサンマが生えていた、と。この逸話は酔っ払いの作り話だったと言われているが、ダンジョンという(くら)い海を漂うサンマの話は酒のつまみにはぴったりだった。

 なので、それを聞いたギルド酒場の看板娘がその話にあやかって『冥海サンマ』という大層な名前をつけたのだ。

 そんなわけで『冥海サンマ』はこの池袋において、ある種の名物となっている。

 

 エスカレーターで2階に上がった先には、そのギルド酒場が開いている。物語の中に出てくるようなファンタジーな酒場をイメージしたというここは、冒険者たちに非常に受けがよく、ここで酒を飲むために冒険者になったというやつまでいるくらいだ。

 まぁ、実際ここで攻略終わりに飲むエールはめちゃくちゃ美味い。雰囲気と合わさって、自分が最高に冒険者なんだという実感を得られる。正直『冥海サンマ』を食べてエールが一杯欲しくなったが、朝から酒というのは一応の社会人としては避けた方がいいだろう。匂いもつくし。

 だから、そう、さすがに朝から飲んでるようなろくでなしは……いるわけないと思ったんだけどな。

 

「よぉ、カケル!」

「ああ、朝っぱらから酒とは、元気そうだなケン」

 

 よりによってそこにいたのは我が親友であるケンだった。今日もスキンヘッドがテカリと眩しい。

 彼は確かに女に弱い男ではあるが、それ以外は比較的普通の冒険者で、朝から飲んだくれるほどのクズではない……はずだ。普段の言動だけを見ていると、酒場に朝から通い詰めていても違和感がない男なんだよな。いかにも盗賊の親分やってますみたいな見た目してるし。

 手招きされたから、近くに寄る。どうやらもう2杯目らしく、思ったよりも酒の匂いがきつい。ダンジョンに入る前に、モンスターを呼び込む強い匂いをあまり体につけたくないのだが、酔っ払い予備軍に言ったところで聞いてはくれないだろう。

 

「それがよぉ! はぁ、聞いてくれよぉカケルぅ。今、上のラウンジにめっちゃ可愛い()がいてさぁ。パーティメンバー募集しているっていうから意気揚々と声かけたわけ」

「ああ、いつも通りだな。さして特別なこともしていない。強いて言うなら、それで上手くいったことが今までに何回あったかということだけだな」

 

 首を(かし)げて(わら)って見せれば、ケンは肩を怒らせた。

 

「茶化すんじゃねぇよ! 両手の指を超えちゃいねぇが、成功したのは片手では数えられん! とにかくだ、声をかけたまではよかった。その嬢ちゃんもめっちゃいい()でな、ビビりもせず俺の話をきちんと聞いてくれた」

 

 なんだと? あまりに男臭い風情の、軽薄な態度と相まって初見の女子からの印象最悪なこの男に、まったく怯えなかったと?

 なんて肝の据わった娘だろうか。

 

「言っとくけど、カケルの思ってることは大体わかるからな。お前ぇは冷静なふりして顔に出やすい」

「いや、少し驚いただけだ。それで? 悪人面を気にしないその気立てのいい娘がどうしたんだ」

「ちっ、あとで覚えとけよカケル」

 

 ケンは苛立ちを飲み込むようにジョッキの残りを喉に流し込むと、一気に事の次第を話し始め、

 

「その嬢ちゃんが言うには、とあるダンジョンで異変が起きているから、それを調査・解決したいって話だった。ギルドからはまだクエスト認定されてないが、それまで待ってられないんだと。当然、俺としてはそういうのはクエストになって情報が出そろってからどうにかすべきだと説得しようとしたわけだ。報酬だって出ない、何が起きてるのかもわからないところに突っ込むなんて、冒険者としては(うなず)けねぇ話だからな」

 

 ギルド専属でもねぇみたいだったし、と最後に吐き捨てた。

 ケンにしては真っ当なことを言っている。いや、彼は少しばかり悪人面なのと、女好きがすぎることを除けば、気風のいい付き合いやすい男なのだが。道理に反したこともしないし、ダンジョン内での立ち回りも一級のそれだ。

 冒険者としては理想に近い。

 ただ、いつまでたっても三枚目から抜け出せないだけなのだ……。

 

「ただ、その嬢ちゃんもなんか譲れねぇもんがあるみたいでな。喧嘩別れになっちまった」

「で、こうやって飲んだくれているのか」

「うるせぇ! 飲まずにやってられっかよ!」

「そりゃ飲んだくれると思うわよ? あんなこと言われちゃあね」

 

 もう少し詳しい事情を聞こうとしたその時、聞き覚えのある女の声が後ろから会話に割り込んできた。

 振り返るまでもない、知り合いの声だ。

 

「それで、メリダ。こいつは何を言われたんだ?」

 

 酒場の看板娘メリダが俺の横を通り抜けて、テーブルの上にエールのジョッキとモンシロダコの羽焼を置いていく。

 今日も酒場の制服を着崩して、うまいこと自分の雰囲気に合わせている。くくった赤髪のポニーテールは客たちからも大人気だ。

 

「カケルももう少し早く来れば面白いものを見られたのにねぇ。それはそれは見ものだったわよ」

「えぇい! うっせぇぞメリダ! 大体なんでお前がラウンジにいんだよ! 仕込みしてろ!」

「仕込みが終わったら開店前は上で駄弁(だべ)るのが日課なの。お生憎様ね」

 

 ニヤニヤと俺たちを見下ろすメリダは非常に楽しそうだ。正直引っ張らないで早く教えてほしい。

 そう思っていたのがまた顔に出ていたのだろうか。こちらを見たメリダが、はすっぱな笑みを引っ込めずにしゃべり始めた。

 

「こいつね、すごい真面目な顔でそのかわいこちゃんにお説教始めたのね? 周りの冒険者たちも思わず肯くくらいに見事なお説教だったわ」

「冒険者として、危ない橋は見過ごせねぇからな」

 

 渋い顔をしたケンがつぶやく。

 

「それでねそれでね? そんな立派なことを言ってのけたこいつに、その娘なんて言ったと思う?」

「おい馬鹿やめろ! 俺の傷をえぐって楽しいかてめぇ!」

 

 メリダとケンがじゃれあい始めた。喧嘩するほど仲がいいと言うだけあって、この二人はなんだかんだ相性がよいのだ。ケンもナンパばかりでなく、きちんと周りの女性陣に目を向ければもう少し恋愛事情も変わると思うのだが。……彼には難しい話かもしれないが。

 閑話休題。

 はてさて、その娘は一体何を言ったのだろうか。おそらく理性的な娘だろうから、逆上したりはしなかったのだろう。善性と勇気を持ったタイプならば……

 

「では、私と組んでくれる方と組むので結構です。とかか?」

「そんな軽い言い方だったらよかったわね! 実際はこうよ? 『あなたが冒険者として正しいのはわかりました。しかし、そんな臆病な方は今回募集していないので、お引き取り願えますか?』ですって! 笑っちゃうわよねぇ! くっふ!」

「だーっ! 言いやがったなてめぇ!」

 

 腹を抱えて笑うメリダ。それに殴りかかろうとするケン。実際には手を出さないだろうから放っておいていいだろう。

 ああ、まぁ臆病者というのはすごいな。冒険者としての心構えを真っ向から説かれて、それでも自分の意見を曲げないとは……なんとも芯の通った娘だ。

 なにより、

 

「ケンに対して、それを言うというのはいいな」

「でしょう? あの時のこいつのポカーンとした顔ときたら、くふっくふふ……クフフフフ」

「笑うな! 俺は臆病者なんかじゃねぇ! ちくしょう! たまにいいことしようと思うとこれだ! やってられっか! おいカケル! ヤケ酒だ! 付き合え! メリダも! 笑ってねぇでなんか適当なツマミと酒持ってこい!」

 

 さすがにこれはケンに同情する。なんならそのヤケ酒に付き合ってやってもいいのだが……。

 

「いや、少し待て。俺もその娘が気になった」

「あぁん? あの生意気な嬢ちゃんの話を聞きに行くのか? カケル、お前も物好きだな。多分、俺とそこの畜生が言った以上のことはねぇから行くだけ無駄だと思うぜ」

「あんた、今あたしのことを畜生とか呼びやがったわね。ツマミに炭でも出してやろうかしら」

「まぁ落ち着け、そいつなら炭でも喜んで食う。話を聞きたいのもそうだが、それだけ自分を貫ける冒険者は珍しい。今回の件を置いておくとしてもぜひ顔を覚えておきたい」

 

 そう、ケンだって冒険者としては一流で、その模範になるような心構えを持っている。しかし、それを受け止めたうえで、自分の行く道を貫こうというのは並大抵ではできないだろう。

 それだけの『譲れないもの』を心に持っているということは、おそらく『ユニークジョブ』持ち、もしくはそれに準ずる上位ジョブ持ちだ。

 ぜひとも知り合いになりたい。あわよくばパーティメンバーになってもらえれば最上だ。さすがにソロもそろそろしんどくなってきた。主に寂しさ方面で。

 

「そうか……いや、待て何言ってやがるカケル!? 俺は炭なんか食わんぞ!? メリダもなに納得したような顔してやがる! 食わねぇからな!? あ、おい待て! お前厨房から何持ってくるんだ? 炭じゃねぇよな? 炭はやめてくれよ! お願いだ!」

「じゃ、また後でな。……健康には気をつけろよ」

「ふざけんなよお前ら! もう少し優しくしてくれたっていいじゃねぇか! もう、あんまりだ~~!!」

「いってらっしゃーい、カケルー。お土産話よろしくねー」

 

 メリダの適当な見送りを背後に、ローブを翻し上階に向かう。

 目指すは新パーティメンバー獲得。

 さぁ、『魔法使い』の腕の見せ所だ。

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