提督不在が続くこの島の鎮守府に1人の新米提督が着任したようです。
そんな着任1日目の出来事。
加賀と叢雲が廊下を歩いていた。
「つまり私が秘書官にご指名ってことですか。」
「そういうこと。この鎮守府に着任歴が一番長い者に頼みたいそうよ。」
ここは本土から離れた孤島、最果島の鎮守府。最も強い深海棲艦の部隊が近海に群れる最前線であり激戦地である。
「まぁ秘書官として必要なことは出来るけど、提督不在の間、鎮守府を切り盛りしてた加賀さんや霧島さんの方が適任なんじゃない?」
この鎮守府には提督がいなかった。いや、かつては存在していたのだが、前任提督は不祥事で、その前は敵前逃亡、その前は……と孤島かつ激戦地ならではの事情が重なったのだ。
「霧島さんには作戦指揮を私には鎮守府内のことを任せるみたい。」
そんな絶海の孤島に新米提督が着任したのだ。
「で私が新人のお守り担当か。まぁどうせ長続きしないでしょ。」
相次ぐ提督の裏切りにより艦娘たちは提督という存在を信用していなかった。
「今回のは気を付けた方がいいかもしれないわ。」
加賀は叢雲に忠告する。
「もちろん。前任みたいなセクハラ野郎だったら速攻で追放してやる。」
加賀は答えない。答える前に、その提督がいる執務室の前にたどり着いた。そしてノックをするために加賀は手を軽く握り、手首を内側に曲げ、ドアを叩こうとする。
「ん、ノックとかいいから入っちゃって。」
ドアの向こう、執務室の中からのんびりとした声が聞こえた。
ドアを開ける前に加賀が驚きを隠せない叢雲に耳打ちする。
「ね、気を付けた方がいいでしょう?」
「失礼します。」
加賀と叢雲が執務室に入ると、提督は脚を机に乗せた姿勢で本を読んでいた。
「彼女はこの鎮守府創設期からいる駆逐艦の叢雲です。」
提督は叢雲に視線を投げかける。決して険しい目付きではないが、叢雲は感じたことのない恐怖を覚えた。
「白髪のお婆ちゃんじゃないよな?」
「はぁ!?何言ってんの?これは銀髪よ!それに艦娘は歳を取らない存在よ。お婆ちゃんな訳ないでしょ!新米とは言えそんなことも知らないの!?」
叢雲は顔を真っ赤にして怒る。そして手にしていた槍の切っ先を提督に向ける。
「おばぁちゃん?ご飯はもう食べたでしょ?フォークはもう片付けて。」
「…フフッ」
「ちょっと!加賀さん!笑わないでよ!」
「……ごめんなさい」
「なんなのよ、せっかく私が自分の時間を割いているというのに!」
ちょっとだけ笑みを堪えている加賀と、槍を振り回す叢雲を提督は眺めていた。
「では私はもう戻っていいですか?」
鎮守府最古参の艦娘を連れてきてほしい、という提督の要望を満たした加賀は部屋に戻ろうとする。
「すまんがもう一個。在籍する艦娘たちにこのプロフィール用紙を配ってほしい。提出はこの部屋のポストで。」
加賀は分厚い封筒を受け取ると頷いた。
「承知しました。」
そうして部屋を出ていった。
叢雲はその背中を目で追った。
「そういや自己紹介してなかったな。私はティー。ぶっちゃけ海軍の人間ではないが提督として着任した。お前には私の補佐を頼みたい。」
「いいわよ。」
「んじゃ、とりあえずこの鎮守府の今日に至るまでを教えて欲しい。」
叢雲の話はこんな感じだった。
・最初の提督は現在の高練度艦隊を作り上げるも、非人道的な作戦により、昇格という名の異動。
・そのあとにくる提督は2パターン。
①強くてニューゲームで戦果を上げようとする。しかし敵は更に強く、艦隊を疲弊させ異動という名の逃亡
②孤島という監視の目が緩いことを生かして、艦娘に暴力や性的暴行などを行う。しかし監視が緩いなんてことは
無く、異動という名の失脚。
・そのためここの艦娘たちは『人間の提督』を『敵』とするものが多い。
「そりゃ信用されなくなるわけだ。」
ティーはそういうと立ち上がりグラサンを着用し出かける用意をした。
「ちょっと施設を見学してくる。今日はもう用無いから好きにしていいぞ叢雲。」
そういって叢雲の頭をポンッとなでる。
つもりが叢雲によってその手首は掴まれた。
「気安く触らないでちょうだい、『人間の提督』さん?」
「あぁ。すまん。そういや『敵』だったわな。」
ティーと叢雲が睨みあう。
先に折れたのは叢雲だった。折れたというより元々そうするつもりだったようだ。
叢雲は表情を変えず、ティーの手首を引き寄せる。
「他のみんなは知らないけど、私は貴方を提督と認めて従うわ。」
「おや意外。惚れたか?」
「惚れてなんかない。ただ、あの加賀さんが素直に貴方の指示に従っていたじゃない。加賀さんは反提督の筆頭だったのよ。それだけで貴方には今までのとは違う何かを感じた。」
叢雲はティーの手首を手放す。そして槍をティーの眉間にピタッと当てる。
そして微笑み、言葉を続けた。
「何よりあの加賀さんを笑わせた。加賀さんが笑うのは美味しい物を食べた時と赤城さんと話している時ぐらい。それも表情が緩む程度よ。吹き出して笑うのなんて初めて見たわ。」
叢雲は槍を握っていた手を広げる。槍は床に落ちるが、それとは逆の方向に手のひらを向けた。
「これからよろしく。提督。」
ティーはその手を握り返す。
「よろしくな。お婆ちゃん。」
叢雲は空いている手で槍を拾い、思いっきり目の前の男、上官と認めた男を突く。
しかし槍は閉じていくドアに突き刺さっただけであった