LET JUSTICE BE DONE, THOUGH THE HEAVENS FALL.   作:うんちーまん

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01 黎明の冬 ─ Not Innocent Child ─(2)

 いつものように、起助(おきすけ)の顔を見ると伊奈帆は気が晴れるのを感じる。

 彼のあだ名はオコジョ。よく言えば単純漢、悪く言えば白痴だった。伊奈帆の幼馴染みであるこの少年は、考えるより先に体が動くタイプで、お祭りごとが大好きな陽気な奴だった。ほんの些細な事に必要以上に騒ぎ、周りを引っ掻き回す。人の注目を集めることが大好きで、小学校にいた頃から教師に対するイタズラと成績の低さでみんなから英雄視されていた。要は人目をはばからず騒ぐ、年がら年中夏休み、みたいな性格を呈しているのである。自分とは正反対であるにもかかわらず、何故不快に思わないのか理解できなかったが、起助にはそう言った人望が備わっているのかもしれなかった。

 そう、今だって。

「伊奈帆ぉ〜!」

 伊奈帆がバスに乗り込んだ途端、後部座席から一際大きな声を張り上げ、まるで10年来の再開のように手を振る。

「おはよ」

 突き出された拳に伊奈帆は自分の拳を当てると、その隣に腰掛けるカーム・クラフトマンがここに座れと、座席を叩いた。

「我らが火曜日の女神はどうしたんだ?」

「姉貴は寝坊。根性出せば追いつくよ」

「なんだよそれ、淡白だな。お前はあんな良い姉を持って感謝するべきだぞ?」

 バスの中には自分達以外いなかった。おそらく今後行われる親善訪問に駆り出されるため、早めの時間に基地に向かったのだろう。

「ベニビア、かな」

「ほ?何、それ?」

 前の座席に腰掛けていた韻子が前髪を靡かせて振り返る。

「怠惰の女神だよ」

 端末を突き出して来る。咄嗟に知らない単語を検索にかけたところが、自分との口論でマウントをとろうとしてた頃の名残りだった。

「怠惰賛成。進学希望の俺にとっちゃ兵科教練も関係ないしな。俺はお前ら下民に守られながら楽しく大学生活を送るってわけさ……て、なんだよお前らその目は」

 そもそも伊奈帆達の通うUFE士官学校は給与を貰いながら3年に渡って筆記と実習を受け、そのまま軍に組み込まれる仕組みになっている。よって起助が進学を宣言したとして、誰も支援してくれない上に、彼は頭が悪いので行ける大学なんてたかが知れてる。

「……お前俺らがいなかったら赤点何個取ってた?」カームが呆れた声を出した。

「うるせ!そん時は答案ごと吹っ飛ばしただろうが。な、伊奈帆?」

「吹っ飛ばした?」韻子が眉を顰める。その隣の金髪のもこもここと、ニーナも眉を顰めたので、伊奈帆は内心苦笑した。

 おそらく起助の赤点回避のためにハンドミサイルを基地に打ち込んだことを言っているのだろう。世間的には反火星団体の攻撃ということになっているが、それがUFEの学生が起こしたとなればどうなることやら。バスに自分達以外がいないことが幸いだった。

「……なんのことかな?」

「とぼけんな。俺ら3人でオコジョの赤点回避しようっつったら保管庫から訓練用のハンドミサイル持ち出して来たじゃねぇか」と、カーム。

「あれはカームが、ハンドミサイルで答案のデータごとぶっ飛ばしたら楽なんじゃねぇか?って言ったから持ってきただけだよ」

 ブチっと音が聞こえた気がした。

「ふざけんなよこの能面野郎。普通はな…普通はな……そんなことしねぇんだよ!バカ‼︎ハンドミサイル1()8()()なんてそもそも盗めねぇだろうが‼︎」

 そんなんされたらもうやるしかねぇじゃねえか!とカームが伊奈帆にヘッドロックかける。伊奈帆はギシギシと抵抗する。

 さすがの韻子やも呆れで何も言えないらしく、目を丸にしたまま口を開いている。

「いや……でも伊奈帆が色々とものを盗むのは昔からだから……」

 ()()だけど韻子のフォローはフォローになってない。

「韻子のフォローはフォローになってないよ」

「ごめん…て、そんな問題じゃない!てか盗んだって何⁉︎盗んだって⁉︎」

「起助の赤点を回避しようと思ったんだけど勉強全くしない上にテストは一週間前に終了。起助の人生も終了」

「そーゆーわけで俺たちがありがたくもこのバカを救うため、訓練用の備品管理室に侵入してハンドミサイルかっぱらったわけなんだな」

 カームが後を引き継ぐ。

「そして答案のデータが入ったサーバーをぶっ壊した!」

 起助が締めた。

(心外ながら)この大馬鹿トリオには何も言えなくなったらしく韻子は口を開いて静止した。既にバスはトンネルの中に入っており、坑内灯の明かりが彼女の顔に波形の縞をなして素早く移動していった。

 その時、バスがトンネルを抜けた。

 明度の違いに目を細めながら伊奈帆は窓の外を見、またあの殺意が込み上げて来るのを感じていた。バスの外にはヘヴンズフォールで崩壊した建造物の瓦礫が未だに堆積しており、それらが国の財政を圧迫する忌まわしい負の遺産であることは容易に想像がつく。

 気がつけば、バス内を名状し難い沈黙が支配していた。休戦、とは言いながらもいつか戦争が起こることくらい誰でも理解している。その上で積もり積もった閉塞感が彼らの胸に重りを残しているのだ。そしてその時何が起こるか、その風景を今目の前の瓦礫の山に重ね合わせた一同は、士官学校に入学して一年の間に無意識に身についた戦闘時の面構えになっていた。

 韻子がニーナを抱き締めた。

 それを横目に、伊奈帆は自らの鼓動が高まっているのを感じた。何事に対しても何故か冷ややかな自分。そんな自分が唯一熱を持つことのできる戦争。

 その溶鉄の様な感覚を胸中に閉じ込めながら、伊奈帆は刻々とやって来る戦争の足音を聞いた気がした。

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