セいしゅんらぶこメさぷりめント   作:負け狐

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まだ俺のバトルフェイズは終了してないぜ


その2

 ぱん、と手を叩く音がする。それを聞き我に返ったらしい海浜の面々は、それを行った人物へと目を向けた。

 とんでもない美少女である。長く艷やかな髪を靡かせながら、その少女はちらりと玉縄を見る。それに反応した彼へ、そろそろ始めましょうと言葉を投げかけた。

 

「あ、ああ、そうだね。えーっと、それじゃあ」

 

 あたふたと目の前のマックブックを操作し始めた玉縄は、その画面と横の資料を見ながら深呼吸。気持ちを整えたのか、どこかキリッとした表情で会議室にいる皆を見た。その空気を受けて、海浜の生徒会メンバーは同じように意識が高まっていく。

 尚、ヘルプ要員はこそこそとかおりに話し掛けていた。中学時代からの腐れ縁、という言葉を聞き、その内の一人はああこいつが例の、と納得した表情を見せている。

 

「では、前回に引き続いてブレインストーミングをやろう」

 

 玉縄がそう告げる。会議を進行させる役はここ数日彼が行っていたらしく、そこを怪訝に思う者は誰もいない。勿論基本的には、であり、例外も存在する。というよりいろはが呼んできた自称ヘルプ要員がそれだ。もっというならば、八幡だ。玉縄が仕切っているのを見て、思わず視線を横に向けた。

 見るんじゃなかった、と彼は後悔した。ブレインストーミングと称して何やら意識高い系の会話を次々に行う海浜の連中を眺めながら、その人物は、雪ノ下雪乃は笑っていた。可愛らしい少女の笑みとかそういうものではない。口角を上げ、口元を歪ませ、三日月を形作り。

 ボードゲームの駒を動かすように、嗤っていた。

 

「やっぱり若いマインド的な部分でのイノベーションを」

「戦略的思考でコストパフォーマンスを考える必要が」

「ロジカルシンキングで論理的に考えるべきだよ。お客様目線でカスタマーサイドに」

「日本語喋れよおめーら」

 

 幸いにして最後の優美子の言葉は海浜側には聞こえなかったらしく、会議は滞りなく進んでいた。そして唯一聞こえていたかおりはその場で机に突っ伏し微振動している。出来ることなら八幡もそんな風に頭空っぽで行動したかった、とぼんやり思った。

 そうこうしているうちに、ある程度のアイデアが出たらしい。八幡には何も出ていないとしか思えなかったが、とりあえず向こうは仕事したぜ感を醸し出していた。

 

「ちょっといいかしら」

 

 そこで雪乃である。総武側で意見は出ていなかったこともあり、海浜側はそんな彼女に視線を集中させた。八幡はそっと視線を逸らした。

 

「それで結局どこで何をするの?」

「ああ、それは今こうしてアイデアを纏めている最中で」

「そう。なら、その部分はまだ白紙、自由、ということね」

 

 言質取ったぞ、と言わんばかりに雪乃が笑う。あ、何かやるなこれ、と姫菜はぼんやりと考えた。まーた何か言う気だこれ、と優美子は小さく溜息を吐いた。

 勿論海浜側で彼女の中身を知るものはかおりしかいない。積極的にこちらに参加してきた、としか思っておらず、その辺りを決めるためにどうたらこうたらと先程の意識高いワードを交えながら再び会話をし始めた。

 

「そうなると、先程総武側に言われたように、規模の小ささが気になるな」

「せっかくだし、もっと派手なことをしたいよね」

「となると――」

 

 おそらく、もう一つ高校なり大学なりを追加しよう、とでも言いたかったのであろう。口がそう形作っていた。が、それよりも早く、そのワードを受けた悪魔が、もとい雪乃が動き出した。

 

「では、まず会場を変えましょう」

「――は?」

「規模を大きく、そして派手に。ならば場所もふさわしいところにするべきでしょう? あなた達がそう言ったわ」

「……言ったか?」

「言ってないと思う」

 

 八幡は隣の結衣に問い掛ける。が、結衣としても向こうの言っている意識高いワードが理解出来ていなかったので、ひょっとしたらそうかもしれないと自信がなさげであった。

 雪乃は続ける。向こうが動揺しざわりとしたのを見逃さず、畳み掛ける。

 

「会場は大きく、そして派手に。――ならばディスティニーランドを貸し切るのがいいわね」

「お前何言っちゃってんの!?」

「私は向こうの提案の最適解を述べただけよ」

 

 絶対に違う。そう言いたかったが、八幡としても向こうの味方をする必要性は欠片も無い上に、極論で返せばそうならないこともないかと一瞬納得しかけてしまったことで二の足を踏んだ。

 

「い、いや。流石にそれは」

「あら。ブレインストーミングなのだから、そこをどうするかを話し合ってもらわないと」

「それはそうかもしれないけれど、正直話し合うまでもないというか」

「どうして?」

 

 雪乃は笑顔である。いやどう考えても無理だろ、という八幡の睨みを無視したまま、笑みを浮かべ続ける。

 

「あなた達の言っていたことはこういうことでしょう?」

「あー、そうですね~。海浜側の意見って結局全部そういう感じでしたね」

「会長!?」

 

 ここぞとばかりにいろはが出張る。お前この数日くだらない議論ごっこ聞かされたの忘れてねぇからなオラァと立ち上るオーラが自己主張していた。

 

「あー、そういう感じか。んじゃあーしはこれ、ランドとシーでフェスやるとか良くない?」

「あ、いいね。ジャニーズ呼んじゃう?」

「優美子と姫菜まで……」

 

 高校のクリスマスイベントから局がテレビでやるスペシャル番組へと規模が拡大している。どう考えても無理である。が、しかし。規模を大きく、派手に、という向こうの意見はこれ以上なく叶えられてはいるのだ。一応。

 

「いや、その、予算とか時間が」

「それを考慮した意見は一つでも出ていたかしら?」

「ふわっとしたアイデアもどきを出して、それにいいねボタン押すだけって感じでしたよね~」

「会長言い方ぁ!」

 

 副会長が思わず叫ぶ。先程も今回もツッコミを先にされた八幡は、再度出しかけた手をゆっくりと下ろして何もなかったことにした。かおりが隣で呼吸困難になっていた。

 そんな愉快な総武側とは違い、海浜側は押し黙る。反論しようにも、いい言葉が出てこない。自分達の会議のそれが、借り物と受け売りでしかないことは本人が一番良く分かっているのだ。それでも、そうすることで仕事をしている気になっていたのだ。

 なんのことはない、向こうも出来たばかりの生徒会を何とかしたくて足掻いていた。それだけだ。

 

「……その結果がこれとか、何かいたたまれなくなってきた」

「どしたのヒッキー」

「ドラえもんって、相手がジャイアンじゃなきゃ蹂躙だよなぁ」

「意味分かんないし……」

 

 

 

 

 

 

 会議後半。今までとはうってかわって予算や時間を考慮した具体例を考える空間へと様変わりした会議室は、思った以上に真面目な雰囲気が生み出されていた。

 

「じゃあ、イベントは音楽をテーマにするのね」

「そう。『今、繋がる音楽』という感じで」

「そういうのが出来るあてはあるの? こちらはここで決まれば一つ二つ用意するけれど」

「それは今の状態では何とも……。とりあえず有志を募集する方向で」

「んー。でもそれだけだと少し寂しくないですか?」

「アウトソーシングしていくことも検討に入れるのは」

「その辺りは予算との戦いね。一色さん、どう?」

「ん~、こっちはカツカツなんでやるなら海浜持ちじゃないですか? あ、副会長、それはこっちに纏めてください」

 

 尚、議長は雪乃に取って代わられた。いろはは雪乃と一緒に話を進める役である。何だか生き生きと海浜側をばっさりいく彼女を見て、総武高校生徒会は若干引いた。

 一方の八幡、暇である。話がスムーズに進んでいるので、文句をつける役の彼はやることがないのだ。かといってネタ出しに参加している優美子や姫菜のようにもなりたくない。

 

「比企谷は向こう参加しないの?」

「めんどくさい」

「だよね、ウケる」

 

 くっくっく、と笑ったかおりは、そのまま進んでいく会議を楽しそうに眺めた。あんなもん見て何が楽しいのか。そんな感想しか抱かない八幡は、彼女の表情の理由が分からない。分からないが、まあかれこれ三年近くの付き合いである。特に理由はないのだろうと彼なりに彼女を結論付けた。

 まあいいや、と隣を見る。ほえー、と観客になっていた結衣の横顔を眺め、そしてふと思い立ってその頬を指で突いた。ぷひゅー、と面白い音が出る。

 

「何すんだ!?」

「いや、なんとなく」

「何となくでほっぺ突くとかありえなくない?」

 

 ぐりん、とこちらを睨み付けた結衣がぶうぶうと文句をのたまう。そんな彼女をどうどうと宥めた八幡は、ところで聞きたいことがあるんだがと彼女に問うた。この状況で素直に聞くのかといえば普通であれば答えは否。なのだが、結衣は結衣でまあヒッキーのやることだしとあっさり終わらせた。強い。

 

「で、どしたの?」

「いや。なんというか」

「ん?」

 

 歯切れが悪い。何が言いたいのかよく分からないと首を傾げた結衣だが、八幡はそれでもあーだのうーだの言いながら中々言いたいことが出ないらしく苦い顔を浮かべている。

 そんな彼の左隣。かおりが八幡を非常にいい笑顔で眺めていた。向こうの会議よりもこっちを見ていた方が絶対に楽しい。そう確信を持っている笑顔であった。

 

「このクリスマスイベント、手伝うってことは俺たちもこれに当日参加するってことだよな」

「まあ、そりゃね。ヒッキー何か用事でもあった?」

「用事っつーか……」

 

 ガリガリと頭を掻きながらちらりと結衣を見る。八幡の言いたいことが分かっているのかいないのか、彼女は別段表情も変えず普段通りだ。彼の横にいるかおりが吹き出したことに一瞬ビクリとするだけである。

 

「……この、イベント。イブにやるんだよな?」

「みたいだね。まあクリスマスイベントだし当然じゃない?」

「その日ってのは、こう、あれだろ。……うわ俺何か一色みたいな思考回路になってた」

「意味分かんないけど多分それいろはちゃんに失礼だと思う」

「失礼じゃねぇよ。一色と同じ思考回路とかむしろ俺に失礼だぞ」

 

 本人が聞いていないのをいいことにボロクソである。後で言っとくかー、とかおりが一人ほくそ笑んでいることも知らず、そのまま八幡は会話を続ける。続けようと、言いたいことを言おうと、出ない言葉を絞り出すために口を開く。

 

「……ガハマ」

「ん?」

「お前は……何か用事はなかったのか?」

「へ?」

 

 何言ってんだと眉を顰める。さっきからどうにも要領を得ない会話をしていたと思ったら、お前は用事があるのかときたものだ。結衣としても流石に意味不明過ぎて不満げな表情に変わってしまう。

 が、とりあえず。質問にだけは答えておこうと彼女は口を開いた。クリスマスイブの日、彼女の用事があるとすれば、と言葉を紡いだ。

 

「ヒッキーと一緒にいるけど」

「ぶふっ」

「うわっ、汚っ!」

 

 むせた。ゲホゲホと咳き込みながら垂れてしまった鼻水をテッシュで拭いゴミ箱へと捨てると、八幡はふざけんなと結衣へ詰め寄る。散々人をからかいやがったなと叫ぶ。

 

「え? 何が?」

「とぼけんな。お前俺がイブの日にイベントだからどうすればお前と二人きりになれるのか必死で悩んでたのを分かってて」

「――え?」

「え?」

 

 ぼん、と結衣の顔が真っ赤になった。急に挙動不審になり、あたふたと手を振りながらせわしなく視線をさまよわせる。どうやら『そういう意味』ではなく、極々普通にいつも通りに二人でいる、という意味合いだったらしい。

 その事に気付いた八幡、自分が物凄く恥ずかしいことを勢いのままに言ってしまったのを自覚した。声にならない叫びを上げながら、頭を抱えて悶えて突っ伏す。幸いだったのはそんな彼を見ていたのは極々僅かな人数であったことだろうか。

 

「あ、えと、その、ヒッキー。あ、あたし、その、えっと、その日はフリーで」

「だからイベントだっつってんだろ……」

「あ、そっか。えーっと、じゃあ」

 

 こほん、と咳払いを一つ。大きく息を吸い、そして吐く。そんな動作を数回行った後、結衣は真っ直ぐに八幡を見た。顔を上げ、赤くなったそれを隠すために手で鼻から下を覆っている彼を見た。

 

「なるべく一緒に、いるってのは」

「……いつもそうだろ」

「あ、あはは。うん、そうだね。そうだった」

 

 顔を背けながらそう呟いた八幡に、結衣は苦笑しながらそう返す。そのまま暫し無言で、お互いに視線を合わせなかった二人であったが、今日の会議は終わりだという雪乃の声を聞き我に返る。どうやら相当な時間、揃ってギクシャクしていたらしい。

 

「お、終わりだって」

「らしいな」

「……帰ろっか」

「……ああ」

 

 帰り支度をする他の面々と同じように、結衣も八幡も席を立つ。鞄を持ち、ほれ来い、と手を降っている優美子達のいる場所へと歩いていく。おまたせ、と皆に述べた結衣を見て、優美子は少し怪訝な表情を浮かべた。

 

「ユイ、どしたん?」

「へ?」

「顔。……風邪でも引いた?」

「う、ううん! 平気! 全然大丈夫!」

「ふーん」

 

 ちらりと向こうを見る。看破され物凄い勢いでいろはと雪乃にからかわれている八幡が見えて、あーはいはいごちそうさまと小さく溜息を吐いた。

 持っていた鞄を肩に担ぐ。このイベントはクリスマスイブ。丁度いい口実にはなるかもしれない、と彼女はぼんやりと考えた。

 

「隼人、誘ってみっかなー……」

 

 そう言いつつ、どうせ望む望まないに拘わらず来るのだろうけど、と苦笑した。

 

 

 

 

 

 

 蛇足。

 

「かおりー、帰ろ、ってどうしたの!?」

「だ、駄目だ……ウケ過ぎて、死ぬ……」

 

 会議室にはツボに入り過ぎた結果、息が出来ないほど笑い続けた少女が一人残されたそうな。

 

 




あ、バトルフェイズ終わってた

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