セいしゅんらぶこメさぷりめント   作:負け狐

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ある意味ゆきのん並みに人間関係もキャラも変わってるやつ再登場の巻。


その3

 小学生が、あらわれた! コマンド?

 

「さて、と」

「ウェイト。雪ノ下さんウェイト」

「どうしたの比企谷くん。向こうに影響されたかしら」

「どっちかっつーとこれはルー語で意識高い系とは違う。じゃなくてだな!」

 

 八幡の叫びをいつものようにスルーした雪乃は、そのまま新たに参加した小学生たちへと指示を出していく。どうやら舞台で劇をする役者として参加をお願いしたらしい。

 

「……何する気だあれ?」

「なんか、ミュージカル的な何かをするらしいよ」

「わざわざ小学生を使ってか? 小学生は最高だぜ、とか言っちゃう系?」

「いや、わけ分かんないし」

 

 そんな雪乃をぼんやりと見ていた彼の呟きに結衣が答える。が、八幡としては納得できる答えは出てきていなかった。むしろ余計に疑問が湧いてくる。

 結衣もそれについては答えを持っていなかったようで、向こうに対抗してるんじゃないかなという曖昧な返事しか出来なかった。しかしならば海浜がこちらを圧倒するようなことをやるのかといえばそういうわけでもない。

 

「というか、何だ? 向こうとこっちで違う出し物やるのか?」

「気付いたら二部構成になってたっぽい」

「何やってんだあいつら……」

 

 溜息を一つ。そうしながら、会議中のマウント取り合戦を思い浮かべた。基本雪乃がトドメに回っていたが、いろはも相当やらかしている。それを宥めてかつ潤滑油として動き回る副会長がいっそ気の毒に思えるほどであった。

 間違いなくお互い手を取り合ってだの共同作業だのとは無縁である。確かテーマは『今、つながる音楽』。まったくもって繋がっていない。

 

「イベント破綻してんじゃねぇか」

「まあほら、あれじゃん。喧嘩して仲良くなる、みたいな」

「河原で殴り合えってか。昭和かよ……」

 

 まあいいや、と八幡は再度溜息。どうせ自分は雑用であの辺りの仕事とは関係がない。そんなことを思いつつでは己の仕事をこなしましょうかと視線を動かし。

 

「……あ」

「どしたの? あ」

 

 参加要請した小学生の一団の中に、見覚えのある顔を見付けてしまった。

 よくよく考えればそうだろう。雪乃が呼んだということは、総武高とある程度の繋がりのある小学校のはずだ。林間学校の手伝いなどをしているとか、そういう借りもあれば尚お願いがしやすい。

 つまりはそういうことである。ワイワイと騒いでいる集団の中に一人、静かに、だが確かなオーラを持ったまま立っている一人の少女がそこにいた。その横にはやはりどこかで見たようなロングな三編みの少女と、カチューシャでおでこを出している少女が何やら彼女へ喋っている。あの時いた他の面々の姿は見えないが、二人と中心の少女の様子からするとただ単にこのイベントが面倒だから参加していないだけなのだろう。以前とあの時に直接助けられた二人はそのままついてきた、といったところか。

 

「あれ、留美ちゃん?」

「みたいだな」

「元気そうだね」

「やれやれ系みたいな顔してるけどな」

 

 向こうも気付いてはいるのだろう。雪乃を見て、ほんの少しだけ目を細めていた。横の三編みの少女も目を見開き、そして視線を動かして八幡と目が合う。笑顔で手を振られたので、苦笑しながら手を振り返した。

 

「小さい子には基本甘いよねヒッキー」

「誤解を招くからその言い方やめろ」

 

 

 

 

 

 

 ともあれイベントの準備はペースを上げつつ着々と進んでいく。総武側は舞台で動く小学生のための衣装や小道具、背景などのセットの作成と、横で演奏する面々の練習や場所の設営準備等。それこそやることは山ほどあって、人手は多ければ多いほどいい状態だ。

 

「文化祭や体育祭を思い出すね」

「ついこないだじゃねぇか……二学期になってから毎月やってるような気がするぞ」

 

 言いながら八幡は組み立てたセットを立て掛けた。セットとはいっても、そこまで大規模なものではない。勿論ある程度の見栄えは考慮してあるが、設置と撤去のしやすさを重視してあるきらいがあるほどだ。

 ふう、と息を吐く。固まった体を伸ばしながら、彼はここにはいない演奏担当のいるであろう方角を見た。

 

「それはそれとして、何でまたあの人呼んだんだよ雪ノ下は」

「一番使い勝手がいいからだそうですよ」

 

 八幡の疑問に答えたのはこちらの監督役であるいろはだ。うお、と思わずのけぞった彼を不満げに見ながら、出来上がったセットを見てうんうんと頷いている。

 それはそれとして八幡はいろはのその返答には物申したかった。あれを、あの人を、使い勝手がいいと言えるのは世界広しと言えど雪乃くらいであろう。あるいは、よく知らない二人の両親か。

 

「まあ雪ノ下先輩のお姉さんもノリノリでしたし」

「あの人がこういうタイミングでノリノリじゃないはずがねぇだろ……」

 

 悪魔と悪魔がタッグを組んでフォークダンスをしているこの状況は、八幡にとって悪夢以外の何物でもない。他の誰かにとってはそうでなくとも、少なくとも彼にとっては間違いなく。

 

「……ん? そういや葉山はどうした?」

「え? 葉山先輩? 何でですか?」

「雪ノ下姉妹が組んでる状態なんだからあいつが生贄になってるのはもうお約束だろ」

「どういうお約束だし……」

 

 何言ってんだこいつ、という目で結衣は八幡を見やる。そんな彼女の視線の先にいる彼の目にふざけている様子は欠片もなかった。本気でこの状況ならば隼人が被害にあっていると信じて疑わない。

 が、いろはが小さく息を吐き、これ見てくださいよと会話アプリの画面を見せたことで彼の表情が怪訝なものに変わっていった。

 

「お手伝い頼んだら断られました」

「あ、ホントだ」

 

 ひょい、とその画面を覗き込んだ結衣もそんなことを言う。忙しいのかな、と記憶を辿っているようであったが、しかし普段と変わらなかったと結論が出たことで彼女は首を傾げた。

 そして八幡。暫しそれを眺めていたが、ふと引っかかったことがあり視線をいろはへ向ける。どうしました、と尋ねる彼女に向かい、彼はその疑問を口にした。

 

「あの時手伝う約束してんだから、一色のヘルプには理由もなく断るはずがない」

「そうなんですよね~。葉山先輩、絶対これ何か隠してます」

「……おい一色、お前さっき俺が言ったことに納得いってなかった顔してただろ」

「してましたね」

「じゃあこれはなんだ」

「わたしとの約束より自分の被害を回避する方取るとか酷くないですか?」

 

 そこかよ、と八幡が肩を落とす。が、それについては彼は否定をし辛いのもまた確かなわけで。ちらりと隣を見て、多分自分ならば逃げるなと一人納得した。

 

「まあ、あたしはそういうの織り込み済みだから別にいいけど」

「心を読むな」

「ヒッキーが分かりやすいんだって」

 

 そう言って笑う結衣を見て、八幡はそっぽを向く。そんなやり取りを見たいろはがはいはいごちそうさまですと手を叩き、そういうわけなのでいませんと締めた。

 

「でもいろはちゃん、隼人くんに断られた割には平気そうだね」

「まあ、こういうのも含めて葉山先輩ですし」

 

 隼人のファン程度の理解では無理だろうが。言外にそんなことを匂わせつつ、いろははそう言ってニヤリと笑う。これをダシにデートにこぎつけるとかでもありですからね、とついでに続けた。

 

「そんなわけで。今日とか明日は来ないので先輩は諦めて手を動かしてくださいね」

「……あー、はいはい」

 

 働きたくねぇ、とぼやきながら八幡は仕事を再開する。そうしながら、最後のいろはの言葉を反芻し、ああ結局お前もお約束だと思ってるんじゃねぇかよと溜息を吐いた。

 大きめのセットはほぼ作り終えたので、これからは細かい作業だ。ああやっぱり面倒くさいと再度げんなりした表情をしながら、八幡はそれらの小物作成に取り掛かる。

 

「比企谷そういうの死ぬほど似合わないね」

「うるせぇ死ね」

 

 背中から声。聞き覚えのあるものだったので、彼は迷うことなくいつもの返しをした。そもそも何でお前ここにいるんだとついでに文句も付け加える。

 

「スパイ」

「死ねよ」

 

 サムズアップと共にドヤ顔でそんなことをのたまったかおりを一瞥すると、八幡はそう吐き捨てた。小学生の情操教育に悪い会話だが、幸いにして少年少女は劇の動きの練習にかかりきりで雑用には目もくれていない。結衣があははと笑うのみだ。

 

「……あ、そうだ。丁度いい。おい折本、そっちの状況はどうなんだ?」

「え? 比企谷がこっちの心配?」

「そんな大層なもんじゃない。ただの現状確認だ」

 

 思わず真顔になったかおりを見て心底嫌そうな顔をしつつ、彼はそのまま会話を続ける。はいはい、と表情を戻した彼女は、とはいっても、と顎に手を当てた。

 海浜は今回のイベントの予算の大半を注ぎ込み、ジャズとオーケストラを行うらしい。外部依頼と有志の生徒をバランス良く混ぜることでコストに見合わない規模を実現したのだとかなんとか。

 

「てわけであたしは暇なのだよ。正直なんで来てるのって感じ。やばいウケる」

「だったらこっち手伝え」

「あ、いいよ」

「いいのかよ」

「何で自分で言っといて驚いてんの? ウケる」

「お前普段の行動と言動を顧みてから発言しろ」

 

 八幡への返答代わりにキシシと笑いながら、かおりは置いてあったダンボールから材料を取り出し小物を作り始める。どんな感じ、と結衣の作っているものをひょいと覗き込んだ。

 そのまま暫し無言で小物作りをしていたかおりは、何個か目の出来上がったそれを箱に入れ、そういえばと二人を見る。

 

「こっちはどんな感じなの?」

「あ、スパイ設定生きてたんだ」

「あ、そういえばそんなこと言ってたっけ」

「幼稚園児だってもう少し考えてもの喋るぞ」

「ウケる!」

「ウケてる場合かよ」

 

 それでどうなの、と八幡のツッコミを流しつつ再度質問。答える気がさらさらない彼に代わり、結衣がえーっと、と視線を動かした。

 

「こっちは劇担当で、そっちとは別の場所で練習してるのが音楽担当。二つ合わせてミュージカル的な感じにするんだったっけかな」

「ミュージカル的?」

「ミュージカル的」

 

 正確には、歌と演奏を雪ノ下陽乃率いる音楽担当が奏で、それに合わせて小学生達が演技をするというものであり、そのアンバランスさとギャップを楽しむものだとかなんとか。

 よくよく考えると相当難しいことを小学生に請うているのだが、現状そこそこ上手く行っているのでその辺り侮りがたし雪ノ下姉妹といったところなのだろう。八幡の感想はともかく、説明を聞き終えたかおりもへー、とどこか感心している様子を見せていた。

 

「確かに何か小学生ぽくない動きしてるよね。特にあの娘とか」

 

 あれ、と指差した先にいるのは黒髪の少女。セリフを言わないということで動きに全振り出来るとはいえ、それでも彼女の動きは頭一つ抜けていた。動きに迷いがなく、後退の二文字を捨ててきているかのようなそれは、見ている八幡も思わず感心してしまうほどで。

 

「……まあ、殺人ピエロにフラッシュで目潰ししてオルゴールぶつけるクソ度胸持ってれば当然か」

「何の話?」

「こっちの話だ」

 

 思わず右目を押さえた。あの時の痣はとっくに消えている。物理的に傷は付いたが、結果的に誰も致命的な傷を負うことなく事態は解決した。解決したのだ。少女達はトラウマとか負ってしまったかもしれないが預かり知らぬのでそういうことなのだ。

 あの様子だとあの後も別に態度を変えてはいないだろう。変わったのは周りで、彼女はそれを受け入れただけ。それでも、だからこそ、鶴見留美はあそこにいる。

 

「折本」

「んー?」

「そっちも気合い入れてるかもしれんが、こっちはこっちで多分成功するぞ」

「あはは、ヒッキーがそういうのって何か珍しいね」

「それある。比企谷素直に褒めないんだよね」

「何だお前ら」

 

 ジト目で二人を睨んだが、付き合いの長いかおりと付き合っている結衣には当然のように通用しない。うんうんと頷きながら、もう一度練習している留美たちを見た。

 

「でもまあ確かに。こっちも気合い入れなきゃ負けそうだなぁ」

「あ、勝ち負けなんだ」

「そりゃ、どうせなら勝ち負け決めた方が良くない?」

「お前そういうのやめろ。勝負とか言い出すと絶対に雪ノ下が」

「あら、私がどうしたの?」

 

 うおぉ、と持っていた小物をぶちまけながら八幡は盛大に後ずさった。投げ出された厚紙がペチペチと彼女の顔に当たり、そしてそのままズルリと床に落ちる。

 パサリ、という小さな音が、何故か部屋中に響いた気がした。

 

「……そうね。私が急に声を掛けたのが悪いわ」

「え? ど、どうした雪ノ下!? 何か悪いものでも食ったか? ガハマの料理とか」

「酷くない!?」

 

 こんにゃろ、と八幡の脇腹を突いた結衣が、大丈夫なのと雪乃に向き直る。厚紙程度で怪我などするはずもなし。大丈夫だと言いながら、彼女は床に散らばった厚紙を拾い、ダンボールへと入れ直した。

 

「それで、何の話をしていたの?」

「へ? あ、うん。総武とこっちで勝負じゃんって話」

「ああ、成程。そうね、確かにそういう部分はあるでしょうね」

「あるんだ……」

 

 うむ、と頷いた雪乃を見て結衣が思わず呟く。多分自分の彼氏の心配は既に現実になっている。そう結論付け、まあいいやと流した。彼女にとっては別段そこまで心配することではないからだ。

 

「比企谷くん」

「な、なんだ?」

 

 ぐりん、と音がせんばかりの勢いで雪乃が振り返る。再度後ずさった八幡がビクビクしながら尋ねると、彼女はそこで笑みを浮かべた。ニコリと、口元を三日月に歪めた。

 

「勝負なのだから、やはり勝つべきよね」

「俺は人生負け続けてるからな。その意見には同意できんぞ」

「そう。なら丁度いいわ。ここでしっかりと勝っておくべきよ」

「別に俺は負けで構わんからおかまいなくというかこっち来んな」

「大丈夫よ。雑用ばかりで退屈だったであろう比企谷くんに、ちょっと刺激を与えてあげるだけだから」

「退屈なのが人生一番、低空飛行で満足するのがある意味幸せと言えてだな」

「大丈夫大丈夫、ちょっとだけ、ほんの少しだけよ」

「やめろいかがわしいセリフ言いながら近付くなというかお前やっぱりさっきの根に持ってたんじゃねぇか!」

 

 部屋に目の腐ったとある少年の悲鳴が木霊したらしいが、そのことについて語るものは誰もいない。爆笑する少女と、あははと苦笑する少女がいるのみである。

 

 




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